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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
最終章 その距離

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77話 いつもの講義室、左端の一番前



 ガラガラガラ。


 上級魔法学園、五学年の講義室の扉が開くと同時に本鈴がなった。いつも通り時間ぴったりだ。



 ぱんぴろりん♪ ぱんぴろりん♪ ぱん♪



 オルゴールのような可愛らしい音色は、とても小さく囁かな音であるにも関わらず、この魔法学園にいる全員の耳元で必ず定時に鳴り響く。

 ちょっと間の抜けたメロディーが、この魔法学園を象徴しているようだと、生徒に評判の鐘の音だ。


「全員揃ってる~?」


 扉から入ってきたロイズは教壇に立ち、見渡すように全員の顔を眺めた。


「新学期も、よろしく」


 ロイズは、そう言いながらニコッと笑った。そして、そのまま視線を滑らせて左端の一番前を見る。

 出席番号1番が座る席、そこにいるのは焦げ茶色の髪の女子生徒……いや、女の子。


 カチリと目が合った。


 ―― いる! 席に座っている!

 

 当たり前だ。一学期もそこに座っていた。


 だが、夏休み前は自覚していなかった感情。それを自覚してしまった夏休み明け。久しぶりの制服姿。教壇(高さ20cm)が作る『教師と生徒』の境目。


 ―― うわ、めっちゃ生徒だ……


 現実味に欠ける不真面目な夏が終わり、押し寄せてくる現実感と、それに追加されたヨコシマな感情。それを押し込めて『先生』に切り替える、その難しさたるや。


「じゃあ夏休みの課題を回収するよ~。机の上に出してね」


 ロイズがそういうと、げっそり顔の生徒数人が「あれは……先生の魔法ですよね!?」と訴え始めた。


「夏休み終了の一週間前、身体が勝手に机に向かい、課題が終わるまでずっと拘束されるという不思議な出来事があったんですけど!?」

「俺も……おかげで彼女とのデートすっぽかすことになった」

「私も……旅行ぶっちした……」


 げっそり顔の生徒数人に、ロイズは「あはは!」と笑って答えただけで、ノーコメントを貫いた。


「よし、今年も全員提出(ノルマ達成)っと。みんなよく頑張ったね~! えらいえらい!」

「強制的に頑張るしかなかった……」

「つらかった……」


 ちなみに、課題の提出率が悪いと教師の査定に響くのだが、それは生徒には内緒である。勿論、ユアにも内緒。


「じゃあ、一限目は座学からね。教本の125ページ開いて~」


 ロイズの一言で、生徒はみんなパラパラ……と教本を捲る。


「新学期最初は、転移魔法を学ぶよ。もう出来る人もいると思うけど、上級魔法学園の生徒なら卒業までには会得すべき魔法だね」


 そう言いながら、ロイズは指先で魔法陣を描いた。


「最もシンプルなのが、この形ね。目的地までの距離を指定して、場所は座標を指定するか、頭の中で目的地のイメージをする」


 カリカリとペンが走る音が響く、静かな講義室。


「このイメージがちゃんと出来ていないと、転移魔法は発動しない。初めは近距離から練習をスタートするからね」


 生徒たちは、イメージの練習を頭の中でしながら講義を聴く。


「シンプルな転移でも普段使いには十分だけど、他にも種類があるよ。一度も行ったことがない場所に転移するには、次のページ」


 ロイズがそう言うと、ノートを取っている生徒たちは片手でサッとページを捲る。すると、教本の上にぽわんと立体魔法陣の見本が浮かび上がってきた。


「こんな感じの立体魔法陣で様々な条件を加えてあげる必要がある。でも、これはすごーく難易度が高いから、できれば座標の情報が欲しいところだね」


 そこでロイズがチラッとユアの方を見ると、魔法陣を見ながら少し顔を赤らめて、髪を()くような仕草をしていた。何かを思い出しているのだろう、『恋をしています』というその表情に、彼女が何を考えているのか気になってしまった。


 ―― 一度も行ったことがない場所への転移……あ、ユラリスの部屋に行ったときのこと、かな


 ロイズは、淡い桃色のシーツを思い浮かべた。まだ残暑の9月、二人とも不真面目だった。


「……えーっと、教本には載ってないものも教えようね。難易度は高いけど便利な転移魔法は、これとか」


 サラサラとロイズが描く美しい立体魔法陣。生徒たちはノートにメモをしたり、見る角度を変えて解読しようと、真面目に講義を受けている。


「これは、予約転移だよ」


 ロイズがそう言うと、ユアとカチリと視線がぶつかった。誰にも気付かれないくらい、ほんの一瞬だけ。


「転移をする時間と、目的地からの距離を設定する。設定が成功すると目的地周辺が淡く光るから分かりやすいね。先生は、この予約転移を()()使ってるけど、とても便利だから皆にも覚えてほしいかな~」


 ロイズがまたチラッとユアを見ると、また一瞬だけ視線がぶつかる。二人ともノーリアクションで視線を外す。素知らぬ顔で「それから、」と、ロイズは指先でまた違う魔法陣を描いた。


「こんな感じの魔法陣で予め条件を登録しておくと、ワンアクションで転移が出来たりもするよ。よく行く場所とか、()()()()()とか、何かしら条件が固定されている場合に使えるね」

「先生、ワンアクションって、例えばどういうものですか?」


 生徒の一人が質問をすると、ロイズは「ワンアクションは、」と言って説明を続けた。


「普段自然にやっちゃうアクションだと誤作動に繋がっちゃうからね。手を叩くとかはNG。よくあるのは、口笛を吹くとか、ヒールで床を鳴らすとか、」


 ロイズは、指を鳴らすフリをしながら「指パッチンとかね」と言った。また一瞬だけ、視線がぶつかった。


「じゃあ、魔法陣を描く練習に入ろうか。教本の125ページに戻って、各自練習。まだ発動はさせないでね~。はい、開始」


 ロイズの開始の合図と共に、生徒たちは各々魔法陣を描き始める。

 それぞれの魔力の色に合わせた、色とりどりの淡い光。それらがぷかぷかと講義室の宙に浮かんでいる様は、とてもキレイだ。ロイズは、この光景が結構好きだったりする。


「カリストンは~、うーん、惜しいね。ここの歪みを気をつけてね。教本を見ながら描くんじゃなくて、覚えてから描く。これ徹底してね~」

「はぁ~い♪」

「じゃあ、次。あ、魔法陣描くのが上手になったね~。でも、ここの条件はちょっと遠回りだから、こうやって描くと尚良し!」

「はーい!」


 ロイズがサラサラと魔法陣を描くと、生徒たちはじっとそれを見て、メモをしたり真似をしたりする。ロイズ・ロビンの魔法陣は、とってもキレイだからね。

 こんな風に出席番号降順に一人一人見ていくのが、いつものスタイルなのだ。


「フライスも素晴らしい~、はなまる◎ どう? 長距離も転移できるようになった?」

「100km先くらいなら、ラクショーっすね」

「あはは! 覚え立てなのにすごいね、もう100kmか~。すごいすごい!」


 フライスが自慢気にすると、前の席のリグトが「さすがだな、俺はまだ50km」と、後ろを向きつつ話に入った。


「200kmくらいバシッと転移できると、金が浮くんだが」

「お前、相変わらず金のことばっかだな……」

「死活問題だ。先生、長距離を転移するコツはあるんですか?」


 ロイズは「そうだな~」と考えるようにしてから、教本には一切書いていない内容――天才魔法使いらしいことを言い始めた。


「魔法はイメージが一番重要だからね。皆、固定されたもの……例えば、建物の色とか形のイメージはよく捉えてると思うんだけど、それだけじゃ足りないかな。他にも、その場所の香り、空気の流れ、天候から予想される日差しの入り方とか、風で揺れる木々の動きとか、そういうリアルタイムに変化する細部までイメージが行き届いていると、成功しやすいかな」


 ロイズの説明に生徒全員が耳を傾ける。誰もがハッとした顔をして、何やら目を瞑ってイメージトレーニングを始める。


「リアルタイム……それは考えたことありませんでした。なるほど」

「リグオールも魔法陣は、はなまる◎ あとはイメージの練習頑張って~」

「はい」


 出席番号3番、2番と続き、そして最後はいつも。


「ユラリス」

「はい、お願いします」

「うん、完璧。相変わらず正確で、綺麗だね~。言うことなし!」


 ロイズが魔法陣をじっと見ると、その魔力と香りに吸い込まれそうになる。慌てて魔法陣から視線を外して、その魔力の持ち主を見る。そちらの方がもっと吸い込まれそうになるものだから、ロイズは一歩引いてから「はなまる◎」と、指先に魔力を込めて、ユアの魔法陣にマルをつけた。


「ありがとうございます」


 目を合わせてニコッと微笑み合うと、その頬に触れてみたくなる。


 ―― ダメダメ。切り替え、大事。


 ロイズは「コホン」と咳払いをしてから教壇に戻って、講義室を見渡した。


「さて、講義は残り時間30分。練習場で実際に発動してみようね。教本持って~。準備はいい?」


 ロイズが『準備はいい?』と言うときは、決まってコレ。


「五学年の講義室にいる全員、魔法練習場、転移」



 ふわり、ストン。



 もう何回も転移させられている、五学年の生徒たち。五学年に進級した初日とは異なり、地面に座り込んでいる生徒なんて一人もいない。


「じゃあ各々、練習してみてね~。転移先は練習場内のみとします。はい、開始」


 ロイズの合図で、皆それぞれ魔法陣を描き始めた。そこでロイズはハッとした。


 ―― あ、距離を取らないとマズいな


 ユアが転移する目的地付近にロイズがいた場合、異常値のペア特有の引っ張り合いが起きてしまう。もしもゼロ距離にでもなってしまったら、講義中に教師と生徒が抱き合うという、やたらセンセーショナルな光景を御披露目してしまうこと必至だ。大変マズい。


 さすが賢い優等生。ユアもそれを危惧したのだろう、魔法陣を描かずにロイズの方をチラチラと見ていた。

 ロイズはユアの視線にふわりと笑って返して、浮遊魔法でふわりと浮いて、練習場の一番端の目立たない観客席に移動した。


 ロイズは、ボイスメッセージ魔法を発動させて、『ユラリス、この距離なら大丈夫だよ』と送ると、耳元で『ありがとうございます』とユアの声が返ってきた。


 ―― なにこの可愛い声、罪……


 これだけでドキドキと胸が高鳴るのだから、生徒に恋をした魔法教師は大変だ。ユアは真面目に練習に励んでいるというのに、ロイズは夏の名残を手放せなかった。その一生懸命な姿に、すぐ目を奪われる。是非とも他の生徒のことも見てやって欲しい。


 ―― 今、ユラリスが転移してきたら、きっとゼロ距離だろうなぁ


 ドキドキと動く心臓に手を当てて、柔らかい感触を思い出してみたりして。すぐさま首を振って払いのける。


 ヨコシマな感情と共に、新学期はスタートしたのだった。





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