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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
第一章 彼と彼女の距離

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16話 胸のざわつき、秘密の約束



 そうして迎えた翌日の放課後。ロイズはそわそわと研究室を動き回っていた。


 今日の授業中にチラチラとユアの様子を確認したが、特別気が立っている感じもしなかった。ランチタイムもチラチラ見てみたが、友人たちと楽しそうにしていたし、ターゲットのご機嫌は良さそうだと判断。

 ところで、女子生徒をチラチラ見るのは本当に止めた方が良い。



「もうすぐユラリスが来るはず。ザッカスに言われた通りにやる。やってみせる!」


 女子生徒を家に連れ込むのに必死すぎる。実験をしつつも、そわそわと待つ。15時55分、いつもだったら転移してくる頃だ。


「あれ、来ないなぁ。元々は、16時設定だから変ではないけど」


 ―― なんで時間も距離も、設定とズレるんだろうなぁ。採血サンプルを物質転移させて実験したけど、(かんば)しい結果は得られなかった


 あの後、研究室では様々な実験が行われていた。

 ユアの赤紫色を物質転移させてみたが、転移の位置や時間のズレは起きない。逆に、目的地に血液を置いておき、ロイズが転移する実験等も行ったが、ズレは生じなかった。

 様々な条件で実験を行ったものの、血液単体での実験では、いずれもズレは起きなかったのだ。


 ―― 血液以外に、何か要素があるってことだよなぁ


 そんなことをツラツラと考えていると、また身体の中心が引っ張られるような感覚がした。


「あ、来る」


 すぐに立ち上がって避けようとしたが、淡く少しだけ光った後、4mほど距離を空けてユアが転移してきた。

 ゼロ距離じゃなかったことにホッとして「距離測定中……記録15時59分、4m」と記録を取る。いらっしゃいと、にこにこ微笑んでみた。


「今日もよろしくお願いします」


 ユアもニコリと微笑んで返しくれた。それを見て、今日こそはイエスの返事を貰えるはずだと意気込んだ。まるでプロポーズをする男のようだ。


 しばらく、あーだこーだ言いながら実験を仕掛けて、やっと待ち時間。チラッとユアを見てから、スーッと音もなく近付いた。


「あ、あのさ」

「はい、何ですか?」


 ニコッと返してくれるユアに、幾らか勇気を貰う。


「あのね、俺の家に来て欲しいっていう件なんだけどさ――」

「その件はお断りしましたけど、まだ何か?」


 驚くほど冷たい声かつ超早口だった。あと、かぶせ気味だった。


 ―― がーーーん! あんなに素直で可愛いらしい良い子の塊みたいなユラリスが、こんな冷たい声を出すの!?


 反抗期の子供を持つ親のようなショックだ。いただき物の勇気は砕けて散った。


 でも、ロイズは負けなかった。砕けて散った勇気をかき集めて、瞬間接着剤で固めて、もう一歩踏み出した。あと60cmのところまで、その距離を縮める。


「お願い。もう一度だけでいいから、俺の話を聞いて欲しい」


 別れた女房と寄りを戻したい旦那のような物言いに、ユアも少し聞く耳を持ったのだろう。何ですかと、小さく尋ねてくれた。


 ―― ザッカス、俺に力を!


 ロイズは大きく息を吸う。そして、吸った息の分、丸暗記したものを一気に吐き出した。


「『この前はあんな誘い方してごめんね。俺、女の子を家に誘うなんて初めてのことでさ、なんか上手く言えなくて。ユラリスみたいに可愛くて魅力的な子と二人きりになったら、そりゃあ男としては色々思うところはあるけど、教師として絶対に君に手は出さないと誓うよ。だから、心配しないで家に来て欲しい。一緒に研究がしたいんだ』」


 ―― 言い切った! 頑張った!


 可愛いだの魅力的だの手は出さないだの、人生で口にしたこともない言葉のオンパレード。恥ずかしくて精神を削られるが、ザッカスを信じてやりきった。他人の威を丸ごと借りた。


 ―― これでダメだったら、俺が女になるって言う!


 その案が、まだ生き残っていたことに驚きである。


 言い切ったロイズが、ビクビクしながら隣を確認すると、ユアは顔を真っ赤にしていた。リチウムの炎色反応のような赤だ。

 思わぬ反応に、ロイズは目を丸くして、じっくりとユアの顔を見てしまう。じっくり。


「ユラリス……?」

「え、あの、はい」


 ロイズの視線が気になったのだろう。俯いて赤い顔を隠そうとする仕草を見て、ロイズはまた胸がざわつく。

 そのざわつきは、まるで湯気にくすぐられているようだった。ほわんとした温かい気体が、身体の中を通り過ぎていく。


「あの、行きます」

「え?」

「先生のお家、連れて行ってください。……研究のために。精一杯頑張ります。お願いします」

「本当に!? いいの?」

「はい、行きたいです」


 まだ少し赤い顔で嬉しそうに笑うユアを見て、ロイズはちょっと後悔する。


 ―― なんだぁ。こんなに喜んでくれるなら、もっと自分で考えれば良かった


 でも、その後悔も胸のざわつきも、ユアが家に来てくれるという喜びに混ざって、すぐに拡散されてしまう。


「いつにする? 俺はいつでもいいよ! 色々見せたいものがあるんだ~。あと話もしたくて。研究してる内容は誰にも秘密だからね? ユラリスなら分かってくれると思うけど、なかなか理解されないからさぁ。あとさ~」

「ふふっ」


 ご機嫌で話をするロイズの横で、ユアがクスクスと笑い出す。


「なに? なんか可笑しかった?」

「ロイズ先生がこんなに喜んでくれるなら、変な意地を張らずに、初めから了承しておけば良かったなぁ、と後悔してました。先生が楽しそうで嬉しいです」

「あ、うん……」


 ―― 相性が良いから、同じようなことを考えるのかな


 『相手が喜んでくれるなら』と、それをお互いに考え合っていたことに少し驚く。そして、今度は確かにほっこりと、何だか嬉しい気持ちになった。


「先生?」

「ううん。ユラリスが助手になってくれて良かったなぁ、って思ってただけ」

「私も先生の助手になれて嬉しいです。幸せです。人生で今が一番幸せです」

「大げさだな~」

「あら、ロイズ先生の助手なんて、とても名誉ある役割です。大げさなんかじゃないです。毎日、幸せを噛み締めてます」

「あはは! ありがと、ユラリスはいいね~」


 幸せです、嬉しいです、と笑うユアを見て、ロイズも嬉しくなる。


 それでも、ロイズはどうしてもロイズだから、『魔力相性が良いから、どちらかが嬉しくなると、もう片方も嬉しくなるのかな。感情と魔力相性の関係も気になるなぁ』なんて、魔法バカ丸出しのことを考えはじめてしまう。


 だけど、魔法ばかりの頭の隙間で、ロイズは少しだけ思った。もしもそうならば、もっと嬉しい気持ちになりたいな。自分が嬉しい気持ちになったら、もっともっと彼女も幸せになるのかな、なんて。


 無自覚な胸のざわつき、二人だけの秘密の約束。

 近付いたけど、近くはない。


 一歩離れたその距離、60cm。




 


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