67話 人間都市の大人気治療医院
翌日。朝9時からロイズとユアは真面目に実験をしていた。
「よーし、これで再現性の確認は取れたね」
「そうですね。魔力相性が異常値であるペアが魔力共有をすることで、枯渇症は治るはず……ですが」
「ここからが問題だよね。カリストンの『異常値のペア』をどうやって見つけるか」
二人は、同時に「うーん」と唸った。
「ロイズ先生は、魔力の質が見て分かるんですよね? それは人間でも分かるんですか?」
ロイズは困ったように首を振った。
「人間には魔力がないからね、分からないんだよ~」
「先生が開発した探索魔法はどうですか?」
「うーん、ある程度の位置なら分かるかもしれないけど、特定は難しい。特に、人間都市は人口密度が高いからね」
「そうですか……」
「やっぱり、決め手は心臓の挙動かな。カリストンと同一心臓波形の人間を探す」
「となると、人間都市で片っ端から心臓波形のデータを取るしかないってことですよね?」
「そうだね。しかも、カリストンの相手に、魔法使い化することを了承して貰う必要があるね~。大体の人間は魔法使いになりたいって思ってるから、了承してくれると思うけどね」
「わー、途方もないですー」
「とりあえず明日からは人間都市でスクリーニングをしてみよう。きっと何か方法があるはずだよ!」
「そうですね、、、」
いつもキチンとしたユアも、さすがの途方もなさに実験テーブルに突っ伏した。難しい顔をするユアに、ロイズはそっと近付いて少し声のトーンを落とした。
「ユラリス。ここから先のことなんだけどさ、詳しい話をフライスやカリストンにしちゃうと、ユラリスが元人間だってことがバレちゃうと思うんだよね。すぐにバレなくても、いつかはバレるかなって」
ロイズの危惧はもっともなもので、ユアもそれは考えていた。
「みんなに言わなきゃいけない時が来た、ってことですよね」
ユアは未だに怖かった。
社会科見学で人間都市に行ったとき、フレイルやカリラからは人間忌避の欠片すら感じられなかった。二人ならきっと大丈夫だと、ユアも信じている。だけど、積み重ねてきた信頼関係と、秘密を告げる勇気は別物だった。
元人間だということは、ユアにとっては非常にデリケートでパーソナルな部分だ。彼女の根幹に関わる、とても大切な問題なのだ。フレイルやカリラにどう思われるかは、もう怖くはない。彼らはきっと何も変わらないと理解している。変わってしまうのは、きっとユアの方なのだ。
でも、ロイズは優しい声で、ユアの心をふわりと浮かせた。
「ユラリス、違うよ。言わなくて大丈夫だよ」
「え、でも……」
「あのね、こういう大切な話は、『話さなければならない時』には話しちゃいけないよ。ユラリスが心から『話したいと思える時』に話してあげて。カリストンたちだって、その方が嬉しいでしょ?」
その言葉は、ユアをまた一つ引っ張り上げてくれた。赤紫色を好きだと言ってくれて、守ると言ってくれて、そして秘密を抱える気持ちまでも救ってくれる。
15年間、泥の底に沈まないようにもがき続けて、『頑張れ頑張れ』と鼓舞しながらジタバタと動かし続けてきた手足を、彼が掴んでグイッと引き上げてくれる。こんなに引っ張ってもらって、自分は彼に一体何を返せるのだろうか。
「……ロイズ先生、私、頑張ります。全部、頑張ります。すごく頑張ります」
大好きという気持ちを情熱に換えて、『あなたに返す為に』という言葉を取り払って、嬉し涙を笑顔に換えて、頑張ることが得意なユアはニコリと笑った。
「うん、一緒に頑張ろうね」
天才型の魔法使いが余裕たっぷりに笑うと、ガッツ溢れる努力型の魔法使いはグッと拳を握り締めて、「はい!」と元気良く答えた。
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一方、人間都市にいる天才型魔法使いと努力型魔法使いは、といえば。
「おいリグト……なんだよ、この長蛇の列は!!」
「なにがどうしてこうなったのかわからん。だがしかし、有り難し」
治療開始前の8:55。治療医院の前には長すぎる列が出来上がっていた。
「すご~い♪ ここって大人気治療医院なのぉ?」
「至って普通の治療医院のはずだ」
「魔法使いがいるってだけで、異常な治療医院になっちまったってことか。これ、毎日捌いてんの?」
「捌かせて頂いている。が、今日は一段と多い。ヘルプにきてくれて助かった、悪いな」
「……やるっきゃねぇな」
「2人ともふぁいとー♪」
そうして始まった治癒地獄。慣れているリグトに対して、今日が初日の新入りフレイルは色んな意味で面食らっていた。
「あらぁ、今日は黒髪くんじゃなくて、金髪くんなのねぇ」
「魔法使いって魔法使うと腹が減るって本当か? 差し入れ持ってきたから、後で食べてくれよな!」
「あ、あざっす……?」
―― めちゃくちゃフレンドリーじゃん
患者の誰もが、魔法使いの自分を物珍しそうに見てくるが、驚くことにその目に忌避感はなかった。先月に人間都市に来たときに感じた畏怖のような感情も、此処では全く感じない。どうやら、治療医院にいる魔法使いは優しい魔法使いだ、という噂が流れているようだった。
「それにしても、今までは普通だったのに、一気に大人気治療医院になっちまったなぁ」
「ほんとっすよね。どれくらい前から並びました?」
フレイルが治癒をしながら聞くと、おじさんは「一時間くらいだな」と答えた。
「一時間!? 具合悪いのに一時間も並んでんの!? おいおい、大丈夫かよ?」
フレイルが驚くと、おじさんは「はっはっは!」と大声を出して笑った。
「ずいぶん優しい魔法使いがいたもんだなぁ!」
「優しい? 人として普通でしょ」
「人として」
おじさんが復唱しながら驚いて目を丸くするものだから、フレイルは訝しげに「同じ人じゃん」と返した。
「もしかして、魔法使いだから特別だとでも思ってんすか? 魔法使いだって怖いもんはあるし、苦手なこともあるよ。当たり前じゃん。はい、治癒完了っと」
おじさんは治った腕をさすりながら、ニカッと笑って「ありがとよ!」と部屋を出て行った。同時発動で治癒していたおばさんも完治させると、にこやかにお礼を言われた。
フレンドリーに話しかけられ、最後にお礼を言って部屋を出て行く患者を見ていると、何とも言えない気持ちがじんわりと広がる。治癒魔法なんて、魔法使いにとっては取るに足らない魔法だ。少し怪我をしたら自分で治癒魔法をかけて、すぐに治すのが日常なのだ。
それが人間都市ではどうだろうか。わざわざ長い列に並んで、暑い中一時間も待って、そして治癒魔法なんて簡単なものを見て驚いて、フレイルからしたら過剰とも言えるお礼を言って頭を下げる。
そんなことをされたら、『もう少し何とかなんねぇかな』と思うようになるのも当たり前だった。フレイルは、一旦患者を入れるのをストップしてもらい、列の状況を確認するために外に出てみると。
「嘘だろ、長すぎ」
朝よりも列が長くなっていた。急な暑さに照らされて、目眩がするほどの長さだった。
スタッフの話だと、どうやら今日は魔法使いが二人に増えたという話が人間都市を駆け回り、さらに暇なカリラが時々呼び込みをしているらしく、患者の他にも治癒魔法を体験してみたい人間が並んでいるらしい。
フレイルは、その様子を見て大きなため息をつきつつ、目を閉じた。
―― 一回に治癒が出来る人数を増やしてぇよなぁ。重傷者はリグトに回して、俺は数を捌く。となると、、、
フレイルはカッと金色の虹彩を開いて、人差し指一本で魔法陣を描き始めた。
「一度に治癒する人数を……20に設定して、魔力の消費はこれくらい、ここを開いて結んで丸めて伸ばして、こんなもんか? いや、ここをもうちょい艶やかにまろやかに柔らかくしとくか。……よし、一丁上がりい!」
フレイルが5分程度で魔法陣を描き上げると、隣に控えていたスタッフに事情を説明して、列に並ぶ人間に話し掛けた。
「どうも。軽傷者はここで一気に治癒するんで、治癒が終わった人は中で料金を払ってください。重傷者は中でリグト……他の魔法使いが診ます」
そう言うと、出来たばかりの魔法陣に魔力を込めて手のひらに移した。そして、治癒する箇所を聞いてサッと触れること20人。
「治癒魔法、いきますよ」
そう言って手のひらに魔力を込めると、フレイルに触れられた20人が「わぁ気持ちいい!」「もう痛みがとれてきた」と歓声を上げた。5分ほど治癒魔法を使えば、あら不思議。20人が一度に完治した。
「す、すげぇ!!」
「なにあの金髪ボーイ、素敵!」
「一度に20人治したぞ」
「さっきの魔法陣とかいうやつ見たか? すごい綺麗だったよな!?」
「治療医院に金髪金瞳の魔法使い現る!」
「黒髪くんもいいけど、ゴールデンボーイも捨てがたい。どっちも推せるわ」
「魔法使い感はんぱねぇ!」
―― すげぇ大反響だな……
フレイルは若干引きつつも、「じゃあ次の20人」と言いながらどんどん捌いていった。
そして、やっとこさ午前中の診療が終わってランチタイム。
「ピッザぁ、ピッツァ、ピーザ♪」
魔力枯渇症を患っているとは思えないほど超ゴキゲン元気いっぱいのカリラと、午前中だけでげっそり腹ぺこのフレイル。そして午前中の儲けに目が爛々としつつも腹ぺこのリグトは、マリーのピザ屋へ移動した。
以前、ロイズに買ってもらった魔導具で飛んで移動していたものの、リグトが「治療医院の黒髪魔法使いだ!」と声を掛けられまくるものだから、魔導具の意味はあまりなかった。イケメン魔法使いがバズってた。
「こんにっちは~♪」
「あら? あらあらあら! カリラちゃん、来てくれたのね!」
「マリーさんのピザ、食べにきちゃったぁ」
「うっれしー! いらっしゃい、いらっしゃい! 奥の席空いてるわよ~」
お店に入ると、マリーは忙しそうに働いていた。ピザの美味しそうな香りが漂って、腹ぺこ二人は余計に腹の虫を鳴かせた。
そんな腹の虫を抱えた二人をニヤリと見て、カリラは「今日は私の奢りだから~」と言った。リグトの目の色が変わった。
「まじ?」
「だってさぁ、私のせいでっていうか、私のためにっていうか、みんな頑張ってくれてるからぁ。これくらいは返したいじゃーん♪」
「それでいきなり人間都市に行きたいとか言い出したってことかよ?」
「そ~。それならリグトにも奢れるし、マリーさんのピザも食べれるしぃ、ナイスアイディアでしょ~? ユアと先生には別でお礼しよーっと!」
注文を取りに来たマリーが「なになに? カリラちゃんどうかしたの?」と話に入ってきた。
「それがぁ、魔力枯渇症になっちゃって、みんが治す方法探してくれてるの。ありがとう、友よ~♪」
「魔力枯渇症!? 大変じゃない!」
マリーがぎょっとすると、カリラはあっけらかんと笑った。
「魔力なくなったら人間都市に住むの~。そしたら、マリーさんと遊び放題だし、良いこともあるよん♪」
「カリラちゃん……あんたって子は~!!」
マリーはバシバシとカリラの肩を叩き、何やら感激したように何回も頷いた。
「というわけでぇ、マリーさん、ピザじゃんじゃん持ってきて~!!」
「はいよー、まかせて!」
マリーが厨房に引っ込むと、その後ろ姿をフレイルがじっと見ていた。少し不思議そうに首を傾げ、「なぁなぁ」と、カリラとリグトに小さい声で話し掛けた。
「マリーさん、雰囲気変わってね?」
「そうか?」
「あ、髪型変わったよね~。夏だから切ったのかな♪」
フレイルは、しばらく不思議そうに厨房のマリーを見て、「髪型?」「化粧か?」と一人呟いていた。
ピザを食べながらも、お会計のときも、あまりにもマリーをじっと見つめているものだから、カリラに「一夏の恋?」と茶化されて、フレイルは「ばーか、ちげぇよ」と答えながらも、此処にユアがいなくて良かったと思ったりした。
お腹いっぱいピザで満たされた二人は、午後もへとへとになるまで治癒しまくった。午前中は、時折カリラとリモート魔力共有をしていたフレイルであるが、午後はそんな余裕はなくなり、それもリグトにバトンタッチ。二人が治癒した人数は、2000人を軽く超えていた。
「「疲れた……」」
「おつかれぃ♪」
夏休み終了まで残り13日。




