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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第三章 魔法使いと人間の距離

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54話 ロイズ・ロビンの宝物



 時は少し遡る。


 ユアが女子会で恋バナ全開、メロンソーダに浮かぶ甘いアイスクリームを楽しんでいた、その頃。海の真ん中にポツンとある白い家では、ロイズが魔法の開発に勤しんでいた。


「うーん、発信だとこんな感じ?」


 グニグニと(うごめ)く無数の魔法陣。その中心にロイズはぷかりと浮かぶ。


「追跡の方が良いかなぁ。呼び出しもあった方がいい? あーもう、いっそ全部乗せ?」


 そうして魔法陣を描きまくること、二時間。


「できた~!」


 天才すぎるロイズ・ロビンは、やたらめったら美しく機能的で非の打ち所のない新しい魔法を完成させてしまうのだった。

 しかし、その魔法陣と向き合ってみると、これはなかなか……。


「我ながら、とっても気持ち悪い魔法が出来てしまった……これどうしよう」


 昨日、ユアが練習していたショートメッセージ魔法陣を見て、もう少し使い勝手が良いように改良したいなと思ったのが、開発のキッカケだ。


 メッセージを送受信するのは良いが、いちいち文章を書くのも大変だ。相手の魔力のイメージを掴んで送信するのも、センスがあるロイズやフレイルならば容易いが、努力型のユアにはなかなかに難度が高い。


 そこで、ロイズとユア専用の連絡ツールを作ったら便利ではないかと思い始め、録音した音声をパッと送り合えるような『ボイスメッセージ魔法陣』に改良しようとしたのだ。


 開発していくと、段々とあれもこれもと欲深くなっていく。


 ユアがロイズに現在位置のシグナルを送れる方が面倒が少ないなと思い始め、発信機能を追加。いやいや、発信というよりも、リアルタイムで常に場所を把握できる方が便利かと思い、追跡魔法を追加。

 さらに、ワンアクションでお互いを転移呼び出しできる機能なども追加した結果、『ストーカーがとっても捗る魔法』かつ『束縛がすぎる恐怖の魔法』が出来てしまったのだ。


「冷静になってみるとダメだこれ。こんなのユラリスに即嫌われるやつじゃん……。そもそもに研究パートナーとしても教師としても踏み込みすぎっ! はい、お蔵入り~」


 即行でお蔵入りになってしまった魔法陣であった。


「あーあ、つまんないの。今頃なにしてんのかなー」


 ユアがいない休日のつまんなさに辟易しつつ、またもや空中でゴロゴロするオフの日のロイズ。無趣味がすぎる。


 ユアが言っていた女子会とやら。一体なにをするのだろうかと、『女子会』の会話を想像してみた。魔法の話はしないだろうし、研究の話もしないだろう。


 人生ずっと少年期のロイズは、女の子同士がする話が全く思い付かない残念な23歳。でも一つだけ、恋愛の話をするだろうことは、何となく分かった。


「そういえば、ユラリスの好きなやつって誰なんだろ~。やっぱリグオール(リグト)フライス(フレイル)のどっちかかなぁ。仲良いもんね~」


 ぽつりと呟いてみると、思いの外、(えぐ)られた。


 ―― うぐ……ツラい


「でも、恋人になろうが、結婚しようが、()()はその程度。魔力相性には抗えないもんね」


 この言葉の意味。これはロイズの根底にある『魔力相性至上主義』が生む価値観だ。

 彼は心底思っている。ユアが誰を好きであろうと、誰かと恋人関係になったり、結婚をしたとしても、ロイズよりも魔力相性の良い誰かが現れない限り、ユアはロイズの元を離れられない、と。


 ザッカスとのデートをやたら快く思っていたのは、勿論ユアの幸せを願っているからではあるものの、根底にあるのは『ザッカスの魔力相性ごときでは、俺とユラリスは揺るがない』という価値観があるからだ。

 逆に、ユアへの恋愛感情を魔力相性のせいだと決め付けているのも、この価値観が理由だ。


 まさに、センス溢れる天才魔法使いの良し悪し。



 そうして、プカプカ浮いていると、「あ! ユラリスから来る!」とアンテナがビビっと来た。五拍置いて、目の前に青紫色の魔法陣が現れる。


「やっぱりユラリスだ~♪」


 超ゴキゲンで魔法陣に魔力を込めて、メッセージを受け取ったが。


「あれ、何も書いてない」


 瞬間、指先から脳天まで嫌な感覚が突き抜ける。


 ―― なんか嫌な感じ……


 すぐさま転移で家の外に出ると、白い家の上空まで移動してピタリと止まる。神経を研ぎ澄ませるように目を瞑った。


 何をしているか。そう、今さっき受け取ったショートメッセージ魔法陣の魔力を辿って、ユアの場所を特定しようとしているのだ。ロイズ・ロビンにかかれば水に囲まれたこの環境であっても、これくらい朝飯前である……はずだが。


「おかしいな、分かんない。かなり遠いところにいるってこと?」


 次に「ユア・ユラリス、探索」と呟いて、両手を広げた。これはロイズ開発の探索魔法だ。人間と魔法使いを対等な関係にするための手立てとして、魔力以外のエネルギー源がないか探索をするために開発された魔法である。


 これはかなり広範囲を対象にして探し物ができる一方で、明確な場所の特定はできない。スクリーニング魔法である。


「ユラリス……いた。これは、北の……荒野!?」


 ユアが荒野に用事があるわけもない。きっとトラブルがあったのだと推測し、すぐさま転移をした。


 ふわり、ストン。


「広っ!」


 北の荒野は広かった。見渡してみても彼女はいない。荒野のどこかにいるというのは何となく分かるが、明確な場所が分からない。

 こんなところに、彼女が自分で転移できるわけもない。空白のメッセージは、ユアからのSOS。誰かに無理やり連れて来られたのだと察した瞬間、ロイズに恐怖が襲った。


 もしも、彼女の身に何かあったらと思うと、頭が狂いそうになる。肘から指先が僅かに震え、頭から血が抜け落ちたみたいに真っ青になった。抜け落ちた血が胸に集まって、心臓がドクドクと早鐘を打った。


 焦る気持ちを抑えて、先ほどのショートメッセージ魔法陣の魔力を辿ったが、薄いためかどうにも難しい。そして、他の魔力に阻害される感覚がした。


 ―― 誰かが、ユラリスの近くにいる


 そのとき、遠くに何かがせり上がるのが見えた。そして金色の光と、爆発音。


「あれは実技試験のフライスの魔法……ユラリスだ!」


 そこにいるだろうユアをイメージして、ドクドクと高鳴る心臓をそのままに、「転移」と呟いた。


 ふわり、ストン。



「ユラリス!?」

「あ……せんせ……」


 速い鼓動でゼロ距離転移をした腕の中には、ダラリと力無くロイズに持たれかかるユアの姿があった。傷だらけ、血だらけで、そこら中に赤紫色が飛び散っている。

 彼女は真っ青な顔で辛うじて薄く目を開け、浅く呼吸をしていた。


 その姿に、ロイズの何かがブチッと切れた。


 冷えていく心とは別に、すぐさま治癒魔法を掛けつつ、防御壁で彼女を優しく包む。すると、安堵したのだろう、彼女は小さく笑って「守れた……?」と呟いてから、目を閉じて気を失った。


 その一言で全部理解する。彼女が守ろうとしたのは自分自身ではなく、元人間である貴重な人材なのだと。


 ―― 違う。そんなの、守ろうとしなくていい


 悔しいような、やるせないような感情が渦巻いて、胸の奥がツンとする。


 彼女の血液の色なんて関係ない。赤紫色だろうが何だろうが、彼女の価値は変わらない。今ここで、彼女の血液が青紫色になっても赤色になっても、その質が変わっても、相性が悪くなったって、自分の気持ちは変わらない。


 ユア・ユラリスという、優しくて素直で真っ直ぐで、世界で一番可愛い女の子。ロイズの心を動かす、たった一人の女の子を、彼女は守ってくれたんだ。


 気を失った彼女に、そう伝えたかった。伝える代わりに、彼女を包む防御壁をそっと撫でる。丸ごと全部が愛しくて仕方がなかった。




「ロイズ・ロビン」


 真後ろから聞こえた自分を呼ぶ男の声に答えるような良心は、もう欠片ほども残っていない。


 こんなにも心が冷たくなったのは生まれて初めて事だ。人間が魔法使いに迫害されていたときだって、ここまで冷徹な心にはならなかった。吐く息でさえ冷たくて、ロイズは自分の冷気に少し身震いする。


 答えが返ってこない様子が面白かったのだろう。男は小さく笑いながら、ユアに(かざ)していた手をロイズの後頭部に翳し直し、魔力吸収の魔法陣を発動させた。


「ロイズ・ロビン。お返しだ、魔力を吸収をする!」

「なにそれ。魔力吸収? ……あぁ、懐かしい魔法使ってんだね」


 そう言うと、彼女をふわりと浮遊させて、もう一重、大切そうに防御壁をかける。


「な!? 魔力吸収の魔法が、効かない?」

「効いてるよ、吸われてる。でも、別にこれくらいどうってことない」

「なんだと!?」

「その魔法さぁ、魔力量おばけに対して使うと吸い切るまで時間がかかるんだよ。その間、発動し続けなきゃいけないから、そっちの魔力も取られる。要は、魔力量対決になるってこと」


 魔力量対決でロイズに勝てるわけもない。それは敵も分かっているのだろう。ギリッと奥歯を噛み締める音が響く。


子供(15歳)が考えた穴だらけの魔法って感じじゃん。なんでそんな魔法使ってんの?」


 目の前に浮かぶ魔力吸収の赤い魔法陣。ロイズは不快なそれを手で払いのけた。まるで蠅が飛んでいるのを払いのけるみたいに。


「!?」

「それよりさ、彼女の赤紫色……見たよね?」


 男は眉をひそめて「あの気色悪い血か」と言い放つ。


「ユア・ユラリスを助手にしたのは、そいつが化け物だからか? 助手じゃなくて研究対象ってことか。やたら大切そうにしていると聞いたものだから、そいつを人質にしてお前を八つ裂きにしてやれると思ったんだが。ただの研究対象じゃ人質にならんな。失敗だった」


 ロイズは首を傾げるだけで、返事もしなかった。答える価値もない。男の汚い口から彼女の名前が出てきたことに、不快感が増しただけだ。


「赤紫色を見たなら、記憶を消すね」


 そう言いながら、ロイズは魔法陣を()()()


「なんだと?」

「この魔法はちょっと加減が出来なくて、()()消えちゃうんだけど、仕方ないね」

「……記憶操作は禁忌魔法だ。使えば魔法省に捕まる。一生牢屋だ」

「え? 捕まらないよ、なにいってんの?」

「間違いない。使えば通報がいくように魔法陣に組み込まれている。や、やめておけ」


 気にも止めず、淡々と魔法陣を描いていく。とんでもなく複雑な魔法陣だ。相当、難しい魔法なのだろう。


「へー、見ても分かんないんだ? これ、俺が作ったオリジナルの魔法だから、魔法省に通報なんていかないよ。禁忌魔法書に載ってるやつと全然違うから」

「な!?」

「なに怖じ気づいてんの? そっちがふっかけて来たんだろ。そっちのルールに付き合ってやってんだから、やり切れよ」


 ため息交じりに冷めた目で射抜くと、敵は焦ったように魔法陣を描いて攻撃魔法を発動させる。


「炎のハンマー!」


 特大の攻撃魔法がロイズに当たるが、構わずに記憶消去の魔法陣を描き続ける。


「拘束!」


 次に、数百もの鎖がロイズ目掛けて飛び出してくるが、それは確かに巻き付くものの、すぐにボロボロと脆く崩れて消えていった。ロイズは淡々と魔法陣を描き続けているだけだった。


「なぜ拘束されない? なにをした?」

「……その拘束魔法……あ、思い出した。あんた、師団長さん? 8年前だっけ。人間都市で戦ったよね、第二魔法師団?」

「第三だ!!」

「もしかしてユラリスに手を出したのは、その逆恨みってこと?」


 描き上げた魔法陣にそっと魔力を込めながら、ロイズは暇つぶしに()()をし始める。記憶抹消の魔法陣がクルクルと回って、ロイズの右の手のひらに移っていく。


 それを見ていた元第三魔法師団長は、悔しそうにギリギリと歯を鳴らす。全力を出せば転移魔法で逃げることもできるかもしれない。しかし、その歯を食いしばる音は、目の前の飴色にどうしても一矢報いたいと、強い私怨で鳴ったもの。退かずに攻撃魔法を乱発した。


「あの後、私がどんな目に遭ったか、分かるか!? お前のせいで!」

「ふーん? 辛かったなら、忘れられるから良かったね」


 ロイズは左手で攻撃魔法を弾いて、一瞬で間合いを詰める。そして、元師団長を守っていた防御壁を指で軽く弾いただけで割ってやった。


「な!?」

「キレイな赤紫色のこと、忘れてね。俺の宝物なんだ」


 そう言って、元師団長の目前に右手を(かざ)す。


 元師団長の顔はひどく青かった。手の隙間から見えた天才魔法使いの飴色の瞳が、冷たく鋭かったからだろう。彼の怒りは、8年前よりも、もっと深く鋭いのだから。


「記憶抹消」


 その言葉と共に、元師団長は「ぐっ!?」と、くぐもった声を出して目を瞑り、そのままドサッと岩場に倒れた。

 無慈悲なロイズが間髪入れずに「水」と言いながら元師団長の頭に水をぶっかけると、元師団長はその冷たさにハッと目を開ける。


「……?」

「こんにちは」

「……?」

「うん、ちゃんと全部忘れてるね」

「???」

「もう二度と悪い事ができないように、魔力もなくしておこうね」

 

 子供に言い聞かせるように言うと、白衣のポケットから針付きの容器――注射器のような物を取り出した。中には、青紫色の液体が入っている。

 まるでダーツの矢を投げつけるように、それを元師団目掛けて刺す。青紫色の液体――ロイズの血液がゆっくりと体内に入っていく。


「うっ……!?」

「うん、俺と相性最悪だから上手く魔力も無くなったね。完了っと」


 飛び散った赤紫色を浄化魔法で消し去って、超高速でユアまで飛んでいく。そのまま「ユア・ユラリスとロイズ・ロビン、家、転移」と呟いて、彼女を抱き締めながら荒野を後にした。


 




  

お読み頂いて、感謝です。

次回、R15いきます!

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