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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第四章 人と治癒の距離

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71話 元々持っていた感情と、魔力相性による感情と、どちらが優先されるのか


 6人の魔法使いたちは、実証実験に緊張の面持ちで向き合っていた。


「じゃあ、カリストンとマリーは手を繋いで魔力共有を……」


 そこでロイズはハッとした。


 ―― 異常値のペアの魔力共有って、みんなああいう変な感じになるのかな。同性だから大丈夫だよね……?


 ああいう変な感じというのは、タガが外れてしまい、いきなりディープなキスをぶちかましてしまったり、服を脱がしたりしてしまう感じ、である。字面が強い。

 ロイズが思考を巡らせていると、ユアもディープなキスを思い起こしたのだろう。少し顔を赤らめながら下手な咳払いをした。


「コフン、ゴホン。ロイズ先生、ちょっとよろしいですか?」

「(どえらいことになる可能性も)あるよね?」

「(そうなる可能性も)あるかと。私がソロで立ち会います!」

「うん、そうだね。何かあったらコレ()で呼んでね?」


 ロイズはそう言いながら、指を鳴らす真似をした。ユアはそれを見て軽く頷き、カリラとマリーに向かい合った。


「さーて、じゃあ男性諸君は、ちょっと外でお喋りしようね~」

「はぁ?」

「今からやるのは魔力の共有ですよね? 何で外に出なきゃいけないんですか?」

「いいからいいから~」


 グイグイと二人の背中を押しながら、ロイズは目配せでユアに『よろしくね』と告げた。



 キィ、バタン。




ーーーーーーーー




 ユアはメンズがいなくなったのを目で確認し、店の内鍵をかけた。


「あらま、なんで彼らは外に出されちゃったわけ?」


 マリーの疑問は妥当なもので、着替えをするわけでもないのに何故男女別になったのか。

 ユアは、言い訳を一瞬で思考した。あの情事を話すことは出来ない。そして、ユアとロイズが異常値のペアだと知られてしまった今、『魔力共有でエロいスイッチが入っちゃうかもしれないんで』なんて一言でも零したら、自爆だ。主にロイズが大爆発する。ロイズ・ロビンの名が汚れること必至だ、それは避けたかった。


「実は、カリラの身体に魔法陣が刻まれているんです。魔力共有中に干渉してしまい誤作動があった場合、カリラの服を脱がして誤作動を解除する可能性があるので、男性厳禁にさせて頂きました」

「そうだったんだ~♪」


 嘘だ。真っ赤な嘘だ。今現在、カリラは魔法陣に魔力を流していないし、理論上、誤作動なんて起きるわけもない。心の中で、カリラに百万回ほど謝って、この理由を使わせてもらった。サラリと嘘をつく女、さすが筆記試験トップの頭の回転である。


「それでは、カリラとマリーさん、手を繋いで下さい」

「「おっけ~♪」」


 二人が手を繋ぐと、ユアは「まずは、」と言ってカリラを見た。


「カリラからマリーさんに魔力を流せる?」

「ぇえーっと、こんな感じぃ?」

「???」

「マリーさん。身体が温まる感覚はありません……よね。カリラ、血液を注ぐイメージよ」 

「そそぐぅ、そそぐぅ……えいっ!」

「???」

「カリラ。指先から流れを止めることなく、マリーさんにトクトク注ぐ感じよ」

「指先からぁ、爪先立ちぃ」

「カリラ、爪先立ちはしなくていいわ」

「まーりょーく、えいやーぁ!」

「あー、違うぅー」


「ねぇ……ちょっと思ったんだけど、そもそもに魔力が注がれてる感覚がよく分かんないわ。それに、共有ってことは、私もカリラちゃんに魔力を注ぐのよね? 魔力の扱い方なんて分からないんだけど」


「「確かに!」」


 上級魔法学園の生徒二人は頷き合って、一旦は魔力の扱い方を軽く教えることとなった。

 そうして練習すること30分。マリーは上達がものすっごい早かった。


「マリーさん上手っ!」

「なるほど、コツを掴んだわ。案外いける! そして割と楽しい!」

「ぇえ~、マリーさん、はやいぃーずるいぃー」

「カリラちゃん、魔力とやらを流してみてもいいかしら?」


 マリーとカリラが手を繋ぐと、マリーが目を閉じて魔力を流し始めた。ユアはちょっとドキドキしながら様子を見ていたが。


「あったかーい。なにこれぇ、すっごいもふもふの毛布感~!」


 カリラは普通であった。エロくなることもなかった。ユアは人知れず安堵した。


 ―― よ、良かった!! とりあえず同性はセーフね


「マリーさんお上手ですね。もしかして、天才型なのかも」

「ふっふっふ、ピザ生地を捏ねる感じで魔力を捏ねて、麺棒で伸ばす感じで魔力を流すと上手く行くわ」

「そんなイメージで!? さすがピザ屋……」


 それを聞いたカリラが「捏ねる感じでぇ、伸ばす感じでぇ」と呟きながら魔力を流してみると。


「あ! できたぁ!!」

「さ、さすが異常値のペア……」


「「いえーい♪」」


「わお、もふもふの毛布感、わかるー! なんか美味しい味が口に広がる感じがするわね」

「これ、モッツァレラチーズの味だぁ!」

「トマトソースの味もするわ!」


「「美味し~!」」


「味覚にも作用することがあるのね。さすがピザ屋……」


 こうして女性二人の魔力共有は、何事もなく完了したのであった。




ーーーーーーーー




 一方その頃、店の外に出されたメンズチームは。


「で? なんで外に出されたわけ?」

「え!? えーっと、その方がいいかなーって思いまして?」


 理路整然としたユアとは異なり、ロイズはしどろもどろであった。天才魔法使いのノースキルが過ぎる。


「先生、何か隠してるんじゃね?」


 勘も鋭い天才型魔法使い・フレイルに睨まれたロイズは背中に冷や汗をかきながらも、一生懸命思考していた。

 あの情事を話すことは出来ない。そして、ユアとロイズが異常値のペアだと知られてしまった今、『魔力共有でエロいスイッチが入っちゃうかもしれないんで』なんて一言でも零したら、自爆だ。主にロイズが大爆発する。一発アウトの無職ホールインワン必至だ、それは避けたかった。


「研究のことで、二人に話しておきたいことがあってさ!」


 ロイズはなけなしの処世術で、話をすり替える方向に梶を切った。


「研究の話、ですか?」


 訝しげにするフレイルとは対照的に、金以外のことは心底どうでもいい優等生のリグトは、研究の話の方に食い付いてくれた。


「そ、そう! 内密の話だから『防音』っと」


 ロイズが防音魔法を施すと、フレイルもそれならばと聞く耳を持ってくれた。ロイズは思いっきり胸を撫で下ろした。

 とは言え、真面目な話があるのは本当のことだった。


「魔力枯渇症のことなんだけどね。魔法省から正式に調査依頼が来たんだ」

「魔法省から!? さすがですね」

「引き受けるんすか?」

「うーん、まあ一応。ここまで研究結果が揃ってるしね。っていうのも、魔法省の話を聞いてみたら割と悲惨なことになっててさ~」


 ロイズは顎に手を当てて、魔法省のお偉方を思い出して顰めっ面をした。


「魔力枯渇症患者が、指数関数的(ものすごーく)に増え続けてるって話をしたでしょ?」

「言ってましたね」

「建国以降、ずっと増えてはいたんだけど、爆発的に増えたのは最近なんだって。でね、シミュレーションをした結果、このままだと……」


 ロイズが少し言いにくそうにした為、リグトとフレイルはチラッと目を合わせて、重大な雰囲気を察した。


「このままだと?」

「30年以内に魔法使いは、ほぼいなくなるらしくてさ~」

「「え!!?」」


 二人は思ってもいないビッグでディープな話に、声を上げて驚いた。


「何が言いたいかというと、フライスもリグオールも、どこかで魔力枯渇症になる可能性が高い。それが明日なのか、10年後なのかは分からないけど」

「な、なんでそんなことに……?」

「あはは! 理由なんてわかんないよ~。納得できるような正当な理由があって滅ぶ生命なんて、殆どいないんじゃない? でも、ラッキーなことに対策方法ならあるよね」

「自分の『異常値のペア』を探すってことですよね」


 ロイズはニッコリと笑って頷いた。


「異常値のペアを見つけ出したのは、まだ二組。カリストンたちと、俺たちだけ。この広い国で二組だけなんだよ。魔法省に『治癒可能な対策』として提案するには、サンプル数(N数)が足りないんだ」 

「俺たちも、サンプルにってことっすか?」

「出来れば、ね」


 そこでリグトは「デメリットはあるんですか?」と質問を投げかけた。


「『異常値のペア』を探し出して魔力共有をするメリットは、枯渇症の予防ですよね。デメリットは?」

「ある、、、かも?」


 ロイズはピザ屋の店のドアをチラッと見て、まだ大丈夫そうかなと一人納得した。この話は、リグトとフレイルだけにしようと思っていたからだ。


「魔力の相性が良い相手には、深い感情を持ちやすいという研究結果が既に出ている。皆が皆、そういうわけではないんだけどね」

「深い感情?」

「仲良しになりやすいってこと。俺は魔力の相性が見て分かるから言っちゃうけどさ、これは確実にあるんだよ~。経験上、魔力相性が良いもの同士を引き合わせて、仲良くならなかったことは一度もない」

「魔力相性……なんかピンとこないですね」

「友達なら生涯の親友、恋人ならそのまま結婚。事実として、そういう例が多いんだ」

「へー、そうなんですか」


 努力型のリグトが首を傾げている一方で、天才型のフレイルは深く納得していた。


「分かる気がする。そりゃ初めは分かんなかったけどさ、結局のところ、俺は魔力相性が良いメンバーと友達になってるもんなぁ」

「そうなんだよねぇ。そうなると懸念されるのが『異常値のペア』と会ってしまうことで、今の人間関係に影響を及ぼしかねないってこと」

「と言いますと?」


 ロイズは少し言いにくそうにしながらも、懸念される事実をしっかりと伝えた。


「えっと……特に『異常値のペア』が異性で年齢が近い場合に、否応なしに好きになってしまう……とか!」


 ちょっと恥ずかしくて、語尾が強くなってしまうピュアな23歳であった。


「もっと言えば、恋人がいたり既婚者だったりしても、『異常値のペア』と会うことで別れちゃう人も出てくるかもしれないし、そこらへんが未知数なんだよね~」

「元々持っていた感情と、魔力相性による感情と、どちらが優先されるのかってことですか」

「そういうことです」


 そこで、フレイルが「ちょっと待って」と待ったをかけた。


「一つ確認なんだけどさ」

「うん?」

()()は、ユアのこと否応なしに好きになってるってこと?」

「へ?」


 ―― しまったぁぁああ! そういう話に繋がっちゃうのかぁぁああ!


 魔法バカはうっかりしていた。そこまで気が回らなかった魔法バカ具合であった。ロイズは明後日の方向を見ながら、「うーん、それはどうかなぁ」と続けた。


「皆が皆、相手を好きになるわけじゃないから~。恋愛関係じゃなくても、親友とか師弟関係とかに収まる例も多いしね!」


 フレイルは、何も言わずにロイズをガン見していた。ガン見というか、ガンを飛ばしていた。ロイズは、明後日の方向を見たままであった。



 この話をフレイルとリグトの二人だけに話そうとロイズが思っていたのは、出来ればユアの前でこんなドライな話をしたくなかったからだ。

 勿論、ユアも魔力相性についての研究結果のことは知っている。それでも、彼女の前で自分の口からは話したくなかった。


 こんな話をしてしまったら、もし今後ユアとどうこうなろうというチャンスが来たとして、『異常値のペアだから』なんてユアに思われたくなかった。そして、ロイズを慕う彼女の気持ちに対しても『異常値のペアだから』とか思って欲しくなかった。

 純粋に、魔力相性なんか関係なく、ユアを好きだと言い切りたかったし、ロイズを好きだと言い切って欲しかった。例え、これが魔力相性による感情だったとしても、関係ないと言い切りたかったのだ。


 でも、言い切りたいのは今じゃない! 教え子の男子生徒に言い切りたいわけではない!


「先生さぁ。ユアとは、今後も恋人関係にはならないって誓える?」

「へ!?」


 ―― これは何と答えるべき? 嘘をつくべき? でも、卒業後にどうこうなっちゃった場合に、嘘だったってなるよね。それは不誠実? でも俺は教師だし、本当のことは言えません~


「あー、えーっと、将来のことは変数であり未知数なので、コメントは差し控えさせて頂きます……?」


 ロイズがノーコメントという選択肢を取った瞬間、フレイルの金色の瞳がギラリと光った。

 ロイズは『おー、金色は綺麗だなぁ』なんて呑気なことを考えていた。


「へー、そういうことね」


 フレイルが色々と把握したところで。



 ガチャ。キィー。


 ピザ屋のドアが開き、ユアが顔を出した。


「お待たせしました。魔力共有、無事に完了です」





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