30話 ロイズの愛助手は、魔法が大好き
「最後は、出席番号1番、ユア・ユラリス。前へどーぞ」
「はい」
ロイズが名前を呼ぶと、ユアはニコリと笑って返事をした。ロイズもつられてニコリと笑って返す。仲良し師弟である。
―― 思えば、ユラリスがちゃんと魔法使うところを見るの、初めてだなぁ
授業などで魔法を使っているところを見ていたが、『自由を与え、本気で魔法を使う』という環境で、ユアがどう振る舞うのか。ロイズには想像が出来なかった。
何故ならば、普段は実験ばかりで、ほとんどユアのことを知らないからだ。いい加減もっと知る努力をした方が良いだろうに。
「では、始めさせて頂きますね」
ユアは可愛らしい声で開始を告げ、人差し指をピンと立てて、簡単な魔法陣を超高速で描き上げた。
―― うわっ、魔法陣描くの早っ! これは土魔法……何するんだろう
ユアが魔力を込めながら「ガラスのコップ」と言うと、割と大きめのガラスのコップが、ポンポンとたくさん出てきた。バケツみたいな大きさだ。
次に、超基礎の水魔法の魔法陣を描いて「水」と言いながら魔力を込めて、そのコップに水を注ぐ。それらを浮遊魔法で宙に浮かべ、遠くに位置させた。
「ここまで攻撃力の高い魔法ばっかりで飽きちゃったので、楽しい魔法で最後を締めたいと思います」
ユアがそういうと、フレイルが「最後のヤツは得だよな~」とヤジを飛ばしてきた。好きな子をイジメてしまうやつだろう。若さだ。
「もー! フレイル、静かにっ!」
ユアが少し怒っている姿を見て、ロイズは少し驚く。
―― ユラリスが『もー!』とか言ってる! 友達相手だとこんな感じなんだぁ。なんか新鮮な感じ
ロイズの中で、『いつも敬語の人が砕けた話し方をしていると新鮮に感じてしまう現象』が起きていた。うっかりと、口元を隠して小さくにんまりとする教師。
「コホン。では、始まりの合図からいきますね!」
両手の人差し指で、左右異なる魔法陣を同時に描き始める。同時発動だ。
―― おー、左右で違う魔法陣を描いてる~。しかも速くてキレイ。器用だなぁ
「水の音階」
ユアはそう言うと、描いた魔法陣に魔力を込める。その魔法陣からは、水鉄砲と風の塊が何発か発射され、遠くに置いてあるコップに当たった。すると。
ぱんぴろりん♪ ぱんぴろりん♪ ぱん♪
―― あれ、これ授業が始まる本鈴の音だ。なるほど、水の量を変えたコップで音階を作って演奏してるってことか。わぁ、発想が可愛い~
ロイズは、愛助手の可愛らしさに、またもや顔が綻ぶ。
しかし、可愛いのはここまでであった。ユアは両手の親指、人差し指、中指の三本をピンと立てたまま、魔法陣を同時に描き始めた。
―― え!? 待って、一度に六つ描いてる!?
なんと、同時発動の魔法陣の数は六つ。しかも超高速。ユアは、それをボンボンと連続発動させていた。
発動させながらも、次々と超高速で魔法陣を描き続け、描いたものは一瞬で発動されてコップに叩きつけられる。その度に、可愛らしい鈴のような音が練習場に響いた。
まさに、究極の同時発動だ。
通常、同時発動は両手の人差し指を使って、最大二つがセオリーだ。中には足を使って同時発動をする魔法使いもいるが、それでさえ四つ。様々な魔法使いと対峙してきたロイズでさえ、一度に六つの魔法陣を描ける魔法使いは初めて見たのだ。
ユアが三学年で九人抜きをした上で、出席番号1番に突然躍り出たのは、この類を見ない同時発動の技術を身に付けたからだ。
この同時発動の技。これにはコツがある。
魔法陣の模様や描く内容は千差万別、教本だけでも、ものすごい種類が載っている。
しかし、スーパーガリ勉女子のユアは、その全てを覚えていた。教本だけでなく、魔法陣大図鑑に載っている全ての魔法陣を、覚えているのだ。ガリ勉が過ぎる。
そして、二学年のある日、ユアは気づいた。一見するとバラバラに見える魔法陣であるが、同時に描ける魔法陣の組み合わせがあることに。
天才型でもなければ魔力量おばけでもない。魔法使いとしては平々凡々な自分。どうしたらロイズに少しでも近付けるのか思い悩んでいたユアに、その気付きが革命を起こした。そのとき、自分の戦い方はコレだと確信した。
そこから、同時に描ける魔法陣を全て洗い出し、組み合わせを考え、そして美しく描く練習をした。死ぬほど描いた。毎日毎日、必死で練習をした。指が痛みで動かなくなっても、ボロボロになっても、すぐさま治癒をして練習を続けた。ガッツが有りすぎて引かれるのも理解できるほどに、ものすごく練習をした。
そして得たのが、ロイズ・ロビンでさえ驚かされる六つ同時発動の技術。
そんな努力とガッツの塊みたいな同時発動を前に、ロイズは目を回しそうだった。
―― ちょっと待って、55、56、57個……うわぁ速い、採点者泣かせだぁ
ロイズは採点者なので、発動した魔法の数とその種類を把握しなければならない。生徒たちが「ひゅー!」とか言いながら楽しんでいるのを横目に、本気で見なければヤバいと思い直して、幾らかシフトチェンジをする。
ユアはひたすら魔法陣を描いて発動させている。すると、コップから流れる音楽が軽快なメロディーに変わりはじめる。
「じゃあ、リクエスト受け付けるわね。この前のお礼で、マリアンヌ! 好きな音楽は何かしら?」
そう言いながらも手を止めずに音を鳴らし続けるユアに、マリアンヌは「魔法使いポロネーズ~!」と答える。その選曲のえげつなさに、生徒たちから笑いが起きた。
ユアは苦笑いをしながら「よーし!」と気合いを入れ、一拍置いた後に、先程よりも速く魔法陣を発動させた。
可愛らしい音色に似合わない魔法の数々が、コップ目掛けて飛んでいく。十六分音符がダララララ~と駆け上がり、『魔法使いポロネーズ』の跳ねるように軽快で、勇猛果敢なメロディーが響く。
生徒たちは「すげぇ!」とか「でた、神同時発動~」とか言って拍手喝采、大盛り上がり。曲に合わせて軽やかな手拍子が起きて、「らんっららぁ~♪」と歌ったり、浮遊魔法で踊ったり、誰もがユアの魔法を楽しんでいた。
―― やっぱりユラリスはいいなぁ~
ユアの魔法を目の当たりにして、ロイズはついつい表情を緩めてしまう。だって、こんなに『魔法が大好きです』と伝わってくる魔法を見たのは初めてだったからだ。
魔法学園は、実力主義の厳しい環境だ。出席番号で実力を公表され、それが世間の評価にそのまま繋がる。
成績が悪い子たちは辛くて苦しくて逃げ出したくなるし、成績が良い子たちは下からの追い上げに戦々恐々としながらも、大人たちからの期待をプレッシャーに感じて、自由を失いがちだ。
それがどうだろうか。出席番号1番が、これだけ全力で魔法を楽しんでいるのだ。今年の五学年は、明るく楽しそうに毎日を過ごし、誰もが各々の向き合い方で魔法を学んでいる。決して『下』だけは向かずに、真っ直ぐと。教師であっても、ついつい楽しく思ってしまうというものだ。
「よし、ラスト!」
曲の最後。ユアは大きな魔法陣を描きあげて「水のハンマー」と言いながら、コップ目掛けて大きな水の塊をぶっ放した。ズガーーン、ガシャンと大きな音を立てて、コップは全部割れた。
「「「割るのかよ!!」」」
五学年の面々が総出で突っ込んだところで、試験は終了。ロイズは「あはは!」と笑いながら拍手を送った。
「いや~、驚き。六個同時発動は、俺も初めて見た。すごいね~」
「はい、死ぬほど練習しました」
「だろうね、うん、よく分かるよ。一朝一夕じゃないね。それに教本に載ってる水魔法と風魔法、全部網羅してたよね。すごいすごい、全部見せられたのも初めてだよ~。やっぱりユラリスはいいね!」
「~~~っ!! ありがとうございます」
ぴろぴろりん♪ ぴろぴろりん♪ ぴろ♪
そこでちょうど、終鈴が鳴る。うーん、調子外れのメロディーが堪らない。生徒たちはホッとして、気が抜けたように幾らか姿勢を緩めた。
「みんなよく頑張ったね。これで魔法実技試験は終了~。お疲れさま!」
お読み頂き、ありがとうございます。
選曲された魔法使いポロネーズは、勿論、ショパンの『英雄ポロネーズ』のイメージで書いてます。




