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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第二章 二人と魔法使いの距離

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28話 フレイル・フライスは、あの娘に片恋中




「うんうん、今年の五学年は優秀だね~」 


 実技試験も終盤。今のところ不合格者は出ていない状況に、満足そうにしている魔法教師。それが気にくわない金髪の男子生徒がひとり。「そうっすかねぇ?」と突っかかりながら、前へ出た。


「ロイズ大先生からしたら、こんなの大したことないんでしょ?」

「あはは! そんなことないよ~。学ぶことも多いよ。次は出席番号3番、フレイル・フライスね。どーぞ?」

「どーも」


 フレイルは金色に輝く虹彩を大きく開いて、ロイズを睨んだ。ロイズは『おぉ~やる気に満ちあふれてる!』とでも思っている様子でニコリと笑うが、見当違いだ。その目は、嫉妬にかられた男の目であった。


 ―― 毎日毎日毎日、ユアと二人きりで朝から晩まで籠もりやがって、この変態教師が!


 ものすっごい口が悪い。それもそのはず。フレイルは、ユアに恋をしているからだ。約二年の、完全なる片思い。


 五学年に上がる前までは、一緒に魔法の練習をしたり、勉強をしたり、時には街に遊びに行ったりと、かなり近しい距離を詰めていたフレイル。二人きりではなく、カリラやリグトも一緒であったが。


 ユアは、ぶっちゃけモテない。以前、作戦会議中にリグトが現実を突きつけていたように、女として目を引くタイプでもないし、真面目すぎることやガッツがありすぎることから、男子生徒はユアのことを女として見ていなかった。だから、ある意味で、フレイルはユアを独占状態だったのだ。


 唯一、ライバルになる可能性のあった幼なじみ(フラグ持ち)のリグトは、バッキバキにフラグを折っていたし、ユアとの関係も甘さゼロ。

 何よりも、リグトはかなり金持ちの女の子しか彼女にしないと徹底している。ヒモくてクズいが死活問題だ、仕方ない。ユラリス家も裕福ではあるが、さすがのリグトもユラリス家から金をむしり取ろうとは思えなかった。あと、普通にユアはタイプじゃなかった。悲しき僥倖だ。

 

 一方、ユア本人も『ロイズ先生ステキ~』とか言っていたものの、アイドルに憧れているのと同じだろうとフレイルは思っていた。ライバルはいないと、そう思っていたのだ。


 それが五学年に上がった途端、どういうことだろうか。ロイズ・ロビンが好きだの落としたいだの言いはじめ、挙げ句の果てに毎日研究室に入り浸り、平日の放課後は勿論のこと、土日に誘っても『ごめんね、研究助手の予定があるから』と、素気なく断られる日々。


 ―― ユアは、てめぇの所有物じゃねぇんだよ、クソ教師!! 


 口が悪すぎる。そして、ユアはフレイルの所有物でもない。

 そんなに嫉妬するのであれば、サッサと告白して攻めて攻めて攻めまくれば良いものを、そういうことは出来ない男であった。何でも出来る器用さを持っているからこそ、安全地帯でしか動けないのだ。



 魔法陣を描こうと少し腕を動かしたフレイルだが、そこでユアの方に視線を向ける。あろうことか、彼女はロイズばかり見ていた。その恋する横顔に胸がキュッと鳴りつつも、フレイルはかなり苛ついてしまう。


 それでも彼女の視線を追いかけてロイズの方を見る。いけ好かない教師は、微笑んで返してきた。


 ―― 何でも分かってますって、スカした顔しやがって。格好付けてんじゃねぇよ。ユアの視線が、いつまでもお前にあると思うなよ?


 どちらかというと格好悪いところばかりのロイズであるが、フレイルにはその姿が全く見えていなかった。嫉妬する男の視野は、閉じたドアの隙間よりも狭いものだ。



 フレイルは、人差し指をピンと立てて、下に向かって魔法陣を描き始めた。五学年の面々は「見たことないやつだ」「新しいの?」と言葉を交わしあう。 


「みんな、耳塞いでて」


 フレイルが注意をうながすと、何やら起こるらしいと察したクラスメートたちは、各々防御体制をとった。


「水の爆発」


 魔法陣に手を降ろして魔力を込めると、弾けるように金色に光輝く。そこから大きな水の柱が勢いよくせり上がり、その巨大な水の柱の中を、金色の光がバリバリバリと轟音を鳴らしながら走り抜ける。光は、水の中とは思えない強い輝きを放ちながら空高く上っていった。


 その煌びやかな光に五学年の生徒の歓声があがった瞬間、花火のように光が散って、まばたきの間に水が消えた。巨大な水柱が、一瞬にして消えてなくなったのだ。


 次の瞬間、耳を塞いでいなければ脳が耐えられないほどの大きな音を立て、遥か上空で大爆発が起きた。その爆発たるや、空気だけでなく地面も揺れるほどの巨大な爆発。これが地上で起こっていたのなら、魔法学園は木っ端みじんになっていただろう。


 呆気に取られる五学年の面々。それをなだめるように、爆発で生じた雲から青紫色の小さな光の粒がフワリぱらぱらと降り注ぐ。ビーズみたいな可愛らしい粒がコロコロと空中を舞って、淡く消えていく。大爆発の後の、幻想的な静寂。


「わぁ、キレイ……」


 フレイルがユアをチラリとみると、光の粒と同じ色の瞳をキラキラさせ、彼の魔法に見惚れていた。


 ―― 視線、ゲット



「わ~、フライスすごいねぇ!」


 そこで空気を読めない教師が拍手をすると、フレイルは邪魔すんじゃねぇと言わんばかりに睨み上げる。


「新しい魔法陣だね。水魔法をベースにして、裏側に雷と火と風も使って描いてる。複合魔法で水を分解して火で爆発を起こしたんだね~。複雑な魔法なのにシンプルでキレイな条件! うーん、これはすごい! センスの塊だ~。加点、たっぷりあげようね」


 フレイルは「どうも」と冷たく言って、ユアの隣に座り直した。




 フレイル・フライスは、天才魔法使いだ。


 彼は、幼少期から天才だと言われ続けてきた。ただのパン屋の息子でありながら、その才能は他から突出している。平々凡々なパン屋の両親もびっくりだ。

 

 ロイズがべた褒めした魔法陣だって、何の苦労もしていない。早寝して、早起きして、ぼんやりしていたときにふと思い付いて、なんとなーく魔法陣を紙に描いてメモしておき、練習もせずにぶっつけ本番でやってこれだ。大爆発のため、練習しようがなかったのもあるが。


 試験前だって、別に魔法練習場に行かなくても良かった。部屋でゴロゴロしていたところを、リグトに無理やり連れ出されたのと、ユアがいるから練習に参加していただけ。


 彼は、努力が嫌いだった。大抵のことは上手くできたし、上手くいかないものは『まぁ別にいらないか』と切り捨ててきた。

 どうしてもやらなきゃいけないことは、抜け道を探したり、効率的な手抜き方法を考えたり、どうにかしてラクな道を見つけて生きてきた。それで困ることは何もなかった。だから、努力をすることに価値を見い出せなかったのだ。


 そして、いつしか無理目なことは、早い段階から切り捨てて諦める癖がついた。天才魔法使いである彼が出席番号3番に甘んじているのは、この癖が原因だ。本気を出して努力をすれば、トップを取ることなど容易いだろう。


 しかし、彼は努力などしない。そういうことは出来ない男なのだ。何でも出来る器用さを持っているからこそ、安全地帯でしか動けない。努力をして、もし手に入らなかったら怖いから。



「ユア。青紫色の光の粒、気に入った?」


 隣にいるユアに問い掛けると、彼女は光の粒を見ながら「うん、すごく綺麗」と答えた。その横顔に、やっぱりキュッと胸が鳴る。


「私の瞳の色と同じね、ふふ。すごく気に入っちゃった。フレイルの魔法はいつも綺麗で素敵よね」

「……ありがと」


 フレイル・フライス、出席番号3番。


 この恋を切り捨てるか、努力をするか。

 どちらを選ぶか、その行く末は。






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