59話 『言わせたい』という欲
「……あれ? ここは、先生のベッド……?」
ユアが目を覚ますと、そこはロイズの家だった。
「私、海の上で寝ちゃったんだわ」
ぼんやりと記憶を思い起こしたユアは、とりあえず身嗜みを整えたいと思い、洗面所に向かおうとドアを開ける。その瞬間、研究部屋の方から大きな物音が聞こえてきた。
ガタガタドタドタガタン! ガチャ! バタン!!
「お、おはよう、ユラリス!」
「おはようございます。そんなに慌ててどうかしました?」
「え、いやいや、全然! 何もないよ!」
―― 起きたらまたどっか行っちゃうかもしれないから、ドアが開いたら分かる魔法を秒で開発して、ずっとスタンバイしてたなんて知られたら絶対嫌われるから黙っておこう……
天才魔法使いの無駄使いであった。
「おなかは減ってる? お昼用意しておいたけど、どどどどうしますか……っ!?」
「わぁ、ありがとうございます。いただきます」
ニコッと笑って答えてくれるユアに、ロイズは心底ホッとする。19歳の女子生徒に振り回されすぎていた。
「は~、よかった~。食べよう、今すぐに。早速、パクパクもぐもぐと!」
「は、はい」
二人は小さなダイニングテーブルでランチを囲った。やたら豪華なランチ。相変わらず、ロイズは食べ物で釣ることしか出来ない不器用男であった。
「そういえば!」
しばらくの談笑の後。パイシチューをザクザクと崩しながら、ユアはパッと顔を明るくする。
「私、魔力量がものすごく上がったんです。濃度がとても濃くなった感じがします」
「やっぱり? 採血した青紫色、キラキラ成分も大幅アップしてたよ~」
「質感とかは変化ありました?」
「それは変化なしだね。あ、でも青紫色がかなり濃かったなぁ。俺の青紫色も濃いめだけど、それよりだいぶ濃い感じ」
「元人間だと赤が混じって濃くなるのかしら……? あとで見せてください」
「もちろん! 魔力量もアップしてるし、赤紫色のときは半分人間みたいなもので、青紫色で完全な魔法使いになるんだね~。それにしても、赤紫色の時点で魔力量おばけだったと思うと、ユラリスは凄いね~」
「!? えーっと、先生は変わりないですか?」
またもや詰まらない嘘を処理する機会を棒に振るユア。あんなゴタゴタがあった後に、嘘の暴露など出来まい。
だが、このテキトーな質問を受けて、ロイズが何かに気付いた様子で動きを止める。
「俺……?」
そこで初めて身体に違和感があることに気付いた。昨日からてんやわんやで、そこまで気が回らなかったのだ。
ロイズは目を瞑って、この違和感の正体を掴もうとする。
「魔力量は……確かに増えてはいるけど……。魔力の質感は変わらない。でもなんだろう、この違和感。何かが違う。うーん、分かんない」
「悪い方向の違和感ですか? 人間を魔法使い化することにデメリットがあるなら、かなり問題ですよね」
「……いや、悪くない。上手く言えないけど、今まで不安定だったものが、急に安定した感じ」
「魔力の共有で得られる安定感ですか。気になりますね」
「そうだね、魔力のきょ……」
そこで思い出してしまう。魔力の共有で起こった情事について。
ロイズは、朝の失態を深く反省していた。すれ違いや揉め事は解決できるうちに解決しておかないと、いつでも相手が目の前にいるわけではない。それを知って、深く反省をしたのだ。
ユアが家にいないと分かったときの絶望感。二度と味わいたくない。だから、今ここでちゃんと話をしておこうと、拳を握り締める。
「ユラリス、昨日の魔力の共有でのことなんだけどっ!!」
「は、はい……」
ユアも少し恥ずかしそうに、シチューをちょこちょこかき回していた。
ロイズはスッと立ち上がって頭を下げた。
「き、キスとか色々してしまって、ごめんなさい!! ユラリスから魔力を流された瞬間に、なんか頭がぽーっとしちゃって、抑えが効かなくて、あんなことになってしまいました。申し訳ございません!!」
「いえ、そんな! 私も頭がぽーっとしていて、よく分からなかったので、先生の言ってることも理解できます。私の方こそ、ごめんなさいっ!!」
ユアも立ち上がって頭を下げる。
向かい合わせで頭を下げ合って、合図もなく二人で同時に少し頭を上げる。そこで目が合って、同時に小さく笑った。魔力相性の良さが見せる、ピタリとした息の合方だ。
「ふふっ、座りましょうか」
ロイズもニコッと笑って「そうだね」と座り直す。
「それにしても、魔力の共有をするとあんな感じになるなんて、聞いたこともありませんでした」
「俺も。今まで魔力の共有をしたこともあるし、立ち会ったこともあるけど、あんな感じになるなんて見たこともない~」
「魔力相性の異常値から来るものなのでしょうか……?」
「わかんない。でも、もしそうだとしたら前途多難だよねぇ」
魔力相性が異常に良い者同士をペアにし、魔力の共有をさせた際に、否応なく相手を愛してしまうという副作用があるのであれば、受け入れられない人が続出であろう。
「そうですよね。きっと嫌だと思う人も多いですよね」
その言葉にぴくりと反応してしまう。
―― ユラリスはどうだったんだろう
こんなこと、聞くのは止めておこうと思った。だけど、彼女の気持ちを知っているロイズとしては、少し踏み込んでみたかった。彼女の気持ちを、その反応を、確かめてみたくなる。
「ユラリスは、嫌だった……?」
「え!?」
少しどころか思いっきり踏み込んでしまうあたり、恋愛ぽんこつ野郎。少しくらい逃げ道を残した聞き方に出来ないものかと。
なまじ自信を持ってしまった男は怖い。熱っぽい飴色の瞳を武器にして、『言わせたい』という欲が全面に出ていた。
「えっと……その、私は」
「うん」
「嫌では、ないです」
「嫌じゃなかったんだ?」
「……はい」
顔を真っ赤にして俯いて、シチューをクルクルかき混ぜながら一生懸命伝えてくれる姿は。
―― かっわいいいーーー!!
コッペパンを握り締めながら、愛を噛み締める。夏休み、23歳男性教師、はめをはずしすぎだ。
「せ、先生は!?」
うっかりニヤニヤしそうな口元を、ほかほかのコッペパンで隠しながらモグモグ食べていると、今度は愛助手からの反撃が来た。
「うん?」
「ロイズ先生は、嫌でしたか!?」
嫌なわけもないし、むしろめっちゃくちゃ良かったし、出来ることならばもっとしたいというのが素直すぎる感想であるが、それを生徒に言うのは憚られる。
生徒から言われる分には問題ないが、教師側から言うのは問題があるというのが、ロイズの勝手な見解であった。
「ロイズ先生として答えると、『ナイショ』です」
ニコッと笑って、誤魔化すようにコッペパンをもぐっと食べると、ユアが不満そうな顔を見せる。こんな表情を見せるのも珍しく、『これはこれで』と思ったり。
ムスッとした顔をして、同じくコッペパンをパクッと食べるその口が可愛くて、甘えてくる感じがすごく可愛くて、ロイズはついうっかり甘やかす。
「卒業したら、ね」
なんて、いらぬことを言ってしまうのであった。
そんなことを言われたら、期待せずにはいられない19歳。ユアはガタッと勢いよく立ち上がって「それって……!」と言ったところで、ロイズが「あ、なんか来る」と呟いた。
すると、ユアの目の前に金色に輝く魔法陣が浮かび上がる。『こんなときに誰よ!?』と、ユアはそれをじろりと睨む。こんなときに邪魔をしてくる金色と言えば。
「フライスからだね~」
フレイル・フライス。ユアに片思いをしている金髪金瞳のフツメンだ。メッセージにはこう書かれていた。
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ユアへ
カリラが魔力枯渇症になったっぽい。
急いで俺ん家に集合。
フレイル
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「「え!?」」
二人が同時に声を上げると、そこで今度はロイズの前に金色の魔法陣が現れる。こちらも同じようなメッセージが教師向けの丁寧口調で書かれていた。
「急いで行こう」
「はい、お願いします!」
ランチをそのまま放置して、すぐさまフレイルの家に向かった。




