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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第三章 魔法使いと人間の距離

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51話 解かれていく誤解




 ユアとザッカスは、ショッピングや食べ歩きをしながら、ロイズの昔話に花を咲かせていた。


「いや、本当に。ロイズも尖ってたときがあったんだって。一学年のときなんか、担任教師が可哀想だったからね?」

「教師が、ですか?」

「何を教えたってその上を行くし、実技は教師の出る幕ナシ。翌年、その教師は辞めた」

「ぇえ!?」

「ロイズもそれで反省したんだろうね。二学年のときは逆に大人しくなっちゃって、講義中は一言も喋んないの。でも試験になると、ものすごい魔法使うもんだから、教師からしたら面白くなかっただろうなぁ」

「なるほど」

「三学年の後半くらいかな。やっと周囲とのバランスが取れるようになってきて、随分丸く柔らかくなったな」


 周囲と軋轢のあるロイズなど想像が難しいのだろう。ユアは尖った過激派なロイズをイメージしているようで、「それもいい!」とか呟いている。ギャップ萌えだ。


「そういえば……昔、ロイズ先生とマナマ先生がお付き合いしているって噂があったんですが……女性が苦手ということは、あれは嘘だったんですよね?」


 ザッカスは「あー、あったあった」と思い出す。


「あれは嘘だね」

「そうですよね! あぁ、良かったぁ」

「当時さ、ロイズのことを狙ってる女子がいて」

「狙う?! 先生のことを好きだった女子ですか……!?」


 ユアが殊更険しい顔をするものだから、その好意の真っ直ぐさに少し笑った。


「ははっ、違う違う。好きっていうわけではなく、まぁ諸事情から狙われてたんだけど」

「??」

「色々あって、マナマがロイズを助けたことがあったんだよね。それで変な噂が立っただけ」

「なるほど?」


 ザッカスはかなりぼかしたが、それはロイズに許可無く話せないからだ。


 ロイズが女性恐怖症気味になったのは入学直前頃からであるが、『怖い』を越えて『薄汚い女共』と口汚く罵るようになったのは、彼が五学年のときに起きた一件からである。


 簡単に言えば、魔力の遺伝性を信じてロイズをどうこうしようとしたクラスメートの女子に、超強力な痺れ薬を盛られたのだ。ロイズもまだ幼かったし、まさかクラスメートにそんなことをされるとは思っておらず、がっつり飲み込んでしまった。


 それを得意の薬草学でマナマが解毒したのだが、解毒時の彼女の様子が必死の半泣きだったものだから、もしかして二人は……みたいな噂が流れた。


 しかし、真実は異なる。使用された痺れ薬はマナマが獣退治用に作ったもので、それを盗まれてロイズに使用されたのだ。責任を強く感じたマナマの必死の解毒であった。


 ちなみにロイズの貞操は守られたし、服すら乱されてはいなかった。この一件は、ロイズの申し出により学園には報告されず、五学年の生徒たちによって闇に葬られた。


 しかし、相当お怒りになられた天才魔法使い様によって、薬を盛った犯人は……くわばらくわばら、である。勿論、彼女は卒業など出来ずに、翌日には姿を消され……いやいや、消していた。


「ロイズの恋愛事情は、まっさらに何もないから大丈夫だよ。安心して恋をすれば良い。上手くいくかは知らないけどね」

「では、上手くいかせるコツはありますか!?」


 その真剣な眼差しを受けて、ザッカスは「そうだなぁ」と親友ロイズを思い浮かべる。チラリとユアに視線を戻して「コツはある」と言い切った。


「どのような!?」

「ロイズを落とすコツは知らないけど、ユアちゃんがもっと魅力的になる方法なら分かる。男心のくすぐり方ってやつね」

「ぉお……神ですか!?」

「お兄さんは見た目通り、経験が豊富だからね」


 ニッコリと笑う、やたら顔の良い男。ユアは眩しすぎて、直視できずに目を細める。


「眩しいです!」

「よく言われる。で、その方法だけどさ、ロイズにもっと甘えることだね」

「甘える、とは?」

「ワガママを言ってみたり、敢えて可愛くないところを見せてみたり、困らせてみたり、頼ってみたり」

「それが男心をくすぐる!?」


 優等生のガッツがあふれるユアにとって、頼るとか甘えるとかそういう発想は皆無であった。


「そう。俺くらいになると、女の子を甘えさせることなんて朝飯前だけどね。ロイズはそうじゃないからね。ユアちゃんに甘えて欲しいけど、甘えさせ方も分かんないんじゃない? そこに漬け込む」

「漬け込む」

「甘えてやりなよ。きっと喜ぶ」

「甘える」


 ユアはイマイチよく分かっていなかった。

 しかし、ロイズに毎日抱きついてみたり、ぎゅっとしてほしいと言ってみたり、これはかなり甘えていることになるわけだが。あまり自覚はなかった。……なるほど、有効なわけだ。


「や、やってみます」

「頑張って。困ったことがあったら連絡頂戴。助けてあげる」

「神ですね!?」

「その代わり、お父様によろしくお伝えくださいな」

「父、ですか?」

「そう。ユラリス師団長に、何卒!」

「……なるほど! ふふ、分かりました。提供できる見返りがあって良かったです!」


 こんなに明け透けな申し出にも関わらず、ニコニコと笑うユアを見て、ザッカスは『良い子だな~』と感心した。


 ふと時計を見ると、もう夕方と言える時間。和やかなデートの終わりが近いなと思ったところで、保護者からの通信魔法の着信がきた。


「あ、通信魔法だ」

「通信魔法!? 難しい魔法ですよね……?」

「非常に難しい。かけてくるのはロイズくらいだよ」

「さすがですね」


 ザッカスは意識を集中するように目を閉じて、届いた魔力を捕まえるイメージで魔法陣を描いた。


「わぁ、速くてキレイ!」


 ユアの感嘆の声に反応する余裕はなく、捕らえたイメージを放さないように魔法陣を発動させた。


「もしもし~」

「ロイズか」

「ロイズでーす。もうそろそろ、ロイズ先生的門限の時間になりそうでーす。どんな感じ? ユラリスと恋人になれちゃいそう??」

「……」


 ザッカスはチラリとユアを見て、この訳の分からない誤解を解くべきか迷った。どちらにしても少し面倒だ。そこでゼア・ユラリスの顔を思い浮かべて、『解いておこう(恩を売ろう)』と天秤を傾ける。ザッカスは、ステキに残念な男だった。


 ちなみに、通信魔法の会話はユアには聞こえていない。


「ロイズ。今更ながら、お伝えすることがあります」

「なに~?」

「ユアちゃんはさ、」

「ゆ、ゆあちゃんんん!?」

「?? 彼女はユア・ユラリスだろう? ユアちゃんでいいじゃん」

「そ、そうだね。……それで?」

「ユアちゃんは、俺の事は好きじゃないみたいだぞ?」

「ん? どゆこと?」

「何か誤解があるんじゃないか? 彼女は全く俺に興味なさそうだし、聞いてみたら『本当は好きではなくて、今更ロイズ先生に言い出しにくくて困ってます』みたいなこと言ってた」

「ぇえ!? 何それ! 今どこにいんの!?」

「中央通りの可愛い雑貨屋の前。ほら、赤い看板のとこ」

「え? 可愛い雑貨屋? なにそれ分かんない」

「……中央通りの魔法書店の十店舗くらい先」

「魔法書店ね、おっけ。すぐ行くから待ってて~」


 ツー、ツー、ツー、ツー。


「ロイズが今から来るって。ユアちゃんが俺のことを好きだっていうのは誤解だと、ロイズに言っておいたから」

「え、言っちゃったんですか!」

「その方が良いと思う。お兄さんの言うことは間違いないから、素直に聞いておきなさい」

「は、はい!」


 素直に言うことを聞くものだから、ザッカスはその可愛らしさに触発されて、うっかりとユアの頭を撫でた。

 別に他意はなく、素直な良い子を誉めたかっただけだ。ザッカスの中では、ユアは妹的ポジションにカテゴライズされている。


「ユアちゃんは良い子だね……痛っ!!」


 が、しかし。突然、手にビリッと強めの静電気みたいなものが走る。もしやと思い、少し距離のある書店の方に目を向けると、不機嫌そうな飴色の魔法使いが宙に浮いていた。


「俺の生徒には、お触り禁止なんですけどー!?」


 睨みながら高速で割って入る天才様。かと思いきや、急に目尻を下げてユアの方に向き直り、心配するように彼女を覗き込む。


「ユラリス! ザッカスのこと好きじゃないってホント!?」


 ユアは何て答えて良いものか迷っているのだろう。ザッカスに視線を寄越したので、ウインク(肯定しろ)で返しておく。


「ごめんなさい、実は……ザッカスさんのことは好きではありませんっ!」


 なんという逆告白。そんなことを告白されたのは生まれて初めてのザッカス。さすがに苦笑いだ。

 一方、ロイズは「そうだったのー!? ごめん!!」と驚いて平謝り。


「好きでもないやつと過ごさせちゃってごめんー!」

「いえ、私がいけないんです。ちゃんと否定しなかったから……」

「そういえば、なんで否定しなかったの?」

「そ、それは……」


 ロイズの助手になるために好きな男性がいた方が良いのかなと思ったから、というのがユアの嘘つきの動機である。

 でも、真面目で良い子ポジションだというのに嘘をついてまで助手の地位を得たかったなんて、ロイズに知られたくないのだろう。ユアは見るからにシドロモドロであった。


「まぁ、そこらへんは後でゆっくり話したら? お互いに誤解が多いみたいだし」


 見るに見かねたザッカスが助け船を出すと、ロイズも引き下がる。


「ロイズ先生、それよりも例の治癒実験を進めましょう!」


 不真面目なユアが真面目を装って、やたらキリッとした顔で提案すると、ロイズはハッとして「そうだった~」と何かを思い出した様子だった。


「ザッカスさ、ユラリスに治癒魔法をかけてくれない?」

「治癒魔法? 怪我でもした?」

「怪我はしてないんだけど、治癒魔法をちょこっと掛けてほしいんだ~。魔力相性の実験なんだけど」

「ふーん? まぁいいけど」


 治癒魔法くらいならいくらでも。そう思って彼女の手をそっと取ると、すかさずロイズに手を叩かれる。結構良い音がした。


「痛っ! なんだよロイズ」

「手じゃなくて腕にしてくださーい! 無闇なお触りは禁止でーす!」

「……お前、何か突然厳しくなってないか?」

「あったりまえじゃん! お触りは許しません~。今までは、ザッカスのことを好きだと思ってたから許してただけでーす。ほら、サッサとやってくれる?」

「態度が塩化しすぎだろ。塩化ロイズ……」

「治癒魔法、ほらほら~」

「はいはい」


 ユアの肘付近に治癒魔法を発動させると、ユアは「温かいですね」とマッサージでもされているかのように、気持ち良さそうにしていた。ちょうど1分ほど治癒魔法を掛けた後、ロイズが「そこまで~」と言った。


「よーし、これで帰って結果を見てみようか~」

「はい! 楽しみですね」

「ね~、楽しみだね」


 楽しそうにしている二人を見て、ザッカスは『仲良し魔法バカだ』と思ってしまう。()()()()()()恋愛に発展するのは時間が掛かりそうだ。


「じゃあ、俺たちはこれで帰るね。ザッカスありがと~」

「ザッカスさん、ありがとうございました」

「ユアちゃん、頑張ってね」


 ザッカスがそう言うと、ユアはちょっと慌てたようにしながらも深く頷いた。


「じゃあね~」


 淡い光と共に消えていった二人。ザッカスは「あのロイズが恋愛ねぇ、なんか大変そう」とぽつりと呟いて、久々の休みを謳歌しに街に繰り出したのだった。







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