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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第二章 二人と魔法使いの距離

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34話 彼と彼女の好きなもの



「はぁ、疲れた~」

「先生、大丈夫ですか? うちの両親がすみませんでした……」


 あの後、魔力補充の一泊について了承を貰い、更に研究のために採血をお願いしたところ、『娘のためならば』と両親とも快く承諾してくれた。


 人間である母親はただの赤色であった。そして、父親の血液は魔法使いらしい透き通るような青紫色だったが、キラキラ成分の量と輝きが半端なかった。さすが魔法省で三本の指に入るほどのエリート魔法使いだ。ユアも初めて見たようで、その眩しさに驚いていた。

 ザッカスが『ロイズ・ロビンとユラリス第一魔法師団長の魔法大戦争』だとか言っていたのを思い出し、ロイズはちょっと手合わせしてみたいな~なんて思ったが、もちろん思っただけに留めた。


 採血も終わり、目的達成ということで早々にお暇しようとしたロイズであったが、しかし。そこから大きく疲弊した。

 お茶のお代わりから始まり、ティータイムにケーキはいかがだとか、夕食を食べていって欲しいだの、サインがどうのだの、様々な熱烈歓迎を受けた。歓迎というか、もはやファンサービスを求められたと言っても良いだろう。

 ユアが「やめて」と強く両親を止めて、半ば無理矢理にユラリス家を後にしたのが現在だ。


「俺、こんなに歓迎されたの初めてかも~」

「本当にすみませんでした……」


 恥ずかしそうに縮こまるユアが可愛らしくて、ロイズは「あはは!」と笑った。


「嬉しかったよ! 良いご両親だね。ユラリスの家って感じだった~」

「そうでしょうか、もう少し落ち着いて欲しいところです」


 忘れてはならないが、猫被りをしているだけであって、ユアも『いやーん!』とか『ぎゃーん!』とか内心で叫びながら、毎日ロイズを全力堪能している。もう少し落ち着いて欲しい。間違いなく親子である。


「さて、じゃあ戻ろうか~」

「あ、ロイズ先生。もしお時間あったら、すぐそこのケーキ屋さんに寄ってもいいですか? ちょうどおやつの時間なのでテイクアウトしたくて」

「うん、いいよ~」


 ロイズが軽く了承すると、ユアの顔がパァと明るく輝いた。ロイズはカッと目を見開いて、ユアの表情を注視した。


 ―― ユラリスが、とても喜んでいる!?


「もしやに……そこはユラリスの好きなケーキ屋さんなの?」

「はい、昔から大好きで。でも寮生活になっちゃったんで、食べる機会がないんです」

「なるほど! よし、すぐ行こう、今すぐに。どっち~?」

「はい。あの角を曲がったところです」


 ロイズがユアの指差した方向に歩き出すと、ユアはその隣を歩きながら思い出話をしてくれた。母の日は妹と花を買いに花屋さんに行ったとか、この道の先にある公園で妹やリグトと毎日泥んこになって遊んだとか。


「ユラリスはここで育ったんだね~、いい雰囲気の場所だね」

「ありがとうございます。ロイズ先生は何歳まで人間都市にいたんですか?」

「魔法学園に入るまでだから、15歳だね。もう8年も経つんだなぁ」

「ご実家には帰ったりしてるんですか?」

「うん、魔力補充のときは実家で一泊することが多いから、割と頻繁に帰ってるよ~」

「ご実家に一泊」


 強烈なパワーワードに、ユアはまたいそいそと脳内散歩に出掛ける。最終的に脳内で結婚までした。


「今度ユラリスを連れていくときは、魔法省近くのホテルに泊まるけどね。さすがに実家はちょっとね~」

「そうですか」


 一瞬で脳内散歩は砕けて散った。


 ケーキ屋さんに着くと、ユアはショーケースに並ばれたケーキを見て「うーん」と悩む。長い休みにしか実家には帰らない。年間二回程度だ。なかなか食べられない大好きなケーキに、ユアは悩みに悩んでいた。

 ロイズはその横でショーケースを見ることもなく、悩んでいるユアを見てクスクスと笑っていた。


「どれで迷ってるの?」

「定番のイチゴのショートか、モンブランで迷ってます。難しい問題です」

「じゃあ二個買って、半分こしよう。これなら両方とも食べられるよ~」


 ロイズの合理的な優しい回答に、ユアは目を輝かせる。


「いいんですか?」

「もちろん。ご両親と話せるようにセッティングしてくれた御礼に、ご馳走するよ~」

「ありがとうございますー!」


 潔い全力のありがとう。ロイズはニコニコと笑って、どういたしましてと返した。


 だがしかし。実は、ロイズはあまり甘いものが得意ではない。美味しいと思うし、甘いものが食べたいと思うときもあるにはあるのだが、少しで満足してしまうのだ。

 ユアを家に招く際には、必ずお菓子を買っておくようにしてはいるが、毎回一緒に食べながらも『スモークチーズかサラミが食べたい』とか思っていたりする。言わないけど。



 包んで貰ったケーキをお土産にしてロイズの家に戻ると、もうおやつの時間。

 ユアがロイズの家に通うようになってから二か月ほど経つ。ロイズ家の常連であるユアは「キッチンお借りしますね」と一言断って、いそいそと自分で紅茶を入れ始めた。


「ロイズ先生はコーヒーですよね?」

「あ、ごめん。自分でやるよ」

「ふふ、いつもそう言いますけど、いつものように『助手である私の役目です』と返しておきますね」

「……はい、よろしくお願いします」


 ロイズは、ユアの淹れるコーヒーがとても好きだ。

 火の魔法陣をくるりと、そして水の魔法陣をさらりと描いて、ご機嫌にお湯を沸かして淹れてくれるコーヒーには、ふわりと漂う香りの中に彼女の魔力が混ざっているような気がして、ひどく()()()()。でも、それを言ってしまうと、彼女の仕事になってしまうから何となく言えない。


 ケーキを箱から取り出すと、ユアは「わぁ」と感嘆の声をあげた。そして、そーっとケーキをお皿に移して、ほとんど使われていない小さなダイニングテーブルに二つの皿を並べた。


 その二つの皿をじっと見て、彼女は思い出したように「最近、思うんですけど」と言い始めた。


「……先生って、本当は甘いもの好きじゃないですよね?」

「え!? なんで!?」

「いつも一緒に食べてくれてますけど、『一口食べたら満足』って表情をしてることに、最近気付きました」

「キノセイダヨ」


 しどろもどろにそう言うと、ユアはケーキを一口分だけフォークに乗せて、ロイズの口元に運んできた。結構勢いがよかったものだから、思わず口を開けて、あーんぱくっと食べてしまった。


「(もぐもぐ)」


 ―― あ、美味しい


 ごくんと飲み込んでコーヒーを一口飲むと、ケーキの甘さの上に苦味が被さって、とっても満足した。


「あ、その顔です。満足しましたよね?」


 ユアの追及に、言葉を詰まらせて視線を彷徨わせる。その彷徨う視線が、(かい)だった。


「ふふ、やっぱり! いつも付き合って下さってありがとうございます。なんで黙ってらしたんですか?」


 ロイズは、バツが悪そうな表情をして「だってさ」と言い訳を並べ始める。


「俺も食べていた方が、ユラリスも遠慮せずにケーキを食べられるでしょ。もし遠慮してケーキを食べなくなったら、ここには来てくれなくなるかもと思って……」

「ふふふ! ロイズ先生、すぐそれ言いますよね。『来てくれなくなるかも』って。大丈夫ですよ、ケーキが無くても、お昼ごはんが無くても、私はロイズ先生のお家が大好きです」

「えー、そうかなぁ……海の真ん中にぽつんとある変な家だし、面白いものないし、実験ばっかだし……嫌にならない?」


 自信なさげなロイズに、ユアは優しく微笑みながら大きく首を振った。その自信の無さを、めいっぱいに否定をした。


「イヤになりません。住みたいくらい大好きです」


 ―― 住みたいくらい……?


 ロイズは想像した。彼女がこの白い家に住んで、毎日一緒に実験をしたり、あーだこーだ推論をしながら食事をしたり、研究道具や材料を一緒に買いに出掛けたり、おはようからオヤスミまで四六時中どっぷりと二人で研究に費やす毎日。


 ―― わぁああ! めっちゃいい!! 住んで欲しい! 最高すぎるーー!


 開眼した。


 もし専属助手になってくれたら住み込み助手をお願いしてみようかなと思ったが、それはさすがに断られるかなと思い直した。とりあえずザッカスに相談だな、と心のメモに書き留めた。



「じゃあ、このケーキは二つともいただいちゃいますね」


 少し悪戯に笑いながら、ユアは二つの皿を自分の前に並べて「いただきます」と言って食べ始めた。ちゃっかり者だ。


「美味しい~、久しぶりに食べました。ありがとうございます、ロイズ先生」

「いえいえ、どういたしまして~」

「本当のところ、ロイズ先生はどういう食べ物が好きなんですか?」


 ユアが紅茶を一口飲んで問い掛けると、ロイズは「うーん」と考えるように頬杖をついた。


「何でも食べるけど、塩辛いものが好きかなぁ。オイルサーディンとかよく食べてるよ。今はスモークチーズかサラミが食べたい」

「サラミ……ロイズ先生って、もしかしてお酒が好きなんですか? 父がよくおつまみで食べてました」


 教え子からのこんな質問。一瞬どう答えて良いものやら迷ったが、ユア相手なら良いかと素直に答えることにした。


「正直に言うと正解~。酒好きです」

「意外です」

「あはは! よく言われる」


 酒飲みだと言うと、必ず意外だと言われる。そして、幼く見られがちなロイズは、飲酒可能な年齢だと思われず、入店時にいつも店員に年齢確認をされる。その度に『そんなに子供に見えるか?』と残念な気持ちになる。


「じゃあ、私が初めてお酒を飲むときは、ロイズ先生と飲みたいです。今年で20歳になりますし」

「ぇえ? 生徒とは飲めないよ~」

「一杯だけいいじゃないですか」

「ダーメ。卒業したらね」


 しっかりと線引きをするロイズに、ユアは不満足であった。教師と生徒、二人の間に高くそびえる山を崩したくて、目の前にあるモンブラン(そびえる山)を真ん中から割って、溜飲を少しだけ下げた。


「わかりました。みんな(五学年)との初お酒パーティーで我慢します」

「あぁ、毎月やるやつね~。もうやった?」

「はい、4月生まれはいなかったので、5月と6月でやりました」


 五学年の生徒は、4月の時点では19歳であるが、誕生日を迎えると20歳になり飲酒可能となる。そのため、毎月の末日に『初お酒パーティー』という名の飲酒解禁の催しが行われるのだ。勿論、生徒らが勝手にやっているだけだが、長年続く慣習となっている。


「懐かし~」


 ロイズは思い出していた。五学年の生徒だけでやるものだから、悪のりが過ぎて飲みまくるやつが出てきたり、翌日ヒドい顔で授業を受けていたりしたなぁ、なんて。ロイズはバキバキに酒に強かったので、全く問題なかったが。ひどい場合だと……そこまで考えて、ロイズはハッとした。


 ―― そうだった! ベロベロになって、男も女も無関係でキスしまくってる女子がいた!


 超高難度の防御魔法全開で、ロイズは無傷であった。しかし、キスをされた同級生の被害者が多く、この事件は黒歴史として未だにネタにされている。

 ちなみにザッカスもギリギリ無事であったが、それはマナマによるナイスディフェンスがあったからだ。


 ロイズは想像した。目の前でモンブランを真っ二つにして美味しそうにもぐもぐと食べている愛助手が、自身のアルコール許容量も分からないままに飲みまくって、ベロベロになった上であんな感じになっているところを、割とリアルに想像した。


「だ、ダメだ!」


 ロイズは、テーブルを『ダンっ!』と思いっきり叩いた。その衝撃で、モンブラン(線引き)が揺れた。


「え?」

「それはダメだと思う!」

「?? ごめんなさい……?」

「ユラリスの誕生日っていつ!?」

「12月です」

「よし、分かった。誕生日を超えたら一回だけ飲もう!」

「え、いいんですか?」

「本当は良くないけど、致し方ない。ユラリスの許容量を知るためにも必要だと思うことにする~」

「?? 何だか分かりませんが、嬉しいです。楽しみにしてますね!」

 

 ―― 守らねば! この愛助手を、守らねば!


 たかが酒ごときで、降って湧いた謎の使命感を力強く握り締めるロイズであった。






おまけ


ロイズが五学年のときの黒歴史光景。


「みんなぁ~、うぃっく、飲んでるぅ?? ちゅーしよー!!」

「うわ! リコッタがこっちきた、くんな!」

「ちゅーしよー!!」

「うわなにをするやめ、、、ぎゃーー!」


「被害者がまた増えたぞ! 誰か女子! 部屋に連れてってくれ」

「はいはい。ほら、リコッタ。もう部屋に、、、ぎゃーー!」

「近付いたらやられる、間合いを取れ! うわっ、やめ、、、ぎゃーー!」


 そんな光景を部屋の隅で見ていたロイズとザッカス。


「うわぁ、地獄絵図だ。ザッカス、止めてきなよ~」

「力が強すぎるから無理。ロイズが止めろよ」

「えー、激しく関わりたくない~」


 リコッタは魔法武道家の家系で、めちゃくちゃ力が強かったのだ。被害者続出の悲劇には、こんな背景があった。

 

「あ、ロイズぅ、ザッカスぅ、ちゅーしよー!」

「げ、こっち来るぞ」


 ロイズは、顔をひきつらせるザッカスから一歩離れて「防御壁」と呟いた。


「ロイズぅ~ちゅーしよー! ぐへっ!! 痛い、近付けない~」

「防御壁を作ったから近付けないよ~。ザッカスの方にいきなよ」


 鳥肌の立った腕をさすりながら言うと、リコッタはザッカスに狙いを定めた。


「あ! ロイズ、お前裏切ったな!?」

「ザッカスぅ~、ちゅーしよー!」

「うわっ! ちょちょちょっとやめ、まじこわい」

「リコッタぁぁあああ、(ザッカスに近づくなんて)許さないわよぉ!!」


 マナマが間に割って入ると、リコッタはマナマに狙いを変えた。


「マナマぁ~ちゅーしよー!」

「これでも飲んでなさいっ!!」


 マナマはポケットから取り出した魔法薬の小瓶の中身を、思いっきりリコッタの口に流し込んだ。それをごくりと飲んだリコッタは、動きを止めてバタンと床に倒れた。

 

「し、死んだ?」


 ザッカスがそう言いながら、リコッタを棒で突っついて安否を確認すると、リコッタは「うーん」と言いながらスヤスヤと寝ていた。


「何を飲ませたんだ?」

「私が作った超強力な眠り薬。魔物でも眠るくらいのやつよ」

「さすがマナマ……助かった、ありがと」

「大したことないわ(ザッカスからお礼言われたぁああ! ラブ!!)」


「グッジョブマナマ! 今のうちに部屋に運べ!」

「早く! 起きないうちにベッドに縛り付けろ!」

「ファーストキスだったのにぃ!」

「俺もだ、泣きたい」

「私なんて舌いれられた、お嫁にいけない……」

「リコッタは酒禁止だな」

「そんなのどうやって止めるのよ。リコッタが聞くわけないでしょ」

「酒が飲めなくなる魔法とか誰か知らない? アル中治療用のとかあるんじゃね?」

「そんなの教本に載ってないわよ」

「しかし死活問題だぞ、これは。早急に調べるか誰か魔法に詳しい先生に聞くか」

「魔法に詳しい? ……あ!」


「「「ロイズ!!?」」」


 みんなが一斉にロイズに視線を向けた。


「あはは! 飲酒禁止魔法、今すぐ作れるよ~」


「「「ロイズさまぁあああ!!」」」


 こうしてリコッタは五学年卒業まで飲酒が出来なくなった。黒歴史である。



 

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