60話 夏休みの宿題、後回しにはできません
「ユアぁ~~!」
「カリラっ!」
「魔力がぁ、全然戻らないのぉ~、えーーん!!」
泣きながらユアに抱きつくカリラ。ユアはそっと頭を撫でて、寄り添うように支えた。親友二人の抱擁を、集まっていたフレイルとリグトは一歩下がって痛ましそうに見守っていた。
しかし、空気の読めない天才魔法使いは違った。
「カリストン。いつから魔力が戻らなくなったの?」
ロイズは、ずずいと前に出ながら、すぐさま事情聴取を始めた。このグイグイ具合に、フレイルが若干引いていた。
「うっ、ぐず、昨日の夜からですぅ、ひっく」
「昨日……マリーさんと三人で会った後ってことね?」
「うん、夕方に解散して、家に帰って、ご飯食べて、お腹はいっぱいになるのに、魔力が戻ってなくて……病気になる人は40歳以上って聞いてたのに、なんでぇ……? うぅっ」
その嘆きに、ユアは悲しそうな心配そうな表情をして、カリラをぎゅっと抱き締めた。すると、その泣き声を痛ましく思ったフレイルが、カリラの頭を撫でながら状況を説明した。
「ウチのパンを買いにカリラが来て、様子が変だったから捕まえたんだ。で、ユアとリグトに連絡した。カリラから先生にも連絡して欲しいって言われて、先生も呼んだってわけ」
「呼んでくれて良かったよ~、ありがとうね。それで、カリストン。残りの魔力はどれくらいある?」
ロイズの問い掛けに、カリラは「うーん」とお腹のあたりをさすった。
「80%くらい~」
「8割かぁ…」
ロイズは悩むように顎に手を当てた。
「せんせ~、私、退学ですかぁ? うっ、ぐず」
「退学!?」
退学という言葉に、フレイルが反応した。ロイズに向き直り、険しい顔で問い質した。
「魔力がなくなると、即退学になんの?」
「包み隠さずに言えば、即退学になるよ。入学要件を満たしてないからね」
ロイズの言葉に、それぞれ信じられないという顔をして言葉を失った。カリラは声を殺さずに大声で泣き出した。
「でも」
と、ロイズは続けた。
「カリストンはやっぱり運が良いね~。今は夏休み。夏休み中に解決すれば、学園にはバレない。問題ないよ」
「解決って……魔力枯渇症は原因不明ですよね?」
リグトがそういうと、ロイズはニコッと笑った。
「解決するしかないでしょ~」
「マジすか」
呆気に取られる生徒たちを見て、ロイズは好戦的にニヤリと笑ってみせた。
「腹括って、やり切るしかない」
そうやって答える姿は、魔法教師ではなく、天才魔法使いロイズ・ロビンそのものだった。
「というわけで、カリストンには、なるべく魔力を温存してほしいんだけど、その常時使ってる魔法は止められない感じ?」
ロイズの問い掛けに、カリラはギクッと身体を震わせた。
「常時使ってる魔法? なにそれ?」
フレイルが不思議そうにすると、カリラは「秘密なの~」と、困ったように答えた。
カリラが常時使ってる魔法とは、カリストン家に伝わる『秘密の分析魔法』のことである。この魔法のおかげで、カリラは『選択肢の中で一番成功率の高いものを選び取る』ということを続け、上級魔法学園で生き残っているのだった。
「こ、これは、止めちゃうとお父さんに怒られるんです~」
「ふーん?」
「カリストンみたいに、家の都合で秘密の魔法を使っている子は結構いるんだよ。秘密は秘密だから、あまり詮索しないでおこうね、ごめんね」
ロイズがフォローするように謝ると、不服そうにしながらもフレイルは引き下がった。
「それで、カリストンのお父さんは、魔力枯渇症のことを知ってるの?」
「まだ言ってません~、言ったら跡継ぎから外されちゃうかなぁと思うと……ひぃ、こわぁい!」
「じゃあ、このことを知ってるのは、ここにいる5人だけかな?」
「そうです~」
「そしたら、カリストンの親に言うか言わないかは任せるよ。俺たちは他言無用。秘密にしておこうね~」
ロイズが悪戯に笑うと、生徒4人は固く誓うように頷いた。
「でも、その常時使ってる魔法。割と魔力を消費しちゃうから、どうにかしたいよね~」
ロイズが悩むようにすると、それを見たユアが「魔法陣を見せて貰えないかしら?」と、カリラに提案をした。
「常時発動させていることを監視できるような条件を魔法陣に組み込んであるならば、魔力の消費がとても激しいはずなの。だから、実際にはそんな条件は使っていないと思うわ」
「ってことは、常時発動させてなくてもいいってことか?」
「そうだと思う。魔法陣に条件が描かれているはずよ。現実的な条件で言えば……例えば、夜中の0時に魔法陣が使われていなかったら、お父さんに通報が行くとかね」
「ふーん、魔法陣を見て条件読み取れんの?」
「じっくり見れるなら、複雑でも読み取れる自信があるわ」
「さっすがガリ勉」
「ふふん、ガリ勉は誉め言葉よ!」
ユアの説明を聞いて、ロイズは人知れず漲っていた。
―― くぅ~! さすが俺の愛助手っ! 知識が深い上に、理知的で可愛い。あと、ものすっごい可愛い!
そして、べた褒めしていた。
「はなまるっ◎ そのとおりだね。カリストン、どうかな、ユラリスに見せられる?」
カリラは少し戸惑うような表情を見せたが、ユアの目をじっと見て、ふわりと笑って頷いた。『ユアなら大丈夫』と思ったのだろう、二人の絆が垣間見える瞬間であった。
カリラの魔法陣は、服を脱がないと見せられないということで、男性陣は部屋の外にポイッと出されてしまった。
さすがパン屋。階下から漂ってくるパンの良い香りが、廊下の空気の大半を占めていた。
「先生、本当に魔力枯渇症を解決できるんですか?」
「出来る出来ないじゃなくて、やるしかないよね」
「そもそもに魔力枯渇症って40歳以上がメインって聞いてたけど? なんでカリラが……ありえねぇだろ」
フレイルがため息交じりにそう言うと、「そうだ!」とロイズが思い出した。
「そこんとこ、魔法省の友達に聞いてみよ~。ちょっと通信するね!」
ロイズはそういうと「ザッカス・ザック、通信」と呟いた。
フレイルとリグトは目を合わせて驚いていた。通信魔法を見たのは初めてだったし、まさかの魔法陣ナシで発動するなんて驚きであったのだ。
以下、フレイルとリグトには聞こえない会話である。
「あ、ザッカス? やっほー!」
「ロイズか。忙しい。用件は?」
「夏期休暇を終えて、忙しさMAXって感じの声してるね~」
「その通りだよ、もはや長期休みが怖い」
「たった4日で長期休み~?」
「上級魔法学園の教師が羨ましい」
「あはは! 研究成果あげないと即クビだけどね~」
「それはそれでシビアな世界だな。って雑談してる暇はないんだけど」
ザッカスがそう言うと、ロイズもフレイルとリグトの訝しげな視線を受けて、話を進めなければと思い直した。
「そうそう。魔力枯渇症なんだけどさ、最近どんな状況?」
「魔力枯渇症? 何かあったのか?」
「こっちの事情はヒミツ~。教えて?」
「……まぁいいや。魔力枯渇症の患者は先月の倍以上。此処に来て急速に増えている」
「倍以上!?」
「しかも、今まで患者は40歳以上に限られていたのに、最近ではアンダー40でも発症している」
「原因は不明なまま? 何かヒントない?」
「ない。ぶっちゃけ魔法省も困ってる。そのうちロイズ・ロビンに解明依頼でもいくかもな」
「依頼されなくても解明したい~」
「ほう、困ってそうだな。何か分かったら連絡する」
「ありがと~。『通信切除』」
通信を切ると、「何か分かりました?」と、リグトが急かすように訊ねてきた。
「魔力枯渇症の患者は先月の倍以上。40歳以下でも発症例があるんだって」
「倍って……そんなんじゃ、そのうち魔法使いがいなくなって、人間だらけになるじゃん」
―― 魔法使いがいなくなる……?
フレイルの言葉が引っかかった。
「魔法使いが、いなくなる」
確かめるように、ロイズはそう呟いた。
そこで、ガチャッと部屋の扉が開いた。ユアが「もう入って大丈夫」と言うと、男性陣はパンの香りが薄い部屋に戻された。
「それで、どうだった?」
「予想通り。毎日、夕方17時にタイマーが仕掛けられているわ。その時間だけ魔法陣を発動できていれば、当分の間は誤魔化せる」
「ユア~ぁ! ありがとう~!!」
カリラの感謝のハグを受けて、ユアはぎゅっとハグを返して、そして一つ息を吐いた。
「カリラ。秘密の魔法陣なのに見せてくれてありがとうね」
「ううん~、ありがとうはこっちこそだよぉ」
「あのね、提案なんだけど……」
ユアは、そこでチラリとロイズを見た。その視線で、ユアの言いたいことが分かったロイズは、小さく頷いた。
「夏休み中、私の実家……ユラリス家にお泊まりしない?」
「ユアの家? いいけど、なんで~?」
「我が家なら、殆ど魔力を使わなくても暮らせるのよ」
その一言で、リグトもユアの言いたいことが分かったのだろう。諦めたように少しため息をついた。
「そうなの~? すっごい便利っ!」
「このバカリラ。そこは『なんで魔力なしで生活できるの~?』だろが」
フレイルの突っ込みに、ユアは小さく笑った。
「あのね、あんまり公にしてないんだけど、私のお母さんは人間なの。だから、我が家は魔力がなくても水も、火も、何でもスイッチ一つで使えるようになってる。人間都市みたいに」
「へー、そうなんだ。珍しいな」
「人間と魔法使いでも結婚できるの~? 知らなかったぁ♪ ロマンスぅ!」
「カリラの魔力を保存するためにも、その方がいいかなって」
ユアの提案に、カリラは高速で何回も頷いた。
「夏休みの課題もユアにやって貰えるし、一石二鳥~♪」
「……カリストン? それは自分でやってね?」
「こんなときに、お前ホント呑気だよなぁ」
少し和やかな雰囲気になったところで。ロイズは生徒4人に向かって、ニコッと笑って、話をまとめた。
「さて。タイムリミットは夏休みが終わるまで。目標は、カリストンの魔力枯渇症を治すこと」
4人は頷いた。
「そのために、カリストンには実験と調査に協力してもらうけど、大丈夫~?」
カリラは「はぁい!」と良いお返事。
「よし。それから、フライスにも協力をお願いしようかな~」
「俺? なにすんの?」
「この中でカリストンと魔力相性が一番良いのはフライスなんだ。色々協力してもらいたいかな~って」
「何か分かんないですけど、カリラが助かるなら何でも。ご自由にどーぞ」
フレイルの返事に、ロイズは満足そうに頷いた。そして、次はリグトに向き直った。
「リグオールは、アルバイトが詰まってるでしょ?」
「そうですね。夏休み中は毎日人間都市でバイトしてます」
「へ~! 人間都市に何しに行ってるの?」
「ナイアンさんの紹介で、治療医院で治癒しまくってます。歩合制なので、超稼げます」
「人間都市には治癒してくれるような魔法使いが常駐してないもんねぇ。すっごい良いことだね!」
「はい。超、稼げます」
さぞかし良いバイトなのだろう。やたらキリッとした顔のリグトであった。うん、顔が良い。
「でも、何か手伝うことがあったら、バイト辞めてこっちを優先します」
金の亡者であるリグトがそう言うと、カリラが「うぅ……いいやつっ!!」と涙ぐんだ。フレイルは「リグト、後でパンやるからな」とか言っていた。
「そしたら、リグオールには聞き取り調査をお願いしようかな~。もし時間があったらでいいから、人間都市にいる魔力枯渇症になった魔法使いから情報取りをして欲しい」
「なるほど……やります。それなら両立できます」
「あはは! ありがと。そしたら、こっちで手配しとくね~」
「お願いします」
リグトは自分も貢献できることがあると分かって、使命感を帯びた目でしっかりと答えた。
「うんうん。みんなが良い友達同士で、ロイズ先生は感動しました。素晴らしい~」
そして、ロイズはカリラに向き直った。
「カリストン、一緒にがんばろう」
そう言って、ニコッと笑った。
カリラは本当に持っている。出席番号1~3番を友達に持つだけでなく、担任教師がまさかの『天才魔法使いロイズ・ロビン』なのだから。国中探したって、たった40人しかいない超幸運だ。
解かなければ退学。
後のない『夏休みの宿題』が、5人の魔法使いに課せられたのだった。
夏休み終了まで。その距離、あと21日。




