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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第三章 魔法使いと人間の距離

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48話 夏は不真面目を誘うから



「ロイズ先生、もうすぐ13時になりますよ。今日は会議があるんですよね?」

「うわ、もうそんな時間!?」

「あとやっておくので、いってらっしゃいませ」

「ありがとー! 夕方までかかりそうだから、終わったらアイスクリームでも食べて休んでて!」

「はい、ありがとうございます」


 ロイズは「ごめんね!」と言いながら、慌てて必要な荷物をまとめて学園に転移していった。


 ユアは仕掛けていた実験結果をまとめて、軽く片付けたりしていると、時刻は14時すぎ。おやつには少し早いし、あまりお腹も減っていない。


「先生は帰りが夕方だし、休もうにも何もないし、外は天気でとても熱々、波の音は涼やかでとても良き良き……ということで、やっちゃいますか!」


 ユアは真面目で良い子の皮を少しだけ剥がして、こっそり持ってきていた荷物をゴソゴソと取り出した。

 洗面所を借りて水着に着替え、着けていたネックレス(入学祝)は海に落としてしまわないように、ダイニングテーブルにそっと置かせてもらった。


 夏、海、砂浜、19歳。遊ばずにいられようか。




ーーーーーーーー



 一方、その頃。真面目に働く魔法教師ロイズ・ロビンは、真面目にぼんやりと職員会議に出席していた。


「それでは生徒の夜遊びが散見される件については、対処として巡回を行うということで。シフトはこのようにお願いします」


 余計な仕事を増やされたことに不満げな教師が、ため息交じりに悪態をついた。


「それにしても夜遊びだなんて、僕たちの頃はそんな生徒一人もいなかったがねぇ」

「あら、昔からバレないようにやってる生徒が殆どでしたわよ? おほほほほ」

「いやいや、今年の五学年の生徒なんて特にやんちゃな雰囲気ありそうですよ。ねぇ、ロイズ先生?」

「えー? 僕は、今年の五学年()みんな良い子だと思いますけどね~」


 ロイズが間延びした声で柔らかく答えると、毒気を抜かれた教師たちは「まぁ、みんな根はマジメですしね」とか言いながら、すぐに和やかな雰囲気に戻った。


「えー、残りの議題ですが、急遽、学園長が不在となったため、来週に先送りすることとします。本日は、これで会議を終わります」


 ―― やった! 早く終わった、ラッキー♪


 時計を見ると14時すぎ。一時間ほどで会議が終わるなんてめったにない。真面目な教師だって、少しくらいはにんまりとしてしまうものだ。

 すぐに家に帰ろうかと思ったが、このところ少し()()()のロイズは、眠気覚ましに珈琲でも飲んでから帰ろうと、運動不足の足を動かすついでに学食に向かった。



 そうして、ブラックのアイスコーヒーを飲みながら、夏期休暇中のスケジュールを確認していると、「きゃははは!」とやたら明るい声が聞こえてきた。どうやら帰省をしない寮残留組の女子生徒が、お茶をしにきたようだった。

 ロイズは、女子生徒たちから死角になる場所に座っていたこともあり、特に彼女たちを気にすることもなく、そのままスケジュール確認を続けた。


「ねぇねぇ、この前のデートどうだった?」

「あー、あれねぇ。むっふっふ~」

「なにその気持ち悪い笑い方! さては~、上手くいったの!?」

「まぁね~♪」

「羨ましいー!」

「え、待って! 付き合ってんの?」

「その手前って感じかなぁ~」

「羨ましいー!!」

「でもマリアンヌにしては遅くない? 速攻かけないの?」

「速攻はかけたわよ~。もうシたし」


 すると、「きゃーー!」と大きく悲鳴が上がった。仕事に集中していたロイズは、その突然の悲鳴にビクッとして集中を奪われた。


 ―― なに!? ビックリしたぁ!


 一度集中を手放してしまったものだから、間髪入れずに耳に入ってくる会話の数々。その内容に、ロイズはもっとビックリすることとなる。


「もうシたって、え、そういうこと?」

「付き合ってないのにシたの!?」

「もっちろん。そういうのは付き合う前に確認しておかなきゃでしょ」

「さっすがマリアンヌ~!」

「今度の相手はどうだった?」

「相性さ・い・こ・うって感じぃ」

「きゃーー! やばーい!」

「さすがすぎるぅ!!」

「性の女神、マリアンヌ様のご助言で、我が五学年女子は刺激的な日々を送らせて頂いております~」

「もう五学年女子って、殆ど経験済みじゃない?」

「マリアンヌのせいでね」

「あら、私たちは欲を持て余した19歳の瑞々しい女子よ。ここでヤらずに、人生のいつヤるというのか!」

「ふ~! マリアンヌぅ!」


 ロイズは思わず耳を塞いだ。


 ―― やめてくれぇえええ! こんなとこでそんな話をしないでくれぇええ! 帰って寮で話して下さい!


 そんな会話をうっかり聞いてしまった担任教師。気まずいこと、この上ない。

 そして、生々しい会話によって、過去に襲いかかってきた薄汚い女共が思い出され、ゾワゾワと鳥肌が立った。教師としても、男としても、全力で聞かなかったことにして、気配を消してやり過ごす。『さてと』と気持ちを切り替えて、仕事に意識を持っていこうとしたが。


 ―― え、待って。五学年女子は殆ど経験済みって言ってた?


 盗み聞きした情報を反芻してしまった悪い教師。会話の一部がピックアップされてしまった。

 だって、五学年女子。五学年女子と言えば、我が家で可愛くアイスクリームを食べているだろう、愛助手だ。


 ―― 殆ど、経験済み……? いやいや、まさかそんな。ユラリスはそういう感じしないし、違う違う


 根拠もなく全開で否定するロイズ。


 ―― 殆ど、であって全員じゃないし、ユラリスは違う。絶対違う


 だが、ロイズは考えてしまった。もし、万が一、『殆ど』の方にユアが入っていた場合。


 ―― えーーー……


 テーブルに突っ伏すほどに、かなりショックだった。

 

 ―― って、なにショックを受けてるんだ、俺は!!


 そして、次に、自分がショックを受けていることにショックを受けた。そんな自分を慌てて、心の中の『忘却の墓地』にサクッと埋めた。墓参りにも来れないような墓地だ。

 ちなみに、この墓地には『俺の上にユラリスを転移させた事件』『浮遊魔法でスカートめくり事件』『胸の開いたワンピース ガン見事件』なども埋葬されている。南無阿弥陀仏。



 ―― 魔力相性が良すぎるせいで、思わぬ弊害がっ!!


 ユアを抱きしめて以降、ロイズは自分の中で育ってはいけない感情が芽吹いてしまったことに、ハッキリと気付いていた。


 ―― 俺は教師。ユラリスは生徒。生徒のそういう事情に、教師が首を突っ込むものではない! はい、終わり!


 ロイズは強制終了をして、まだまだ恋の話に花を咲かせている五学年女子たちに気付かれないように、荷物をまとめて「家、転移」と呟いた。 



 ふわり、ブクブク。ザッパーン!!


「!!?! 冷たっ!」


 ロイズは一瞬何が起きたか分からなかった。転移した先は、驚きの海の中だったからだ。


 服を着たまま海に入るものではない。全く泳げず、このままだと『天才魔法使いロイズ・ロビンの呆気ない最期』として、魔法都市の伝説になってしまいそうだ。慌てて浮遊して、海の上で宙に浮いた。

 服は勿論、鞄も靴も、全部ビッチャビチャだった。滴る海水。ずぶ濡れロイズ。


「げほっ、しょっぱーい、うぇ」

「え!!? ロイズ先生!?」


 ロイズが濡れた顔を手で拭って状況を確認すると、足元でユアがぷかぷかと海に浮いていた。


「ごごごごめんなさい! 夕方までお帰りにならないかと思って油断してました!」


 ユアは真っ青な顔で浮遊魔法を発動させ、浮いているロイズに平謝りで近付いた。


 そこでようやく状況が分かった。ロイズの不在の間に、ユアが海水浴を楽しんでいたのだ。そして、予定よりも大分早く帰ってきたロイズが、家の玄関前ではなく、ユアに引っ張られて海中に転移してしまったのだろう。

 魔力相性が異常に良いというのも、不便極まりない。もし着替え中に転移していたら一大事である。ソフトラッキースケベ体質のロイズのことだ、いつの日かやらかしてしまうことだろう。



「本当にごめんなさい! 全部びしょ濡れに……あぁ、どうしようどうしよう」


 青い顔で大慌てのユアに対し、ロイズは「ぶふっ!」と、ついうっかり噴き出してしまった。


「あはは! びっくりしたぁ、なにしてんの~?」

「すみません……ちょっと海水浴を、ちょっとだけ」

「俺がいない間に~?」


 ロイズが揶揄(からか)うように笑うと、ユアは恥ずかしそうにしながら「だって」と言った。


「以前、海に入って良いか伺ったときに、難色を示されてたので……不真面目でごめんなさいっ!」

「……あー、あれは」


 ―― ついうっかり、水着姿を見たいと思ってしまったから回避した……なんて言えない。不真面目でごめんなさいっ!


 二人とも不真面目であった。夏は人を不真面目にさせる、ということだ。


 ロイズは滴る水を風魔法で飛ばしながら、「えーっと」と言って、視線をうろうろ彷徨わせた。


「あの、前にサメを見たような気がしたから、危ないかなって思っただけだよ~」


 思いっきりテキトーなことを言ってのけた。サメなんて一度も見たことはなかった。心の中で『ごめん~!』と100回謝ったが、女子生徒の水着姿を期待していた事実を隠蔽するために、致し方ないと割り切った。

 すると、ユアは「サメ!?」と声をあげて大きく驚いた。たった今、ちゃぷちゃぷと遊んでいた海で、そんなデンジャラスなものがウヨウヨしていたかと思うと、軽く身震いした。


「大変です! サメ除けの魔法陣を使わなきゃ」


 ユアは人差し指一本でスイーッと描きだした。


「サメ除けの魔法陣なんてマイナーなの、よく知ってるね~」


 ロイズが鞄を乾かしながら聞くと、魔法陣を描き上げて発動させながら「はい」とユアは答えた。


「私、魔法陣大辞典を全部丸暗記してるんです。……好きなんです、魔法陣の本」


 少し照れながら言うところを見るに、その趣味はあまり言いふらしていないのだろう。彼女の小さな秘密を知った気がして、ロイズは少し嬉しかった。


「全部!? すごいね~」

「描くことが出来ても、難しくて発動できないものも多いですけどね。それでも、私にとっては、それが『自分の武器』だと思ってます」

「へ~!」


 ロイズはその心意気に感嘆の声をあげた。ロイズ自身は『魔法は覚えるものではなく、作るもの』という価値観を持ってはいるものの、様々な魔法使いがいることを知った今では、『自分のスタイルを確立している』ことは手放しで尊敬に値する。


「これでサメ対策バッチリです。……あ、でも、もう上がらなきゃですね」

「え? 遊んでいいよ~。むしろ毎日頑張ってくれてありがとね。今日はもう休みにしよ~」

「いいんですか……?」

「もちろん!」

「不真面目を理由に、助手解雇とかになりませんか?」


 ユアが心配そうにそんなことを聞くものだから、ロイズは「あはは!」と笑って、手で『ナイナイ』と否定をした。


「解雇なんてしないよ、絶対ない! ユラリスが不真面目だって大丈夫だよ。どんなユラリスでも大丈夫、安心して。ね?」


 本心からそう言うと、ユアは顔を少し赤くして、嬉しそうに笑った。それを見たロイズは、目を逸らしながら慌てて「魔力相性が、」と教師の顔をして言った。


「異常に良いせいで許容量が多くなるんだろうね。それに、普段だって一番真面目に聴講してくれてるし、ユラリスは先生の自慢の生徒です」


 そう言って線引きをしてから、その()から少しだけ距離を置くように「着替えてくるね」と、家の中に入った。風魔法で乾かして浄化もしたから、着替える必要はなかったけれど。


 バタンと玄関のドアを閉じ、やたら狭いリビングに入ると、リビングの大きな窓から海に浮かぶユアが見えた。期待していた彼女の水着姿は、と言えば。


 ―― 眼福ですよね、はい、すみません


 予想外に露出度の高い水着を着ていたのも、普段とのギャップでかなりグッと来てしまったり。女性恐怖症気味の男であっても、彼女に向ける()()があるからこそ、どうしても見ずにはいられないし、目に焼き付けてしまうわけで。


 ―― はーーぁ、気持ちよさそうに泳いじゃってさぁ


 ロイズだってまだ23歳だ。外は暑いし、夏の熱は不真面目を誘うし、叶うものなら一緒に泳いで遊びたい。

 でも、線を越えることなんて出来やしないから、ロイズは()()()()しかない。自分には、つくづくコレしかないのだと残念に思いながらも、それをやる。


 リビングの大きな窓を開けると、ふわっと生温い風が入り込んできた。ロイズが「海水、浮遊」と呟くと、彼のイメージした通りにユアのいる部分の海水がズズズ…と、せり上がった。

 泳いでいたユアは「わぁ!」と楽しそうに驚きの声を上げて、()()()海水に()()()ながら、「ロイズ先生~! すごーい!」と笑顔で手を振ってくれた。まるで海水で出来た小船に乗っているようだ。


 そこからロイズは、頭の中でウォータースライダーをイメージし、海水をどんどん移動させた。すると、10秒ほどでビックリするほどのアトラクションが完成してしまった。さすが天才魔法使い。


「先生、すご過ぎですー!!」


 ユアはそう言いながら、ロイズが作った海の小船に乗せられて、ウォータースライダーのスタート位置まで運ばれると、ワクワクした様子でスライダーに飛び込んだ。


「きゃーー!! はやーい!!」


 19歳らしくはしゃぐ可愛い愛助手の姿に、自分にはこれしかないけど、これがあって良かったなぁ、なんて思ったりした。


「せんせー! ありがとうございますー! きゃーー!」


 きゃーきゃーお礼を叫びながら滑り落ちていく彼女に、小さく手を振って柔らかく微笑むだけで応える彼。


 ―― うわぁ、一緒に遊びたい~っ!!



 暑い夏の日。教師の心の叫び。

 二人のその距離、60m。







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