46話 懐かしい公園で
「美味し~♪ マリーさん天才ぃ~」
カリラはマリーのピザがいたくお気に召したようで、パクパクと食べていた。リグトなんか、もはや無言で胃袋に詰め込むという作業に没頭していた。フレイルはパン屋の息子らしく、やたらピザ生地の味を気にしていた。
「本当に美味しいです。特にビスマルクなんて絶品ですね」
青い顔をしていたユアも、ピザの美味しさに顔色を戻してもぐもぐと頬張っていた。
―― ユラリスはピザが好きなのか。特にビスマルクが好き、なるほど
ロイズは、ユアがピザを食べる姿をチラチラと見て心のメモに書き留めていた。女子生徒をチラチラ見るのは、本当に止めた方が良い。
「あれ? マリーさん、手の絆創膏、怪我したんすか?」
マリーの手に絆創膏が貼ってあるのに目ざとく気付いたフレイルが訊ねると、マリーは「あぁ、これ」と言いながら小さく笑った。
「ちょっと包丁で切っちゃって。忙しいとうっかりしちゃうのよねぇ」
フレイルは「ふーん」と興味なさそうに治癒の魔法陣を描くと、マリーの許可も得ずに絆創膏目掛けて治癒魔法を発動させた。
「え!? ちょっとゴールデンボーイ、なにしてんの!?」
「なにって、治癒魔法っすよ」
「ちょっとフレイル、突然魔法使ったらビックリするでしょ!?」
「あ、そうだった。……申し訳ねぇっす」
バツが悪そうにしながらも治癒をし続けるフレイルに、マリーは驚きつつも「治癒魔法ね」と、納得した様子で黙って治癒を受けた。
「ほい、完了っと。絆創膏、取っていいっすよ」
フレイルに言われて、マリーが絆創膏を取ると、あら不思議。キレイサッパリ傷は消えてなくなった。
「わぉ! さっすが魔法使いね~、ありがと!」
「いーえ、どういたしまして。ピザ美味かったんで、リスペクトの意です」
フレイルが気取った様子で肩をすくめると、マリーは「魔法都市のピザ屋に勝てたかしら?」と言いながら笑った。
「マリーさんって魔法都市のピザは食べたことないの~?? 全然味が違うよぉ、マリーさんのピザすごく美味しい!!」
「ありがと~! 嬉しいわ。残念ながら、魔法都市は行ったことないのよねぇ」
「そうなんだぁ」
カリラはピザを一切れ食べながら、何かを考えるようにして「それなら~!」と、顔をパァと輝かせた。
「マリーさん、魔法都市に遊びにきてぇ~!」
「魔法都市に?」
「お店がお休みの日に、魔法都市で一緒にあそぼぉ~♪ ユアと三人で女子会したい!」
マリーは眉間に皺を寄せるようにして少し迷うような素振りを見せた。でも、ピザをもぐもぐと食べる『5人の魔法使い』を見て、一つ息をしてから、ニコッと笑い直した。そして、「それもいいかも!」と快活な声で答えた。
「行ってみようかしら! 転移とやらで行けるの?」
「転移タクシーで迎えに来るので大丈夫です、任せて下さい」
元々社交的なユアは、女子会に乗り気でニコッと笑った。
「約束だよ~♪……そぉだ! ロイズ先生の昔の話とか聞いちゃおーっと」
「え!!? なんか分かんないけどやめて欲しい……マリー、変なこと吹き込まないでよ??」
「だいじょぶだいじょぶ!」
「不安すぎる~、教師としての威厳が脅かされる~」
「威厳なんて元からないから大丈夫っすよ」
フレイルの容赦ない突っ込みに、ロイズはげんなりとした顔をした。
その隣で、ユアは『その手があったか! カリラぐっじょぶ!』と、大きくガッツポーズをしていた。
そんなこんなで、マリーと約束を取り付けたユアとカリラ。予定が決まったら連絡すると、お互いの魔法紙を交換しつつ、お店を後にした。
「まだ時間があるけど、行きたいところとかやりたいことがある人~?」
ロイズが訊ねると、リグトがユアに「なぁ」と話しかけた。
「昔遊んでた公園って、今どうなってんのかな」
公園というワードに、ユアの顔がパァと明るく輝いた。
「懐かし~! お父さんとよく遊んだ公園ね」
「そうそう、仕事終わりにゼアさんが連れてってくれたとこ」
「遊んだあとに、近くのお菓子屋さんで帰りにアイスを買って貰ってたわよね」
「あったあった。『開けてビックリ・ポンポンアイス』だろ」
「それ! よく覚えてるわね、ふふっ」
「お前、ああいう変な菓子、好きだよな」
「リグトは、いつもミルクアイスとか普通のやつだったわよね」
「保守派なんだよ、俺は」
そんなやり取りを見ていたロイズは。
―― な、な、な、仲が良い! 同じ時を過ごしてきました感が強い!
またもや衝撃を受けていた。
マリーと幼なじみのような間柄であるロイズとしては、マリーとこんな話をするような思い出も記憶も特にない。同じ幼なじみというカテゴリーでありながらも、レベチな仲の良さを見せ付けられて、目眩がするほどの衝撃を受けた。
ちなみに、リグトとユアは仲は良いが、ベッタリな関係ではなく、割とサバサバとした関係だ。今回は、たまたま二人の記憶がガッチリ合って盛り上がっただけのこと。
―― で、でも、俺だって、開けてビックリ・ポンポンアイスなら数え切れないほど食べてるし。何なら、ミルクアイスより変なお菓子の方が好きだしっ!
そっちじゃない感がすごい。ピンとズレした謎の対抗心が、ムクムクと育つ無垢なロイズであった。
「コホン。じゃあ、その公園にいってみる?」
ロイズが咳払いで対抗心を逃がしつつ提案してみると、ユアとリグトが嬉しそうに「お願いします」と言った。
「どんな公園だったか覚えてる~? 聞けば分かるかも」
「確か……空気砲トランポリンがあって、360度回転式ブランコとか、あとは雲の砂場と、空中ジャングルジムがありました」
「割とオーソドックスな遊具ばっかりだね~。うーん、、、」
ロイズは記憶を探すように、指先で飴色頭をトントンと軽く叩いた。
「あ! もしかして、柔らかグミの登り棒がある公園かな?」
「うわ、懐かし。ありました、あのグニグニで全然登れない登り棒」
「それなら分かるよ~。こっちだね」
ロイズがパッとスケートボードに乗って浮くと、それぞれ羽を着けたり箒に乗ったりして、またもや魔導具で移動をした。
ロイズの案内で公園に着くと、ユアとリグトは見るからにテンションが上がっていた。
「おー、結構そのまま残ってるもんだな」
「私、このブランコ大好きだったなぁ」
「ゼアさんが『あと10回転で終わりだよ』とか言ってんのに、全く聞かずに乗り続けてたよな」
「分かってないわね。『これで終わりだよ』からが、スタートなのよ」
「迷惑なガッツだな」
すると、ブランコに乗っていたカリラがスピードを出しすぎたらしく、「うわ~、誰か止めて~」と訴えた。それを見たリグトとフレイルが目を合わせて頷き合い、「もっと回そうぜー」と悪ふざけがスタート。二人が思いっきりブランコを回すものだから、カリラは「うわ~、キモチワルイぃ~」と言いながらも爆笑していた。人はなぜ回るだけで笑ってしまうのか。
それを笑って見ていたユアに、ロイズはスーッと近づいて小声で話しかけた。
「ねぇねぇ、ユラリスのおじいちゃん家って、この近くだったの?」
「はい、あのビルです。亡くなって手放してしまいましたが……」
ユアが指差したのは、公園の斜向かいにあるビルであった。すると、ロイズは「近っ!」と言って、公園の隣にあるビルを指差した。
「ここ、俺の実家なんだよ~」
「え! そうなんですか!」
それはもう目をカッと見開き、食い入るようにロイズの実家のビルを見た。
先程までは、ただのビルとしか認識していなかったのに、ここで彼が育ったのだと思ったら、聖地巡礼かのような高揚感が胸を踊らせた。有り難すぎて拝みたいところを、目に焼き付けるだけに収めた。
「この公園にも、よく遊びに来てたよ~」
「ということは、もしかしたら小さい頃に会っていた可能性も」
「あるかもね~。全然覚えてないけど」
その余計な一言に、ユアの高揚感は少し冷まされた。こういうところがロイズ対応なのだ。それでも、この運命的な距離の近さに、ユアはまた一つ勇気を頂戴してしまった。
「いつかロイズ先生のご両親にお会いしてみたいです。先生の起源というか、そういうのを感じてみたいなぁと思います」
ユアのその言葉に、ロイズはふと思った。もし卒業後、住み込み助手の件を引き受けてくれたなら、ロイズの白い家に訪ねてきた両親とユアが会うこともあるかもな、なんて。
「そうだね、そのうち紹介するね~」
「!? 紹介してくださるんですか?」
「うん、ユラリスには、両親に会っておいてほしいかなぁ」
「!!?! は、はい! ぜひともお願いします。ぜひとも!」
言葉足らずが過ぎたせいで、まるで結婚前提のカップルのようなやり取りになってしまった。昨日の魔力補充での件といい、ユアはガッツリと勝利を確信してしまった。彼は自分のことを好きだけど、教師と生徒という間柄のため言葉にしないだけだと、思わずにはいられなかった。
「私、幸せです……」
「??? ユラリスが幸せで良かったよ~」
人間都市の公園でニコニコと微笑み合う二人。きっと幼い頃、本当にどこかで会っていたのだろう。これを運命だと思うか、魔力相性の良さが成す必然だと思うか。
恋する乙女に特大の勘違いを乗せたまま、人間都市の社会科見学は終了した。そして、勘違いの夏休み突入となるのだった。




