37話 ロイズ・ロビンは、もっと君を一人占めしたい
「はーい、じゃあ全員揃ったかな~? 今から社会科見学で人間都市にいきます。目的は魔力補充の見学だから、しっかり見てね!」
「「「はーい」」」
土曜日の校舎。五学年の講義室にはロイズと生徒四人が集まっていた。
生徒の内の一人であるユアは、ニコニコと笑っていたが、内心では『二人でラブラブ旅行のはずが、いつの間にか社会科見学になってますけどー!』と憤慨していた。元々ラブラブ旅行でもなかったが。
「はぐれないように、先生にしっかり付いてきてね~」
「子供じゃないんで大丈夫ですけど」
フレイルが噛みつくように言うと、ロイズは何やら勘案するような素振りを見せて、「そうなんだけどね、」と言って続けた。
「ここ最近、魔力枯渇症になった魔法使いが、人間都市にお引っ越しすることが急増してるんだって~。だから、ちょっと荒れてるらしいよ」
「せんせー、魔力枯渇症ってなぁに~?」
鞄に入りきらなかったお菓子をぎゅうぎゅうに押し詰めながら、カリラが質問をした。
「魔力枯渇症っていうのは、魔法使いの病気だよ。ある日突然魔力が減少していって、寝ても食べても回復しない。そのまま少しずつ魔力が無くなって、魔法が使えなくなる病気だよ~」
「ここここわい! なにそれぇ~、私もそのうちなるんですかぁ~?」
初耳であったカリラは、ロイズに近付いて詰め寄った。女性嫌いのロイズは鳥肌が立ったので、三歩距離を取りつつ「大丈夫大丈夫~」と、カリラをたしなめた。
「魔力枯渇症は40代以降で発症することが多いんだよ、若いうちは平気だよ」
「なぁんだ~♪」
魔力枯渇症。長年、原因不明とされている魔法使いの病気だ。
この国では、魔法使いと人間の居住区が慣習的に分けられている。それは差別的な要素とは別に、生活スタイルが大きく異なるからだ。
魔法都市は、魔力を前提とした生活基盤設計がされている。水を出すのも火を付けるのも、全て自分で魔法陣を描く。よって、魔力が枯渇した場合、魔法都市での生活は非常に厳しいものになる。
一方、人間都市は魔力石を魔導具に設置して、スイッチ一つで火をつけることができる。水道を捻れば水が出る。それら全ては補充された魔力がエネルギー源となっているのだ。
魔導具は便利ではあるが、作るのにも金がかかる。魔法陣だけで生活をしている魔法使いからすると、人間は『何の役にも立たない癖に、金も魔力もかかる面倒な存在』となってしまう。
勿論、ユアの母親のように、人間が魔法都市で生活することも出来なくはない。
ユアの実家では、父親が家にある魔力タンクに魔力補充をすることで生活が出来るような設計にしているのだ。また、魔導具を人間都市で購入して活用したり、色々と工夫をしている。
しかし、一般的な魔法使いは、ユラリス家のような生活はなかなか出来ない。ユアの父親の魔力量や稼ぎが多いため、問題なく暮らしていられるだけだ。さすがエリート!
魔力枯渇症を発症した彼らの血液は、青紫色のままだ。だから『魔法使い』ではあるものの、その実、ほぼ人間だ。魔力補充をエネルギー源として生活基盤が設計されている人間都市で生活を送る方が、安心安全簡単便利なのだ。
それでも、枯渇した魔法使いたちは、人間都市なんかに生活を移すことに大きく抵抗がある。だから、たくさん移住してくると人間都市は一時的に荒れるのだ。
「……と、まあ簡単に言うとこんな感じなので、なるべく単独行動は取らないようにね!」
ロイズの説明に、生徒たちは各々の反応を見せながら理解を示した様子だった。
「人間都市も色々あるんすね。俺、初めて行くから何かピンと来ないな」
フレイルがそう言うと、カリラも「私も初めて~」と、楽しそうに大きなリュックを背負った。
フレイルやカリラのように人間都市に行ったことがない魔法使いは多い。それは差別心がなかったとしても、だ。大体の魔法使いは人間都市に足を踏み入れない。ワザワザ行くようなところではないからだ。
そのため、人間を見たことがない魔法使いの方が断然多い。両者はそれくらい、距離のある存在なのだ。
「ユアも初めてだろ、迷子になるなよ~?」
フレイルが茶化すようにそう言うと、ユアの表情が一瞬強張った。ほんの一瞬だけ。自身が元人間であることも、母親が人間であることも、フレイルやカリラには伝えていなかったからだ。
それを見たロイズがフォローをしようと口を開く一歩前に、「俺とユアは」とリグトが声を出した。
「行ったことがある。ユアの親父さんの仕事にくっ付いて、よく人間都市には遊びに行ってたからな」
リグトがサラリと言うと、ユアはニコッと笑って「そうなの」と同意した。
「へー、そうなんだ。ユアのパパさんって魔法省だっけか。何の仕事だ?」
「まさに魔力補充だよ。ゼアさん……ユアの親父さんは魔力量が多いから、昔はよく駆り出されてたんだ。なぁ?」
リグトがユアに視線を向けると、ユアも何でもない風に答えた。
「そうね。残念ながら、魔力補充は見せて貰えなかったけどね」
そして、一瞬だけリグトとユアの視線が強く重なって、『ごめん、ありがとね』『これくらい軽くあしらえ、ばーか』と見事に会話が成立した。幼なじみペアの以心伝心スキルがすごい。
ちなみにリグトがフォローをしたのは、家族同然に育ってきたユアのためでもあるが、一番はユアの父親であるゼア・ユラリスに感じている多大なる恩義があるからに他ならない。
ユアの秘密を知らないフレイルやカリラは、幼なじみが成立させた目配せ会話に気付くこともなかった。
でも、秘密を知っていたロイズは違った。ハイコンテクスト文化を目の当たりにしたローコンテクスト文化を生きるロイズは、と言えば。
―― な、な、仲が良い気がする!!! なんかわかんないけど、会話が成立していた気がする!
衝撃を受けていた。
―― そうか、二人は幼なじみだったっけ。生まれたときから一緒なら、元人間ってことも知ってるのか
ロイズは少しホッとした。人間都市に同行したいとフレイルからメッセージが届いたときに、ユアの秘密が露呈する可能性を、ロイズだって少しは懸念していたからだ。秘密が露呈しないとしても、ユアにプレッシャーを与えることになるのでは、と。
でも、フレイルたちは上級魔法学園の五学年の生徒だ。未来を担う彼らが人間都市に赴き、魔力補充を見ることの意義は大きいと感じた。そして、何かあれば自分がユアを守れば良いのだと、守れる絶対の自信もあった。
だから、リグトがそれを知っていて、ユアの味方であるという事実は、ロイズを幾らか安堵させた。
―― なんだ、良かった~。そうか、知ってるのは俺だけじゃなかったのかぁ
でも、このとき。安堵して少し力が抜けたその気持ちの隙間に、小匙一杯ほどの、落胆にも似た感情がロイズの中に落とされた。
元人間だなんて、19歳の華奢な腕で抱えて生きるのは重く苦しい秘密だ。ユアの家族を除けば、それを知っているのは自分一人だけだと、彼女を守れるのは自分だけだと、ロイズはそう思っていた。
ロイズの心に落とされた落胆は、じんわりゆっくり広がって。
―― ??? もやもやする……
ついうっかりと眉間にシワを寄せるくらいには、もやもやした。
「ロイズ先生?」
「え! なに!?」
「そろそろいこーよぉー♪」
「あ、そうだったね。ごめんごめん~」
ロイズはもやもやした何かに蓋をするようにニコリと笑って、「じゃあ準備はいい?」と四人に目配せをした。四人はそれぞれ荷物をしっかりと持って頷いた。
人間都市と魔法都市。
二つの街の、その距離200km。
「五学年の講義室にいる全員、魔法省人間都市支部局の前、転移」
新たな感情を乗せて、いざ人間都市へ。
ふわり、ストン。
【第二章 二人と魔法使いの距離】終
お読み頂き、感謝します!
第二章終了。
三章から、人間都市の模様を書いていきます。
ロイズの過去話も。
出し惜しみせず、ガンガン投稿していきます。
引き続き、よろしくお願いいたします。




