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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第二章 二人と魔法使いの距離

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31話 ロイズ先生の進路相談



「ロイズ先生」


 実技試験も無事に終わり、あと少しで夏休みというある日。教員室に行こうと廊下を歩いていたロイズは、後ろから呼び止められた。振り向くと、そこには金髪の男子生徒が立っている。


「フライス、どうかした~?」

「進路希望調査票、書いたんで」


 フレイル・フライスは、不機嫌そうに紙を差し出してくる。


「ありがとう。確かに受け取ったよ~」


 ロイズは軽く内容を確認して、瞬時に物質転移を行い、進路希望調査票を保管場所に転送する。


「あの、ちょっといいっすか?」

「うん?」


 フレイルは周りを(うかが)うようにしてからロイズに近付いて、ものすっごい低い声で衝撃的な質問を投げつけてきた。


「ユアのこと、どうするつもり?」


 進路の話かなと思っていたロイズは、突然登場した愛助手の名前に、きょとーんとする。


「どう、とは……?」

「四六時中、拘束してんじゃん。まさかとは思うけど、生徒相手にイカガワシイことしてねぇ……でしょうね?」


 ギリッギリの敬語であった。言葉遣いが悪すぎる。それだけ腹に据えかねている、ということだろう。

 一方、ロイズは思ってもみない『イカガワシイ』という単語が出てきて、「ぇえ!?」と驚く。


「いいいかがわしい!? なにそれナイナイナイ!」


 ロイズの必死の否定に対し、フレイルは真偽を見極めるように目を細めている。なんとも居心地の悪い視線だ。


「こう見えて教師だよ!? ナイナイナイ!」

「本当に? 誓って?」

「ナイナイナイ! 誓う誓う誓う! 四六時中、研究を手伝って貰ってるのは心苦しいけど、本当にずっと実験してるだけだから、ね!」


「それならいいっすけど。教師と生徒とは言え、男と女なんですから、ちょっとは考えてくださいよ。『ロイズ・ロビン』なら女なんて選り取り見取りでしょ、手を出すなら他にして。ユアはダメだから。じゃあ失礼しまーす」


 フレイルはロイズの様子を見て、二人の仲は進展していないと思ったのだろう。それでも言いたいことを早口でズラーッと並べて、サッサと踵を返してしまった。うーん、若い。


 ロイズは固まっていた。男と女だの選り取り見取りだの、ロイズの守備範囲を超えた単語を四歳も年下の男子生徒にポンポン投げ掛けられて、頭がパンパン。処理が追い付かなかった。


「な、なんだったんだ……?」


 『もしかして、彼はユラリスのことが好きなのか!』とか、そんなことを思うわけもなく、大きく首を傾げるだけのロイズであった。




 そんなことがあった放課後。時刻は15時50分。もうすぐユアが転移してくる時間だ。ロイズは束になった進路希望調査票をまとめ、片付けはじめる。


 ―― ユラリス、進路はどうするんだろ


 彼女の調査票は、まだ提出されていなかった。期限は明日までだから問題ないが、ロイズは気になっていた。


 先日の魔法実技試験の際に、リグトから『ユアが魔法省からの引き抜きを断ったら』という言葉を聞いたときに初めて、ロイズは自覚した。ユアと共に研究を行うことが出来るのは、彼女が卒業するまでなのだと。

 当たり前のことだ。教師であるロイズとは違い、ユアはずっと学園にいるわけではない。


 この事実を自覚したとき、ロイズは『嫌だな』と思ってしまった。ユアが優秀であるため手放したくないことは勿論だが、こうやって気の合う誰かと意見を交わしながら進める研究の楽しさに、ロイズがどっぷりと浸かってしまったからだ。かと言って、ユア以外の誰かを助手に取る気にはなれなかった。



 ロイズがそんなことをツラツラと考えていると、身体の中心が引っ張られる感覚が走る。転移の前触れだ。ロイズは、怪我をさせないという使命感だけを掲げてスタンバイをする。


 そして三拍後、目の前が淡く光り、ゼロ距離でユアが現れる。もちろん、ユアはぎゅーっとロイズに抱きついてくる。背中に手を回し、顔をうずめてぴったりと。


 ―― うわぁ! なんで毎日ゼロ距離でぎゅーっとするんだぁあああ! わからん! 十九歳、怖い!


 一応、抱きとめながらも、胸中で毎日悲鳴を上げていた。毎日だ。


 心拍数の種明かしをしたときに、ロイズへの恋心がバレなかったことを良いことに、ユアは『直前まで運動してるんで』とか適当なことをサラリと言って、ほぼ毎日ゼロ距離転移でロイズをしっかりと堪能していた。誰とでもそういうことをする男なのだから、これくらい良いだろうというのがユアの言い分だ。


 しかも、ロイズが何も言わないものだから、抱きつく秒数が徐々に増えていき、当初は一秒くらいだったのが、今では普通に五秒くらい抱き付いていた。

 先日は『最長記録に挑戦しよう』とか思いながら、八秒まで引っ張っていた。やりたい放題だ、悪すぎる。ロイズも少しくらい抵抗すべきである。


 ユアからすれば、もはやこれが研究助手の見返りであった。知らぬ間に、見返りを身体で払わされる二十三歳男性教師。


「いいいらっしゃい」

「(大好きな)ロイズ先生、今日もよろしくお願いしますね」


 記録を取った後、何事もなかったかのようにスッと離れるユアを見て、ロイズはハタと思う。


 ―― あれ? これってイカガワシイことに含まれるのかな。そもそもにイカガワシイってなんだ……? 魔力相性が原因だからイカガワシくない? うーん、わからん!


 フレイルの『イカガワシイ』が脳内を駆け巡って、目眩を起こしそうだった。面倒だったので、瞬時にポイッと捨てる。断捨離上手だ。


「あ、先生。進路希望調査票を持ってきたので、提出してもいいですか?」

「え! も、もちろん!」


 ロイズはごくりと喉を鳴らす。とうとう一番気になる……というか、唯一気になる進路希望調査票が返ってきてしまうからだ。教師として他の生徒の進路も気にしてやってほしい。


「み、見てもいい?」


 渡された紙を見ずに、ユアを見て恐る恐る聞く。ユアは不思議そうに「はい、どうぞ」と言ってくれた。そりゃそうだ。ロイズが見なくて誰が見るんだ。

 やたらゆっくりと紙を表にして、細目で見てみると、未定のところに丸がついている。他は白紙だった。


 例えば、リグトは『魔法省』と書いてあるし、フレイルやカリラは『家業』と書いてある。他にも郵便局だの起業だの花屋だの、千差万別ではあるものの、記載がある場合がほとんどだ。

 当然、未定の生徒は数人いるものの、真面目なユアが何も考えていないとは思えなかった。


「未定なの?」

「そうですね、どうしようかと悩んでます」


 ―― ユラリスが、悩んでいる!?


 教師としてではなく、研究パートナーとして、ロイズに激震が走った。可愛い愛助手の悩みをそのままにしておけようか。謎の使命感が、彼を突き動かす。

 ちなみに、未定に丸を付けている他の生徒に対しては『未定ね、りょーかい』と軽く返すだけであった。贔屓が過ぎる。


「話してみない? 聞くよ~」


 軽くそう言って、応接室のドアを開ける。ユアは申し訳なさそうに苦笑いをしながらも、「ありがとうございます」と、応接室に浮かぶ椅子代わりの雲に座ってくれた。

 ロイズも近くの雲に座って、ユアが話し出すのを待つ。


「四学年までは魔法省に勤めたいなと思っていたんです。人間の皆さんの助けになるような魔法使いになりたくて」

「魔法省かぁ、なるほど」


 ロイズはザッカスの休み無しブラック勤務が脳内を通過したが、そのまま手を振って親友を見送った。


「でも、親が……特に、父が反対していて」

「そう言えば、お父さんは魔法省勤めなんだっけ?」

「はい」

「反対の理由は~?」


 ロイズの問い掛けに、ユアは胸のあたり――入学祝に父親からプレゼントされたネックレスを、服の上からぎゅっと押さえる。


「忙しすぎるから大変だよ、と建て前を言ってくれていますが……父の本音は違うところにあります。血液の色を見られたり、私が元人間であることがバレたらと思うと、反対せざるを得ないんでしょうね」


 ロイズは小さくため息をついた。ユアの父親と同じことを思ったからだ。もし魔法省にユアの存在がバレたら、人権が守られるかどうか怪しいとロイズは思っていた。

 平たく言えば、事細かに調べ上げられ、モルモットのような生活を強いられるのではないかと。考えすぎかもしれないが、彼女はそれだけイレギュラーで貴重な存在なのだ。


「私も魔法省は合わないかなぁと思っていたので、それに関しては納得しています。でも……」

「うん?」

「父からは、卒業後すぐに結婚したらどうか、と言われてるんです。赤紫色を受け入れてくれる誰かと」

「けけけけ結婚!? 早くない!?」


 ロイズは思わずのけぞった。この国の結婚適齢期は二十五歳くらいだ。でも、進路希望調査票に結婚と書いていた子が一人だけいたことを思い出し、そういう進路も有りなのかと思い直す。


 ―― でも、卒業したらすぐ結婚? 早すぎない? 


 結婚願望ゼロのロイズは全くピンときていなかった。残念な男だ。


「父の考えは、あまり公の場に立つようなことが無いように、誰かの庇護の元で静かに暮らした方が良いってことなんです」

「誰かの庇護……」

「本当は魔法学園に入学することも反対されてましたから。これまで、自由にさせて貰ったと感謝してます。父は、ずっと心配してくれていましたし、安心させたい気持ちもあります」

「うーん、なるほど」


 そこでロイズはユアからの視線を感じる。少し熱っぽいその視線に、ロイズの胸がドキッと跳ねた。もちろん『心臓の挙動が』とか、またもや魔法バカ全開なことを考えていたが。


「……でも、私……結婚だなんて、まだ心が納得していないんです。それに、危険がないような職業を選んで、細々と働く選択肢もありますし……。だから、もう少し考えたくて『未定』です」

「うん……」

「先生?」

「あ、うん、あのさ」

「はい」

「えーっと、うーん、あのさ」

「はい?」


 言いよどむロイズの思惑がお分かりだろうか。ロイズはユアをスカウトしたいのだ。卒業後、自分の()()()()()として、給与を払うから雇われてくれないか、と。

 これであれば、魔法省からユアを守ることが出来るし、人間の役に立つ魔法使いになりたいというユアの夢も叶う。父親も安心。ロイズも嬉しい。みんなハッピーだ。


 結婚願望ゼロの恋愛ぽんこつ野郎からすると、卒業してすぐに結婚だなんて、もったいない。こんなにも優秀で魔法が大好きなのに、それを活かさないなんて有り得ない、と心底思っていた。だが、しかし。

 

「あー、うーん、まぁ、まだ夏前だしね! 俺も考えてみるから、今は未定にしておこう!」


 ロイズは怖気づいた。ユアを家に招く際に素気なく断られたことを思い出したからだ。今回は家を招くことよりも重い就職問題だ。ここは焦らずに慎重にいくべきだと思い直す。激しく日和見教師だった。


 ―― 作戦を練ろう。作戦というか、ザッカスに相談して交渉術を学ぼう……!


 ザッカスに頼りきりな天才魔法使いロイズ・ロビンであった。


 




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