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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第一章 彼と彼女の距離

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24話 ロイズ・ロビンは、ずっと君を待っていた


「行くよ。設定距離、5m」

「はい! 予測値、4m」

 

 ロイズは一つ呼吸をしてから「研究部屋にいるユア・ユラリス、転移」と呟いた。


 ふわり、ストン。


「『距離測定中……記録4m』予測値との差異、ゼロ」


 ―― ぴったり当てた


 ゾワリと鳥肌が立つ。嫌悪感の鳥肌ではない。好奇心の鳥肌だ。喜びと嬉しさが混じった好奇心が、肌を奮い立たせたのだ。


「すごい! もう一回やってみよう」

「お願いします」


 また同じ場所に立つ。


「じゃあ、二回目行くよ。設定距離、5m」

「はい! ……予測値、1m」

「研究部屋にいるユア・ユラリス、転移」


 ふわり、ストン。


「『距離測定中……記録1m』予測値との差異、ゼロ。ぴったりだ。よし、もう一回」

「はい」

「三回目行くよ。設定距離、5m」

「ちょっと待ってくださいね……えーっと。はい、大丈夫です。予測値、0」

「研究部屋にいるユア・ユラリス、転移」


 ふわり、ストン。 


 ―― わ、ゼロ距離!


 二人は、ピッタリとくっ付いた。もちろん、ユアは背中に手を回してきて、ギュッとくっ付いてくる。ロイズの手は行き場もなく、空中をギクシャクと漂っていた。


 ―― うわぁ、またもや! なんでゼロ距離のとき毎回ぎゅっとするの、この子はぁああ! ……ダメだ、無になれ、無だ。他意はない、俺は大人だ、教師だ、気にしたら負けだ


 ユアが抱きついていることは思いっきりバレていた。当たり前である。

 でも、恋心の方は、一切バレていなかった。毎回ぎゅっとするのは他意しかないのに、ロイズのことが大好きだからなのに。

 そんな可能性を全く考えない魔法バカは、サッサと記録を取る。


「えっと、『距離測定中……記録0cm』予測値との差異、ゼロ」


 パッと身体を離して、小さく息を吐く。頭を振り振り、無になったものを瞬時に元に戻す。


「ユラリス、すごい!」

「ふぅ、上手く行って良かったです」

「規則性見つけた? 何が要因だった? どうやって分かったの!?」


 ロイズが矢継ぎ早に質問をすると、ユアは少し笑って「記録ノートをお見せします」と実験テーブルまで移動をする。ノートを受け取りながら、ユアの説明を聞く。


「転移位置のズレは、心拍数が原因だと推測します」


 ロイズは記録ノートに落としていた視線をユアに向け、彼女の言いたいことを噛み砕く。

 

「心拍数……心臓……そうか、そう言うことか」


「はい。魔力の質を決定付けているものが血液であるならば、その挙動を決めているのは、血液を身体に送り出している心臓(ポンプ)です」


「じゃあこの記録ノートの『15:58、距離3m、6回/5秒』って書いてある回数は、5秒あたりの心拍数ってこと?」

「そうです。転移前の心拍数が高い場合に、転移時間は早くなり距離も短くなります」

「時間と距離に相関がありそうだなぁとは思ってたけど、なるほど心拍数ね~、面白い!!」


 ロイズは「くぅ~! みなぎるーぅ!」と言いながら、記録ノートを抱きしめた。ここはノートではなく、ユアを抱きしめてあげる場面だろう。残念だ。


「ロイズ先生と私の魔力相性は、異常に良いんですよね?」

「そうだね。本当に異常。他に類がないね~」


 ユアは、顎に手を当てながら「私の推論になりますが、」と続けた。


「血液の相性が良いことに加えて、その挙動の相性が良いという条件が重なったときに、異常な魔力相性を叩き出すのかな、と」


 ロイズはうんうんと頷いて、続きを話す。


「それだよ、絶対それ! そして、心拍数が上がったりして、俺とユラリスの血液の挙動(心拍数)に大きくズレが生じたとき、それを補正するように魔力が引き合う。そこで転移魔法が発動すると、位置ズレや時間ズレが起こる! ということは~~!」


 好奇心のかたまりであるロイズは、ユアにぐいぐいと近付く。


「ユラリスの心臓の音、聞かせて!」

「!? はい、どうぞ、いつでもウェルカムです」

「ありがと~」


 ロイズの頼みとあらば、ウェルカム状態のユア。彼女は、躊躇する様子もなく白衣のボタンをはずし、その柔らかな身体を差し出してくれた。

 魔法バカのロイズは『ありがと』なんてお礼まで添えた上で、そこにピタリと耳を付けた。が、しかし。


 ふよん。


「~~~~っ!!」


 瞬時に離れた。


「ごごごごめん、間違えた、ごめんなさい、本当に!」 


 ―― 何やってんだ俺は! 馬鹿か! ふよんって音がした、ふよよんって! 誰か俺を殴って記憶を抹消してくれぇぇええ! 


 すごい速さで後退するロイズに対し、ユアは『なぜ後退をする!? さてはこんな胸では満足できぬということか! これだから誰とでもそういうことをする男は!』とでも思っている様子で、何故か好戦的な目でジロリと睨んでくる。お互いにちょっと馬鹿だった。


「どうして離れるんですか?」

「え!? だって、そりゃあ……えーっと、心音は背中から聞いてもよろしいでしょうか!?」


 ユアは不服そうにしながらも、白衣をパサリと脱いで背を向けてくれる。背中からも苛立ちが漂っていたが、ロイズは気付いていなかった。


「はい、どうぞ」

「……失礼します」


 一言断りを入れてから、彼女の背中にピタリと耳を付けた。続いて、自分の胸に手を当てる。先程のふよよんとした行いを反省しているわけではない。二人の心臓の動きを比較しているのだ。



 ドクン……ドクン……ドクン……。

 ドクン……ドクン……ドクン……。



 ―― あ、すごい、ピッタリ同じ動きだ!


 予想は的中。二人の心臓の音は、同一の挙動をしていた。


 

 これまで解明されていなかった魔力相性。それを決定付けているのは、血液の質と血液の挙動であることが判明したのだ。すなわち、この二つの相性が良ければ良いほど『魔力相性が良い』と判断ができる。


 そして、その二つの相性が、奇跡的にピタリと一致した場合に限り、彼らのように魔力相性が()()()を叩き出す。

 

 心臓の動きを『波』に例えると良いだろう。一つの波に、同じタイミングで同じ高さの波が合わさったとき、その波の高さは二倍になる。いわゆる、波の干渉だ。

 心臓の音、すなわち血液が送り出されるタイミングがピッタリと同じである二人の魔力は、干渉し合い、そして強め合う。


 そんな二人の魔力は、とっても仲良しだ。


 どちらか一方の心拍数が上がったとき、『魔力(血液)の挙動』にズレが生じることを、とても嫌う。

 そこで、仲良しの魔力同士は、大慌てでズレを補正しようと、お互いに魔力を引っ張り合う。

 もし、そのタイミングでどちらか一方を呼び寄せるような魔法――たとえば転移魔法が発動した場合、グイグイと引っ張り合った結果、時間も距離も短縮するということだ。


 簡単に言うと、魔力同士がこう言っているのだ。『僕たちは仲良しで全部おそろいが良いの! 離れずに、いつもくっ付いていたいの!』と。仲良きことは、美しきかな。


 長きに渡り解明されて来なかった、魔力相性。それが解き明かされた瞬間であった。




 ロイズは、ユアの心音を聞きながら、何とも言えない懐かしさを感じていた。ユアの赤紫色を見たときと同じ感覚だ。


 ―― ユラリスの心音、なんかすごい好きな感じ。ずっと前から知っていたみたいな……すごく落ち着く。ふわふわする。切ないような気もするし、嬉しいような感じもする 


 ドクン、ドクンと囁き合う、お互いの心音。その二つがピタリと重なって溶解して、一つになった心地がした。


 ―― そうか、そういうことだったんだ


 染み渡るように理解する。この音を、この赤紫色を、ロイズはずっと探していたのだ。


 彼女の心音が与える懐かしさは、彼に昔のことを思い出させる。人間都市で生まれ、人間都市で育った子供の頃のことを。魔力補充を盾にして理不尽な振る舞いをする魔法使いと戦ったことを。


 だから、ロイズは魔法使いという生き物が嫌いだった。本当は魔法使いから魔力を取り上げ、自分を含めた全員を『人間』にしようと考えていた。それを叶える術も知っていた。

 だけど、そうしなかった。それは『解』ではないと、思い留まった。



 十五歳の頃、ふと思い立ち、何かに導かれるように上級魔法学園の入学試験を受けた。魔法使いが嫌いなのに、どういう訳か魔法学園に行ってみたくなった。卒業と同時に人間都市に帰ろうと思っていたのに、気付けば魔法学園の教師になっていた。


 魔法学園に入学して五年間、魔法教師になって三年間。気付けば足踏みするように、八年間もそこに居続けた。それはきっと。


 ―― こうして出会うのを、待っていたからだ


 そして、出会えた。



 心音が重なるほどの。その距離、0cm。



 

【第一章 彼と彼女の距離】終


 






お読み頂きありがとうございます。

ブクマして頂いた方、ありがとうございます。

嬉しさの涙で溺れそうです!


さて、第一章終了です。次から、第二章に入ります。

と言っても、話はそのまま続きます。

何となくの一区切り、という感じです。


引き続き、よろしくお願いいたします。

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