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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第三章 魔法使いと人間の距離

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40話 ロイズ・ロビンの昔の話 ――初めての魔力補充

ロイズの過去編、始まります


 もう何度触れたか分からない、このキレイなガラスの球体。


 触れると初めは冷たくて、魔力を流し込むと少しずつ温かくなる。   

 魔力補充をするこの時間、ロイズはいつもいつも同じことを考えていた。もう10年だ。大きなタンクに緩やかに溜まっていく自分の魔力を見ながら、いつもそれを思い出すのだ。


「このガラスの球体に初めて触れたのは、13歳のときなんだ」


 ロイズはすぐ隣に立つユアを見て、彼女に零すように、そっと話をし始めた。



===========


【10年前/ロイズ13歳/人間都市】



「おい、魔法使いが来たぞ!」

「本当!? いつもより早いじゃない!!」

「早く家に入って!」

「走って!!」

「逃げるのよ、見つかる前に!!」


 賑やかな人間都市が奇妙なくらいの静けさを持つのは、いつもこの時だけだった。やつらが来るときだ。


 傲慢、怠惰、強欲、卑劣、それらを全部寄せ集めた、恐怖の魔法使いがやって来たのだ。


 やつらはいつも突然やってくる。転移魔法だとかよくわからない力を使って、どこにでもやってくる。

 大切な場所だろうが、入って欲しくないところだろうが、関係ない。その腐りきった汚い光と共に一瞬で現れて、他人の領域にズカズカと入り込み、我が物顔で闊歩して、人間たちの大切なものを踏み荒らしていく。


 毎日、毎日、やつらは決まった時間にやってくる。何年経っても変わらない。どんなに懇願しても止めてはくれない。そして、今日も。



「早く逃げないと!!」


「はいはーい、誰から逃げるってぇ?」

「ひゃははは! ほら頑張って逃げないと!」


 落とされた影。恐々と空を見上げると、『5人の魔法使い』が宙に浮いたまま、見下すように人間たちを見ていた。恐怖で引きつる人間たちの顔がさぞかし愉快なのだろう、快楽と愉悦が混じり合う淀んだ笑い声が響いた。


「きゃーー!」

「うるさいなぁ、ほら水鉄砲で遊んでやるよ」

「ははは! そりゃいいや、こちとら魔力補充のためだけに来てるんだ。少しは楽しませてくれよな~」

「なぁ、多く当てたやつが勝ちってゲームにしようぜ」

「おっけー」

「俺、火魔法にしていい? 焦がしたい気分」

「きっつー。優しい俺は、泥団子にしてあげよーっと!」


 魔法使いたちは楽しそうに魔法陣を描くと、逃げ惑う人間たちに対して魔法を放った。光輝く魔法陣から、到底受け切れないような水の塊や火の玉が飛び出して、逃げ遅れた人間にぶつかりそうになったその瞬間。


「(水のバリア)」


 魔法使いが浮かぶ空。それよりもっと遥か上空に描かれた魔法陣から、人間たちを守るように魔法が飛び出てきた。水の塊や火の玉は盾を前にして砕けて散って、水しぶきがそこら中に跳ね返った。


「!!?」


 魔法使いが眩しそうに少し目を細めて上空を見上げると、そこには誰もいなかった。


「誰だ!!?」

「またか……随分前から邪魔してくるやつがいるよな?」

「魔法使いが人間を守るなんて聞いたこともない」

「魔法使いなわけないだろ。どうせ防御魔導具でも持ってるんだろ、なんか白けたな」

「サッサとやって帰ろうぜー」


 魔法使いたちは興を削がれたように、街のど真ん中に置いてあるタンク――汚れて中身も見えないような魔力補充タンクに向き直り、そして顔を歪めて嫌そうにしながら、薄汚れたガラスの球体に手を当てた。


「はー、魔力の無駄使いだよなぁ」

「本当、言えてる」

「……ん?」

「どうした?」

「残量メーター見てみろ、ほとんど減ってない」

「本当だ、何でだ?」


 5人の魔法使いたちは、不思議そうに首を傾げて残量メーターを見た。


「昨日のやつらがたんまり補充したんじゃないか?」

「昨日って、誰のシフトだっけ?」

「覚えてねーよ。まあいいじゃん、これで仕事終わりってことで」

「そうだな、ラッキー帰ろ帰ろ~」


 そう言いながら、5人の魔法使いは転移魔法陣を描いて帰っていった。




 そんな悪い魔法使いたちを物陰から見ていた少年が一人。


「やった~、作戦成功! みんな大丈夫だった~?」


 逃げ遅れて水鉄砲の餌食になりかけていた人間たちに近寄って、少年は「怪我はない?」と見て回った。


「あ、転んで怪我してるね。すぐ治すね。他にも怪我した人がいたら教えてね~!」


 そういうと、素早く魔法陣を描いて治癒魔法を発動させた。


「いつ見ても不思議だねぇ。もう治ったよ。ありがとう、ロビンの坊や」

「これくらい大したことじゃないよ~。むしろごめんね、本当はやつらをコテンパンに伸したいとこなのに、母さんが……痛っ!」

「何が伸したいだ、このバカ息子!!」


 突然降ってきたげんこつに、ロイズは頭を抑えながら涙目で振り返った。


「げ、母さん!!」

「部屋にいないと思ったら、やっぱり! 浮遊魔法で窓から出たわね~!? 魔法使いとは戦うなっていつも言ってるでしょ!!」

「浮遊魔法じゃなくて転移魔法だよ~、新しい魔法陣を作ったんだよ!」

「どっちでもいいわ!」


 すごい剣幕で怒る母親に、ロイズはまたゲンコツ一発来るかなと身構えたところ、今度はぎゅっと抱きしめられた。抱きしめるその力が強くて、母親の心配する気持ちが何となく分かってしまい、ロイズは少しだけ居心地が悪かった。


「ロイズ。あなたは、まだ13歳の子供なの。相手は卑劣な魔法使いよ。戦って怪我でもしたらどうするの」

「戦ってないよ~。隠れながら、みんなを守ってるだけだし。今までバレたことないし~」

「魔法を使ったなら同じことよ! 魔法使いが此処にいるなんてバレたら、魔法省に連れて行かれるかもしれないでしょう? お願いだから、大人しくしていて。ね?」

「……ごめんなさい。でも、母さん、聞いて。作戦成功したよ!」


 ロイズがキラキラとした飴色の瞳を母親に向けると、母親は怪訝そうな顔をして「作戦?」と返した。


「昨日、父さんと作戦会議をしたんだけどさ~」


 ロイズはそう言いながら、母親の手を引いて魔力補充タンクに連れ立った。


「父さんが言ってたんだ。やつらはいつも、この魔力補充タンクを補充してる間、暇だから()()()()を傷つけたり、脅したりするんだって~」


 魔力補充には魔法使いが必ず5人やってくる。そのうち一人は魔力補充も程々に、主に行き帰りの転移魔法をメインにして待機しているのだ。


 ロイズとロイズの父親が観察するに、その待機をしている魔法使いによって、人間に対する迫害は多くされていた。


「だから、早朝に俺が魔力補充をしておいたんだ~!」

「なるほど?」

「そしたら、やつらすぐ帰ったでしょ~?」

「確かに?」

「だから、毎日俺が魔力補充さえしちゃえば、やつらは危害を加えずにサッサと帰るんじゃないかって、父さんと作戦を立てたんだ。題して『こっそり魔力補充作戦』、わーい、作戦成功だぁ♪」


 喜んで万歳をするロイズを見て、母親は大きなため息をついた。


「バカ息子とバカ旦那の組み合わせで、母さんは頭が痛いです」

「え!? 大丈夫? 治癒魔法かける?」

「いらんわ! 帰って説教よ!!」

「ぇえ~、なんでぇ~!?」


 ロイズ・ロビン、13歳。


 初めて魔力補充をした日は、それはもうガッツリ怒られた。父息子、そろって正座で怒られた。







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