62話 小さいことを気に、しない!
翌日。朝9時、ロイズはユラリス家の玄関前に立っていた。
―― フライスもユラリス家の前に9時に行くって言ってたけど、転移魔法使えるようになったのかなぁ
なんてことを考えていたら、ガチャっとドアが開いて「あ! ロイズ先生、お待たせしました」と、慌てたようにユアが出て来た。
「暑いですよね。明日からは、家の中に転移してきてください」
「あはは! 大丈夫だよ。家の中は、さすがに遠慮するよ~」
と言っていると、ユアの後ろからカリラとフレイルが、とことこ付いてきた。
「もー! フレイルが遅いから、先生を待たせちゃったじゃない!」
「うるせぇなー。枕が変わると寝付けないタチなんだよ」
「えー? 昨日ぐーすか寝てたくせにぃ~♪」
「パン屋の血が、俺を早寝にさせるんだよ」
「パン屋の早起きはぁ~?」
「した。でも、お前らがぐーすか寝てたから、それ見てうっかり二度寝した」
「そして朝寝坊ぅ~♪」
「カリラに言われたくねぇわ。夏休みが俺を遅起きにさせるんだよ」
「睡眠時間が多過ぎる~♪」
「もう、ほらさっさと行くわよ。ロイズ先生、お待たせしました。お願いします」
ロイズは、やたら笑顔で「はーい」と答えた。
―― 泊まったの!? しかも同じ寝室!?
笑顔の下では、もちろん、心穏やかではいられなかった。詳細を聞きたかった。でも聞けやしない、そんなの教師として踏み込みすぎだ。
お泊まりの真実は、そんな艶っぽいものではない。落ち込むカリラを元気付けるために、妹のヒズを含む4人で、徹夜de耐久トランプ大会を開いたところ、全員スコーンと寝落ちした、というだけである。勿論、寝室ではなく、リビングスペースのソファで寝落ちしただけだ。
―― ダメだ。小さいことを気にするな。……でも、これが小さいことなのかどうか、わからないけどー!
「じゃあ、今日も元気に転移しまーす!!」
ロイズは、やたら元気に転移した。
そして、ふわりストンとロイズの研究室。さすがのカリラやフレイルも、『ロイズ・ロビンの研究室』に立ち入ったことに少し感激していた。
「さて、早速だけど、カリストンは採血しても大丈夫なタイプ?」
「ぇえ~、採血ですかぁ」
魔法使いにとって、血を見られることは最大のプライバシー侵害だ。カリラはテンションただ下がりで、かなり嫌そうにしていた。結局、ユアからの説得もあり、渋々了承してくれた。
「じゃあ、ユラリス。カリストンの採血やってくれる?」
ロイズの申し出に、ユアは一瞬不思議に思った。ユアのときは前のめりで採血をしていたロイズが、カリラの採血はやりたがらない。そこで、女性恐怖症気味だということをハッと思い出し、ロイズに頼られたのだと理解した。
「お任せください!」
魔導具を使えば簡単に行える採血ごときで、使命感を帯びて返事をするユアの真面目ガッツ感。フレイルは少し引いた。
「採血後に、フライスとカリストンで魔力の共有をして、また採血をします。フライス、いいかな?」
「共有……やったことねぇっすけど、大丈夫なんですか?」
「カリストンと魔力相性が良いから大丈夫! 悪い者同士でやると魔力が消失するから、無闇にやらないようにね」
「ふーん。先生は相性が見てすぐに分かるってこと?」
「うん、そうだよ~。フライスはどう? なんとなーく分かるときがあったりしない?」
フレイルは天才型の中でも、センス溢れる優秀な天才型だ。それを分かっているロイズの問いに、フレイルは顎に手を当てて「あー」と考えるように声を出した。
「あまり意識したことはないっすけど、何となく言いたいことは分かる気がする。例えば、俺はユア、カリラ、リグトの三人とは結構相性が良い……と思います」
「あったり~!」
「でも、ユアとリグトは悪くはないけど、良くもない。カリラとユアは相性は良い。リグトとカリラは普通くらい?」
「凄い! そこまで分かる魔法使いは、なかなかいないよ~。フライスは才能ある!」
「初対面の魔法使いのことは分かんねぇっすけどね。見てるとそのうち分かるようになる感じかな」
「うんうん、磨けば精度も上がると思うよ」
そこでフレイルが「ふーん?」と呟いて、ロイズをちょっと睨んだ。
「……最近気付いたんすけど、ユアと先生って相性すごい?」
「お、気付いた? うん、そうだよ~」
「ふーん、なるほど、理解しました」
フレイルは苦々しい顔をして、つまらなそうに金色の頭を掻いた。
「ロイズ先生、採血終わりました」
「あぁ~、なんか血を見られるの恥ずかしいぃ!」
「カリラ、安心しろ。お前の魔力なんて高が知れてること、俺らは知ってっから。な!」
「傷つくぅ~♪」
そうして見てみたカリラの血液は、透き通るような青紫色だった。ユアとフレイルは綺麗だと絶賛していたが、ロイズは訝しげにカリラの青紫色を見ていた。
「カリストン。今の魔力量の残量は?」
「うーん、80%くらいですー。あんまり変わらないかなぁ」
「8割にしては輝きが少ない。キラキラ成分が濁ってる感じがする」
「単純に、カリラの才能の問題なんじゃね?」
「失礼がすぎるぅ~♪」
ロイズは『色が分かる魔導具』でカリラの青紫色を数値化するように仕掛けて置き、カリラとフレイルに「次は魔力の共有だね」と促した。
「どうやるんすか?」
「まずは、身体を接触させる。手を繋いだり、片方が肩に手を置いたり」
ロイズがそう言うと、カリラとフレイルが何も言わずに迷わず手を繋いだ。女性恐怖症気味で、誰とでも手を繋いだり出来ないロイズは、なんかちょっと面食らった。
「えっと、それで、まずはフライスがカリストンに魔力を流す。イメージとしては、血液をカリストンの身体に注ぐ感じかなぁ」
「……お、こんな感じかな」
「わぁ、キタキタ~! なんかパワーがみなぎるかんじぃ!」
「フライス、上手いね。カリストン、魔力量は増えてる?」
カリラはお腹に手を当てて悩むようにし、小さく首を振った。
「増えてなーい!」
「なるほど。じゃあ、そのまま簡単な魔法を使ってみてくれる?」
「はぁい。えーっと、魔法陣描き描き……と」
「相変わらずド下手だな。歪んでるぞー?」
「出来たぁ! フレイルに向かって、『泥団子』~♪」
「げっ!!」
フレイルは、至近距離の不意打ちで避けきれず、かといって共有をしたまま回避魔法を使っていいのか判断も出来なかった。そして、なすがまま、グシャッと音を立てて、顔の半分が泥まみれになった。
「カリラ……てめぇ」
「ひゃっふぅ~♪」
「二人とも、喧嘩はダメよ。カリラはどう? 魔力が減ってる感じはするかしら?」
「うーん……あ、しない! 減ってなーい!」
「ロイズ先生、一旦は魔力共有で残量を減らさないことが出来るかもしれませんね!」
「そうだね~」
「それより浄化魔法使っていい? 泥が口に入ってんだけど。まず……」
見かねたロイズが「浄化~」と言って浄化してあげると、キレイサッパリの金色の髪を軽くかき上げて、不服そうに「どうも」とお礼らしきものを言った。
「じゃあ次に、カリストンからフライスに魔力を流してみて」
「はぁい~。えーっと、こんな感じ?」
「……全然何もキてねぇけど」
「えーっと、こうかなぁ」
「全く欠片も送られてねぇって」
「じゃあこんな感じぃ?」
「いってぇな、それは手に力入れただけだろが! あーもー、下手くそすぎんだろ!」
「40番は伊達じゃないぃ~♪」
「伊達であってくれ」
そうやってカリラが試行錯誤すること20分。やっとこさ魔力の共有が出来て、二人は手を離した。20分間、カリラとフレイルのやり取りを見ていたロイズは思った。
―― ユラリスって、やっぱり優秀なんだなぁ
ちょっと気が遠くなったロイズであった。
そして、再度の採血の結果は、と言えば。
「変わらないね~」
「キラキラ成分も、色味も、全く変わらないですね」
「うーん、魔力の共有をすれば、魔法を使っても魔力量が減らないという証明にはなったけど……」
「逆に、魔力の共有だけで解決は出来ないってことも、証明されてしまいましたね」
ユアとロイズのやり取りを聞いていたフレイルが「ってかさ」と割って入った。
「魔力量がこれ以上減らなかったら、とりあえず退学は免れんの? それとも枯渇症になった時点で退学?」
「学園のルールには、一切書かれてないよ。魔力枯渇症について想定してないんだろうね。よって、魔力がゼロにならなければ退学は免れる、かな~」
「そうっすか……」
ロイズの言葉に、フレイルは考え込むように眉間に皺を寄せていた。
「せんせ~、ねむーい」
そこでカリラが採血後の眠気を訴えたため、今日はここまで。カリラはユラリス家へ、フレイルは自宅へ帰った。




