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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第三章 魔法使いと人間の距離

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39話 鬼ロイズ発動中



 生徒たち四人はゴクリと唾を飲み込んで、魔力補充タンクの操作部の前に立っていた……いや、立たされていた。


「ナンデコンナコトニぃ~♪」

「……私は死を覚悟してるわ(先生に魔力量おばけだと思われてるから詰んでる)」

「覚悟が重すぎる」

「この後、メシを奢ってくれるのか否か、それが問題だ」

「問題が軽すぎる」


「ほらほら、私語は慎まなくていいけど、さっさとやってみよう~。そのガラスの球体に手を当てて、魔力流せばおっけーだから」

「先生、質問です」

「はい、フライス。なーにー?」

「いつまで流し続ければいいんすかね?」


 フライスの質問に、ロイズはニッコリと笑って「ロイズ先生が良いと言うまでです」と答えた。


「出た。鬼ロイズ」

「むりむりぃ~」

「リグト、私の骨は拾ってね」

「リグト、俺のもよろしくな」

「リグトぉ、私の分まで長生きしてね~、うぅ」

「お前ら……死ぬなよ」


 そうなのだ。ロイズは教師として、結構、バリバリに、ものすごーく鬼だった。


 上級魔法学園の五学年の担任、それは魔法学園で一番優秀な魔法教師である証だ。ロイズは学園を卒業後、なんと教師一年目から五学年を受け持って、今年で四年目。厳しくないわけはなかった。 


 物腰は非常に柔らかくて優しいのに、求めるものは非常に多く、そして高い。出来なくても怒ったり落胆したり責めたりは一切しない。むしろ、応援されて、たくさん誉められて、そして本当にギリっギリまで(しご)かれる。

 五学年になって、何人が魔力切れを起こして保健室送りにされたことか……。みんながエブリデイ魔力切れパーリーであった。

 ちなみに、そこは出席番号1番のユアだ。出来ないことはあまりなく、意外なことにロイズの前で魔力切れになることはなかった。僥倖だ。


 

「はい、位置について~。よーいどん!」


 その合図で、四人はガラスの球体に手を当てて魔力を流し込んだ。


「うわー、吸われてる感覚が……」

「きゃ、ちょっと待って、こんなに吸われるものなの? え、すごい勢いじゃない?」

「そうかぁ? 思ってたより緩やかじゃね」

「ぞわぞわする~ぅ」

「これがゼアさん(ユアの父)が言ってた魔力補充か、なるほど。体験できて良かったな」

「てめぇ、リグト。余裕ぶっこいてんじゃねぇよ」

「余裕はあるが、既に腹は減った」

「吸われる速度がハイペースすぎるわ……。死、あるのみ」

「うわーん! ぞわぞわする~ぅ」


 そんな雑談をしながら魔力補充をすることしばらく。


「え、まじでこれいつまでやんの? 俺、あんま魔力量無いんだけど。もう30%くらい吸われてるんですけど」


 フライスがチラリとロイズを見ると「4人ともすごいね~、上手上手!」と拍手をしていた。そして、スタスタと歩いてユアの後ろに立ち、何かを観察するようにじーっと見た。


「ユラリスはそこまで。手を離して~」

「え? でもまだ大丈夫ですけど……」

「ダーメ。いいから離して」


 そう言って、ガラスの球体に置かれたユアの手を奪い取るように剥がした。


「次、フライスは……顔色よし、まだまだ行けそうだね」

「ちょ、ユアだけ贔屓かよ!」

「あはは~」

「ロイズせんせー! もう無理ぃ~!」 


 カリラの必死の訴えに、ロイズは「大丈夫、もうちょい行けるよ!」と、謎のエールを送った。


「あの……ロイズ先生、なんで私だけ?」


 ユアが不思議そうに質問を投げると、ロイズが小声で耳打ちをした。


「吸われる速度が速すぎたからだよ。魔力補充のタンクに残ってたのは、先月俺が補充した魔力なんだよね。だから、ユラリスの魔力と相性が異常に良い」

「あ……だから引き合って、吸われる速度も異常に速かったんですね」

「そういうこと。急激に速度が上がってたからね、あそこで止めなかったら、気付いたときには腹ペコになってたよ~」

「腹ペコ」


 目を合わせて小さく笑い合う、魔力すらも仲良しの二人。それを見ていたフレイルは、さぞかしイライラしていたことだろう。


「先生ぇ~、もうむりぃ~」

「うーん、カリストンは……あと30秒いこうか」

「えげつなぁい~」

「フライスもまだまだいけそうな感じだね、すごいすごい!」

「全然うれしくねぇっすけど」

「リグオールはどんな感じ?」

「まあ……余裕っすね」

「素晴らしい~、先生は誇らしいよ!」

「腹は減りましたけど」


 そこでロイズは「あ、そうそう」と思い出したように手をポンと叩いた。


「この後、魔力補充のお礼ってことで、魔法省にご飯をご馳走になるんだった~。みんな遠慮なくジャンジャン魔力流しちゃってね!」

「なるほど、了解しました」


 リグトは目の色を変えて、ガラスの球体に当てる手の力をグッと強めた。


「はい、じゃあカリストンはそこまで~」

「し、しぬぅ、せんせーのオニぃ」

「よく頑張ったねぇ、えらいえらい!」


 そうして「もうちょい!」「あと一息!」「もう一絞り!」とかテキトーな掛け声でしばらく鬼ロイズが発動した後に、フレイルとリグトは解放された。


「……」

「フレイル、大丈夫か?」

「オレ、イキシテル?」

「ギリギリ」

「いや~、二人とも頑張ったね! リグオールは、まだまだいけそうだね。将来有望~」

「腹は減りましたけどね」

「フライスは、もうちょい魔力量鍛えようね。せっかくセンスあるんだから、毎日トレーニング頑張って~」

「オニガイル……」


 ロイズは楽しそうに「あはは!」と笑って、一つ手を叩いて「それでは、課外授業終了~」と言った。


「これから先生は魔力補充をするので、見学したい人は見学。食事したい人はナイアンさんに連れて行って貰ってね」


 すると、ユア以外の三人は


「「「食事ー!!」」」


と、血走った目で訴えたので、後ろで控えていたナイアンさんが少し笑いながら「上の部屋にご用意してございます」と申し出てくれた。フレイルとカリラは立つこともできず、リグトの浮遊魔法で浮いて運ばれた。


「ロイズ先生、私は見学したいです」


 腹減り三人組を見送りながらユアがそういうと、ロイズは柔らかく微笑んで頷いた。


「そうだね。初めからユラリスには見てもらうつもりだったよ」

「え、じゃあ……」

「あはは、ちょっと贔屓しちゃった~。魔力が吸われる速度が異常だったのは本当だったけどね。でも、腹ペコじゃ見学できないでしょ? 余力は残してあげたくて」


 ロイズはそう言いながら、ガラスの球体をじっと見つめた。ユアは吸い込まれるように、ロイズを見た。


 賑やかな人間都市の地下深く。暗く静かな広い部屋。やたら大きな魔力タンク。


 人間都市生まれの魔法使いと、魔法都市生まれの元人間が、二人きり。



 ユアはロイズの横にそっと立ち、誰もいないにも関わらず、ロイズだけに聞こえるような小さい声で訊ねた。


「ロイズ先生、昔は魔力補充タンクは此処じゃなくて別の場所にありましたよね? 確か、街のど真ん中にポンと置いてあったはず」

「へえ! よく知ってるね。そうそう、8年前くらいにこうやって地下で厳重に守られるようになったんだよ~」

「記憶にあります。古ぼけたあのタンクがすごく大好きで。祖父母にせがんで時々連れて行って貰ってました」

「そっか」


 ロイズは懐かしそうにぽつりとそう言って、小さく笑った。


「魔力補充は、一時間くらい掛かるんだ」

「そんなに魔力を流し続けるんですね」


 それだけロイズの魔力量が膨大であるということだ。


「暇だから、昔話に付き合って貰おうかな」

「昔話?」

「ご両親から色々と聞いてるだろうけど、人間と魔法使いのこと。昔、俺がしてきたこと」

「え!? 先生が教えて下さるんですか?」

「そう。本当はね、話すの恥ずかしいんだけどさ。ユラリスには知っておいて貰った方がいいかな~って」


 ロイズが少し恥ずかしそうに笑うものだから、ユアは胸がきゅっと鳴った。ロイズが愛しくて、抱きつきたくなった。


「ぜひ、お願いします」


 でも、抱きつくことは出来ないから、少し距離を詰めてロイズの隣に真っ直ぐ立った。


「じゃあ始めようか」


 ロイズは、ガラスの球体にそっと手を乗せた。



 


 


 

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