36話 助手と書いて嫁と読む
ユアが作戦会議を開いている、その同時刻。
「ザッカスに相談があるんだけど」
「ここんとこ相談多くね?」
「そうだっけ?」
ロイズがレッドアイを飲みながら思い出そうとすると、ザッカスが間髪入れずに「この前の通信魔法」と恨めしそうに言った。
「胸があいてる服がどうのとか」
ロイズはハッと思い出して、同時にユアの胸開きワンピース姿も思い出して『うわぁ!』と声を出しそうなのをぐっと堪えて、それをギブソンと共に飲み干した。
「えっと、その節は、どうもデシタ」
ごにょごにょと適当にお礼を告げると、ザッカスは不思議そうに首を傾げた。
「コホン。それで相談なんだけどね」
「あぁ」
「俺の助手の卒業後の進路なんだけどさぁ」
「ユラリス師団長の娘さんだっけ?」
「そう。ユラリスを俺の専属の助手として雇いたくてさ」
「専属」
ザッカスは、思わず復唱した。
「ほら、卒業したら助手じゃなくなっちゃうでしょ? だから、個人的に雇えないかなぁと思ってるんだ~」
「ロイズが? 個人的に?」
「そ~。できれば住み込みで雇われてくれたら最高だなぁって思ってる」
「住み込み」
ザッカスは、思わず復唱した。
「待て待て待て。一緒に住みたいと? 同棲したいと?」
「ドウセイ? あはは! 違うよ~」
ザッカスは分からなかった。この場合の『住み込み』と『同棲』の違いが、全く分からなかった。
19歳と23歳の男女が一つ屋根の下で暮らすことを、住み込みと呼べるのだろうか。ジンバックをグイグイ飲み干すロイズをチラリと見て、『そりゃ無理があるだろう』とザッカスは思った。
「住み込みなら四六時中研究に費やせるから、いいかなぁって思ったんだよね」
「研究」
「どうやって打診したら頷いてくれると思う?」
「打診」
「正直さ、絶っっ対に断られたくないんだよね~。絶対に!」
そう言いながら、ジンビターズを一口飲んで「あ、美味しい~」と呟いた。
「なぁ、ロイズ。確認なんだけど」
「うん?」
「雇用期間はどれくらいだ?」
「特に設けなくていいかなぁ。ユラリスもいつかは結婚とかするだろうし、本人が辞めたいって言うまではずっと雇いたい」
「ロイズ側からの途中解雇は?」
「ぇえ!? ナイナイ! そんなことするわけないじゃん~。幸運なことに、使う宛のないお金ならたくさんあるしね。ユラリスが、ずっと助手でいてくれたらいいなぁ……」
夢見るようなロイズの飴色の瞳を見て、ザッカスは『これは恋か?』と思った。だが、ユアが結婚したら辞めても仕方ないと思っている節を見ると、女としてではなく、単純に能力に惚れているだけとも思えた。
「住み込みなんて、そんなのユラリス師団長が許すか?」
「ユラリスパパのゼアさんね! この前会ったよ~」
「は!? 師団長に?」
「そう。用事があって、ユラリスのご実家に行ったんだ。すっごい良いお父さんだね、大歓迎されちゃったよ~」
「実家で大歓迎」
「お恥ずかしながら、ロイズ・ロビンのファンだって言われちゃって! 娘をよろしく、だって。てれてれ」
「娘をよろしく」
ザッカスは思った。『もうこれ、無自覚に結婚一直線じゃねぇか』と。『助手と書いて嫁と読むんだったかな?』と。しかし、ロイズの様子から恋愛だとかそういう感じは、一切見受けられない。
「うーん、不可思議だ」
「ん? 何が~??」
「まぁなんだ。とりあえず彼女にはそのまま伝えてみたら良いと思う。喜んで承諾するだろう」
「ぇえ? 本当に?」
「ユラリスって子に会ったことがないから何とも言えないけど、たぶん(ロイズのこと好きだから)大丈夫」
そこで、ロイズはハッとした。
「そうだった! ザッカスとデートのセッティングしなきゃいけないんだ。ユラリスはザッカスのことが好きだからさ~。ニクいね、この色男ぉ! 次の休みいつ?」
「……不可思議すぎる。拗れすぎている」
無自覚に結婚一直線みたいな間柄なのに、他の男とデートをしろという。ザッカスの理解を超えていた。しかし、学生時代を含めて、ロイズを本当に理解できたことなど一度としてないと思い直し、放置することにした。
「次の休みは、たぶん夏期休暇だな。8月だ」
「わぉ、ブラックぅ。じゃあ、8月に一日絶対空けておいて!」
「まぁ、いいけど……不可思議すぎる。あ、胸の大きさはどうだった?」
「……最低な質問をありがとう」
「そう言うな。俺にとっては最重要案件だ」
「えっと、た、たぶん大丈夫と、オモイマス……」
そこで、突然。ロイズは「あ、なんか来る」と言って、飲んでいたグラスを素早くテーブルに置いた。
三拍ほど置いた後、ロイズの目の前に、ほわーんと金色に光輝く魔法陣が現れた。
「なんだ?」
「見たことない魔法陣だけど、通信系のやつだね~。この魔力の質感は……あ、フライスだ」
「フライス?」
「今の教え子~」
そう言いながら、ロイズが魔法陣に魔力を込めて受け取ると、目の前にメッセージが流れた。
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ロイズ先生へ
たった今、ユアから聞きました。今度、魔力補充で人間都市に行くそうですね。
僕とリグオール、カリストンも興味があります。
追加で三名、同行可能でしょうか?
ぜひお願いします。返事待ってます。
五学年 フレイル・フライス
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「うわぁ、ザッカス見て!」
「お、便利そうな魔法だな。これオリジナルか?」
「そうだね、フライスは才能あるなぁ」
「助手にしたいか?」
「それは別にいいかな~」
「ふーん」
ロイズはフライスの魔法陣をじっと見ること10秒。その後、目を瞑って5秒。さらに、脳内で魔法を設定して「フレイル・フライス、メッセージ送信準備」と呟いた。そして、フレイルへのメッセージをツラツラと呟いてから「送信」と言った。
「さすがだな。初見の魔法も、言語だけで発動できるのか」
「うん、複雑じゃなければ出来るかな~」
「何回も聞いてるけどさ、その言語で魔法発動するのは、どういう仕組みなんだ?」
ロイズは「フッフッフ」と、したり顔をしてから「何回も答えてるけどさ、企業秘密で~す、あはは!」と言って笑ってやった。
「いつか絶対解明してやるから覚悟しとけ」
ザッカスが舌打ち交じりに返すと、ロイズはニヤニヤしながら「挑戦者求ム!」とウイスキーフロートをゴクリと飲んだ。
「ところで社会科見学で人間都市に行くのか?」
「社会科見学……ぶふっ! 言えてる~」
「お前がいれば大丈夫だと思うけど、最近魔力枯渇の症例が多く報告されてる。人間都市も荒れてるらしいから気をつけろよ」
「また増えてるの~?」
「指数関数的に増えてる。原因も不明なまま」
魔法使いの魔力枯渇症。昔から問題となっている魔法使いの病気である。発症するメイン層は40歳以上の魔法使いとされており、ある日を境に魔力が減少していく。そして、寝たり食べたりしても回復することはなく、やがて枯渇する病気だ。
「それに、しっかりとマウント取られてるみたいだし……フライスだっけ? 五学年なら19歳か、若いなぁ。こいつの前であんまりイチャイチャしてやるなよー?」
「ん? どゆいみ?」
フレイルからのメッセージ『たった今、ユアから聞いた』、その一言にマウントが盛られているのだ。
現在、時刻23時過ぎ。こんな時間でも一緒にいることが日常的にあるほどに仲が良いということ。そして、カリラのことはカリストンと書く癖に、ユラリスじゃなくて『ユア』と書く。
この文面だけで、フレイルがユアに好意を持っていて、ロイズをライバル視していることを見抜いたザッカス。そして、勿論気付かないロイズ。
「まあ頑張れ。ロイズ先生も大変だな」
「ロイズ先生がんばりまーす、かんぱーい♪」
ゴキゲンに乾杯しつつ、それぞれの夜は更けていった。




