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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第一章 彼と彼女の距離

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23話 記録ノート、ドキドキの数字



「ユラリス、もうすぐ門限になっちゃうから、片付けはそこまでにして帰って良いよ~」

「え、もう22時!? すみません、片付けできなくて」

「大丈夫だよ、荷物持った?」

「はい!」

「行くよ。……『研究室にいる全員、学生寮の前、転移』」


 ふわり、ストン


「ありがとうございます。お疲れさまでした、おやすみなさい」

「おやすみなさい、また明日ね~。……『研究室、転移』」


 淡い光と共に消えるロイズの痕跡。少しだけ名残惜しく見つめてから、ユアは学生寮に入った。



 五学年のフロアは、最上階の五階にある。学生寮は横に長く、向かって右側が女子寮、真ん中に男女共有の談話室が並び、左側が男子寮となっている。もちろん、男子寮と女子寮の行き来は不可とされている。


 ユアは、備え付けの昇降魔法陣(エレベーター)に魔力を込めて五階まで上がり、一番端の自室に滑り込んだ。各部屋には浴室洗面所が備え付けてあり、予め学園が用意したクローゼット、デスクと椅子、本棚、ベッドがあるだけの簡素な部屋だ。

 ユアの趣味なのだろう、ベッドは淡いピンクの可愛いシーツ、デスクには桃色の花と家族写真が飾られている。


 ユアは自室に入ってすぐに、今日の記録をノートに書き込んだ。


「えーっと、今日は5月10日っと……」


=======

5/6(月) 15:58、距離2m、7回/5秒

5/7(火) 15:58、距離4m、5回/5秒

5/8(水) 15:59、距離4m、5回/5秒

5/9(木) 15:54、距離10cm、11回/5秒

5/10(金)15:55、距離10cm、11回/5秒

=======


「うーん、だいぶ規則性が見えてきたわ。たまに誤差はあるけど、それでも十分相関があると言える!」


 セールスポイントは『真面目で良い子』であるが、本当はちょっとだけ悪い子のユア。そんな彼女は、ロイズに黙っていることがある。


 ロイズとユアの魔力相性が原因とされている、転移の位置ズレと時間のズレ。今のところ規制性はないという話であったが、ユアはその規則性に気付いていた。そして、ロイズには黙って、実験を繰り返していたのだ。その記録の一部が、上記のものである。


 記録が溜まっていくに連れて、規則性が見えてくる。喜ばしいことであるが、それに連れて、ユアの悩みは深くなっていった。


「これ、ロイズ先生にどうやって伝えたら良いのかしら……でも研究を進めるためには、重要な情報よね」


 しばらく記録ノートと睨めっこしながらも、早く寝なければと思い直してお風呂に入る。明日は土曜日。ロイズの家に行く日だ。お風呂から出て、その日の授業の復習と明日の準備をし、ベッドに入った。やはり真面目だ。




 翌朝、時刻は8時48分。ユアは、いつも身に付けているネックレスを首元に添えて、紫色のワンピースを着る。筆記用具やノートを入れた鞄を持って、椅子に座った。


 ちなみに、マリアンヌのセクシーワンピースはもう二度と着ないと封印をしたため、即日浄化して御礼と共に返却。

 羞恥というよりも、胸から漂う不真面目感が耐え難かった。よって、今日の紫色のワンピースは、ユアの服。胸もしっかりと隠されて、白衣を脱ごうが何だろうが、全く問題ない服を着ている。


 ―― 結局、セクシー系の服を着ていたところで、ロイズ先生は全く動じなかったものね。私みたいなお子様相手じゃあ、きっと食指が動かないのでしょうよ……泣けるっ!


 実際には動じまくっていたロイズである。視線が胸にガッツリ固定されていたという事実は、気付かれていなかった。朗報だ。気付かれていたら一発アウトだ。教師続投、本当に良かった。


 

 ユアは、例の転記録ノートを手に取って、また悩み始める。


「言うべきよね。もう規則性は見えているもの。それに……言ったところで、何も変わらないわ。スルーされるのがオチよ」


 記録ノートを鞄に追加して、椅子に座り直した。


「んー、でも今日は、ちょっと甘えちゃおうかなぁ。ノートを提供するご褒美ってことで!」


 脳内にあるロイズメモリーから、お気に入りのシーンを取り出し、脳内で『ただいま上映中』の看板を掲げた。


 ―― 『ユラリスを信じている俺を信じて』『ユラリスを信じている俺を信じて』『ユラリスを信じている俺を信じて』


「きゃーー! 超ときめく、好き好き好き! かっこいー! はい、全力全開信じてますぅ!」


 ―― 1、2、3、4、5……


 ふわり、ストン



「お、おはよう、ユラリス」

「おはようございます、(大好きな)ロイズ先生」


 ―― はい、ゼロ距離、頂きましたぁ。今日は長めに抱きついちゃお。ぎゅーっ、大好き!


 以前、ユアが腕に怪我を負った一件。それ以来、ロイズは避けることはせずに、むしろユアを抱き留めるように支えてくれるようになった。

 もちろん、ロイズはロイズだ。『大事な教え子兼助手だ、怪我などさせてたまるか!』という使命感が、彼の腕をギクシャクと動かしているようだった。残念ながら、下心は一切感じられない。


 一方、ちょっと悪い子であるユアは、どさくさに紛れて一瞬だけギュッと抱き付いて、ロイズを堪能していた。彼の胸に顔をうずめてみたり、香りを確かめてみたり、背中に手を回して触り心地を味わってみたり。かなりセクハラ、かなり悪い子だ。


 なので、ゼロ距離のときは一瞬だけ抱き合う形になるのが定常化している。今日のユアは悪い子だったため、三秒間も抱きしめていたが。


「『距離測定中……記録8時51分、距離0cm』」


 ロイズが記録を取るのを合図に、二人はパッと離れる。この瞬間、ユアは心の中だけで大きく舌打ちをしていた。悪すぎる。


「じゃあ、今日は俺の家に行こうか~」

「はい、お願いします」

「いくよ~。『研究室の全員、家、転移』」



 ふわり、ストン。



「はい、いらっしゃいませ~」

「わぁ、良い天気。砂浜が眩しいですねぇ。あ、もう少し暑くなったら水着を持ってきてもいいですか? 海に入りたいです」

「みみみみ水着ぃ!? あ、うーん、それはどうかなぁ」


 珍しく渋るロイズ。根が真面目ド根性なユアは、ハッとした。ここには遊びに来ているわけではなく、お仕事で来ているのだと。海水浴だなんて不真面目全開だ! ロイズへのアピールポイントは真面目で良い子なのだから、不真面目など祓いたまえ清めたまえ。


 ユアは、やたらキリッとしてみる。


「すみません、不真面目でした。以後、気をつけます」

「え! いや、そういうわけではっ!」

「いえ、大丈夫です」

「ご、ごめん……俺は、本当にダメな教師です……」

「?」

「そうだ! 実験をしよう。早く実験を。今すぐに!」

「あ、はい」


 ロイズがやたら足早に家に入るものだから、良い天気を堪能することもなく、二人は研究部屋にこもった。

 


 ユアはワンピースの上から真っ白な白衣を着て、鞄の中から研究ノートと筆記用具を取り出す。そこで、例の記録ノートを手に持って、また悩みだす。


 ―― うーん、どうしよう。でも、どうせ出すなら、早い方が良いわよね。えーい! 女は度胸!


「あの、ロイズ先生」

「なに~?」

「実験の前に一つ確かめたいことがあるのですが、お付き合い頂けませんか?」

「うん、いいよ~。どんなこと?」

「転移位置のズレについて、もう一度実験させて下さい。私の予測値と、実測値の差異を計測したいんです」

「予測値……え! 予測できるの!?」

「はい、出来ます」


 ユアが言い切ると、ロイズの飴色の瞳がキラキラと輝き出す。まさに、目の色が変わったのだ。

 いつもの温厚篤実な笑顔をしまい込み、彼は好戦的な目でユアを見てくる。こんな風にロイズに視線を向けられるのは初めてのことで、身体の中心を緊張が貫いた。雷みたいに、ビリビリと。


 ―― あ、『ロイズ・ロビン』だわ


 心が騒いだ。目の前にいるのは魔法教師ではなく、ひとりの魔法使いだ。そして、その瞳に映るユアも、生徒ではなく、ひとりの魔法使いなのだと。


「いいね~、ユラリスは。本当に、好い。君が助手になってくれて、とっても楽しい」


 ロイズはニコッと笑い直し、「奥の魔法練習スペースでやろう」と移動する。彼の背中を追いかけ、ユアは足を早めた。遅れてはならないと、真っ直ぐに足が動いた。


「はじめよう」


 真っ白な広いスペースで、二人は向かい合わせに立った。教師と生徒ではなく、ただの魔法使い同士として。


「行くよ。設定距離、5m」

「はい! 予測値、4m」

 


 



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