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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第一章 彼と彼女の距離

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22話 目が釘付けになる


 

 結局、二人は、ずーっと実験をしていた。


 途中で昼食や夕食も軽く取ったが、実験の様子を見ながら片手間に済ませただけ。しかも、食べながらもずっと実験の話。男と女、海に囲まれた真っ白な家で二人きり。色気も何もあったもんじゃない。どちらも恋愛はぽんこつだった。


「あれ、もう21時すぎてる。時間経つの早っ」

「はぁ、さすがに疲れましたね」


 どっぷりと実験に没頭し、とっぷりと日が暮れた。なんと驚き、十二時間も実験に費やしていた。いっそ怖い。


 魔法バカのロイズは、もう楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 今までずっと一人で研究をしてきたが、それを寂しいと思ったことも、つまらないと感じたこともなかった。抱えた夢を成し遂げるために、ひたすら前に突き進むことが、何よりも楽しく価値があったからだ。


 しかし、彼女と一緒に実験をしてみて、そこに新たな価値が生まれた。夢を分かち合えること、同じものを見て意見を交わすこと、結果が失敗であっても、それを認め合い励まし合って試行錯誤に活かすこと。たった十二時間で、ロイズはそれを味わってしまったのだ。どっぷりと。


「そろそろ片付けて帰った方がいいね~」

「はい、そうですね」


 ユアは、慣れた手つきで実験器具を片付け始め、汚れたところに浄化の魔法陣を描いてキレイにしていた。それを横目で見ながら、ロイズは『よしっ』と意気込んで、スーッと音もなくユアの横に移動する。小慣れたサウンドレスロイズだ。


「あ、あのさ」

「はい?」

「あの、今日ケーキとか出すのすっかり忘れてて! ごめんね、お土産に持って帰る?」

「ケーキ、本当に用意して下さってたんですね。ふふ、ありがとうございます」

「でも、俺も食べてみたいから」

「?? でしたら、ロイズ先生が召し上がって下さい」

「そうじゃなくて、あの、また買っておくから」

「は、はぁ」

「また、来てくれますか……?」


 ―― ザッカス(チート)なしで、どうしたら良いかわかんないぃー!


 手腕の無さを情けなく思いつつも、ロイズは頑張った。絞り出した。絞り出した結果が出がらしレベルであったが、それでもどうにかやりきった。

 断られるかなと、恐る恐る視線を向ける。彼女はニコッと笑ってくれていた。


 ―― わぁ、笑ってる!


「はい! お邪魔でなければ、いつでも呼んでください」

「ほ、本当に? 毎週とかでもいい!?」

「はい、もちろんです。学園の方の研究もあるので、スケジュールはロイズ先生にお任せします。学園の研究室でも先生のお家でも、好きな方に呼んでください」

「いいの? やったぁ! ケーキも出し忘れちゃったし、もう二度と来てくれないかもって思ってた~、良かった、はぁ良かった」

「こちらこそ、お食事まで用意して頂いてありがとうございます」

「あ、次はもっと美味しいもの用意しておくね!」


 二十三歳男性が必死すぎる。しかも、ケーキだの食事だの食べ物でしか釣ることの出来ない残念さ。五学年の男子生徒だって、もっとスマートに誘うだろうに。


「そしたら、白衣はここに置いておきなよ。浄化しておくから。いちいち持ってくるのも大変でしょ」

「あ、そうですね。ありがとうございます、お願いします」


 そう言って、ユアは白衣をスッと脱ぎはじめた。脱いだ。脱いだ。マリアンヌから借りた胸の谷間丸出しワンピースのことをすっかり忘れた様子で、潔く脱いでいる。これだから『心根が馬鹿だ』とか、リグトに言われるのだ。


 ロイズは、固まった。目がそこにガツンと固定された。いわゆる、釘付けというやつだ。


 ―― え、ユラリスってこういう服着るの!? 朝、着てた服はどこいった? いつ着替えた? 十九歳って、みんなこんな感じだっけ? たった四年前なのに全然覚えてない! っていうか、こんな服を着て普段そこらへんウロウロしてんの? え、それって大丈夫なの? 変な男に絡まれたりしないの? いろんなヤツに見られまくってるってこと? っていうか、ユラリスって意外と……


 ロイズの魔法脳の隙間から、ザッカスとの会話がひょこっと顔を出し、脳内を通過していく。


 ―― 俺は、これを膝の上に乗せてピッタリと……やわらか……


「~~~~っ!!」


 ―― 考えるな! 見るな! 見たら爆死すると思え!


「あ、ロイズ先生」

「え!? なに!?」

「六月の初めに魔法実技の試験ありましたよね」

「へ!? あ! そうだったね!!」

「申し訳ないのですが、五月末は少しお休み頂いても良いですか?」

「うん、全然大丈夫! ジャンジャン休んじゃって!」

「?? ありがとうございます」


 ユアは少し不思議そうにしながら、ノートや筆記用具を片付けはじめる。「どんなケーキか楽しみです」と、ノートをカバンに入れようとしたところで、固まっていた。カバンの中にケープがあることに気づいたのだろう。

 瞬間、サーーッと波が引くように顔が青くなる彼女。首まで青い。真っ青である。もちろん、すごい速さでケープを羽織っていた。別格の速さだった。


 それを、余すところ無くガッツリ見ていたロイズは。


 ―― なんで急に青くなってるんだ!? 白衣を脱いで寒くなった? 分からない、十九歳むずい!


 白衣を脱いでからケープを羽織るところまでずっとロイズの目は固定されたままだった。爆死案件だ。女子生徒の胸の谷間を目で追うなど、あってはならない。大変よろしい。


「ロロロイズ先生! 帰りたいです。なるべく早く! 今すぐに!」

「え? あ、はい!」


 鬼気迫るユアの雰囲気に圧倒されたロイズは、すぐさま脳内で転移設定をして「家にいる全員、学生寮の前、転移」と、超早口で呟いた。


 ふわり、ストン。



 学生寮の前に到着するなり、ユアは「ありがとうございましたぁ!」とお辞儀をして、走って寮の中に入ってしまった。


「あ、行っちゃった……あぁ! ケーキ忘れた」


 ケーキの行く末のことを少し考えたが、今更追いかける勇気はなかった。


 そして、そのまましばらく寮の前でぼんやりとする。これまたぼんやりと、今日一日のことを思い返した。詰め込みすぎたくらいの一日だったなと。


 ユアに怪我をさせたことから始まり、社会問題を話し合い、ユアの入学の動機を聞いて泣きたくなるほど嬉しくなり、そして自分の大望を話した。


 そんな一日の最後に、胸。最後に突然の、不真面目。


 ―― 普段はキチッとしてる感じなのにプライベートではゆるい感じなのかな……意外だ。普段、実験ばっかだもんなぁ、ユラリスのこと何も知らない


 食事を用意するときもケーキを買うときも、彼女の好きなものが全く分からなかった。二人きりで過ごすことが多いのに、会話の中身は魔法のことばかり。


 ロイズは自分の右手を見て、彼女と交わした握手を思い出す。


 ―― やっぱり鳥肌なんて全然立たない。ユラリスが何をしても、どんなユラリスでも全然嫌じゃない。魔力相性って、すごいなぁ


 本来のロイズならば、あんな格好をしている女が近付いてきたら顔を歪ませて無視を決め込むはず。そうではない自分がいることに、ロイズも気付いていた。嫌悪感なんて微塵もない。いや、むしろ。

 

 制服を着崩す生徒も多い中、彼女はシャツのボタンを一番上までキチンと止め、ネクタイを美しく結んでいた。そんな清楚で理知的な彼女の、思ってもみない姿。


 ―― あーもー、なにこれ! なにこの感じ!! もにょもにょするー!!


 目に焼き付いて離れない、なんてことは絶対にない。絶対に。そんなこと、あるわけない。


 ―― 大体、教師がこれはマズいでしょ。はい、終わり! はい、削除!


 魔力相性は、()()()にならない。


 学生寮の五階、右側一番端の部屋に明かりが灯ったのを見て、そこから目を逸らす。「家、転移」と呟いて帰宅した。


 学生寮と、海の真ん中にある白い家。

 もにょもにょする謎の感情を挟んだ、その距離20km。





おまけ


「嘘みたいに眠れない……」


 時刻は23時11分。毎日、快眠のロイズ。いつもなら夢の中をお散歩中の時間である。

 だが、目をつむるとアレが思い出されて、『わー!』と叫んでかき消して、また目をつむっては繰り返す。男子中学生なのかな、いや二十三歳だ。


 もうこのまま起きて、よく眠れる魔法の開発でもするかなと思ったが。


「こんなときは、ザッカスに相談だ~」


 ロイズは「ザッカス・ザック、通信」と呟いた。しばらく魔法の波動音が続いた後、「はいはい、ロイズか? どうした?」とザッカスの声が返ってくる。電話ならぬ、通信魔法だ。


 これは超難易度が高く、そんじょそこらの魔法使いじゃ使用できない。ザッカスも受信はできるものの、発信は無理だといつも嘆いている。


「ザッカス、眠れない」

「はぁ!? こっちはまだ仕事中だ、馬鹿!」

「さすがブラック勤務の魔法省だね、お疲れ~」

「だまれ。で、用件は? 急ぎ?」

「胸付近がパカーと開いてる服を着る女の子って、どういう気持ちだと思う? 危なくないのかな?」

「……切っていいか? 超忙しいんだけど」

「えー、ダメダメ。『ザッカス・ザック、通信切除不可』」

「!? お前なんちゅー魔法使ってんだ! わ、本当に切れない。天才だな」

「眠れなくて困ってるから天才ではない」

「分かった。答えたら切ってくれよ?」

「うん、分かった」

「女が胸を出してくるときは、ヤらせてくれるとき。出してきたら出せ、以上だ」

「通信切除」


 ツー、ツー、ツー、ツー。


 結局、軽く採血して無理やり寝た。




おまけのおまけ


「ったく、急に切りやがって」

「ザッカスさん、今のって?」


 隣のデスクの新入り魔法使いが、興味深そうに聞いてくる。


「あぁ、通信魔法だよ」

「初めて見た……。急に口パクで何か話してる風だったから、ビックリしました。ザッカスさん、通信魔法使えるんですね。ぱねぇっす!」


 通信魔法は、本人同士にしか会話は聞こえないようになっている。そのため、周りから見ると、急に口パクしてる怪しい人になってしまうのだ。


「あー、通信魔法は難しいよなぁ。俺も受信は出来るけど、発信は到底無理」

「ザッカスさんでも無理なんすか! ちなみにお相手は発信できるんですよね? 何者ですか?」

「ロイズ・ロビン」

「……なるほど、ぱねぇっす」


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