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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第三章 魔法使いと人間の距離

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44話 5人の魔法使い



【現在】


 コポッ……コポッ……と音を立てて溜まっていく魔力を見ながら、ユアは込み上げる想いを抑えるようにして、ワンピースの布をぎゅっと掴んだ。


「というわけで、あの後、人間と魔法使いの繋がりを円滑にする試みとして、この魔法省人間都市支部局が出来て、簡単に壊されないようにタンクは地下深くに埋められたってわけです~」


 ロイズは、ちょっと恥ずかしそうに昔の話をしてくれた。きっと、誰かに話すのは初めてだったのだろう。所々、言葉を選ぶように、たどたどしく話をしていた。

 眉を顰めて不快そうにしたり、唇を軽く噛んで悔しそうにしたり、嬉しそうに微笑んだり、少し泣きそうになったり、その当時のロイズの気持ちがそのまま伝わってきた。


 ユアは色んな感情が込み上げて、彼の横で涙をぐっと堪えた。何度も堪えた。

 でも、やっぱり堪えきれなくて、思わず涙が零れると、それを見たロイズが慌てるように「ごごごめん!!」と何故か謝るものだから、ユアは泣きながら笑ってしまった。ユアが笑うと、ロイズはホッとしたように息を吐いた。


「ロイズ先生」

「うん?」

「私、今すっっごく、ロイズ先生を自慢したい気持ちです。世界中の人に。先生はすごいんだぞ、って」

「ぇえ? やめてよ~。若気の至りというか、今思うとやっちゃってるな~って感じで、すごーく恥ずかしい。魔法省に乗り込んだところとか、もう墓に埋めたいレベルで恥ずかしい……」

「この件を魔法省に口止めしてるって言ってましたが、本当にそれが理由なんですか?」

「はい、一番の理由は、恥ずかしいからです」


 ロイズが本当に恥ずかしそうに言うものだから、ユアは「ふふふっ」と笑ってしまった。


「じゃあ二番目の理由もあるんですか?」

「まぁ、一応あるかなぁ。俺がしたかったのは魔法省を叩きのめすことじゃなくて、人間のみんなを守りたかっただけなんだよね」


 ロイズは、当時の気持ちを思い出すように少し上を見た。


「人間が迫害されていたことを見過ごしていたのは、魔法省の落ち度でしょ? それを公にしちゃうと、今度は何も知らずに一生懸命働いていた魔法省の皆さんが、叩かれる立場になっちゃうから。例えば、ユラリスのお父さんとか、ね?」


「……ありがとうございます」

「いえいえ~」


 ロイズは何でもない風にカラっと答えた。そして、魔力補充タンクが満杯になったのを確認して、ガラスの球体から手を離した。


「補充完了~、お腹減ったぁ」

「これだけ魔力を使っても魔力切れにならないんですね、凄すぎます」

「いやー、かなりフラフラしてるよ、残量もギリギリだし。ユラリスも魔力量おばけなんだし、頑張ればすぐだよ~」

「え!? あ、そうですね、あはは」


 ユアは、そっと目を逸らした。そろそろ、このどうしようもない嘘をサクッと処理したかった。しかし、この雰囲気では言い辛い。ユアは『今じゃないわね』と、またもやチキった。そして、深い井戸に投げ入れるように捨て置いた。


 ロイズは魔力補充の記録表に記入したり、確認作業をしながら、「ごはん何かな~」なんて言っていた。今なら聞けるかもと思ったユアは、一時間前からずっと気になっていた疑問を投げかけてみた。


「あの、何で私に昔の話をしてくれたんですか?」


 ユアのその問い掛けに、ロイズは作業をしていた手をピタリと止めて、不思議そうにユアを見た。『なんでそんな当たり前のことを聞くんだろう?』と、心底不思議に思っているような顔だった。


「なんでって、だってユラリスだから」

「???」


 今度はユアが不思議そうにすると、ロイズも不思議そうに首を傾げた。


「えーっと、このお話って、誰かにするのは初めてですよね?」

「うん、そうだね~」

「私なんかより仲の良い方とか、偉い人とか、話すべき人はたくさんいるような気がするのですが……私なんかで良かったのでしょうか?」


 ユアが自信なさげに聞くと、ロイズは「なにそれ~」と笑った。


「他の誰かに話すつもりないよ~、ユラリスだけじゃないかなぁ?」

「私だけ……?」

「うん。この先も、誰かに話すことはないと思う。やっぱり恥ずかしいし」

「なるほど……?」

「ユラリスには絶対知っておいて欲しかったし、話せて良かったよ」

「ありがとうございます……?」


 ロイズがまた記録用紙に書き始めると、ユアはそれをぼんやりと見ながら、不可思議に思わずにはいられなかった。


 ―― これは一体……?


 魔法省にも口止めをしているようなロイズ的シークレットを、本人の口から事細かに聞いて、しかも『生涯で君だけだよ(乙女意訳)』なんて言われている、この状況。

 ユアの中で何かがムクムクと膨らんで、胸がドキドキし始めた。膨らんだものが身体中に広がって、ユアの瞳は輝き、胸はきゅんと高鳴り、肩を小さく震わせた。


 ―― え、え、え! これって、ロイズ先生、もしかして、私のこと……好き?


 思わずにやつく口元を両手で隠しながら、横目でチラリとロイズを見ると、その視線に気付いたロイズがニコッと笑って返してくれた。


 ―― やっはーーん! 超好き!!


 ユアはもうドキドキが止まらなくて、容赦なく膨らんだ期待が、今にも破裂しそうだった。このまま破裂したら、好きという気持ちが口から出てしまいそうだった。


 ―― 確かめたい。言いたい。でも……ダメだわ


 彼と彼女は、教師と生徒。例え、ユアに気持ちが向いていようと、ロイズがそれを肯定するとは思えなかった。ユアは夢見る一方で、現実も見ていた。

 でも、やっぱりどうしても知りたくて、この止められないドキドキを好奇心という名の箱船に乗せて、どうにか対岸に渡りたくて仕方がなかった。


 ―― そうだわ、心音! ロイズ先生の心拍数、聞きたい。私のことどう思ってるか分かるかも


「よーし、作業完了~。お待たせ、ご飯食べにいこう」

「あの、ロイズ先生」

「なーに?」

「私、転移魔法が少し使えるようになったんです。まだ数メートルだけですけど、発動ができるようになって」

「え! 本当に!? すごいね~、先月までは出来なかったよね!」

「はい、それでですね。今、少しやってみても良いですか?」

「今? いいけど……??」

「お願いします」


 ユアが少し離れると、ロイズは不思議そうな顔をして、それでも真剣な教師の目でユアの指先を見ていた。ユアは、それに応えるように、美しく正確な魔法陣を描く。転移先にいる大好きな彼の腕の中をイメージして、それに魔力を流し込んだ。



 ふわり、ストン。



 ―― やった、転移できたぁ!


 当たり前のゼロ距離転移。ユアは大好きなロイズにぎゅっと抱き付いた。彼の心音を聞くために胸に耳をピタッとくっつけて、ぎゅっと抱きしめた。悪い子だ。


「う、うまく転移できたね。魔法陣もすごく綺麗だったし、いっぱい練習したんだね。えっと、、、」


 ―― もー! 聞こえない!


 ロイズが喋るものだから心音が聞こえなくて、ユアは内心で大きく舌打ちをした。でも、諦められなくて離れがたくて、このままでいたかった。

 ロイズの体温が自分の体温と混ざり合うような感覚に、その幸せに、ユアはどっぷりと浸かっていた。


「あ、あの、ユラリス……?」

「はい……」


 ここまで既に30秒ほど抱き付いたままだった。お目出度いことに、最長記録が大幅に塗り替えられた。溢れる期待が後押しをして、このまま離れなくてもいいんじゃないかな~、なんて、ユアは悪い事を思い始めていた。


「ユラリス、あの、差し支えなければ、そろそろ離れた方が良いかなと、オモイマスガ……」


 しかし、さすがのロイズも、この謎の状況に大きく困惑して抵抗の意を示した。初めての抵抗だ。やれば出来るじゃないか。

 でも、ユアは負けなかった。彼が秘密にしたがっている過去の話を教えてくれて、それは君だけに話すのだと『大きな特別』を貰って、ここで聞き分けよく離れることなんて出来なかった。


 ドキドキと高鳴る心音で勇気の鈴をリンと鳴らして、もう一歩、踏み込んでみたかった。


「ロイズ先生。転移魔法が出来たお祝いに、先生に甘えてもいいですか?」

「アマエタイ、とは?」

「少し長くこうしていたいです」

「スコシ、ナガク?」

「あと、先生にもぎゅってしてほしいです」

「!!!?!」


 ―― 攻めすぎたかしら……


 そう思って窺うようにロイズを見ると、ユアでも分かるくらい目に見えて固まっていた。瞬きの回数が異常に多かったし、ロイズの手はガチガチに固まって宙に鎮座していた。


 ロイズは混乱していた。可愛い愛助手が転移魔法を覚えたのは目出たい。大いに()でたい。だがしかし、そのお祝いに抱きしめ返すとは何だろうか。いや、何故だろうか。その繋がりが全く分からなかった。

 ただ一つ分かることは、こんなところを誰かに見られたら、一発アウトで無職ホールインワンだということだ。


「ダレカクルカモ」

「誰もいなければいいですか?」

「マタコンドニシヨウ」

「また今度ですか?」

「マタコンドデス」


 大混乱の魔法バカの頭では、この解のない超難問を先送りにすることしか出来なかった。柔らかなアレコレが身体にぎゅっと触れた状態で、冷静な判断など下せない。なるべく意識を手放して無になることで、どうにか切り抜けようとした。


 一方、ユアはグイグイに攻めに転じた。彼は自分のことを好きなのではないかと思うと、もう止まらなくて、ロイズの心が欲しくて仕方がなかった。恋する乙女、ここで攻めずにいつ攻める!


「じゃあ、先生の家でなら良いですか?」

「イエ」

「はい、先生のお家なら誰も来ませんし、いいですよね?」

「ハイ」

「約束ですよ?」

「ヤクソク」


 全力で先送りにするために、全力で悪手に出てしまったロイズ。半分以上意識を手放した結果、あろう事か『23歳男性教師の一人暮らしの家で、女子生徒を少し長めに抱きしめる』という、とんでもない約束をしてしまった。詰んでいる。


 ユアは約束を取り付けたことで、とても満足そうにニコッと笑って、だめ押しでもう一回ぎゅっと抱き付いてからやっと離れた。


「ごめんなさい、おなか減りましたよね」

「ヘリマシタ」

「お食事行きましょうか、どこかしら……」

「ドコカシラ」


 しっかりちゃっかり者のユアと、疲労困憊でほぼ意識のないロイズが、何個ものセキュリティーを通ってようやく地上に出たところで、案内役のナイアンおじいちゃんが迎えにきてくれた。


「そろそろかと思い、お迎えにあがりました」

「ありがとうございます」


 ナイアンの後に続いて昇降魔導具(エレベーター)に乗って上っている途中、ナイアンがユアを見てニコリと笑った。


「失礼ですが、ユラリス師団長の御息女様でいらっしゃいますか?」

「は、はい。父をご存知なのですね」


 ユアが戸惑いつつ返すと、ナイアンは小さく笑って「魔法省でお父様を知らない者はおりませんよ」と、にこやかに返した。

 ユアは普段の父親を何となく思い返してみたが、心配性で過保護で自分たち姉妹に構ってばかりと言うイメージしかなく、師団長としての父親が全く想像出来なかった。


「大きくなられましたねぇ」

「え?」

「実は、ユア様が小さい頃にお会いしておりまして」

「私が小さい頃、ですか?」

「はい、思い出しますなぁ。……実は、私、魔法使いではなく人間なのです」

「そうだったんですね。雰囲気が丸いというか柔らかい方だから、もしかしたらそうかなと思っていました」


 ユアがニコリと笑うと、ナイアンは少し驚いた顔をしてから、嬉しそうに深く頷いた。


「人間都市で生まれ育って、何の因果か、この支部局に勤めることになりましてね。この支部局には人間も何人か働いているのです」

「そうなんですね、素敵なことだと思います」

「特にユラリス師団長は、人間に対して偏見を持っておられない方ですから……本当に、言い表せないほどにお世話になっております」


 人間である母親のことを言っているのだと、ユアはすぐに察した。

 ゼア・ユラリスの妻が人間であることは、公にはされていない。しかし、名前こそ知られていないものの、人間側では『世にも珍しい、魔法使いと人間のラブロマンス』として、御伽噺のような扱いになっているのだ。

 ナイアンはその事情を知っているのだろう。とても優しい顔でユアを見てくれていた。


「あれは何年前だったか……この支部局が出来るもっと前、そうそう、丁度15年前でした」

「はい」

「ユア様が人間都市で迷子になられたのは覚えていらっしゃいますか?」

「ぇえ!? 全く覚えていないです」

「当時、私は魔導具の工房を営んでおりまして、ユラリス師団長の奥様……ユア様のお母様が大慌てでいらっしゃって『迷子探索魔導具ください!』と仰るものですから、一緒にお探ししたのです」


 ユアは少し恥ずかしくなって、肩身を狭くしながら「ご迷惑おかけしまして……」と、申し訳なさそうに謝った。


「いえいえ、すぐに見つかりましたから。あのときの小さな女の子が、こんなに大きくなって、まさかロビン様と共に魔力補充にいらっしゃるだなんて……人生とは分からないものですねぇ」


「私もまさかロイズ先生と人間都市に来ることがあるとは、思ってもみませんでした」

「そうでしょうそうでしょう、面白いものですなぁ。ネックレス(入学祝)が繋いだ縁、かもしれませんねぇ」


 ―― ネックレス?


 突然、出てきたネックレスの話。ユアが不思議に思って尋ねようとすると、そこで『ちりりん♪』と可愛いベル音が鳴った。


「おっと、着きましたね。こちらのフロアでお食事をご用意しております」

「三人もそこにいるんですか?」

「はい、皆様食べっぷりが気持ち良く、どんどんおかわりをご用意させて頂いております」


 ユアはまた少し恥ずかしくなって、肩身を狭くしながら「ご面倒おかけいたします……」と謝った。ナイアンは「ふぉふぉふぉ」と、快い笑いで返してくれた。


「あれ、ロイズ先生?」


 そこで、隣にロイズがいないことに気付いた。ユアが後ろを振り向くと、ロイズは昇降魔導具に乗ったまま外をぼんやりと眺めていた。


「ロイズ先生ー? どうかしましたか?」


 ユアが割と大きな声で呼ぶと、ロイズは『ハッ』として周りを見渡した。キョロキョロ。


「ぼーっとしてた! あれ、いつの間に地下から出たの……?」

「大丈夫ですか? 魔力補充でお疲れなんですね」

「そうなのかも……お腹はすごーく減ってる」

「早速ご飯頂きましょうね!」


 そうして、先に食べまくっているリグトたち三人と合流した。



 テーブルを囲んで人間都市のグルメを食べ尽くす5人の魔法使いたち。どれが美味しいだの言いながら、運ばれてくるお皿を受け取る時は「ありがとう」と言い、時折「美味しいです」と笑顔を見せてくれる。


 ナイアンは、その『5人の魔法使い』を見て、心に深く感じるものがあった。


 昔、まだ魔力補充タンクが街のど真ん中に置かれていた頃に来ていた『5人の魔法使い』と、今、目の前にいる『5人の魔法使い』は似ても似つかない。

 

 魔法使いが明確な恐怖の対象であった時代は、ロイズ・ロビンによって終わりを告げた。だけど、人間たちの心の中では、未だに彼らは畏怖すべき対象であり続ける。力の差が、能力の差がある限り、それは手放せない感情だ。


 でも、こんな優しく素直な『5人の魔法使い』を見たら、また人間と魔法使いの距離は近くなるのだろう。


「ナイアンさん、これ美味しすぎます。おかわりお願いします」

「私の分もぉ~♪」

「ちょっと、もう少し遠慮しなさいよ」

「ユアは魔力補充途中リタイアしたんだから腹減ってねぇだろ、その皿よこせ」

「あ! 私のプリン! それだけはダメー!!」

「遅ぇよ、いっただき~」

「フレイルー!」

「ユラリス、俺の分あげるから。ね?」

「わぁ、ありがとうございます(らぶ!)」

「……やっぱ皿返すわ」

「もう半分以上食べてるじゃない。そんなのいらないわよ」

「なに!? いらないなら俺が貰う」

「ケチがすぎるぅ~♪」


 ナイアンは「ふぉふぉふぉ」と笑いながら、とっても軽い足取りで、新しい料理を取りに厨房に向かった。



 人間と魔法使い。

 その距離は少しずつ、少しずつ、ね。






 

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