21話 答えは、ユラリス、君だよ
「コホン。えーっと、そういうわけで、研究の話をします」
赤くなった顔をごまかしたいのだろう。下手な咳払いをしたり、白衣の襟を正したりしているロイズ。
そんな彼を見て、ユアは真面目な顔で頷きながらも内心は語彙力が死んでいた。
―― 照れるロイズ先生、スーパー可愛い! 脳内保存、完了です!!
恋する十九歳は、基本的に不謹慎だった。
「ユラリス。俺にはね、夢があるんだ。それを叶えるために、何年も研究をしている」
「はい!」
「お~? その顔は、もう何の研究だか分かってそうだね~」
ロイズは、口角をくいっと上げる。
「研究目標は、魔法使いと人間の間にある腐ったヒエラルキーを全部壊し、その距離をゼロにすること」
言葉にするということは、そこに重みが加わるということだ。ロイズが掛けた重みを受け取ったユアは、喉の奥が熱くなり、高揚感で呼吸が浅くなった。きっと、彼も同じなのだろう。小さく息を吐いて熱を逃がしているようだった。
「……この夢を、誰かに話したのは初めてなんだ。子供のときからずっと、ずっと、見てきた夢。このために、俺は毎日魔法に向き合ってる」
「はい」
「ユラリスの言うとおり、迫害をされることはなくなったけれど、それでも人間の暮らしは、未だに厳しさを強いられている。じゃあ、どうすれば人間と魔法使いが、真に対等になれると思う~?」
ロイズの問い掛けに、ユアは「アプローチは、三つあると思います」と答えて続けた。ガリ勉が放出される。
「一つ目は、魔法に変わるエネルギー源を発見すること。それを人間が扱えるようになれば、独立することができます。二つ目は、魔法使いから魔力を取り上げること。魔法使いを人間にするということです。そして三つ目が、」
そこで、ユアは一つ区切って、自分を指差しながら「私、ということですね?」と、ロイズに返す。
「さすがだね~。そう、人間を魔法使いにすること」
「これまでは、どういった研究をされてきたんですか?」
「ユラリスが言った、三つのアプローチを満遍なく。でも、一つ目は、たぶん無理だと思ってるよ」
「他のエネルギー源はないんですか……?」
ロイズは、眉を下げて頷いた。
「探索魔法を開発してね、全て隈無く探したんだ。国中ぜーんぶ」
「国中!? すごい……凄すぎます」
「本当に大変でさぁ、すっごい時間かかったよ~。でも見つからなかった」
ユアは、なぜもっと早くロイズと出会えなかったのだろうと悔しく思った。探索魔法も見てみたかったし、国中全部を探索する手伝いをしたかったからだ。もっと早く助手になれていたらな、と歯痒く思う。
「そして、二つ目の解は出せる。実際、魔力が枯渇しちゃった魔法使いもいるでしょ? 魔法使いから魔力を取り上げることは出来るんだ。でも、他のエネルギー源がないことを考えると、選択しにくい」
「確かに……」
顎に手を当てるようにして、考えを巡らせた。
「魔法使いも全員人間化してしまった場合に、とても困りますね。エネルギー源があれば良かったのに……どうにか作れないかしら」
「そうなんだよね~。でも、今では逆だと思ってる」
「逆、ですか?」
「そう。もし人間の生存にエネルギー源が必要なら、絶対どこかにあるはずなんだよ、それが摂理でしょ。でも、それがないということは、人間には魔法の他にエネルギー源なんていらないんだ。人間は、魔法使いになれるから。答えは、ユラリス、君だよ」
ロイズは飴色の瞳を輝かせる。その満ちあふれた瞳の中に映っているのは、ユアだ。彼が子供のころから見ていた大望の答えが自分自身なのだと思ったら、ユアの心に風穴が開いた。
「私が、答え……」
「そう! どういう仕組みなのかは、まだ分からないけど、解が今、目の前にあるんだ。一緒に解き明かそう!」
「は、はい! ロイズ先生、私、頑張ります! 心血を注いで! 本気でがんばります!」
ユアが強い眼差しを向けると、ロイズは手を差し出してくれた。
「よろしくね」
「はい!」
ユアは、ロイズの手を取った。この日、二人は真にパートナーになったのだ。目標、夢、時間、それだけでなく、持てる全てを共有する、唯一無二の絶対的なパートナーに。
握手をした二人は研究部屋をチラリと見て、同時にニヤリと笑った。
「それじゃあ」
「早速ですね?」
「実験をやろう!」
本当に、魔法が大好きな二人である。
「じゃあユラリスは白衣を着てね。鞄は、そこらへん置いていいから~」
「はい」
ユアは、鞄から白衣を取り出して着ようと思った……が、ケープを着ていたため、そのまま白衣を着ることは難しかった。
―― あ、ケープ脱がなきゃ
と、考えたところでハッとする。そうだった。ケープの下はセクシー女子であるマリアンヌから借りた、胸の谷間丸出しワンピースを着ているのだ。ケープを軽くめくって現状把握をしてみると、大変けしからん感じであった。
もし、あの時ケープを着ていなければ、真面目な社会問題やロイズの大望を真剣に聞き、神妙な面持ちで頷きつつも、ガッツリ胸を出していたのだ。
その可能性を考えて、ユアは恥ずかしさを通り越してゾッとした。『人間の不遇を救う資格がお前にあるのかどうか、自分の胸に手を当てて考えてみろ』とか、ロイズに上手いことを言われるところだった。
―― あばば! 爆死するところだったわ!
そろりと視線を向けてロイズの動向を確認すると、何やらカチャカチャと実験の準備をしていた。背中を向けているため、見られる心配はないだろう。
今のうちだと判断して、ユアはケープを脱ぐ。超素早く白衣を着て、セクシーを封じ込む。事なきを得た。
こんなスリルは二度と味わいたくない。ユアは胸出しルックを金輪際封印すると固く誓った。誓うついでに、リグトを結構恨んだ。そして、マリアンヌのタフメンタルを尊敬した。
「先生、準備できました」
「こっちも準備できたよ~。まずは、ユラリスの疑問点を解決してみようか」
「?? なんでしたっけ?」
「人間と魔法使いの血液を混ぜた場合の反応についてだよ」
「でも、人間の血液はないんですよね」
「学園にはね。ここにはある。俺は、元々人間都市の生まれだからね。両親とか友達とか、人間の知り合いはたくさんいるんだ。その人たちに採血の協力をしてもらってる」
「そうだったんですね」
「早速やってみようか。ユラリスの予測は~?」
ユアは腕組みをしながら考えた。
「うーん、期待を込めて赤紫色になると言いたいところですが、何も起きないと予測します。その理由は、人間の血液には一切魔力が含まれないから、です」
ロイズは満足そうにニコッと笑う。ガラス器具に二つの血液を混ぜるように魔法を掛けて、ピペットが働き出すと。
「あれ……キラキラ成分が減った気が。ん? あれ、今度はキラキラ成分が増えてる……?」
「そうなんだ。よく観察しないと分からないけれど、一瞬だけ成分が減って、そして最後は増える。もちろん、このまま放置しておくと、元の量に戻るけどね」
「不思議……」
「これはトップシークレットだね。人間の血液を輸血することで、一時的とは言え、魔力量が増えるなんて。もし、悪い魔法使いが知ってしまったら、大問題だよね」
実験の面白さだけを堪能していたユアは、そこで鳥肌が立ち、それを抑えるように腕をさする。恐ろしいことになると簡単に予測ができた。
魔法使いの血液を輸血するリスクは高い。相性が悪ければ、自分が魔力を失う可能性がある。でも、人間の血液を輸血するリスクはゼロだ。彼らには魔力がないから、相性なんて関係ない。一時的に魔力量を上げるドーピング的な使用方法を、きっと思い付いてしまうだろう。
「善き魔法使いで居続けることを、誓います」
そして、ぽつりとそう言った。怖くて言いたくなった。
「あはは! ユラリスは大丈夫だよ。信じてるから」
「そんな高尚でもないですし、自分を信じることも難しいです……」
「じゃあ、ユラリスを信じている俺を信じて。ね?」
―― きゅーん! サラリとそういうこと言う、はい、罪ー!
ユアは、噛み締めるようにゆっくりと頷いた。
「さて、学園の研究室からユラリスの赤紫色も持って来てあるからね。他にも色々試してみよう!」
「はい!」
そうして、二人は実験に没頭したのだった。




