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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第四章 人と治癒の距離

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63話 卒業したらどうなるのかな



 さらに翌日。夏休み終了まで残り19日。


 ユラリス家の前に集合し、早速ロイズの研究室に転移した4人の魔法使い。

 ちなみに、フレイルは夏休み中に転移魔法をマスターしていた。『数回やってみたら出来たんで』とのフレイルの言葉に、ロイズが『いいね!』と答えたときのユアの険しい顔と言ったら。嫉妬丸出しだった。



 研究室に着いて早々、ロイズやユアが実験準備に取り掛かると、そこでフレイルが「その前に」と、ストップをかけた。


「昨日、家に帰ってから色々考えたんすけど」


 フレイルはそう言いながら、指先でスーッと魔法陣を描き始めた。


「魔力枯渇症が治ればいいんだろうけどさ、もし治せなかった場合に、リスク回避をしておいた方がいいかなって思って」


 描かれていく魔法陣を見て、ロイズが「わぁ、いいね~」と、またもや『いいねボタン』を押した。そんなロイズの様子に、またもや嫉妬丸出しでフレイルを睨むユアであった。


「こんな感じの魔法陣で、『リモート魔力共有』が出来ねぇっすかね?」

「リモート魔力共有~ぅ? なにそれぇ」

「魔法が使えれば、とりあえず退学は免れるだろ。だから、魔力を使う場面で魔力共有をすれば、仮に魔力が枯渇していても学園にはバレないだろ……ロイズ先生が黙っていれば、だけど」

「……フレイルぅ!! あんたってやつはぁ~!」


 カリラは感激して、フレイルをバシバシ叩いていた。フレイルは、ちょっと痛そうだった。


「ユアと先生は、根本的な解決……治すことを考えてるみたいだったから、俺は治せなかったときのことを考えておこうかなって思っただけ」

「すごいね~。フライス、天才!!」

「天才に天才って言われても嬉しくねぇっすけど。イヤミっぽい……」

「あはは!」


 満面の笑みで大絶賛のロイズ。それを見ていたユアは、


 ―― な、な、なんということ!? 助手の立場が脅かされているぅ!?


 人知れずフレイルの才能に恐怖していた。


 ユアやロイズは、ゴリゴリに魔法に取り組もうとする真っ直ぐな魔法使いである。それに対し、フレイルは、諦め上手で怠け心のある魔法使いだ。でも、それは一方で強みでもある。効率的な方法を模索することに長けているし、リスク回避の能力も高い。抜け道を探すことも上手いのだ。

 タイムリミットが決まっているこの問題に対し、フレイルのような人材がいることは有益であろう。


「なんかわかんないけどぉ、退学にならないならハッピッピ~♪」

「で、でも、リモート魔力共有となると、とっても魔力消費が激しいんじゃないかしら」

「そうなんだよなー。俺はそこまで魔力ないし、リグトとカリラを繋げることが出来たら、授業中だけでもごまかせねぇかな?」

「それだったらユラリスとカリストンを繋いでもいいかもね~。ユラリスも魔力量おばけでしょ?」

「え」


 ―― はっ!! まずいわ! 嘘が嘘だと知られてしまう!


 いつぞやか、見栄を張って魔力量おばけであると嘘をついてしまった件。ロイズは疑うこともなく、未だに信じたままだった。

 そんな詰まらない嘘をついたことなど、フレイルたちに伝えているわけもなかった。フレイルは「はぁ?」と、思いっきり不思議そうに首を傾げた。


「何言ってんすか? ユアが魔力量おばけなわ……むぐっ」

「そ、そうですね」

「むぐ……」


 ユアは慌ててフレイルの口を塞ぎ、「話を合わせて!」と耳打ちで懇願した。フレイルは『またバカ発揮してんのかよ』と察して、それ以上は何も言わなかった。


「……あのさ、フライスの魔法陣だけどさ、確かに魔力の消費が激しすぎるから、ここをこうしたらどうかな?」


 ロイズはフレイルとユアの違和感しかない距離の近さに気付かないフリをして、先ほどの魔法陣をじっと見て、その横に新しく魔法陣を描き始めた。


「……へー、なるほど」


 それを見ていたフレイルは、ロイズの描く魔法陣を見て、意外なことに素直に納得をしていた。ここから、二人の天才魔法使いが魔法陣開発談義に花を咲かせることとなる。


「それで、ここはもうちょっと柔らかめにして~」

「それだと、ここと繋がらない気がするんですけど」

「お、着眼点がいいね! そのときは、これを折り畳んで~」

「折り畳む……すっげぇ、なるほど。それでクルッと回すんですね」

「そうそう、よく分かるね! それでこっちは、この常套句を使って」

「えー、そんなスタンダードなやつより、こっちの方が格好良くないっすか?」


 そう言いながら、フレイルがロイズの横にスラスラと描き始める。


「あ~、それも格好良いね! でも、そうするとココが、ほらね、衝突しちゃう」

「本当だ」

「でも、それ格好良いね~。いっそのこと、こっちに使う?」

「!? すっげぇクールっすね」

「そうなると、ここをこうして、集めて散らして……ほら、フライスはこんな感じのも好きなんじゃない?」

「うわ、どストライクだわ」

「あはは! よーし、もうちょっとブラッシュアップして、実用的な感じにしてみようか。発案者のフライスに任せるね」

「……りょーかいっす」


 フレイルが金色の瞳を少し光らせて了承すると、ロイズは満足そうに頷いた。


 情熱がない生徒に情熱を植え付けるのは難しい。ロイズ的に言えば、それもある種の才能だからだ。その点で、ロイズはユアをとても高く評価している。才能を植え付けることなど、出来もしないと分かっているからだ。

 だけれど、どんな生徒であっても『面白い』と思わせることは出来る。それだけ魔法自体に魅力があるからだ。そして『ロイズ・ロビン』は、誰よりも魔法の魅力を知っていた。上級魔法学園に通うような生徒であれば、その魅力を少し教えるだけで、後は勝手にのめり込んでくれる。



「さて、魔力共有の魔法はフライスにお任せして。カリストン。引き続き、色々やってみようか~」

「はぁい♪」


 真剣な目で魔法陣を描いては消して、ブラッシュアップをしているフライス。その表情を見たロイズは、『これは成績が逆転する可能性もあるかな~』なんて思いながら、追われる立場の愛助手をチラリと見た。すると、感情が透けて見えるくらいに全力で悔しそうにしていた。

 ロイズは思わず吹き出しそうになりながら、口元を押さえてやり込んだ。


「ユラリス」

「は、はい」


 ロイズに声をかけられたユアは、ハッとして慌てて悔しさを押し込めた。


 ―― そのうち、助手も交代とかになっちゃうのかしら


 自分にフレイルのような才能がないことなど、承知も承知。先日、悪い魔法使いにコテンパンにやられたユアは、ここでもまた不安な気持ちが瞳を揺らしていた。


「大丈夫。ユラリスにはユラリスの良いところがたくさんあるからね。先生は、それをよーく知っています」


 でも、ロイズがそう言って不安な気持ちを救ってくれるものだから、ユアは胸がキュッと鳴った。そして、先生らしい笑顔でニコリと笑って、先生らしい手付きでユアの頭を優しく撫でてくれた。


 ―― うぅ……! もっともっと、たくさん頑張る!


 ガッツ溢れる努力型の魔法使い。その瞳に情熱を灯して、「ありがとうございます」と笑顔で返すと、撫でていたロイズの手がスルリと降りてきて、髪の毛先まで滑ってから離れた。その先生らしからぬ手付きに、ユアは一瞬で溶けそうになった。だって、そんなことをされたら、こう思ってしまう。


 ―― 先生は()私のことを()好きですね()!?


 ユアはもう期待しまくりであった。五七五の軽快なリズムに乗るほどに期待していた。

 一昨日だって、『卒業したら、ね』なんて仄めかすことを言われて、19歳・恋する乙女は、それはもう胸がドキドキした。

 


 ロイズの魔法陣を身体に刻まれたとき、ユアは彼の『所有物』になった気がして、ひどく高揚した。心臓の近くに彼の魔法陣が刻まれている様は、見る度に欲を駆り立てる。


 誰にも見えないところに魔法陣を刻みたかった理由は、他でもない。ユアは魔法陣を誰にも見せたくなかったのだ。悪い魔法使いだけでなく、誰にも。

 ロイズが自分のためだけに作った美しい魔法陣。そんな素敵なプレゼントを、誰かに簡単に晒すなんて勿体ないことはできなかった。自分だけのものにしたかった、これは激しい独占欲だ。


 魔法陣を刻むためであると分かっていても、ロイズの手が触れているだけで心地良くて、溶けそうになる。ドキドキが止まらなくて、ロイズにバレてしまうのではないかと思うと、余計にドキドキした。今だって、触れられた髪の先まで、熱を帯びているくらいだ。

 

 ―― 卒業したら、どうなるんですか?


 聞きたいけど聞けないから、聞かない。そうやって言葉を押し込むから、喉に言葉が詰まって胸がいっぱいになって、また彼にドキドキする。


 波が押し寄せるように、繰り返し、繰り返し、ずっと恋をし続けていく。


 卒業までの距離。あと、半年。






 

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