53話 赤紫色を守りきる
「再会を祝して~、かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
ユア、カリラ、マリーの三人は、メロンソーダで乾杯をしていた。アイスクリームの上に、さくらんぼが乗ってる可愛らしい感じのやつだ。
「魔法都市って初めて来たけど、思ってたのと全然違うわねぇ。結構気に入っちゃったわ」
「ホント~!? 嬉しい! 私も人間都市だいすきぃ」
「これからも、ちょこちょこ来て下さいね」
元人間のユアは、マリーに少し親近感を持っていた。人間の友達は初めてで、純粋に嬉しかったのだ。
「来る来る~。時々、ロイズが行き来してるのよね? アイツを使って送り迎えして貰おう!」
「アッシーくんだねぇ♪」
―― ロイズ先生を足代わりに!? す、すごい……
ユアはコホンと咳払いをして体勢を立て直し、「あ、あの」とマリーに話しかけた。
「ロイズ先生と仲が良いんですね」
「ロイズ? うーん、まあ普通かなぁ。子供の頃はよく遊んでたけど、ロイズが魔法学園とやらに行き始めてからは殆ど会ってなかったし」
そこでカリラが「ばーらしちゃお、ばらしちゃお♪」と、謎の歌を口ずさみながらニヤニヤ笑った。
「あのね、ユアはぁ、ロイズ先生にラブなんだよぉ~♪」
「カカカリラ!!? ちょっと何勝手にバラして!」
ユアが顔を赤くしながら怒ると、カリラは「いいじゃーん♪」と舌を出して、悪びれもしない。
勉強方面ではユアが主導権を握るが、こういう方面ではカリラが主導権を握る。この凸凹親友コンビは、持ちつ持たれつの仲良しなのだ。
一方、それを聞いたマリーは「まじ!?」と、一気にテンションが上がっている様子。
「あのロイズを? 好きなの? 恋愛的な意味で?」
「は、はい」
「人畜無害そうにヘラヘラしてる、あのロイズを? 『男』を一切感じさせないような男を、男として好きなの!?」
「~~っ! ハイ、ソウデス」
マリーに言われ放題のロイズ。見た目は可愛らしい感じだし、実年齢よりも幼く見られがちだし、性欲皆無のスーパー草食男子だし、こう言われてしまうのも無理はない。
ユアは羞恥心を煽られて居たたまれず、緑色のジュースの上を溶けながら浮かぶアイスクリームをパクッと食べた。甘い。
「まじかーー、お姉さんびっくりポンよ! 生徒に好かれるなんて、ロイズやるじゃん!」
「あの、でもロイズ先生ってモテますよね? 人間都市では、その、人気というか」
魔法都市では強い魔法使いとして有名であるロイズは、人間都市ではそれに加えてスーパーヒーロー扱いだ。きっと女性からも人気があるのではないかと、ユアは常々思っていた。
カリラがいる手前、どこまで言及して良いか迷いつつ、それでもライバルの把握をしておきたくて聞き込みをする。
「あー、それは難しい質問ね。人気は人気だけど、ベクトルが違うというか。悲しきかな、異性としての人気はゼロね」
「そうなんですか!?」
「そりゃ、15歳の頃だっけ? ロイズブームみたいなのはあったわよ。恋愛感情というかブランド力っていうのかなぁ、狙ってた女の子も多かったけど……」
「けど?」
マリーは肩をすくめるポーズをする。
「暖簾に腕押し糠に釘。そして何よりつまらない」
「つまらない……?」
「昔っからそうなんだけどー、アイツって魔法の話ばっかじゃない? 特に人間の私たちに魔法の話をされても全く分かんないし、正直つまんないのよねぇ」
あまりの言われようであるが、魔法バカなのだから仕方がない。さぞかし色んな女性をガッカリさせてきたのだろう、残念な男だ。
「そうですか……? ロイズ先生といてつまらないと思ったことはありませんが……うーん」
「ふふふ! だからね、ロイズにはユアちゃんみたいな優秀な魔法使いの女の子の方が合ってる、ってこと」
マリーにウインクで応援され、ユアは少しほっとする。
「じゃあ~、魔法使いってこと以外に、ロイズ先生の好きなタイプとかって知ってる~??」
カリラが聞き込みに参加すると、マリーは「うーん」と言いながら、昔を思い起こしている様子。
「そうねぇ……言われてみると、ロイズに彼女がいたこともなければ、誰かを可愛いとか言ってるのすら聞いたことないわ。アイツって、人生ずっと少年期みたいな感じよね」
ユアはひっそりと『セクシー系が大嫌いなのに、お色気作戦で攻めていた』という事実を思い出して、人知れず恥ずかしさに殺された。人生ずっと少年期で女嫌いの相手に、なんという作戦を立てていたのかと。
「でも、教師と生徒じゃ進むもんも進まないわよねぇ。いっそのこと、裸で押し倒してみたらどうかしら? いける気がするわ!」
「ひゅーぅ♪」
「ででできませんっ!!」
全力で否定すると、マリーがそっと近付いて耳元で囁く。
「『男』って感じのロイズ、見てみたいんじゃなぁい?」
その悪魔の囁きに、思わず想像してしまう。五学年のセクシーカリスマ女子・マリアンヌによって耳年増になってしまったユアの脳内は、めくるめく想像で占められていく。ほわわーん。
「~~~っ!!」
「ひゅーひゅーぅ♪」
「ひゅ~ぅ!」
「おおお手洗いにいってきます!!」
ユアは逃げるように席を立った。トイレの鏡で自分の顔を見てみると、それはもう真っ赤。欲にまみれた、非常にだらしない顔だ。こんな顔をロイズに見られたら瞬殺で嫌われるだろう。ゾッとして顔色を戻す。
マリーとカリラがそろうとこんな風にイジられるのね、なんて思いながら席に戻ると、「大丈夫?」とカリラの慌てる声が聞こえてきた。
「どうしたの?」
二人を覗き込むと、カリラがマリーに治癒魔法をかけている。どうやら火傷をしたらしく、マリーの腕が赤くなっていた。
「ユア~っ! 私が熱々のピザを落としちゃって、マリーさんが火傷しちゃったのぉ~!!」
「え!? 大丈夫ですか?」
「全然平気よ~、こんなの放っておけば治る治る!」
涙目で必死に治癒魔法をかけてはいるものの、正直なところ魔法がド下手なカリラだ。「ユア~、代わりにお願いっ!」と、すぐさまヘルプを出してくる。
「いいわ、代わるわね」
ユアがカリラに代わって治癒魔法をかけると、5分程で完治した。
「すっごーい、さすが魔法使いねぇ」
「ユアはクラスで一番なんだよぉ。私はビリだけどね~」
「へー! ユアちゃんってすごいのねぇ。それでロイズの助手やってんのね」
「先生に比べたら、私なんて米粒みたいなものです。まだまだ精進しないとっ!」
「真面目がすぎるぅ♪」
そんな感じで恋バナや美味しい食べ物の話に花咲かせ、次回の約束をしたところで、第一回女子会はお開きに。
マリーを転移タクシーで送った後、カリラと別れたユアは、ロイズの家に向かう前に夕食でも買おうかとショートメッセージ魔法陣を描きはじめる。
「えーっと、『ロイズ先生へ。夕食は――』」
「もしもし、そこのお嬢さん」
メッセージを途中まで書いたところで、後ろから声を掛けられる。振り返ると、紳士風の男性が立っていた。年齢はユアの父親よりも上だろう。
「はい、何か?」
「ちょっと道を訪ねたいのですが、よろしいかな?」
「ええ、勿論です」
真面目で優等生のユアがニコッと笑うと、紳士もニコッと笑った。良い人そうだ。
「マイナーな魔法書が売っている本屋でねぇ、路地裏にあると聞いたんだが、知っておりますかな?」
「あ、それなら分かります。こちらですよ」
ユアが案内をしようと歩みを進めると、紳士は「やあやあ、有り難い」と感激の声を出して、ユアの後に続いた。
「あまり有名店ではないようで、何人にも聞いたんだが誰も知らなくてね」
「ふふ、そうですね。私は好きでよく行きますが、有名ではないです」
「お嬢さんがいてくれて助かったよ。魔法省の同僚に教えて貰ったんだが、詳しい場所を聞きそびれてしまって」
「魔法省にお勤めなんですか?」
ユアが何の気なしに訊ねると、紳士は少し寂しそうな顔をして「以前ね」と言った。
「数年前まで勤めていてね。これでも師団長だったんだ」
「そうですか、御活躍なさっていたんですね」
自分の父親も師団長であるが、個人が特定できそうな事は言わない。それくらいの警戒心は、ユアにもあった。
「それが魔力枯渇症になってしまってね、退職したんだ」
「まあ……それは大変でしたね」
「それでも魔法が好きで、魔法書を読むのはやめられないんだよ」
「ふふ、そのお気持ちは分かります。私も魔法が大好きです」
「魔法好き仲間がいて嬉しいよ。私にも娘がいてね、もうずいぶん大人になってしまったけれど、魔法のことになると、私に付き合ってお喋りをしてくれるんだ」
「素敵な親子関係ですね」
「あぁ。娘は優秀でね、負けてはいられない。だから、生涯ずっと勉強さ」
「ふふっ、わかります」
本屋が近付いてくると、路地裏に入る手前で「この路地を進めばお店に着きます」と案内をした。
「ありがとう」
紳士はお礼を言いながらも、周囲を確かめるように視線をさまよわせている。
本屋はすぐそこだ、周囲を見渡す必要はない。ユアは少し不思議に思い、その視線にイヤな何かを感じ取る。急いで一歩離れようとした、その時。突然、足元に魔法陣が現れた。
「!?」
「一緒に来て貰おうか。ユア・ユラリス」
低く暗い声が響く。浮遊魔法を発動させて逃げようとするも、少し遅かった。
ふわり、ストン。
「ここは……」
転移された先は、何もない見晴らしの良い荒野。魔法都市よりも少し涼しいことを考えると、北の方角だろう。
「お付き合い頂いて、悪かったね」
「何故、私を?」
ユアは問い質しながらも、人差し指二本で魔法陣を素早く描き始める。それを見た紳士は馬鹿にするように喉の奥から笑い声を漏らす。
「随分、冷静なことだ。さすが上級魔法学園の出席番号1番。街中で拘束魔法を使おうかとも思ったんだが、やめておいて良かった。きっと激しく抵抗されていたことだろう」
「そうね。狙いは? 魔法省の名前を出していたところを考慮すると、父かしら?」
「父親……? ユラリス……そうか、第一のゼア・ユラリスの娘か! なるほど、優秀なのも頷ける。あいつも鼻持ちならないやつだったが、私怨はない」
「では、私への恨み?」
「ロイズ・ロビンだ」
「……そう」
ユアは魔法陣を描き進めながら、思考を巡らせる。
―― 父の名前に動じない。第一と呼ぶということは、本当に元師団長の可能性が高い。だとしたら、勝ち目はない。ロイズ先生を呼ぶ? ショートメッセージ魔法陣を素早く発動すれば……ダメだわ、隙を作らないと妨害される
「さて、ユア・ユラリス。大人しく拘束させてくれるかな?」
「お断りよ、戦うわ」
そう言うと、描き溜めた魔法陣を迷わず発動させた。その数、既に40個。炎、水、土、風の魔法が計算つくされた順序で発動していく様に、敵は感心したように微笑みながら、全てを防御壁で防いだ。難度の高い防御壁の前に、ユアの魔法は弾けて消えてしまう。
その穏やかな微笑みで、圧倒的な力の差を誇示しているのだろう。それが分かってしまい、足が小刻みに震え出す。それでも新しい魔法陣を発動させ、どうにか倒せる算段はないかと頭を働かせた。
「それでは、こちらも反撃だ」
敵の魔法使いが魔法を発動させたので、指の数を増やして六個同時発動の盾でそれを防ぐ。
「きゃっ!!」
―― 攻撃が重すぎる!
何とか防いだものの、六重の盾が一瞬で割れて消えてしまった。想定以上の攻撃力の差に、自分はここで死ぬかもしれないと覚悟する。
ユアは上級魔法学園在籍だ。獣退治の実習だって何回もしている。実習とはいえ、危険な目にも遭ってきた。でも、そんなの比じゃない。小刻みだった足の震えは、いつの間にか大きくなっていた。
「ほう、六個同時発動! なるほど、これは凄い。驚いたな。さすがは1番……いや、さすがはロイズ・ロビンの助手というべきかな」
―― ロイズ・ロビンの助手……
その言葉に、グツグツと沸き立つように悔しさが込み上げる。ロイズの助手だと思われているのに、この体たらく。歯が立たないどころか、震えて死を覚悟する始末。こんな自分が、ロイズの助手など名乗れるわけもない。
―― なら、せめて、生き延びないと
ユアは賢いがために、自分の価値を分かっていた。
きっと自分はこの国にたった一人しかいない、元人間の魔法使いだ。自分という存在の謎が解き明かされようとしている今。ここでの死は、全人間の明るい未来を潰すことになる。
そんなこと、させるわけにはいかない。ロイズの助手なのであれば、研究成果は全力で守らなければならない。
腕がもげたっていい。足がなくなってもいい。とにかく自分を生かすことを第一に考えなければならない。
勝てないなら、生きることだけを考えろ。
命がけで赤紫色を守れ。
―― どうにかロイズ先生を呼ばないと!!
ユアは、六個同時発動をし続け、その中で敵にバレないように少しずつショートメッセージ魔法陣にメッセージを書く。
「無駄なあがきだな」
「きゃっ!!」
しかし、送信は出来なかった。敵の魔法使いが大きな魔法陣を発動させた瞬間、盾を発動させることもできず、勢いよく吹っ飛ばされる。
「痛……っ!」
石や岩だらけの荒野に身体を大きく叩きつけられ、右半身に大きく傷を負う。右手は痺れと痛みで動かない。
でも、治癒魔法を発動させている暇はない。次いで攻撃がくるだろうと、左手だけで急いで水の盾を発動させたが……攻撃は来なかった。
敵は驚愕の表情で、ユアを見ているだけだった。
「お、お前……なんだ、その血の色は!?」
そこで気付く。腕や足から赤紫色が出ていたのだ。痛みよりも緊張感が上回り、怪我の程度を把握出来ていなかった。隠す余裕もなかった。
「化け物か? 赤紫色……気色悪い色だ、見たこともない! ……そうか、お前がロイズ・ロビンの助手をやっているのは、出席番号1番だからではなく、その血液の色が理由だな? お前は何者だ?」
「……答えない」
自分の赤紫色を見て、心が冷えていく。19年間ずっと、この赤紫色を見る度に怖くて仕方がなかった。バレたらきっと、全てが崩れるのだと思って生きてきた。
『化け物』 ――そう、目の前にいる敵の魔法使いの反応が正しいものなのだ。魔法使いでも人間でもない『得体の知れない生き物』だとでも思っているのだろう、奇怪と好奇が混じった目が突き刺さる。
でも、今のユアは違う。少しだけ、赤紫色を誇りに思えるようになった。ロイズが赤紫色を愛おしそうに見る度に、大事そうに抱える度に、ユアは自分の身体に流れる赤紫色が少しずつ好きになっていった。
この赤紫色を守ることが自分の使命なのだと、心底思える。
―― 守り抜いてみせる
「強烈な魔法をお見舞いしてあげるわ。これでも食らいなさい!」
攻撃魔法を描いたと思わせるようにそう言って、文章も何も書かずにショートメッセージ魔法を送信する。ピカピカのオレンジ色の、優しくて、強くて、世界一格好良くて、大好きな人を思い浮かべて魔力を込めた。
敵は一瞬身構えて防御壁を発動させたが、何も放たれていない様子に訝しげにする。
「お前、今何をした? 何の魔法だ?」
「あなたを倒す魔法よ」
「何をした?」
「答えない」
ユアの冷静な抵抗に、敵の魔法使いは小さく笑う。
何の魔法か探ろうとしているのだろう。魔法を発動させ、ユアの肌を掠めるようにワザと外す。嬲るように何回も、それを繰り返された。
ユアはその度にビクッと身体を震わせながら、盾を発動させる。間に合わずに魔法が当たる度に、痛みと赤紫色が飛び散った。
―― ロイズ先生は絶対来てくれる。きっと探してくれてる。こっちの居場所を伝えなきゃ……!
頭の中に入っている魔法陣たちを思い起こす。そして、一番ド派手な魔法を思い浮かべ、手を必死に動かす。バレないように後ろ手に魔法陣を描いた。
「何の魔法を使ったか知らないが、そろそろ無力化させて貰おう」
そう言って、一瞬で間合いをつめられ、気付けば目前に手が翳されていた。やられると思い、後ろ手で描き上げた魔法陣を発動させる。
瞬間、魔法陣が光輝いて、ユアの背後から水の柱が天高く昇る。その柱の中を金色の光が走り抜け、次いで水の柱が一瞬で消える。
「なんだ!?」
「五学年の派手好きが作ったド派手な魔法よ! お目当てのロイズ・ロビンが来るわ!!」
次の瞬間。上空で大きな音を立てて、爆発が起こる。フレイルの爆発よりだいぶ小さいものであったが、それでも見渡せる荒野で『ここにいるよ』と教えるには十分だった。
「ちっ!! 魔力吸収をする!!」
上空の爆発から戻された敵の視線に射抜かれる。逃げようにも、身体中が痛くて逃げられない。
……いや、違う。翳された手の隙間から見えた敵の目。そこに刻まれた、深い憎悪。その目に思わず足が竦んだのだ。
翳された手から小さな魔法陣が浮かび上がる。それが赤く光った瞬間、身体から力が抜けていく。
「うっ……!」
―― なにこれ、魔力が無くなる……もうダメ……




