42話 ロイズ・ロビンの昔の話 ――魔法使いの息子
【8年前・魔法都市】
此処は魔法都市の魔法省本部。数ある地方支部局を取りまとめる、魔法省の本拠地である。
「なんだって? 人間都市の魔力補充を誰もしていない?」
「は、はい」
「二年間?」
「そうです」
魔法省のトップが集う総会議にて、緊急議題として上げられたのが、『魔力補充を二年間、誰もしていなかった』だなんて馬鹿げた議題だったものだから、お偉方は皆、小馬鹿にしたように笑った。
「だったら、人間たちは、とうに死に絶えているんじゃないのかね? 現実は、生きている。魔力補充はされていた。簡単なことだ。なぜこんなことが議題にあがった?」
「いえ、正確にお伝えしますと、『この丸二年間、魔法省の魔法使いは、誰も魔力補充をしていない』ということです。何者かが、我々の代わりに魔力補充をしていたのです」
すると、髭もじゃのダムソン副大臣が「何者とは、誰かね」と厳しい声で訊ねた。
「ボランティアの魔法使いや人間好きの魔法使いがわざわざ人間都市に毎日赴いて、善意でやったと?」
「いえ、それが、調査によると魔法都市から魔法使いが赴いた形跡はなく……」
「話が読めないな」
「これは推測になりますが、人間都市に魔法使いが住んでおり、その人物らが魔力補充を行っているのではないかと」
その言葉で、会議室がざわついた。
「魔力持ちの魔法使いが人間都市に?」
「魔力補充を毎日できるというのなら、8人以上はいるはずだ」
「移住したなんて、そんな噂聞いたこともない」
そこで大臣が「静かに」と呟くと、皆が口を噤んで大臣に向き直った。さすが魔法省のトップだ、貫禄も風格も他の魔法使いと違う。
「何はともあれ、現状を確かめる必要がありそうですなぁ。調査団を派遣しましょう。明日の魔力補充の担当チームを調査団として人間都市に派遣を」
「はい、承知しました」
その翌日。総会議の予定ではなかったにも関わらず、昨日同様に役職者が全員集められた。緊急事態だと報告が入ったからだ。
「調査団が、全員魔力切れで帰還しただと!?!」
「帰還といいますか、送り返された感じです」
「人間都市のクーデターか!? 相手の人数は?」
「そ、それが……一人だと報告がありまして」
「「「ひとり!!?」」」
「ははは、いやまさかそんな」
「いや、しかし……相当な手練れであれば可能では」
「そ、それが……15歳くらいの子供だと報告がありまして」
「「「子供!!?」」」
「ははは、いやまさかまさか……」
「こちらもまさかと思いまして、他の魔法使いを計10人ほど送ったのですが……全て魔力切れで送り返されました。そして皆、子供一人にやられたと」
会議室が静まり返った。シーーーン。
俄には信じられない。しかし、調査団が嘘をつくとは思えない。嘘を報告するメリットもない。
これは魔法省を揺るがす、とんでもないことが起きていると、誰もがゴクリと喉を鳴らした。
「第一魔法師団を派遣する」
副大臣が重たい声でそういうと、「ユラリス師団長が不在です」と、ストップがかかった。
「第一魔法師団と第二魔法師団の先鋭を連れて、先日の災害対応で東部に派遣されています」
「ならば第三魔法師団だ。目的は、当該魔法使いの捕獲」
「わかりました。すぐに派遣いたします」
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「このバカ息子!! 魔法使いを何人もコテンパンに伸して、魔力切れさせて魔法省に送り返したそうね!?」
「だ、だって~」
「だっても何もありません!! あれほど大人しくしていなさいって言ったのに……ナニガドウシテコウナッタ」
「でもさ、あそこで俺が出て行かなかったら、みんな怪我じゃ済まなかったよ~? やつら、魔力補充をしていた魔法使いを探し出すために、なりふり構わず魔法ぶっ放してたもん」
「ま、まあそれはそうかもしれないけど……。あぁ、でもダメ。ダメったらダメ!!」
「もう15歳だよ。大丈夫、戦えるよ~」
「戦えるかどうかじゃないのよ、戦って欲しくないの」
「母さん……」
ロイズは母親の心配そうな表情を見て、その闘争心が幾らか冷えた。
「ねぇ、ロイズ。あなた、これからどうするつもり? もう魔法省は、あなたの存在に気付いたわ。すぐに他の魔法使いがやってくる。また戦って、戦い続けて、最後はどうするつもりなの?」
いつになく真剣な母親の目に、ロイズは負けじと真っ直ぐな飴色の瞳を向けた。そして、息を大きく吐いて、吸って、母親に告げた。半年間、いやもう物心ついたときから思っていた夢を。
「俺、人間と魔法使いを対等にしたい。ヒエラルキーをぶっ壊して、上とか下とか、そういう下らないものを全部無くしたい」
「ロイズ……」
「話を聞いてもらいたい。そのために戦うんだ。人間側にも力があると思わせないと、話を聞いてはくれないよ」
母親は何かを迷うように下唇を少し噛んで、窓の外に視線を渡した。
「俺、やっぱりおかしいと思うんだよね。魔法使いが人間のことを踏みにじってるの、嫌だよ」
「わかってるわ」
「だって、人間都市のみんな、すっごい良い人ばっかだもん。みんな明るくて、笑い声が楽しくて、魔法使いなんかの俺にも優しくて……」
「それも分かってる」
「そういう人達を守れる力があるなら、使わないなんて、出来ないよ」
ロイズが言い切ると、ちょうど外から悲鳴が聞こえてきた。
「!!? また魔法使いが来たんだ。行かないと!」
「ロイズ!」
「母さんが俺を守りたいと思うように、俺も人間のみんなを守りたい」
ロイズの言葉を聞いて、母親は思わずハッとした。このとき母親は思ったのだ。もうこの子は、ただただ可愛く守られてはくれない程に、大きくなったのだと。
赤ちゃんが生まれたとき、まさかそれが魔法使いだなんて思いもしなくて、驚きすぎて息をするのも忘れた。
しばらく呆然とした後に、出産後の回らない頭でようやく理解したのは『飴色の髪の可愛い男の子の母親になった』という幸せな事実だけ。魔法使いとか、心底どうでも良かった。
心無い人達には『魔法使いの男と浮気でもしてたんじゃないの?』なんて言われたりもした。でも、息子が父親の飴色と全く同じ色だったから、思いっきり言い返すことが出来た。
怪我をしたら青紫色の不気味な血が出るし、教えてもいないのにいつの間にか魔法陣を描いているし、気付けば絨毯も箒もなく空を飛んでいた。
危なっかしくて毎日毎日ヒヤヒヤして目が離せなくて、夜になるとロイズの寝顔を見て、『今日一日無事に終わった』と一時だけ安堵した。
そんな風にがむしゃらに子育てをしていたら、いつしか息子は『人間都市の善き魔法使い』と認識されるようになった。
でも、母親はいつも思っていた。人間都市の魔法使いだなんて、そんな特別なものにならなくていい。魔法使いになろうとしなくていい。魔法なんか一つも使わないでいい。そんなもの無くたって、私が守り抜いてみせるから、と。
それがどうだろうか。大事に大事に守ってきた息子が『次は自分が守る番だ』と啖呵を切っているのだ。
子供は、親にやってもらったことをそのまま返す生き物だ。親に返すんじゃない、大切な誰かにそれを返すのだ。愛されたなら誰かを愛そうとするし、守られたなら誰かを守ろうとする。
「よーし、行ってくるね!」
飴色の瞳に闘志を焚き付けて、ロイズは窓から飛び降りた。何にも頼らずに、何も持たずに、自由に空を跳ぶ息子の姿に、彼を愛する親ならばこう言うしかない。
「……いってらっしゃい、気をつけて!」
ロイズ・ロビン、15歳。
この日を境に、彼は『天才魔法使いロイズ・ロビン』と呼ばれるようになった。




