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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第四章 人と治癒の距離

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64話 五学年の生徒たち、それぞれの戦い




「よし、完成!」


 あれから5日間。フレイルは一つの魔法陣と向き合い続けた。こんなに魔法陣をこねくり回したのは初めてのことで、正直言って超自信作の魔法陣が完成してしまった。

 ふよふよと目の前に浮かんでいる魔法陣を見て、『やっぱ俺って天才だな』なんて思うフレイルであった。


「できた~? 見せて見せて」


 そんな自信家にも関わらず、ロイズが楽しそうに魔法陣を見に来ると、フレイルは柄にもなく少しだけ緊張した。何故ならば、この5日間、リテイクに次ぐリテイクを出されまくっていたからだ。鬼ロイズの発動であった。


 しかし、ロイズの指摘事項を聞いてしまうと『確かに』と思って、不思議なことにすぐさま直したくなる。指摘事項は本当に指摘だけで、解のヒントすら与えられないものだから、頭を悩ます場面も多かった。その分、閃いたときの爽快感は、何物にも代え難い。


 ロイズはフレイルが作った魔法陣をじっと見た。360度、色んな角度から見てから、にんまりと笑ってサムズアップをした。


「素晴らしい~! 特にここ! こんなの俺でも思い付かないよ。すっごい勉強になった~」

「どうも」


 フレイルは内心、結構嬉しかった。ユアとのことがあるため、手放しでロイズを受け入れられない幼い心はあるものの、やはりロイズ・ロビンに認められたという事実は、魔法使いであれば誰だって嬉しくなる。

 そして何よりも、彼自身が頑張ったからこそ得られる喜びなのであろう。


「フライスは才能あるよ。五学年の時点で、国に提出する魔法陣を描いちゃうんだから、すごいね~」

「は? 国に提出?」

「早速、カリストンと試してみよう。大丈夫そうだったら魔法省宛てに申請書を出そうね」

「へ? 魔法省?」


 ロイズは、申請書に「えーっと、発明者はフレイル・フライスっと」とか言いながら、サラサラと書き出した。


「ちょっと待って。なんすか、魔法省に提出って?」

「え? 研究成果だよ。魔力枯渇症の暫定(ざんてい)対策として、有効な魔法陣を作ったわけでしょ~。申請して色んな人に使ってもらおうね」

「は!!?」

「発明者はフレイル・フライスで出しとくからね」

「まじすか」

「まじでーす」


 ロイズが『いっひっひ~』と歯を見せてイタズラに笑うと、フレイルは思わず絶句した。

 だって、カリラのために開発をしていただけで、国中の魔力枯渇症に悩む人々を助けるだなんて高尚さは、持ち合わせていなかったのだから。


「あはは! フライスの魔法陣は、魔法省のプロから見ても文句ナシの逸品だよ。大丈夫、大丈夫~」

「はーーぁ、初めから、そのつもりだったんすか?」

「もし上手くできたなら、ね」


 悪戯に笑うロイズは、先生というよりもロイズ・ロビンという魔法使いだった。刺激を与えられ、好奇心や探究心を引っ張られるこの感覚は、初めてのことだった。フレイルは、ほんの少しだけユア(助手)が羨ましくなった。

 そして本家本元の助手であるユアをチラリと見ると、書類の束に埋もれながらフレイルに思いっきりガンを飛ばしていた。ロイズがいなければ舌打ちついでに足でも踏んできそうな、禍々(まがまが)しい雰囲気だった。『あんたに助手の座は渡さない!』と、顔に書いてあった。もはや顔芸だった。


 ―― 驚くほど可愛くねぇ女だな


 なんでこんな女を好きなのか、ため息しか出ないフライスであった。



 そして一方、ユアが(さば)いている書類の束。これはリグトが人間都市で聞き込みしまくっている、魔力枯渇症患者のデータである。


 どうやら、人間都市では『あのロイズ・ロビンがとうとう魔力枯渇症を調査し始めたらしい』と、大きな噂になっているのだ。そして、そのロイズが派遣したとされるリグトの元に、わんさか患者が来る。魔力枯渇症を患っている、救いの手を求める魔法使いたちが、毎日わんさかと。


 リグトは、努力型の優等生魔法使いだ。ものすごい速度で書類を仕上げて送ってくる。同じく努力型で優等生魔法使いのユアが、ものすごい速度でそれを捌いて分析し、まとめ上げる。まるで競い合うように、データを積み上げているのだった。


 あっちにこっちにいるライバル相手に、ユアは必死に戦っていた。ロイズは、ユア以外を助手()に取る気などサラサラないにも関わらず、彼女は一体何と戦っているのか。心根がお馬鹿さんであった。


 そんなユアの目前に、また書類が一枚ふわりと舞うようにして届いた。ロイズが『研究室直送郵便ポスト』をリグトに渡しているため、こうやってリアルタイムで書類が送られてくるのだ。


「くっ、また来たわね。受けて立つわ!」

「うるせぇぞ、ガリ勉」

「ガリ勉がすぎるぅ~♪」

「……(血気盛んなユラリスも可愛いなぁ)」


 ちなみに当事者のカリラは、何もやらずに(ソラ)っぽく改装された応接室で遊んでいるだけだった。




ーーーーーーーー




「よし、送付完了っと」


 ユアがガリ勉を発揮している間、リグトは人間都市の治療医院で大人気治癒士として名を馳せていた。


「じゃあ次の方、2名入ってくださーい」


 リグトがそう言うと、腰が曲がったおばあちゃんと、足を怪我した女性が入ってきた。


「こんにちは、治癒したい箇所は?」


 雑談を許さないような挨拶からの即問診の流れに、相手は少し面食らいつつも「腰が」「足が」と患部をさするように訴えた。


「じゃあいきます」


 リグトが両手で治癒魔法を同時発動させると、「わぁ、温かい!」と感嘆の声を上げる。


「はい、足の怪我完治。次の方、1名入ってくださーい」


 リグトはおばあちゃんの腰に治癒魔法をかけつつ、新しい患者に「こんにちは、治癒したい箇所は?」と、問診とも言えない質問を投げかける。優しさも温かみもない、超流れ作業だ。だがしかし。


「治った!」

「嘘みたいに痛くないわ!」

「やたら顔が良いわね」

「すごいねぇ、こんなに真っ直ぐ歩けるのは五年ぶりだよ」

「美男子……」

「魔法使いってすごいんだなぁ!」

「魔導具なしの治癒って、こんな早いのか」

「しかも、魔導具買うより安いし」

「そしてイケメン!」

「神!!」


 と、大絶賛の大人気であった。瞬く間に噂が広がり、夏の暑さに負けずに長蛇の列が出来るほどであった。


 『具合悪いのに暑い中並ぶのか?』と、不思議に思いつつも、そこは真面目な優等生。見るに見かねたリグトが、風魔法と難度の高い氷魔法を発動させて、並んでいても大丈夫なように涼しい環境を作ってあげると、大歓声の大評判!! ものすごい反響であった。

 勿論、リグトは若干引いていた。だが、歩合制で金が貰える関係上、並んでくれる方が有り難かった。にこやかに、患者()に会釈をしていた。



 人間都市に、魔法使いは殆どいない。語弊無く言えば、『魔法使い』だと人間に認識されている魔法使いは殆どいない。


 魔法省の人間都市支部局で働く魔法使いもいるが自宅は魔法都市にあり、転移で通勤しているため、人間と接触することはあまりない。人間都市を歩き回ったり、人間と接触することがあったとしても、魔法を使うと怖がられることを知っているため、彼らはみんな人間のフリをしている。

 そのため、人間たちが『普通の(優しい)魔法使い』を知る機会は殆どなかったのだ。


「いや~、兄ちゃんみたいな魔法使いがいるとは知らなかったよ」

「ホント! みんなこんな優しい魔法使いなら良いのにねぇ。魔法使いって野蛮で怖い人ばかりだから」


 それを聞いたリグトは「そんなことないですよ」と言って否定をした。


「大体の魔法使いは普通の人です。昔、此処に来ていた最低なやつらが異端なのだと、俺は思ってます」


 患者の二人はきょとんとした顔をしていたが、リグトが「治癒完了です」と言うと、「ありがとう」と、にこやかに帰って行った。


 ―― ゼアさんみたいな魔法使いだって魔力補充に来ていたのに


 ユアの父親であるゼア・ユラリスも魔力補充で人間都市に度々訪れていた。そのときは同行していた魔法使いを含めて、誰も人間に害を与えるようなことはしなかった。それどころか、そこで出会った若い人間の女性と恋に落ちて、結婚までしているのだ。

 それでもここまで『魔法使いは怖い』という印象が人間に根付いているのを目の当たりにして、その根深さにため息が出る。


 圧倒的な能力の差があるからこそ、強者である魔法使いの内たった一人でも弱者に害を与えたならば、その恐怖は瞬く間に伝搬する。


 ―― 少しずつ、やっていくしかないんだろうな


 恐怖を一気に取り除くことは難しい。少しずつ、浸透させていくように、濾過するように、取り除いていくしかないのだ。


「リグトくん」


 ぼんやりとそんなことを考えながら治癒をしまくっていると、治療医院のスタッフが声をかけてきた。


「次は枯渇症の人ですか?」

「えぇ、奥に案内してあります」

「ありがとうございます」


 リグトは治療中の患者を手早く治癒して、奥の部屋に入った。リグトが治療医院でバイトをしていることを聞きつけた魔力枯渇症の患者が、こうやって訪れてくるのだ。


「よろしくお願いします。リグト・リグオールです」

「よろしくお願いします。……ロイズ・ロビンが魔力枯渇症を調査していると聞いたのですが、本当なんですか?」

「はい、本人は現在魔法都市で原因究明の真っ最中です」


 不安そうな魔力枯渇症患者にそう告げると、患者の瞳が揺れて、幾らか陰りが減った。


「そうですか、あのロイズ・ロビンが……あぁ、良かった……、本当に、ありがとうございます」


 涙こそ流さないものの、両手を握り締めてリグトにお礼を言う姿に、現金なリグトであっても心に感じるものがあった。


「早速、お伺いしても?」

「はい」

「魔力枯渇症になったのはいつ頃ですか?」

「2ヶ月前から徐々に魔力がなくなっていき、1ヶ月前に残量50%になったところで人間都市に移住しました。今は魔力を殆ど使わずに生活しています」

「残量はどれくらいですか?」

「35%くらいです」

「すると、1ヶ月で15%程度の減少ということですね」

「はい……魔法使いとしての余命は、あと2ヶ月ちょっとです」


 自嘲気味に笑うその姿は、とても寂しそうだった。魔法使いが魔力を失うということは、生きる力を失うということだ。人間都市にいれば魔力がなくても生活に困ることはない。それでも、アイデンティティを失うことは、生きる意味を失うことに等しい。


「他に症状はありますか?」

「そうですね……時々、グラグラする感じがします」

「目眩ですか?」

「似ていますが、普通の目眩とは少し違うような。宙に浮いてるような不安定な感覚があります」

「なるほど……確かに、他の方も同じようなことを言ってました」


 リグトがカリカリとペンを走らせると、枯渇症の患者はその走るペン先をぼんやりと見ながら、ぽつりぽつりと話をし出した。


「魔力が減っていくのが怖くて仕方ないんです。……子供がいるんですけどね、まだ小さくて。とても人間都市では暮らせないから、僕だけ移住してきたんです」

「では、離れ離れに?」

「はい。もう、寂しくて情けなくて……。魔法都市での仕事は続けられないし、こっちで必死に働いていますが、忙しくて妻にも子供にもなかなか会えないし、もう本当に、なんでこんなことになっちゃったんだろうって。毎日、毎日、思っています」


 彼のように、家族は魔法都市で暮らし、枯渇症を患った自分だけが人間都市に移住しているという魔法使いも珍しくはない。魔法使いとしての職を失い、慣れない人間都市で働き、徐々に消えていく魔力と共に一人寂しく眠れぬ夜を過ごすのだ。


「……ありがとうございます。調査は以上です。もし可能であれば、採血と心臓波形のデータを取らせて頂けませんか?」

「心臓波形とは何ですか?」

「心臓の動きをデータにしたものです。こんな感じで波形になって数値化できます」


 リグトが心臓波形の見本を見せると、枯渇症患者は訝しげに首を傾げながらも頷いてくれた。


「採血はどうしますか? 正直に申し上げると、これまで100名以上の枯渇症患者と会っていますが、採血に同意して貰えていません」


 枯渇症患者も採血が相当イヤなのだろう。苦渋するように顔を歪めた。


「これも正直な話ですが、ロイズ・ロビンの元に枯渇症患者の採血サンプルが届かない限り、治療方法の確立は難しいでしょうね」


 リグトが諦めたように零すと、枯渇症患者の男性はハッとした顔をして、目を閉じた。きっと家族の顔を思い浮かべているのだろう。


「採血……やります。大丈夫です。少しでも枯渇症の原因究明に役立つのであれば!」

「本当ですか!? ありがとうございます、必ず役立てます」


 そうして得られた初めての採血結果は、すぐさまユアの元に送られた。


 

 

 

 


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