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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第二章 二人と魔法使いの距離

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29話 リグト・リグオールは、魔力節約中



「さて、あと二人だね。次は~、出席番号2番、リグト・リグオール、前へ」

「はい、お願いします」


 リグトは、やたらめったら闘志を燃やしながら前へ出る。そして、スススッとロイズに近付いた。


「ロイズ先生、実技試験の前に確認したいことがあります」

「うん? なーに?」

「ロイズ先生は卒業時、出席番号1番でしたよね?」

「うん、そうだったよ~」

「出席番号1番だと、魔法省から引き抜きがあるって本当ですか?」


 ロイズは「あー」と思い出すようにして、少し悩む様子を見せてから、肯定を返した。

 ロイズが悩んだのは、魔法省からの引き抜きの理由が、『出席番号1番だったから』なのか分からなかったからだ。


「噂は本当だったんですね」

「よく知ってるね~。俺はそれを断ったんだけど、そのまま出席番号2番(ザッカス・ザック)に話が下りて、今は魔法省勤めしてるよ」

「!? ということは、このまま成績順が変わらなかったとしても、ユアが魔法省からの誘いを断れば、俺に話が来ると?」


 そこで、ロイズは「え?」と声をこぼして固まった。リグトは不思議に思って首を傾げる。


「先生? ここ重要なんですけど」

「へ? あ、そうだね。そうなると思うよ」


 ―― そうなると、出席番号1番を狙うと共に、ユアには他の就職先を勧めておく二段構えで行くか


「ありがとうございます」


 リグトは軽く頭を下げて、元の位置に戻った。そして「じゃあ、いきます」と言いながら、人差し指をピンと立て、魔法陣を描き始める。速くてうっとりするほど綺麗な魔法陣だ。そして、美男子だ。うっとり……。


 描き終えた魔法陣は、誰もが知っているものだった。基礎中の基礎だ。五学年の面々は、なぜ基礎の魔法陣を選んだのかと囁きあう。


 その囁きを気にせず、リグトは魔法陣に右手をかざして魔力を込めた。


「水」


 ザーザージャージャーと魔法陣から水があふれ出す。そして、右手は翳したままで、左手で魔法陣を描き出した。同時発動だ。これまた基礎中の基礎の魔法陣が出来上がり、それに左手で魔力を込め「風」と言うと、フワリと爽やかな風が流れはじめる。


 魔法陣からあふれ出る、水と風。五学年の生徒はきょとんとした顔をしていたが、徐々にその顔付きが変わっていった。顔が引きつる者や、青い顔をする者まで出てきている。

 理由は簡単だ。リグトがずっと魔法陣に手を翳し続けているからだ。


 通常、魔法陣に魔力を込めるのは一瞬だけ。どんなに長くても5秒程度だ。それで魔法を発動するのには十分なのだ。

 それにも関わらず、ずっと魔法陣に手を翳し続け、ずっと水と風を出し続けている。それだけ魔力を魔法陣に取られ続けているということだ。見ているだけで魔力切れを起こしそうになる。貰い涙ならぬ、貰い魔力切れだ。


 魔法陣から出続けている水は、風魔法によって魔法練習場に集められ、上空にフヨフヨと浮いていた。ぞっとするほどの水の量だ。ロイズも少し目を見開いていた。

 練習場の上空が水で埋められ、見上げても空は見えなくなった。太陽の光がゆらりと散乱し、水越し降り注ぐ。まるで水族館にいるような涼しさが練習場に漂った。


「じゃあ、いきます」


 まるで『ここからが見せ場です』と言うように、リグトはもう一度、開始を宣言する。魔法陣に込める魔力の量を更に上げた。

 魔法陣から出る水の量が一気に増え、浮いていた水の塊と相まって、ものすごい量の水が蜷局(とぐろ)を巻いた。


 まさに、水の竜巻。広大な練習場のほとんどが、水の竜巻に包まれ、それが風魔法によって天高く(そび)えるように巻き上がる。


 圧巻であった。


 飛んでくる水しぶき。肌に当たる冷たい風。五学年の生徒たちは、それを避けるわけでもなく、目を見開いて食い入るようにリグトの魔法を見ていた。

 仲の良いユアたちでさえ、彼の魔力量がここまで多い、いや無尽蔵だとは知らなかった。五学年の生徒は、誰もリグトの底を知らないのだ。



 そして、竜巻ショーを終えたリグトは、やっと魔法陣から手を放し、大量の水をなにやらギュッと集めはじめる。新しく描いた風の魔法陣で、それを超細かく切り刻み、勢いよく飛ばした。水の粒たちは、ヒューッと風を切りながら遠くに飛んでいく。


「すごい! 文句なしの加点~」


 ロイズは、大きな拍手で称えた。


「魔力切れは平気? 保健室行く?」

「腹は減りましたが、大丈夫です」

「お腹が減っても魔力切れしないんだ!?」

「はい、魔力切れになったことはありません」

「へ~、面白い」


 加点が期待できる反応に、思わず口の端があがる。


「気になってる生徒も多いから、代表して聞いちゃおうかな。最後に水を飛ばしたのは、なんで~?」

「あー、あれは人間都市に飛ばしたんです」


 ロイズは面白そうに笑った。


「あはは! あんなに魔力使って、最後に人間都市まで飛ばしたのかぁ、魔力量がすごいねぇ。で、飛ばした意図は?」

「今朝の新聞に、人間都市の西部で干ばつが酷く、魔法使いを派遣して雨を降らすと載っていたので。足しになればいいかなと思いました」

「おぉ~、人助け? 優しいね!」

「?? いえ、別に人助けじゃないですけど?」

「うん?」

「せっかく出した水を捨てるなんて、もったいない。それだけです」

「なるほど……?」




 リグト・リグオールは、苦学生だ。


 彼は金の亡者であるが、それには理由がある。すごく普通の理由だ。めっちゃくちゃ貧乏だからだ。


 彼は、六人兄弟の長男。金儲けの才能も金遣いの才能もない無能な父親と、息しかしていないぼんやりとしている母親のせいで、人生のいついかなる時も金が無かった。


 彼の魔力量が無尽蔵に()()()のも、その生い立ちが大きく関わっている。リグトの魔力量は、確かに多い。十分、魔力量おばけと言えるだろう。しかし、それ以上に魔力の消費量が異常に少ないのだ。驚くほど使用効率が良いと言えるだろう。


 それは何故か。そう、貧乏だったからだ。魔力がもったいなさすぎて、極限まで節約するために試行錯誤を繰り返した結果、類い希なる魔力節約家が誕生してしまったのだ。

 そんな馬鹿な、と思うかもしれないが、事実として同じ魔法を発動したとしても、リグトが消費する魔力量は、通常消費される魔力量の10%程度。驚きの90%コストカットの達成だ。ケチがすぎる。


 

 そんなリグトは、魔法省に就職したくて仕方がない。


 魔法省の何が良いかと言えば、稼ぎだ。ブラック勤務で有名な魔法省であるが、働けば働いた分、確実に金が貰える完全実力主義でもあった。リグトにとっては夢のような職場だ。


 そして、リグトにとって一番の志望動機が、ユアの父親であるゼア・ユラリスだ。


 幼なじみである二人は、たまたま家が隣同士であり、不思議なことに親同士が仲が良いという間柄であった。しかし、無能な自分の両親に対して、ユラリス家の父親は魔法省勤めの超エリート。別格の存在だった。


 小さい頃から、ユアの父親の魔法とその背中を見続けてきたリグトは、有能な父親像そのものである『魔法省第一魔法師団長 ゼア・ユラリス』に強く憧れていた。

 第一魔法師団だけが身に着けることを許されている白い外套。その何者にも染まらない白を翻し、気高き赤紫色の紋章を胸に携え、その背中に五十を超える部下を引き連れる姿は、文句無しに格好が良かった。


 こうして上級魔法学園に入学できたのも、実はユアの父親のおかげでもある。リグトの異常な魔力量に気付いたゼア・ユラリスが、入学を勧めてくれて、費用の面も含めて全て面倒を見てくれたからだ。憧れも恩も、感じずにいられようか。


 ―― この魔力量を武器に魔法省に入って、ゼアさんに恩を返す


 リグト・リグオール、出席番号2番。


 魔法省への切符を得られるか、否か。

 最終学年を制するのは、誰か。


 




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