27話 カリラ・カリストンは、秘密の魔法を使用中
「出席番号40番、カリラ・カリストン。前へどーぞ」
「は、はい~」
―― うわーん! 失敗したらどうしよ~!
カリラは、ドキドキとしながらロイズの前に立った。人差し指をピンと立てて、「あー、あ~♪」と声の調子を整えてから、無駄に美声で歌い出す。
「コホン。まーる描いてぇ~♪ おめめが……」
―― おめめ何個だっけ? えーっと、わからないよぉ。よし、テキトーに56個にしよう
「56個♪ おにぎり……」
―― おにぎりは20個だったかなぁ、あーでもなんか28って感じがするぅ
「28個~♪ 頭に人参~……」
―― 人参は絶対17本だった! と思ったけど、なんか2本くらい増やしておこーっと。おまけ~
「19本だぁ~♪ 雨がざあざあ降ってきてぇ~♪」
―― このあとなんだっけ? まぁテキトーに
「クルッと返して、はい出来上がり~♪ よーし、魔力を込めて~」
人差し指一本で描き上げた、ちょっと歪な魔法陣。カリラは、それに手をかざして魔力を込める。
「水の槍~!」
魔法陣が淡く光り、にょきっと生えるように、やたらゆっくりと槍が出てくる。よいしょよいしょと、まるで杖をついたおじいちゃんのような……なんとものんびりとした槍であった。
五学年の生徒の幾らかは、さすがに堪えきれずに少しだけ笑っていたし、フレイルとリグトは「ヨボヨボ!」「槍が老いてる」「槍じいちゃん!」と爆笑していた。失礼なヤツらだ。
―― おそっ! 魔法陣が歪だったからかなぁ。よーし、風魔法で速くしてあげよう~♪
カリラは風魔法の魔法陣をなんとなーくテキトーに描き上げて、「風のやーつ」と、これまた雑な掛け声で魔力を込めた。
すると、突風の塊が魔法陣から飛び出て、よいしょよいしょ、と進んでいた水の槍の周りを、グルグルと回り出したではないか!
しかし、思惑が外れ、槍の速度は全く変わらなかった。
―― わわ! なにこれ~、槍が進んでないよぉ。よぉし、もう一回、風魔法をぶつけてやる~
また歪な魔法陣を描いて発動しようと思ったところで、周りの五学年の生徒がザワザワしはじめる。
「ん? なに~?」
ざわつくのも無理はない。カリラが顔を上げて槍を見ると、なんと水の槍が氷の槍に変化していたのだ! 五学年の生徒たちは目を丸くしていたし、ロイズは楽しそうに瞳を輝かせていた。
カリラも「わー、氷だぁ」と言いながら、描き上げていた魔法陣に、これまた「風的なもの~」とかテキトーに魔力を込める。
その突風は氷の槍目掛けて一直線! 氷の槍はその突風に乗っかって、魔法練習場の奥まで一瞬で飛んでいき、練習場の壁にドーンと大きな音を立ててぶつかった。
「わ~、カリストンすごいすごい!」
ロイズが拍手をすると、五学年の生徒も「カリラすげぇ!」「なんで水が氷に!?」と騒ぎながら拍手喝采。
「氷魔法は、すごく難しいからね、水を氷に変化させる方が簡単だ。凍らせるのに風魔法を使うなんて、よく思い付いたね~。上手く真空状態になってたよ。発想が素晴らしい。うん、加点あげようね。よくできました~」
「本当ですか~、やったぁ!」
―― なにがどうしてこうなったのか分かんないけど、らっきぃ~♪
カリラ・カリストンは、強運の持ち主だ。
まず第一に、全く賢くないのにも関わらず、上級魔法学園に入学できたこと。そして五年間、出席番号40番をキープし続け、中級落ちをしなかったこと。それを史上初めて成し遂げたのだから、彼女は相当持っている。
仲良しのメンバーを見たって、その運の良さが分かるだろう。入学時は出席番号39番だったとは言え、今は、堂々出席番号1番のユアを大親友に持ち、仲の良いメンバーは出席番号2番のリグト、出席番号3番のフレイル。なんと驚きの上位トップスリーを総取りだ。
他の五学年の生徒からすると、何故このメンバーにカリラが混じっているのか不可解で仕方がないだろう。事実、やっかみも多い。
もちろん、カリラ・カリストンの強運には理由がある。
彼女の生家であるカリストン家は、代々続く魔法占い師の家柄なのだ。
魔法占い師とは、占星術と魔法を組み合わせた占いを行う魔法使いのことを言う。これは当てずっぽうの神頼みなどではない。カリストン家に伝わる『秘密の分析魔法』で、その都度変化する様々な要因を瞬時に分析することで、成功率の高い答えを導き出している。これは、立派な統計学だ。
そして、カリラは物心ついた頃から、このカリストン家に伝わる『秘密の分析魔法』を、常時使い続けている。二十四時間、ずっと。何故ならば、それがカリストン家の跡取りとして求められる、唯一の条件だからだ。
その結果、『この中のどれが正解か』と迷うような場面で、秘密の分析魔法によって算出された『正解の確率が高いもの』を、無意識に選び取って生きてきた。『なんとなーくコレが良さそう』とか『とりあえずこうしておこうかな♪』とか、テキトーに思いながらも、ギリギリ成功を納め続けているというわけだ。
これが、カリラ・カリストン本人でさえ分かっていない、彼女の実力なのだ。
「ユア~! ユアのおかげで何とかなったよぉ」
「氷の槍なんて、すごいわカリラ」
「ありがとう~♪ 今日はお菓子パーティーしよ!」
「そうね」
「あ、ねぇねぇユア」
「なに?」
カリラは、コソコソ話をするようにユアに耳打ちした。
「ロイズ先生と、何かあった~?」
「え? 何かって?」
ユアが心底不思議そうにすると、カリラはにんまりと笑った。
「何となくだけどぉ、良い感じだなぁって思っただけぇ♪」
カリラ・カリストン、出席番号40番。
彼女の『何となく』は、統計的に概ね正しい。




