41話 ロイズ・ロビンの昔の話 ――魔法に夢中になった少年
【9年前/ロイズ14歳/人間都市】
「よーし、今日も魔力補充完了っと」
朝早く、14歳のロイズは魔力タンクのガラスの球体から手を放した。
13歳の頃に父親と発案した『こっそり魔力補充作戦』は、父息子の必死の説得により母親の承認を得て、それからなんと一年半も続けられている。
父親の読み通り、やつらは魔力補充タンクがほぼ満杯であることに気付くと、手放しで喜んでサッサと帰っていくのだ。そして、いつしか人間への迫害を激減させていた。
「あぁ、お腹減ったぁ」
早朝の日課。13歳で魔力補充を始めた頃はこれを終えるとお腹を減らしてフラフラとタンクの前に座り込んでいた。
それでも魔力切れを起こしたことは一度もなく、お腹が減るくらいなのだから、ロイズ・ロビンは子供のときからモンスター級の魔法使いであった。
そして、14歳の頃にはすごくお腹が減るが、へたり込むことは一切無くなっていた。それにも関わらず、ロイズが早朝の日課を終えると、決まって皆が集まってくる。食べ物を持ってワラワラと賑やかに。
「ロビンの坊や! お菓子あるよ」
「朝ご飯、うちのパン食べてけ。ほら」
「ロイズくん、いつもありがとうねぇ」
「わぁ、食べ物ありがとう~」
ロイズがニコニコ笑って受け取ると、皆は優しい目でロイズを見て返す。
「何言ってんだい。ロイズがこうやって補充してくれるようになって、やつらから攻撃されることが減ったんだ。感謝しても仕切れないさ」
「本当にありがとうねぇ」
「それにしても、よくバレないわよね。毎日違う魔法使いが補充にやってくるとは言え、気付かないもんかねぇ」
「本当本当。魔力補充タンクがいつも満杯なのに気付かないなんて」
「やつらって本当に……」
「「「怠け者!!」」」
人間たちが明るく声を合わせてそう言うと、決まって大きな笑い声が早朝の爽やかな街に響き渡るのだ。それをうるさいだなんて文句を言う人間はいない。
ロイズは快活な人間たちの笑い声が大好きだった。この笑顔のために、自分が持てる力を全て使い切ったって良いと、そう思っていた。
―― でも確かに……もう一年半も経つんだよね。なんで気付かないんだろう
ロイズは何となく不安になって、その日の夜、父親に相談をした。
「ねぇ父さん、魔力補充し始めて一年半経つけどさ。魔法省はなんで気付かないんだろうね?」
「うーん、父さんが思うに、『魔力は満杯です』という報告だけを上にあげているんだろうね。それだけ人間に興味がないってことだよ」
「父さんは、このまま気付かれないと思う?」
不安そうに訊ねると、父親は小さく笑って「ロイズはどう思う?」と質問で返してきた。
「俺は、そろそろ危ない気がしてるんだよね~」
「その根拠は?」
「魔力補充の仕事は任期があるって前に聞いたことがあって、それが確か二年だった」
「ふむ」
「もし新しい魔法使いの内、誰かが『気付く』タイプだったら、バレるんじゃないかなぁって思ってる~」
「そうかぁ。それは困るねぇ。もしバレたらロイズはどうしたい?」
父親の優しい問いかけに、ロイズは少し間を置いて「俺ね、」と話し出した。
「ずっと思ってた。人間を毛嫌いする魔法使いは大嫌いだけど、魔法使い全部を嫌う人間も……少し苦手。だって、俺は魔法使いだし」
「うん、そうだねぇ」
「仲良くなんて子供じみたことは言えないけどさ、もっと対等に、平等になれば良いのにって。人間と魔法使いの隔たりが無くなって、その距離がなくなれば良いのに~。だって二つは本当は同じ種族でしょ?」
「そうだね。じゃあそのために、ロイズはどうすれば良いと思う? 何ができると思う?」
父親がニコニコと笑うと、ロイズは難しい顔をするしかなかった。
「えー、難し~!」
頭を抱えるロイズに、父親は「ははは!」と明るい笑い声を降らせた。
「一つだけアドバイスをあげようかな」
「なに~?」
「やりたいことをやるためには、それが出来るだけの力量が必要だよ。そして力量は、一朝一夕では得られない」
「備えておけってこと??」
「そういうことだね。人間都市の魔法使いくん、応援してるよ」
「なにそれ他人事~?」
「ははは! 見守るのも親の務め」
ロイズは少し不服そうにしながら、腕を組んで考えを巡らせた。
―― うーん、俺が出来ることは魔法使いとして強くなることだよねぇ
「よし、決めた! もっと気合い入れて魔法の練習に励むことにする。もっともっと強くなる!」
「ファイトー」
「ぇえー他人事感がすごい~」
ロイズは才能に溢れた天才型の魔法使いであった。そして魔力補充によって、魔力を使いまくるという『究極のトレーニング』を毎日行っていたため、元々多かった魔力量が大幅に増大していた。
それに加え、ロイズは魔法を知るべく、実験や開発をした。知れば知るほど知りたくなった。楽しくて仕方がなくて、魔法にどっぷりとのめり込んだ。
そんな中で、ロイズはあることを思い付いた。
「いちいち魔法陣を描くのも面倒だよねぇ。魔法って言葉で発動できないのかな~」
言葉に魔力を流すイメージをしてみたり、言葉で魔法陣を描いてみようと試みたが、何れも不可能だった。
「魔法陣は、きっと魔力と魔法の間を繋ぐ『翻訳機能』なんだろうなぁ。すると、魔法陣を通さずに魔法を発動させることは、出来ない。何らかの魔法陣が必要ってことかぁ」
そこでロイズは、一つの魔法陣を開発した。ロイズの脳内イメージを魔法陣に読み取らせて魔法の設定を行い、さらに音声をその発動スイッチにする魔法陣だ。
よって、ロイズは「浮遊」とだけ言ってはいるものの、実際には「丸を描いて、その中に羽の絵と、光の粒を描く。浮遊の高さは5mで、浮遊速度は10km/h……」などの条件を脳内で細かく設定し、魔法陣に読み取らせている、ということだ。「浮遊」という言葉は、誤作動防止のスイッチみたいなものだ。
これは、相当なイメージ力と魔力のコントロール力が必要となる。
「この魔法陣を身体の見えないところに刻んでっと……。腰骨あたりでいっか」
ロイズは開発した魔法陣を描いて、それを手のひらに移して腰骨に刻んだ。そして、脳内で魔法の設定をし、その魔法陣に魔力を込めつつ「水、バーン!」と呟くと。
ドカーーン!!
「わぁ、できた! 言語発動カンペキ!! やった~!」
「大丈夫~? なんかすごい音したけど……って、ロイズあんた何やってんの!! 壁に穴空いてんじゃないのよぉおおーー!!」
「あ、ホントだ~」
「塞げ、今すぐに。メシ抜きに処すわよ?」
「はい! ごめんなさい! えっと、『岩の壁』」
ズズズズ……ドーン!!
「おぉ~、いちいち描かなくていいの便利~」
「何が便利か分からない。バカ息子がどんどん魔法バカになっていく母親の気持ち、考えたことある……?」
「あはは~!」
そして、こんな風に魔法にのめり込むこと半年後、ロイズが危惧していたことが現実になるのだった。




