38話 人間都市
「うわぁ……ここが人間都市~? すごぉい!」
人間都市初めて組のフレイルとカリラは、ストンと転移で到着後、きょろきょろくるくると回るように周囲を見渡した。
人間都市は賑やかな街だ。小さな面積に人がぎゅうぎゅうにひしめき合って、助け合って暮らしているからだ。
そびえ立つ高いビル。その建物の間をすり抜けるように飛び回る人々。そしてビルに落とされた影を諸ともせずに、食べ物屋や雑貨屋、本屋などが賑やかに並び合う。地上にいる人々は、ガヤガヤと楽しそうに買い物をして、大荷物を抱えながら和気あいあいと歩いていた。
魔法都市は全体的にどこも『閑静な住宅街』といった雰囲気で、賑やかな中心街はごく一部だ。人間都市の押し合うような音の快活さに、初めて来た魔法使いは誰もが圧倒される。
ロイズは、この溌剌たる音が心地良くて大好きで、此処に帰ってくる度にいつも心が沸き立つ。
「すっごい賑やか~!! テンションあがるぅ♪」
「うわ、なんだあれ。何に乗ってるんだ? 布?」
フレイルが上空を指差すと、人間がなにかに乗っかって空を飛び回っていた。
「あはは! 驚くよね~。あれは魔法の絨毯だよ。それにあっちは魔法の箒。移動用の魔導具だね」
「ぇえ! 空を飛ぶ魔導具なんてあるの~? すごい楽しそう~♪」
「へー、浮遊魔法が使えなくても何とかなるもんなんだなぁ」
魔法使いたちは、基本的に浮遊魔法で移動をする。あるいは、難度が高い転移魔法を習得したり、転移魔法を使える魔法使いに連れて行ってもらう『転移タクシー』などの有料サービスを利用しているのだ。
「ってか、建物が高すぎじゃね」
「あれってぇ、上の方も誰か住んでるのかなぁ~?」
「住む? あんな高いとこに住むわけなくね?」
二人が首がつるくらい上を見上げて口を開けている様子が面白くて、ユアとリグトは目を合わせてちょっと笑っていた。
「フレイル、あの上の方にも人は住んでるのよ」
ユアがクスクス笑いながら言うと、リグトがフレイルを小突きながら「考えてもみろよ」と隣に立った。
「人間と魔法使いの人口はほぼ同じ。なのに居住区の面積は、四分の一程度しかないんだよ。だから高い建物を建てて、上の方に住むしかないってわけ」
「さっきロイズ先生が言ったように、魔法都市から移住してくる魔法使いもいるから、人間都市の方が年々人口は増えているのよね」
生徒二人の解説に、ロイズは腕で丸印を作って「はなまる~◎」と満足そうにした。
「二人の言う通りだね~。色々と見て回りたいところだけど、魔力補充の仕事が先だからね。観光は明日にしようか」
「明日観光できるの~? やったぁ♪」
「日曜日だし、帰る前に色々見て回ろうね~」
ロイズがそう言うと、カリラが飛び上がって喜んだ。ユアも久しぶりの人間都市なのだろう、パァッと顔を輝かせて、カリラとハイタッチをしながら「明日楽しみだね~」なんて言い合っている。ロイズの前ではあまり見せない、10代らしいユアの喜び方を見て。
―― ユラリスが、明日を楽しみにしている!!
「よし! 今すぐ魔力補充をしよう。今すぐに! サッサとやって明日に備えよう!!」
「ぉお? 先生のやる気が急にみなぎった」
「早速魔法省に行こう! 足早に!」
みなぎるロイズがスタスタと歩き出すと、その後を追うように生徒たちも魔法省人間都市支部局の門をくぐった。
「こんにちは~」
ロイズが魔法省支部の受付に声をかけると、受付の若い男性が「何かご用でしょうか?」と不思議そうに首を傾げた。
「魔力補充にきました~」
「魔力補充……学生さんの見学希望でしょうか? 申し訳ございませんが、魔力補充の個別見学は行っておりません」
受付の人が『困った学生さんだなぁ』みたいな顔でロイズを見るものだから、フレイルとリグトが「ぶはっ!」と噴き出して笑った。
「先生の見た目じゃ『学生さん』扱いですよね」
「下手すりゃ俺らより年下に見えんじゃね? うけるー」
「せんせー可愛いもんねぇ~♪」
「ちょっと皆、ロイズ先生に失礼よ!」
「でも実際、全くちっとも少しも『教師』に見えねぇもん」
ユアたちが言い合いしている内容を聞いて、受付の男性の顔がサッと青くなった。若干、震えてるし。
「魔力補充……ロイズ先生……ももももしかして」
「あ、すみません。魔法学園から来ましたロイズ・ロビンです~」
「!!?! ももももうしわけございません! 自分、新入りでして! ロイズ・ロビン様とは知らず、誠に失礼いたしました!」
「いえいえ、お気になさらずに~」
「気にします! 気にするに決まってますー! すぐに案内係をお呼びいたします、今すぐに!」
受付の男性は、飛び上がって超スピードで走っていってしまった。その背中に向かってロイズは「ゆっくりでいいですよ~」と言ったが、もはや聞こえていなかった。
「なんだあれ、すげぇ変わり様……」
呆気に取られるフレイルに、ユアが腰に手を当てて「ふふん」と自慢気に胸を張った。
「知らないかもしれないけど、ロイズ先生はすごい人なのよ。人間都市でロイズ・ロビンって言ったら、誰もが……むぐっ」
「はいストップ、そこまで~」
ロイズは慌ててユアの口を塞ぎ、顔を寄せて「あの話はナイショだから!」とコソコソ話。ユアは、以前聞いた『人間を救った話は魔法省に口止めしてる』というロイズの言葉をハッと思い出して、自慢出来ない歯痒さを少し堪えるように「うぅ……わかりました」と渋々了承した。
「なになに? 何の話?」
当たり前だが、そこでフレイルがガツガツと噛み付いた。ユアへの気持ちを本人や周囲に露呈したくないフレイルは、物腰こそ茶化すような柔らかさがあったが、目が全く笑っていなかった。『イチャついてんじゃねぇよ』と、金色の瞳が言っていた。
「昔かいた恥を掘り返されそうだっただけだよ~」
「恥?」
フレイルの怪訝な問い掛けに、ロイズが「あはは~」と笑って誤魔化したところで「いやはや、これはこれは」とか言いながら、駆け足集合でお爺ちゃんがやってきた。白髪で老いている様子だが、背筋がピンとしており品のある人物であった。
「ロイズ様、今月もお越しいただき、至極恐悦にございます。お出迎えが遅くなり大変失礼いたしました」
「どうも~、お世話になります。今日は生徒たちの見学もお願いしたくて、大人数で押し掛けちゃいました」
「はい、承っております。上級魔法学園に在籍中の優秀な方々でございますね。皆々様をご案内させて頂く、魔法省人間都市支部局魔力管理課魔力補充係の、ナイアンと申します。どうぞお見知りおきを」
ナイアンの美しいお辞儀に、ユアたちも姿勢を正して「よろしくお願い致します」と礼を返した。
「早速でございますが、魔力補充タンクへご案内いたしますね、どうぞこちらへ」
ナイアンの案内で魔法省のフロアを歩くと、時折「ロビンだ」とか「げ、本人?」「本物だ」とか囁く声が聞こえる。時には顔を青ざめて「うわぁ」とか小さな悲鳴を上げる人も。そして、殆どの人はロイズを強い視線で睨んでいた。嫉妬心丸出しのような、陰鬱な目で。
当然のことながら、それに気付いたユアが十倍の強さで睨み返していたし、途中でそれに気づいたリグトがユアの頭を叩いていた。そして、空気の読めないロイズは、全部丸ごと全く気付いてなかった。ローコンテクスト……。
「魔力補充のタンクは地下室にございます」
ナイアンは何重にもかけられた鍵やパスコードなどのセキュリティを解除しつつ、地下室に案内をしてくれた。そして、最後の扉を開けると、そこには巨大な魔力補充タンクがあった。
いや、巨大という言葉では足りないだろう。地下室の薄暗さも相まって、その奥行きは全く見えない。縦横の長さだけでも相当な大きさだ。
「綺麗……」
ユアはぽつりと零れるように、そう言った。目の前に位置する魔力補充タンクは圧倒的で、畏怖を感じるような美しさがあった。
タンクを見上げていた視線を下げると、底の方に溜まっている残り少ない魔力がぼんやりと淡く光っていた。
ユアはタンク越しにその魔力を見た瞬間、ドクンと胸が跳ねた。体温が急に上がって、ふわふわと浮いているような心地がした。そして、胸がぎゅっと掴まれるような、懐かしいような、会いたくて仕方がなかったような、そんな不思議な感覚に包まれていた。ロイズの青紫色の血液を見たときと同じような、いやそれよりも強い感覚だった。
「これが魔力補充タンクか」
「でかいなー」
「魔力すごぉい~!」
驚いている生徒たちに向き合って、ロイズは教師の顔で説明をし始めた。
「この魔力補充タンクが、人間の生活を支えている。さっき見た魔法の絨毯も、スイッチ一つで動く便利な魔導具は全部この魔力で成り立っているんだ~」
「ここにあるタンクだけで足りるのでしょうか?」
ユアが手をあげて質問すると、ロイズがタンクの端を指差して「そこのパイプが見える?」と言った。
「パイプ……あ、ありますね」
「あのパイプは街中の所々にある小規模の魔力タンクに繋がっているんだよ。この巨大タンクに魔力を流して、街中のタンクも全部満杯になったら、人間都市の一ヶ月分の魔力補充が完了って感じかなぁ」
「げげ……すげぇ量……想像しただけで血の気が引く」
フレイルが顔を引きつらせると、ロイズが「あはは!」と笑った。
「この魔力補充タンクが満杯になるまで、魔力を流し続けるのが今回のロイズ先生のお仕事です!」
そして、『いっひっひ~』と歯を見せてイタズラに笑った。
「さーて、せっかく此処まできたからね。準備はいいかな~?」
ロイズの笑い方を見た生徒たち四人は目を合わせて、そして『まさかねぇ?』みたいな顔をし合った。
「……先生、嫌な予感がしています。まさかですよね?」
「リグオール、正解。魔力補充の体験授業、いってみよ~、やってみよ~!」




