55話 魔力を共有すると、エロくなる
R15
家に着くと、ロイズは彼女を抱えたまま寝室に飛び込み、ベッドにそっと寝かせた。
「ユラリス、大丈夫? もう家に着いたからね、安心してね」
まだ少し残っていた傷に手を当てて治癒をすると、辛そうな彼女の表情が少しだけ和らいだ。しかし、青白い顔はそのままで、浅い呼吸を繰り返していた。
「そっか、魔力切れだ」
さっきの男が魔力吸収をしていたことを思い出し、ユアが魔力切れを起こしていると気付く。ロイズは、ユアの指に自分の指をそっと絡めて、手を握った。
「ユラリス、大丈夫だよ。俺の魔力を上げるからね」
大切そうに絡め取った指と手に、意識を集中させた。指先から指先へ、血液を流し込むように魔力を注ぐと、身体から魔力が無くなっていく感覚にロイズは少しホッとする。
しかし、魔力が無くなっていく感覚だけでなく、高揚感のような、ふわふわした感覚がじんわりと滲んだ。
―― なんだろ、何か変な感覚。あ、ユラリスの顔色、戻った。良かったぁ
さすが魔力相性が良い二人だ、ユアの顔色は一瞬で良くなった。……いや、良くなりすぎていた。
意識が戻ったのだろう、少し開けられた目から覗いた瞳は潤んでいた。
「ぁん……」
ユアが小さく声を出すと、ロイズはその声の甘さに脳天がカチ割れるかと思った。
「えっと、ユラリス……? 大丈夫?」
「やん……ん…ぁ…」
―― え、え、え、エロい!!!!
潤んだ瞳で頬を紅潮させ、甘く鳴くユア。時々、身体をビクッとさせて身じろぐ姿は、見ていられないほどにガン見させられた。
先ほどまでシリアスに生きるか死ぬかの死闘を繰り広げていたはずの彼女は、突然エロくなった。唐突のエロさに、ロイズは戸惑った。
ロイズは魔力の質が見て分かる。だから、これまでに魔力切れを起こした魔力相性の良い男友達に対し、魔力の共有をしたこともあった。ロイズ監修の元、友人同士が共有しているところに立ち会うことも多々あった。しかし、こんなエロスな感じになる友人は、当たり前だがいなかった。
―― 魔力の共有をすると、こんなエッチな感じになる人もいるの!? そんなの聞いたことない!!
衝撃を受けつつ、より一層手をぎゅっと握って魔力を流しながら、ロイズはエロいユアをじっと見ていた。やたらエロい。
「なぁに、これ。ん……きもちいい」
「……気持ちいいの?」
「きもち、いい、ん、せんせ、なにこれぇ…あ……」
「魔力の共有は初めて?」
「うん、はじめ、て……すご、い……」
「なにがすごいの?」
「せんせ、の、きもち、いい」
「魔力流すのもう止めていい?」
「やぁ、だめぇ、もっと……」
―― これはヤバい……最高が過ぎる
ついうっかり色々言わせてみたくなってしまう最低が過ぎる23歳男性教師、完全にアウトである。アウト判定を自ら下しつつ、全神経を使ってとりあえずガン見した。人生ずっと少年期として過ごしてきたロイズには、べらぼうに刺激が強くて少し目眩がしそうになった。
―― 思い出せ、俺は教師だ。先生だ
正気に戻る鉄壁の呪文を唱えて、心を落ち着かせた。
「コホン。じゃあユラリスも流してみようか」
「ぁ……ん……ながす? せんせ、もっとぉ」
「もっと、なに?」
「せんせぇ、のちょーだい」
「……あーーなにこれ超可愛い……いや、コホン、失礼。魔力の共有による魔力の補充は、片方が魔力を流すだけでは意味がないんだ。手を離した瞬間にまた魔力切れになるからね」
「やだぁ、てぇ、はなさ、ないでぇ……」
ロイズは『このまま一生手を繋いでいようかな』と思ったが、頭を振ってその考えを捨て去った。
「コホン。ユラリスから魔力を流せば、しっかりと共有がされて蓋がされる。手を離しても大丈夫になる。どう出来そう?」
「ん……でき、るぅ……」
ユアは絡めたロイズの指をぎゅっとして、エロいままで辿々しく魔力を流してきた。その瞬間、ロイズの心臓がドクンと跳ね上がった。
「待って、なんかこれ、違う」
魔力の共有を行うのは初めてではない。でもこの感覚は初めてだった。ユアから魔力を流された瞬間に、とても強い高揚感のような感覚が押し寄せてきた。
今までにない感覚に、慌ててユアにストップをかけようとしたが、もう遅かった。ユアはコツを掴んだのだろう、ロイズの手をぎゅっとして、魔力を一気に流し込んだ。
―― あ、ダメだ、切れる
そして、ロイズの中の何かがブチっと切れた。
それが切れてしまった男が、ベッドの上にいる好きな子を相手にしては為す術もない。手を繋いだまま、ロイズはユアに覆い被さる様にベッドに体重をかけると、彼女を愛おしそうに見つめた。
二人の視線が、魔力が、重なって強め合った。
ロイズは強く引っ張られるように、ユアの頬にキスを落とし、髪に、こめかみに、首筋に、愛してると告げるように、そっと口付けを落とし続けた。
その度に彼女が身体を震わせて気持ちよさそうな声を上げるものだから、理性が切れたロイズは止まらなかった。
「ユラリス」
そう言って、込み上げる愛情を抑えることも出来ずに、彼女の唇にキスした。
そっと唇を離すと、自分を見上げる可愛い瞳と目が合った。その瞳を見たとき、ロイズは『彼女は自分のものだ』ということを深く確信した。そして導かれるように、そして確かめるようにまたキスをする。
二人の触れている時間が長くなると、どちらともなくもっと深く触れたいとそれを絡ませる。そうなると、もっと欲しくなって、少しずつ深くなるキスにロイズは痺れた。
―― 美味しい
彼女の淹れる珈琲、彼女の香り、彼女の魔力。ロイズを狂わせる美味しさに、頭がぼんやりとする。
もっと欲しくて堪らなくて、ロイズはキスをしながらユアに触れた。繋いでいた手を解いて、代わりに絡めるようなキスをしながらも、彼女の胸元のボタンを一つ、二つ、三つ外し、開いたそこに顔を埋めてキスをした。
そのとき、まるで小鳥のさえずりのような声で「せんせい、せんせい」という言葉が頭に流れてきた。
―― せんせい……先生……先生!!?
ロイズはハッとして、手をピタリと止めた。
ベッドの上、ワンピースのボタンを外し続けている自分の右手、そして口元には柔らかい極上の感触、目の前の甘美なレース素材、左手は……スカートの中だとか言えやしない。
瞬間、ロイズはベッドから飛び降りて、一瞬でドアまで後ずさった。超速かった。
「……」
「……」
大惨事だ。ユアは顔を真っ赤にしていた。ロイズは顔を真っ青にして、頭は真っ白だった。
「ごごごごごめんなさい!!!」
「こここここちらこそ!!?」
お互いにそう言って、また無言になった。
「魔力ギレハナオリマシタカ?」
「あ、はい、おかげさまで!」
「今日ハ、モウカエル?」
「え!? あ、そうですね、わかりました」
ユアは真っ赤な顔で、服を整えた。ロイズが外したワンピースのボタンをいそいそと止めて、ロイズが捲ったスカートの裾をササッと直した。強烈な光景であったが、ロイズは余すところなく見た。アウトだ。
「送リマス」
「はい、お願いします」
そして、転移でユラリス家に送り届け、呆然としながら転移で帰ってきた。玄関のドアを閉じた瞬間。
「うわぁぁあああ!! なんてことをしたんだ俺はぁぁぁぁああ!!」
両手で顔を覆って、しゃがみこんだ。
「なにあれ!? あんなことある!? 魔力の共有であんな感じになる!? 絶対おかしい、初めて聞いたよ!! あんな……」
そこで先程のアレコレを、脳内で鮮明に蘇らせた。ユアの可愛らしい唇、柔らかいあれ、美味しいキス、甘く狂わせる香りと声、とろんとした瞳。
―― すっっっごい、良かった……。ものすっっっごい、可愛いかった
なんて思ってはいけない。その感想を消すように、賺さず「うわぁぁ!」とまた叫び、とにかく今後のことを考えようと、意識を真面目方向にシフトさせた。
逃げるように研究部屋に入り込み、ペンを握り締めて頭を絞り上げ、真面目なことを考える。
「えーっと、魔力の共有をしたわけだから、まずは採血で色の確認をしなきゃだよね~。あとは心臓の挙動に変化がないかを魔導具で確認する。早速明日やろう……って、明日、どんな顔で会えばいいんだぁあ!?!」
ロイズは自分の考えの浅さに辟易した。あの後、すぐに帰すのではなく、ちゃんと話しておけば良かったのだ。それなのに、とりあえず一人になって落ち着きたかったロイズは、そのままユアを帰してしまうというスーパー悪手を打ってしまった。これでは、明日が相当気まずい。
「ユラリス、怒ってるよね……」
ユアには好きな男性がいると聞く。それなのに好きでもない担任教師にキスをされ、ベッドの上で合意もなく色々と触られたわけだ。事件性が強い。
「そう言えば、この前のデートが人生初デートだとかザッカスが言ってた気がする。ということは、ファーストキス!?」
薄汚い女共に半裸で襲われることは多々あったが、全て手酷く返り討ちにしていた関係上、ロイズは当たり前にファーストキスであった。
相手がユアというのは願ったり叶ったりであるが、そもそもに大切に取っておいたわけでもない。『部屋の片隅に、埃を被ったファーストキスが置いてあった』くらいの感覚だ。そこに誇りはなかった。
しかし、なんとなーくぼんやりとした乏しい知識によると、女の子のファーストキスはとても大事だと聞く。
夜景を見ながらとか、よくわからんがロマンチック的な場所で、軽く触れるだけのキス的なやつが美しき思い出になるとか何とか、昔どこかで聞いたような気がした。
それを好きでもない男と、しかもベッドの上で服を脱がされつつ、深めのやつで済ませたとなったら。
「絶対、嫌われた……」
精神的に死んだ。ペンを持つ気力も握力も、もう欠片もなかった。
三時間ほど実験テーブルに突っ伏して、それからフラフラと風呂に入り、夕食も食べずに寝室に入って、そこでまた色々と思い出して、結局リビングのソファで完徹した。波の音がやたら響いた。
一方、ユアの方は、と言えば。




