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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第二章 二人と魔法使いの距離

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25話 新たな謎にぶちあたる



 ロイズは、ユアの背中に耳を付けて、その心音に陶然とした。ふわふわと良い心地がして、どうにも離れられない。もっと聞きたい、もう少しだけ、あと少しだけ。チクタクと進む時計の音も、わざと無視をした。


 しかし、そんなことをしていては、段々とユアの心音が速くなるのも当たり前。


 ―― あれ、ズレてきた


 不思議に思ってユアの顔を覗き込むと、やたらと顔が赤かった。


「大丈夫?」

「あ、はい。なんかちょっと落ち着かなくて。大丈夫です」

「あ、そうだよね、ごめん。なんかいい音だなぁと思って。ずっと聞いていたいような、不思議な感じ。それにしても心臓の挙動だなんて、よく気付いたね~。きっかけは?」

「(ぎくり)」


 転移のズレの原因に気付いていたにも関わらず、ロイズに黙っていたのは他でもない。ユアがドキドキしているという事実、すなわち恋心がバレる可能性があったからだ。

 そんな事情を知らないロイズは、わくわくと答えを待つ。ユアは髪をサラリとかけ直しながら話し出す。


「私、朝と授業終了後、ちょうど転移の直前に軽く運動をしているんですが、そのときの運動量と転移の時間や距離に関係がありそうだなと気付いたのがキッカケです」


 さすがに苦しい。こんな理由、普通だったら信じるわけもない。しかし、ロイズは「へ~!」と言って丸ごと信じてしまった。ぽんこつロイズの鈍感力に寒心する。


「健康的だね~。俺なんか転移で移動しちゃうし、運動不足だよ。あ、それでユラリスは血液量が多くて魔力量おばけなんだね!」

「!? え、まあそうかもしれませんね」


 以前、学食で昼食を共にした際に、ユアにつまらない嘘をつかれていたロイズ。彼は、いまだに彼女のことを魔力量おばけだと勘違いしたままだった。うっかりと辻褄が合ってしまった、この二つの嘘。ユアはそっと目をそらしていた。大変悪い。


「あ、そうだ。血液量と言えば、また採血してもいい? もう少し実験したいことがあるんだけど、前に採血したやつ無くなっちゃって」

「はい。大丈夫です」


 ロイズは、ルンルンとご機嫌で採血魔導具を準備する。「いや~、心臓の挙動かぁ」と言いながら、先のことを考えはじめる。


「心臓の動きを計測できる魔導具を開発しなきゃな~。あぁ、やることが沢山だ。ユラリスは本当にすごいね」

「いえ、たまたまです」

「そんなことないよ。ユラリスは、見たものや得たものを自分の中で噛み砕いて、吸収し続けてきたんだよ。だから、気づくことができた。ユラリスが今まで頑張ってきた証拠だよ、すごいすごい」


 ロイズが手放しで誉めると、ユアは噛み締めるように「ありがとう、ございます」と言って、嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔を見たロイズは、胸を締め付けられるような感覚を自認した。ほんの少しだけ、きゅっと。


 ―― ん? なんだろ、これ?


「ロイズ先生の助手になれて良かったです」

「……あ、うん」

「先生?」

「え!? あ……そんなのこちらこそだよ~。何の見返りも渡してないのに、毎日遅くまで実験に付き合ってくれるし、土日だって……あぁ! そうだったぁ!」

「はい?」

「見返りと言えば、前にザッカスに会ったときに、ユラリスのことを話したんだ」

「ザッカス……とうとう出ましたね、その名前が」


 ユアは、やたら神妙な面持ちで小さく呟いていた。それを拾ったロイズはハッと気づく。


 ―― 『とうとう』と言うことは、ずっと楽しみに待ってた!? うわー、忘れてたらダメなやつだ! ユラリスが家に来てくれなくなっちゃう!


 家に来るように誘って断られたショックが、まだ尾を引いているロイズであった。

 そして、焦りはじめる。彼女はこんなにも研究に尽くしてくれているのに、見返りであるザッカス案件を後回しにしていたのだ。とんでもなくひどい教師じゃないか、と。

 

 もちろん、真実は異なる。ユアの呟きは『捨て置いていたザッカス問題が、とうとう芽吹いてしまいましたか』という意味である。楽しみにしているわけもなかった。


「言うのが遅くなってごめんね! 楽しみにしてたよね」

「いえ、全く」

「ザッカスの方も、ユラリスと会ってもいいって言ってたから、近々会えるようにセッティングするからね」

「急がなくて大丈夫です」

「でもね、ザッカスも忙しくてなかなか休みが取れないんだよ~。仕事終わりに少し会うくらいなら何とかなるんだけど、それだと夜も遅いしなぁ。門限を越えちゃうんだよね」

「お気遣いなく」

「そのうちザッカスの休みが取れたらデートできると思うから」

「お忙しいなら結構です」

「そんな遠慮しなくて大丈夫だよ~、任せて!」

「……」

「楽しみだよね、デート。話してたら、俺まで楽しみになってきたなぁ。ユラリスならザッカスの条件(90オーバー)……コホン。じゃなくて、好みにピッタリ合うし。お似合いな気がする」

「……ロイズ先生」

「うん?」


 彼女は、やたら良い笑顔でニッコリと笑って「見返りの件なんですけど、」と言って続けた。


「変更しても良いですか?」

「変更?」

「ロイズ先生が魔力補充のために人間都市に赴くという話、ありましたよね?」

「うん、月に一、二回くらい行ってるよ~」

「それに一緒に行くことはできますか? 見返りはそれが良いです。魔力補充を見てみたいと、ずっと思っていたので。人間の皆さんの暮らしの根底を、直接見てみたいのです」

「……ユラリス……っ!」


 ロイズは感激した。魔力補充なんて大抵の魔法使いが嫌がるものを、自分の目で見てみたいだなんて! なんて研究熱心なんだ、なんて良い子なんだ、俺の愛助手(まなじょしゅ)は世界一だ、と無駄に感賞していた。


「当たり前だよ! もちろん、いいよ!」

「本当ですか、やったぁ!」


 飛び上がるように喜ぶ姿を見て、ロイズは少し面食らった。彼女はいつも理知的で、年相応の無邪気なところをあまり見せてはくれないからだ。


 ―― 普通の、十九歳の女の子なんだよなぁ


 ふわりとそう思った。元人間であっても、出席番号1番の優等生であっても、普通の女の子なのだ。


 その姿が新鮮で、何だかもっと見たくなった。もっともっと喜んで欲しくて、何でもしてあげたくなってしまう。そして、沈静化しそうだった『ザッカス問題』を掘り起こすという悪手に出る。

 

「ユラリス、魔力補充の方は見返りにカウントしなくて大丈夫。ザッカスの方は、ちゃんとデートまで面倒みるから遠慮しないでね!」


 的外れがすぎる。ユアのテンションが沈静化していた。


「……別に遠慮してないですけど」

「ユラリスは謙虚だなぁ、もっとワガママ言ったっていいくらいだよ~、あはは!」

「うふふ」


 嘘もつくし、どさくさ紛れにロイズに抱きつくし、やりたい放題しているユアであったが、上手いこと猫は被られていた。


「あ、でも次の魔力補充は、ちょうど魔法実技試験の直前なんだった」

「え、そうなんですか……どうしよう。試験はどうにかなるけど、カリラ(成績ビリ)が心配ね……でも魔力補充、絶対見たい……うーん」


 実技試験の対策と魔力補充のどちらを取るか悩んでいる様子を見て、ロイズは少し笑ってしまった。


「そしたら、今回は試験を頑張って、その次の魔力補充のときに一緒に行くっていうのはどう?」


 その提案は、彼女の悩みをサクッと解決したようで、是非と返事をしてくれる。


「ロイズ先生とお出かけ、楽しみにしてます」


 そう言いながら、頬を桃色に染めて嬉しそうにするユアに、ロイズの胸がドキンと大きく動く。しかし、そんな分かりやすい兆し(フラグ)も。


 ―― ん? 何だろう、さっきから心臓の挙動が……そうか、魔力が干渉してるのかな


 心臓の挙動という学術ワードで片付けるほどに、安定の魔法バカであった。



「じゃあ、サクッと採血しちゃおうか」

「はい、お願いします」


 ユアの左手の甲に魔導具を取り付けると、三拍ほど置いて採血が始まった。


「眠くなるだろうから、お昼までは寝てていいからね」

「ありがとうございます」

「そうそう、お昼ご飯はね、俺の好きな……」


 そこで、ロイズは言葉を止めた。ガラス容器に溜まっていくユアの血液を見て、言葉を失ったのだ。


「先生?」

「ユラリス! 血液の色が変わってる!!」

「え?」

「前より赤味が少ない」


 すぐさま立ち上がり、保存してあった残り少ないユアの赤紫色を取り出す。


「ほら見て。赤色素が薄くなって青味が増してる。完全な青紫色には遠いけど、確実に変化してる」

「本当だわ……」


 二人は目を合わせる。


「「え~~!? なんで!?」」




 一つ解れば、一つ解らなくなる。


 そして、まるで恋をするみたいに、それにのめり込むのだ。知りたくて堪らないから。



 新たな謎とその答え。その距離、現在測定中。


 



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