18話 セクシー、やらしー、恐ろしー
その日、ユアは朝早くからドタバタしていた。朝からお風呂に入り、念入りにボディマッサージをする。いつも身に付けているネックレスをして、いつもより濃い目のリップを塗る。
順調に準備を進めていたが、しかし。クローゼットを全開にして、ため息が出る。
「あ~、やっぱり服を買っておくんだったわ」
毎日、研究助手で忙しいユアに、買い物に行く時間はなかった。というわけではなく、一分一秒でも長くロイズと一緒にいたかったので、買い物にはいかなかった。
「こうなったら、カリラを召喚するしかないわね」
そういうと、ユアは個室を出て隣の部屋をドンドンと叩く。朝っぱらから迷惑なことだが、慣れたもの。しばらくドンドンしていると、「なぁに~?」と眠そうなカリラが、寝癖のひどい頭で出てきた。
「カリラごめんね。服を選ぶの手伝って!」
「服? あ、今日は例の日だっけぇ~」
「お願い!」
「がってんしょうちぃ♪」
そうして、ユアの部屋にカリラを招き入れて、クローゼットを見せる。カリラは「うーん」と腕組みで悩み出した。
「何系の服なんだっけ~?」
「セクシー系よ」
「そうだったぁ。なんとなくだけどぉ、ロイズ先生はセクシー系でいけそうな気がする~。私もそう思ってた~♪」
先日は清楚系だと思うとか何とか言っていたが、カリラはその都度言うことが変わる。何故ならば、言ったことをあまり覚えていないからだ。
「でもね、セクシー系の服なんて持ってないの!」
「あ、それならぁ」
そこで部屋を出て行ってしまうカリラ。しばらくして戻ってくると、その手には服が抱えられていた。
「じゃーん! マリアンヌに借りてきた♪」
マリアンヌとは、五学年女子のセクシー担当である。経験豊富な彼女の話を聞いて、好奇心が刺激された五学年女子は、伝搬するように初体験を済ませていったのだ。五学年筆頭のセクシーカリスマ女子だ。
「借りる!? なるほど!」
「マリアンヌオススメのワンピースを三着持ってきたよ~。試着、試着ぅ♪」
並べられた服の中から、一番自分好みの淡い水色のワンピースを選んで、袖を通してみる。絶句した。
「胸が、開きすぎじゃない!?」
ふわふわヒラヒラの可愛らしいワンピースにも関わらず、驚くほど胸の部分に布がない。V字に開かれた部分から、普通に谷間が見えるし、空気がよく当たる。スースーと心許ない胸周辺の感覚に、ユアは気が遠くなった。
「えー、でもマリアンヌって、いつもこんな感じじゃないぃ~?」
「言われてみればそうだけど……え、これ正解なの?」
カリラは、迷うように頬に手を当てた。そして、ユアを上から下まで眺めてから、ニコッと笑った。
「うん、大丈夫だと思うー! すっごく似合ってるよぉ~♪」
そうかしらと、鏡を見てクルリと回転してみる。じっと見てみたり、角度を変えてみたりしたが、何をどう考えても胸が開きすぎだった。
「これがセクシー系なのよね?」
「セクシーだよぉ~♪」
「じゃ、じゃあ、これで行く!」
「がんばってー!」
その後、カリラは髪を可愛くハーフアップにして髪飾りを付けてくれたり、薄化粧をしてくれたりと楽しそうにユアを着飾ってくれた。一通り支度が終わると、「二度寝するね~」と部屋に帰っていく。
「えっと、今は8時40分…あと15分くらいで転移されるわね」
ユアはノートや筆記用具、白衣などをバッグに入れてスタンバイした。
そこでふと気になって、また鏡を覗き込む。いつもは制服の下に隠れているネックレス。父親から入学祝にプレゼントされたそれが、キラリと光る。なんだか居たたまれなかった。果たして、今の自分はセクシーなのかふしだらなのか。
「やっぱりどう考えても胸が気になる……というか、不真面目すぎる。こんな格好で、ロイズ先生の前に立つなんて……」
ユアは想像した。『おはよう、ユラリス』なんて、爽やかに挨拶をするロイズを。その隣に、こんな格好で立っている自分を。瞬間、血の気が引いた。想像すると怖いくらいに足がガタガタ震えた。
「むりむりむり! 大体、遊びに行くんじゃなくて、研究のために行くんだもん。ダメよ、こんなの!」
研究のためだとかいう言い訳を活用することで、開きすぎた胸をパタリと閉じる方向に転換。怖じ気づいたのだ。
時間を確認すると、8時48分。いつ転移されるか分からない。今から着替えて、もし着替え途中で転移なんてことになったら、セクシー通り越して痴女だ。
「どうしよどうしよ……あ、そうだわ、ケープを羽織って行けばいいわね」
短めのケープをクローゼットから取り出し、さっと羽織る。鏡の前で確認すると、胸元はしっかりケープで覆われて、セクシーさの欠片もない。セクシーは、封印された。
「うん、これで良し!」
彼女が真面目で良かった。危うくロイズの嫌悪バリバリの歪んだ顔を拝むところであった。彼女は、フレイルの罠を自力で回避したのだ。
そこで時間を確認すると、8時50分。転移に備え、鞄を持って椅子に座ってスタンバイおっけー。脳内録音しておいた、ロイズボイスを再生する。
―― 『ユラリスみたいに可愛くて魅力的な子』『ユラリスみたいに可愛くて魅力的な子』『ユラリスみたいに可愛くて魅力的な子』
「きゃぁぁああー!」
その場で足をジタバタとしてしまう程に、テンションが上がる。
「なにあれなにあれ! もー! さすが、誰とでもそういうことをする男! あんなことをサラリと言うなんて、きゃー!」
―― 1、2、3……13
ふわり、ストン。




