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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第二章 二人と魔法使いの距離

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26話 魔法実技試験対策中




「さて、昨日の分を先生に渡さなきゃ」


 ユアは、昨日の夜寝る前に採血したガラス容器をハンカチに包んで鞄に入れた。そして、朝食前にも関わらず、パンをもぐもぐと食べる。


 ユアの血液の色が変化した理由。色々と推論を交わしてみても原因が分からなかった二人は、二日置きに採血を行い、血液の色の経時変化を観察することにした。

 魔法使いは、採血をすると必ず眠くなる。そのため、夜寝る前に自室で採血を行い、翌朝ガラス容器に入った採血結果をロイズに渡す、というサイクルだ。 


 二日置きの採血はキツいと思ったユアであったが、ロイズの「ユラリスが血液が多いタイプの魔力量おばけで良かったよ~」という無邪気な一言で、引くに引けなくなったのだ。気付いたときには「任せて下さい!」とか口走っていた。エブリデイ魔力切れパーリーの開催である。



 パンをもぐもぐ食べたところで、ドアが『ドンドンドン!』と叩かれた。遠慮のないノック音に、来訪者の様子がよくわかる。小さく笑って「はいはい」と子供をあやすようにドアを開けた。


「ユア~、無理無理ぃ、たすけてぇ~!」

「一つ一つ練習していけば大丈夫だからね」


 泣いて縋ってくるカリラの頭をそっと撫で、励ました。


 次の月曜日から、五学年の魔法実技試験が始まるのだ。

 五学年出席番号40番(ビリ)のカリラは、年がら年中楽しそうなヤツではあるが、試験前だけは悲痛な叫びをあげる。それも大体試験の前々日くらいからだが。ギリギリだ。


「次の実技試験は、水魔法よ」

「水魔法なんて無理だよぉ、むーずむずむずむずかしい~♪」


 魔力とは血液だ。血液と水の相性は悪い。そのため火・風・土・水の四大魔法のうち、水は難易度が高いと言われている。最終学年である五学年で、水魔法の実技試験が設定されていて、クリアできないと卒業はできない。


「ロイズ先生に届け物があるから、教本を持って先に魔法練習場にいっててね。フレイルとリグトも行くって言ってたわよ」

「がんばるぅ……」






「水の弾丸」

「水の盾!」


 ロイズに採血結果を届けた後、ユアが魔法練習場に赴くと、五学年の面々が朝早くから練習に励んでいた。


「フレイル、リグト! 二人とも完璧ね」


 リグトの放った弾丸をフレイルが盾で防ぐという練習をしている二人。ユアはパチパチと拍手を送る。


「おー、基礎は余裕でクリア」

「あとは、どうやって加点を狙うかだな。合わせ魔法で行くか、新しい魔法陣の開発で行くか……」


 実技試験では基礎魔法の発動可否に加えて、個々人が自由に魔法を発動させ技を披露する。それに教師が加点をして、成績を付けることになっている。

 カリラが基礎魔法の発動を頑張っているのに対して、ユアたち成績優秀者は加点を稼ぐのに精進を重ねているのだ。


「私は、やっぱり同時発動がメインかな」

「ユアの同時発動、神レベルだもんな。俺は新しい魔法陣、もう閃いたぜ~」


 フレイルが自慢げに言うと、リグトとユアが「見たい!」と声を合わせる。


「フレイルのセンスよね~。努力型の私たちには得難い華があるのよ……」

「天才型は加点に強すぎる。今回、俺は大技でいくつもり。卒業時は、本気で出席番号1番を狙っていくからな?」

「リグトの魔力量おばけっぷりは、俺からするとマジで恐怖……」

「普段はケチケチ魔力を使うのに、実際はド級のオバケだもんね。なんでケチケチ使うの?」


 ユアの疑問に対して、リグトは『お前には分かるまい』という見下した顔をしてくる。


「もったいないからに決まってるだろう。俺は魔力量は多いが、使えばすぐに腹が減るタイプだ。腹が減ったら食うのに金がかかるし、眠くなったらバイトに差し障る」

「ケチすぎるだろ」


 出席番号トップスリーのメンバーは、三者三様、得意分野が異なる。

 一学年のときは出席番号39番であったユアとは違い、リグトとフレイルは入学当時からトップツーを競ってきた仲だ。

 希少な天才型で、新規性と華があるフレイルに対し、努力型で魔力量が異常だと言われているリグト。そして、その二人を三学年でいきなりぶち抜いた努力型のユア。それが五学年トップ層の図式である。


「三人はいいよね、ゆーしゅーなまほーつかいでさぁ、いいよねぇ」


 そんな三人に対して、落ちこぼれ――『汎用型魔法使い』が、カリラだ。カリラは、いじけていた。四人分の教本をドミノにして、パタパタと倒して(共倒れにして)遊んでいる。練習しろ。


「大丈夫よ、カリラなら何とかなるわ」

「そういやロイズ先生が言ってたけど、五年連続40番(ビリ)は学園史上初らしいぞ」

「凄すぎるだろ」


 この国には魔法学園が三つ存在する。その名のとおり、上級魔法学園の下には中級、下級の魔法学園がある。

 そして、年度末の成績で上級の出席番号40番の生徒と中級の出席番号1番の生徒の成績が逆転した場合に、次年度はトレードが成されるのだ。これを憐れみを込めて『中級落ち』と、あるいはざまぁを込めて『上級落とし』と呼んでいる。


 驚くことに、カリラは五年連続、出席番号40番。一度として中級落ちをせずに逃げ切ったのだ。五年間クラスメートが変わらなかったのは史上初。クラスメートからは『ギリギリの守護神』と呼ばれている。中級のトップは、さぞかし歯痒い思いをしたことだろう。


「カリラ。まずは水魔法の一番簡単な魔法陣を覚えようね。ほら、今回も歌で覚えられるわ。まーる描いてぇ~おめめが56個♪」

「おにぎり28個~♪」

「頭に人参~19本だぁ~♪」

「雨がざあざあ降ってきてぇ~♪」

「クルッと返して、はい出来上がり~♪」


「「覚えられるか馬鹿」」


 フレイルとリグトの声が重なる。先人の魔法使いが作り上げた高尚な魔法陣が、ふざけた絵描き歌になってカリラの頭の中に叩き込まれた。ふんわりと。





 そんなこんなで迎えた月曜日。魔法実技試験だ。


 ぱんぴろりん♪ ぱんぴろりん♪ ぱん♪


「みんな、そろってる~?」


 調子外れの本鈴ぴったり。ロイズが魔法練習場の上空に浮遊してくると、五学年の一同はおしゃべりをピタリと止めて姿勢を正す。四月の頃とは大違いだ。


 新年度開始から約二か月。五学年の生徒のほとんどが、ロイズの能力を認め、尊敬をしていた。相変わらず童顔で可愛らしい風貌は舐め(イジ)られることが多かったが、魔法使いとしてロイズの実力が桁違いであることを、五学年の生徒は身を持って知ったのだ。


 では、どうやって知らしめたのか。強力な魔法を使ったわけではない。ロイズは、ただ魔法陣を描いて見せただけだ。


 魔法陣は非常に難しく、繊細だ。様々な模様や条件を描き込み、状況に合わせて描く内容を変化させて、初めて使えるものとなる。魔法は矛盾を嫌うため、描いた条件次第では使えない魔法陣になってしまうこともある。


 さらに、簡単な魔法は平面魔法陣であるが、複雑なものになると立体魔法陣となり、ただ描くだけでも難しい。そして、完全に模倣をしたとしても、見合う魔力がなければ発動できない。


 ただ魔力があるだけでは、魔法は使えない。魔法陣に矛盾のない条件を描き、その設定された魔法を発動するのに見合った魔力が必要となるのだ。


 基本的にロイズは魔法陣を描かないが、もちろん描くこともできる。

 生徒たちが魔法陣を描いている横から、『ここが違うよ』と瞬時に指摘したり、遠回りな条件を描いている生徒に対して『こう描いた方が速いし美しいよ』と的確なアドバイスを与える。

 そして、美しく描けるまで、何度も何度も繰り返しやらせるのだ。腱鞘炎になったら治癒魔法をかけて、心が折れそうになったら励まして、出来るようになるまで永遠と……ずーーっと。うーん、恐怖だ。


 魔法陣の美しさ。この概念はとても重要だ。数学の式に美しさがあるように、魔法陣にも美しさがある。

 そして、ロイズの描く魔法陣は、驚くほど美しい。矛盾もなければ、余剰も過剰も一つもない。


 ここは上級魔法学園、どの生徒も(すべから)く優秀である。だから、ロイズの描く魔法陣を見てしまったら最後、彼は教えを乞うべき人物だと認めざるを得なかったのだ。



「さて、今日の試験は水魔法だよ。ルールは、最低一つは水魔法を使うこと。加点したい人は、お好きに魔法を使ってどーぞー。出席番号40番からスタートね」


 ロイズのざっくりとした説明に、試験に慣れている五学年の生徒は質問を投げかけることもなく、各々黙って頷いた。



「出席番号40番、カリラ・カリストン。前へ」





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