32話 ロイズ先生は家庭訪問中
二人は、雲に座って話を続ける。
「それはそうと、ロイズ先生に相談したいことがあったんです」
「進路の他に? なに~?」
ユアは少し声を落として口元に手を当てる。その内緒話の仕草で「私が魔法使いになったキッカケのことなんですが」と言った。
研究室には防音魔法がかかっている。誰かに聞かれる心配はないのだが、その仕草が可愛かったのだろう。ロイズは何も言わなかった。
「一度、両親に話をちゃんと聞いてみようかと思いまして」
「うん?」
「人間を魔法使いにする方法は研究で探っていますが、それとは別に、両親に話を聞くことで何かヒントになるかなと思っているんです」
実技試験などはあったものの、二人はズイズイと研究を進めていた。ユアの血液の経時観察は勿論のこと、色が変化した要因を突き止めようとアプローチ方法を考えてはいた。
また、魔力相性について深く調査するために、心臓の挙動を測定する魔導具を開発したりと、割と大忙しであった。
ユアは、進路希望調査票と向き合ったときに思った。出来れば、自分が助手でいられる卒業までの期間で、人間が魔法使いになるメカニズムを解明するところまで研究を進めたい。解明される瞬間に、ロイズの隣にいたかったのだ。彼の助手として。
しかし、簡単に解明されるようなものではない。彼女は焦っていた。少しでも情報が欲しくて、両親から話を聞こうと決めたのだ。
「ねぇねぇ、その話、俺も聞きに行っていい? というか、実はそろそろお願いしてみよーかなーって思ってたところなんだ~。やっぱり気が合うね」
ニコッと笑うロイズに、ユアは、
―― 俺たち気が合うね、ニコッ。頂きました、はい、きゅーんきました~!
胸中で祭りを開きながら、お淑やかにニコッと返す。
「無駄足になるかもしれませんが……ロイズ先生が宜しければ、是非」
「ありがと~。あとさ、実はもう一つ、親御さんに話しておきたくてさ」
「なんですか?」
ユアは『あら、嫁に下さい的なこと?』とか、ふざけたことを考えていたが、もちろん違う。
「今度、魔力補充で人間都市に行くでしょ? 魔力補充で魔力を注いじゃうから、ユラリスを連れて転移で戻るのは、さすがに危ないと思うんだよね」
「言われてみれば、確かに。何も考えていませんでした……すみません」
「あはは! 大丈夫、気にしないで。そこで、せっかくだから人間都市に一泊しようかなーって思ってて。外泊許可申請をしなきゃいけないから、親御さんに説明が必要でしょ?」
「一泊」
強烈なパワーワードに、ユアはいそいそと身支度を整えて脳内ドリームのお散歩にお出かけした。
朝から晩まで一緒にいて、夕食後にちょっと大人のバー的なところに連れられ、『ユラリスには甘いカクテルかな』と(十九歳は飲酒禁止なのに)初めてのお酒を飲んで、『酔っちゃった? 送るから大丈夫だよ』とか言われて、健全なホテルの部屋で『先生、もう少し一緒にいたいです』とか言っちゃったりしちゃって、『仕方ないなぁ』からの……
―― ぐはぁ!! 私とも、そういうことを、してくれる!? 新しい下着買っておきますぅ!
「ユラリス?」
「すみません。(脳内散歩してましたけど)大丈夫です」
「ぼんやりするなんて珍しいね~?」
少し意地悪に笑うロイズに、またもや『きゅーん』としながら咳払いで誤魔化す。
「では、両親が家にいる日を聞いておきますね。先生のご都合は?」
「いつでもへーきだよ。お願いね~」
「わかりました」
そうして迎えた訪問日。ユアはロイズに連れられて、ユラリス家の前に転移をしていた。
「わぁ、ユラリスの家って大きいねぇ。お嬢様なの?」
「……先生のお家の方が大きいと思いますが。でも、父の稼ぎが良いので、楽をさせて貰ってます」
『楽をさせて貰ってます』だなんて、十九歳らしからぬ返答。ロイズは少し笑っていた。
「ちなみに、隣にあるこじんまりとしていて古風でビンテージな家が、リグトの実家です」
「え? リグオールの家と隣なの?」
「あら、言ってませんでしたっけ。幼なじみなんです」
「へぇ~、そうなんだ!」
リグトの家は、ものすっごいボロボロだった。大変失礼ながら、ロイズは二度見していた。「苦労してるんだな」とか「今度、奢ってあげよう」とか呟いている。リグトにとって、思わぬ副産物であった。
「そうでした、ロイズ先生。家に入る前に!」
「うん?」
「我が家はロイズ先生を崇め奉っているので、色々と驚かないで下さいね?」
「あ、そう言えばそうだったぁ! うわぁ、急に恥ずかしくなってきた……」
「特に、母はちょっと変な人なので、予め謝っておきます。ごめんなさい」
「あはは! なにそれ~」
ロイズの様子から察するに、授業参観に来る親を恥ずかしく思っている子供のように映っているのだろう。しかし、ユアは本当に不安だった。彼女がそうであるように、ユラリス家はロイズが好きすぎるのだ。
「では、何もお構いできませんが、どうぞ」
「家庭訪問だね、よろしく~」
ユアはクスッと笑いながら、呼び鈴を鳴らした。
ちりん♪ ちりん♪ ちりりん♪
呼び鈴を鳴らしておきながら待つこともなく、サッサと玄関ドアを開けて「お入りください」とロイズをうながす。実家なのだから当然だ。
「お邪魔しまーす」
ロイズがそう言いながら入ると、「きゃー! あらあらまあまあ!」と言いながら出迎えてくれるご婦人が一人。さらに「ほ、本物だ……」とか言いながら佇む紳士が一人。ユアの母親と父親だ。
「あ、どうも~。今日はありがとうございます。ユアさんの担任のロイズ・ロビンです」
ユアは、思わずロイズをガン見した。
―― ユアさん!? きゃー! ユアって呼んだ、ユアって! 今日何日? 記念日にしなきゃ
ここでは全員が『ユラリスさん』なのだから、ロイズがユアと呼ぶのは当たり前である。
「きゃー! ユアの母ですー! ようこそいらっしゃいました、熱烈大歓迎です! 昔から大ファンです~! 握手してください……と思いましたけど、魔法使いさんは握手しないんでしたわね、残念だわぁ」
「お気遣いありがとうございます」
好きな人と母親の迎合。ユアは何となく居たたまれず視線を泳がせる。すると、頭上には『ロイズ・ロビン様 大歓迎』と書かれたガーランドが吊されていたし、なんか色々と飾り付けがされている。
同じく、ロイズもそれに気づいた様子で、激烈に恥ずかしそうにしていた。ユアは「ゴメンナサイ」と小さく謝っておいた。
「立ち話も何ですから、さあさあどうぞどうぞ。ふふふ、今日は何日かしら、記念日にしなきゃ」
母娘で思考回路が似ている。ちなみに父親は、「本物だ……」と何回か呟いて、ロイズを見ているだけだった。これでも魔法省の中で三本の指に入るほどの実力者かつ役職者なのだが。ユラリス家はロイズ・ロビンのことが大好きだった。
そうして通された応接室で、四人は向かい合い、改めましてのご挨拶。
「ロイズ先生。改めまして、父と母です」
「娘がお世話になってます。父のゼア・ユラリスです」
「母のマイです。お目にかかれて光栄でございます~」
「ロイズ・ロビンです。お時間頂き、ありがとうございます。早速、本題に入っても? もう聞きたいことだらけでして~」
さすがロイズ・ロビン。誰が相手であっても抑えることの出来ない好奇心がだだ漏れである。
ユアの両親は目を合わせて頷き合い、少しだけユアに視線を預けてから、もう一つ深く頷いた。
「ええ、ユアから話は聞いています。役立つことがあるのなら、何でもお答えいたします」




