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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第四章 人と治癒の距離

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75話 異常値のペアだなんて、ぬるま湯に



 ・カリラの『異常値のペア』がマリーだったことが発覚

 ・ロイズがユアをピザ屋に置き忘れた事件

 ・ユアの大爆発の大号泣

 ・ユアが元人間であることを告白

 ・カリラの魔力枯渇症完治

 ・フレイルの愛の告白


 上記は、たった一日で起こった出来事である。濃い。濃すぎる一日だ。当たり前だが、皆それぞれ疲労困憊だったため、この日は解散となった。


 ロイズは心ここにあらずのまま、それでも人間都市から魔法都市まで生徒たちを安全に送り届け、明日の集合時間を告げて、海の真ん中にある自宅に帰ってきた。



 玄関のドアを閉めた瞬間、へたり込んだ。


 ―― なにあれなにあれ、どういう展開?


 フレイルのガチ告白に、ロイズの心は大荒れに荒れていた。ショックすぎて、もう後半なんてほぼ意識はなかった。


「ユラリス……顔、真っ赤だった……」


 ぽつりと呟いてみたら、それは思いのほか鋭利な言葉で、ズキンと心臓に痛みが走る。次に、刺さった穴から沸き上がるように、むかむかと苛立ちがこみ上げた。


 ―― ユラリスの、浮気者ー!!


 と、口には出さなかったものの、ついうっかり思ってしまって、そこでハッとする。


「ち、違う! 別に恋人じゃない!!」


 ロイズはユアが好きだし、ユアはロイズが好きだ。でも彼女に気持ちを告げてもいないし、恋人でも何でもない。一見複雑だが、その実、とてもシンプルだ。ユアとロイズの間には、公式的な恋愛関係は欠片もない。


 フレイルの告白によって見せた、ユアの真っ赤な顔。それを見てからずっと、ロイズはマリーが言っていたことを何回も何回も反芻していた。その結果、ロイズの目が死んだわけだが。


 ―― 『それじゃあ、離れられないのはロイズだけで、ユアちゃんはロイズから離れ放題じゃない。だって相性とか分かんないんでしょ?』……やばい、マリーの言う通りだ


 何故、今まで気付かなかったのかと自分自身に呆れかえる。

 彼女には、ロイズに固執する理由が一つもない。ロイズは『異常値のペア』ではあるが、努力型のユアにとっては、それもよく分からないことだろう。

 ユアは友達も多く、交友関係も広い。男友達だっている。出席番号1番の優等生で、誰にでも優しくて、(ロイズから見ると)ものすごく可愛い。誰とだって恋愛出来るし、(ロイズから見ると)誰にでも好かれるだろう。極めつけは。

 

「もう青紫色になったし、何の弊害もないよね……」


 赤紫色であった頃ならばハードルがあった結婚なども、青紫色の今ならばラクラク越えられるだろう。


 一方で、ロイズはどうだろうか。『異常値のペア』であることが、分かりすぎるほど分かってしまう。彼女といると、ロイズ自身も魔力も大喜びだ。心と身体の両方が、安らぎと愛おしさを感じてしまう。それは他では得られない快楽。近くにいたい、離れがたい、四六時中一緒にいたい。

 そして、女性恐怖症気味のロイズにとって、他の女性と恋愛関係になるという選択肢は存在しない。この世の中で『女性』は、ユアだけなのだ。ロイズには、彼女に固執する理由しかなかった。


 ―― もし、ユラリスが他の男を好きになったら、どうなるんだろ……


 ユアと出会う前であれば、どうってことはなかった。恋人なんていらないし、生涯独身でいるつもりだった。魔法研究さえ出来れば、刺激的で楽しい毎日を送れていた。


 でも、出会ってしまった。


 好きで好きで堪らない。一緒にいると触れたくて、彼女の笑顔が見たくて仕方がない。ユアが笑うだけで嬉しくて、世の中にはこんなに幸せなことがあるのだと、ロイズは知ってしまった。

 それを失った場合を想像してみる。ユアが他の男と幸せそうにしている姿を頭に浮かべた瞬間、背筋が凍った。


「無理、手放せない。絶対無理、絶対嫌だ」


 いつの間にか彼女にどっぷりと浸かっていた。もう彼女のいない人生なんて考えられない。どうすれば、ずっと一緒にいられるのか。

 『異常値のペア』だなんて、ズブズブの()()()()に浸かっていたロイズは、初めて恋愛というものに考えを巡らせる。絞り出してみた。


「ユラリスをつなぎ止めるには、どうしたら……」


 ―― こ、告白する? 好きだって言えばいいかなぁ


「あ、ダメだ。俺、教師だ~」


 ―― デートとか誘ってみる?


「あぁ、ダメだー。俺、教師だったぁ~」


 ―― いっそのこと、教師やめる?


「うん、それはダメなやつだよね。ユラリスもどん引きだよね」


 ―― あとは……あとは……


「わかんない……」


 23歳男性、割と泣きそうだった。ノースキルが過ぎた。


「助けて、『ザッカス・ザック、通信』!!」


 思わずというか、迷わず召喚(通信)した。


「あ、もしもし~? ザッカス?」

「ロイズか、なんだ?」

「今、ヒマ!?」

「珍しいな、こっちの都合を確認するなんて。家に帰ったところだ」

「タイミング神! 相談乗って!!」

「どうした、何か切羽詰まってそうだな。聞いてやる」


 ロイズはザッカスの家の方を拝んだ。そして、へたり込んでいた玄関先からスッと立ち上がって、ダイニングスペースに座り直した。

 ザッカスも何やら飲んだりしながら話を聞いているようだったので、ロイズもお酒を飲もうと青紫色のグラスを取り出して、ウイスキーをとくとくと注ぎながら話をし始めた。


「あのね、俺、ユラリスのこと好きなんだけどさ」

「おう!?」

「今日、フライスがユラリスに告白してて」

「ほう?」

「ユラリスが真っ赤な顔しててね」

「はぁ?」

「それを見て、どうやったらユラリスとずっと一緒にいられるか考えてたんだけど」

「ふむ?」

「わかんなかった……。どう思う?」

「待て。情報過多かつ情報不足だ」


 ザッカスは、順を追って話を整理してくれた。優しいやつだ。


「まず、ユアちゃんのことを好きだと自覚したってことか?」

「まず、そのユアちゃんって呼び方やめてくれる? 割と苛々するから~」

「ロイズ……お前、ちゃんと恋愛してるんだな。感慨深い」


 ザッカスは、ロイズの数多の魔法バカエピソードを思い返して、その成長を噛み締めているのだろう。だが、呼び方くらいで苛々するところが10代の恋愛っぽい。天才魔法使いの初恋だ、致し方ない。


「で、()()()()()()()のことが好きだって自覚したんだな。きっかけは?」

「えーっと、突然ユラリスが悲しそうな顔をしたときがあって。慰めたくて抱き締めたら、好きだなぁって自覚した」

「抱き締めた……? まぁいいか」


 きっと、ザッカスの脳裏にユラリスパパが過ったのだろう。それでも全力で流して聞かなかったことにできるのだから、彼はとても賢い。そんなザッカスの戸惑いなど気にせずに、ロイズは話を続けた。


「でも、そのときは、魔力の相性が良いからかな~って思ってたんだけど。それで……あ、そうだ! ユラリスが悪い魔法使いにさらわれてさぁ!」


 思い出して、怒りが込み上げてくるロイズであった。うっかりとテーブルを拳でダンッと叩いてしまうくらいに、怒りが掘り起こされる。


「それはなんとも……大変だったな。ロイズ・ロビンへの挑戦者か?」

「逆恨みの元師団長だよ、腹立つー!!」

「……あ!! あれやっぱりお前の仕業か! 元第三魔法師団長が、記憶も魔力もない状態で発見されるという不可解な事件があったんだが? ロイズじゃないかって噂になってるぞ」

「あー……あはは~、あの人生きてた? 良かった良かった~。肩の荷が降りたよ。それでね、」

「何事もなく恋バナを進めるのか。肩の荷はさぞかし軽かったことだろう。はい、どうぞ続けて」


 またもや全力で流すザッカス。スルースキルは処世術だ。


「そのときにね、傷だらけのユラリスを見たら、魔力相性なんて関係なく好きだーって思って、その、恋的な、感じというか~」

「おい、そこの23歳。もじもじするな、気持ち悪い」

「コホン、失礼。本物の恋愛感情だと気付きました」

「なるほど」

「でー、そのあと、とある出来事からユラリスも俺のこと好きなんだって知っちゃって」

「!? 知ってたのか!」

「え! ザッカスも知ってたの?」

「……たぶんお前以外、全員知ってると思うぞ」

「えーーー!?」

「『えー!?』はこっちのセリフだ、この魔法バカ」

「はい、すみません、慚愧(ざんき)に堪えません。面目ない」

「本当にな。ユラリスちゃんなんて可哀想だぞ? お前のこと好きなのに、俺とデートさせられて訳分かんないって言ってた」


 ロイズは『そうだった!』とハッと思い出して、ダイニングテーブルに頭をゴンッとぶつけた。


「そうでした、すみません……。あぁー、俺って本当にどうしようもない~」

「反省しろ。それで?」

「これって、両思いってやつなわけでしょ? だから幸せだなーって思ってたんだけど、今日突然フライスがユラリスに告白し出して! 2年も好きだったとか、なんか格好良いこと言ってた!」

「ほう、青春だな」

「ユラリスの顔が真っ赤になってて!」

「顔くらい赤くなってもいいだろ」


 ザッカスは余裕そうに言い放つが、ロイズは「えーー?」と全開で不満そうな声を上げた。


「全然良くない。絶対取られたくない!」

「それで他の男に取られない方法を教えてほしいってことか?」

「そうです。考えてみたんだけど、例えば告白するとかデートに誘うとか、そういうの、立場的にアウトでしょ? これってハードモードすぎるなぁと思いまして」

「告白。デート。初めましての単語が並んでいる。ロイズが成長している」

「にょきにょき」

「それでは、成長したお前に真実を告げよう。覚悟は良いか?」

「良き良き」

「他の男に絶対取られない方法なんてものは、この世にない。恋愛は弱肉強食だ」


 恋愛強者のザッカスは言い切った。何故ならば、彼はいつも取る側にいる男だからだ。そして、取れなかったことは一度としてない。恐ろしい。

 とは言え、内心では、ユアならば余所見もせずに一途にロイズを想うだろうとは思ったが。


「ぇえ~~」


 一方、恋愛弱者のロイズはガクッとうなだれた。


「だが、可能性を低くすることなら出来なくもない。教師という立場は、確かにハードモードかもしれない。一方で、現在ユラリスちゃんはロイズのことが好きなわけだから、恋愛市場で言えばイージーすぎるモードだ」

「そうなの?」

「そうだ。ゼロから振り向かせることの難しさよ」


 ザッカスはフレイルのことを考えて少し同情しつつ、続けた。


「いいか、ロイズが取れる手段は一つだ。恋人関係にはなれないだろうが、そこはかとなく匂わせて『予約状態』に持っていけ」

「予約状態とは……?」

「平たく言えば、卒業したら恋人関係になるから、他には行かないでね、と軽く釘を刺しておく」

「なるほど~。具体的には!?」

「例えば……」


 そこでザッカスは黙った。そして、ユアのことを思い返す。素直で真っ直ぐで、ロイズのことが大好きな子だということを。


「いや、そこは自分で考えろ」

「ぇえ!? 俺が自分で考えて、どうにかなるとは思えない~」

「ユラリスちゃんはロイズが好きなんだから、そのままでいいんだよ。死ぬ気で頑張れ」

「うーー、分かった。死ぬ気でやる」


 事実として、髪を()くように撫でたり、抱き締めてみたり、『卒業したら、ね』とか期待させるようなことを言ったり、割と匂わせ上手なロイズであったが、そこらへんは無自覚であった。天才魔法使いのセンスかな。


「あ、そうだ。ついでに仕事の話してもい?」


 ロイズが思い出したようにそういうと、ブラック勤務精神の豊かなザッカスは普通に了承してくれた。


「魔力枯渇症の治療法が確立したんだ~」

「ぶはっ!? まじか!?」

「魔力枯渇症も増えてるし、明日は我が身でしょ? ザッカスも予防しといた方がいいかなと思って。話、聞いてみる?」

「恋バナのついでに魔力枯渇症の治療法確立の話をされるとは思わなかったが、ぜひ聞きたい」

「魔法省には、まだオフレコだからね!」

「はいはい」


 これまでの経緯を説明する。魔力相性の話から始まり、異常値のペアと会うことのデメリットも含めて。ただし、ユアが元人間であることは言わずに。


「なるほど、色々と驚きしかなかったが。とりあえずは、異常値のペアを探す必要があると」

「そう。今のところサンプル数が足りなくてさ~。ザッカスも参画する?」

「勿論。枯渇症にでもなったら魔法省はクビだからな。声をかけて貰えて助かった」

「いつもお世話になってるしね! じゃあ魔導具送っておくから、心臓波形のデータ転送よろしく~。ペア候補が見つかったら連絡するね」

「よろしく頼む。あ、そうだ、一つ忠告」

「うん?」

「元第三魔法師団長の当時部下だったやつらが、少し騒ぎ始めてる。気をつけろよ?」

「……ホント飽きないよねぇ。分かった~、ありがと! 『通信切除』」


 ツー、ツー、ツー、ツー。



 ロイズはぼんやりと窓の外を眺めた。夜の海は真っ暗でほとんど何も見えない。ザザーと寄せては引いていく波の音だけが聞こえた。繰り返し繰り返し聞こえる音が、何だか健気に思える。


「はぁ……難しい」

 

 分からないことは、一生懸命に考える。予測を立てて、やってみる。予測が外れて、もしダメだったなら何がダメだったのか考える。そして、また違う方法でトライする。

 思考を巡らし、何度も何度も試行錯誤を繰り返す。魔法研究も恋愛も、何だって頑張り方は同じだろう。上手くいくかは、その先の話だ。


 目の前のグラスに入ったウイスキー(飴色)を、グイッと飲み干す。青紫色のグラスの中で、氷がカランと音を響かせた。


「あー、やることたくさん。……俺も『全部、頑張る』よ」


 そして、青紫色のグラスをデコピン一発、軽く指で弾く。カラン、と綺麗な音で答えてくれた。




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― 新着の感想 ―
[一言] アリーではなくてマリーでした すみません 前話のおまけのロイズの卒業式の日のネクタイの行方ですが、もしかして狙われることを分かっていて(あるいはザッカスの助言で)、自分で先に外しておいたの…
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