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魔法教師ロイズ・ロビンは、その距離測定中  作者: 糸のいと
番外編 ロイズの虹

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4話 君だけの魔法使い last episode



 『本当は今すぐ行きたいけど夜遅いから、明日の朝に迎えにいくね。許してくれなくてもいいから……一緒にいたい……です』


 そのメッセージがユアの耳元で流れたのは、突如として開かれたお菓子パーティーの途中で、カリラが寝落ちしたときだった。

 あてもなく街をふらついていたときに偶然カリラに会って、たまには泊まっていきなよ~と誘ってくれたのだ。


「先生……」


 クッションに顔をうずめて、あーー!と静かに叫ぶ。


「うぅ、なんであんな風に怒っちゃったのかしら。先生が浮気するわけないじゃない……馬鹿みたい」


 ユアだって、ロイズが浮気をするなんて思ってない。秒でホテルの部屋に帰ってきたのだから何か行き違いがあっただけだろうと、頭では分かっている。


 それでも、ホテルの部屋に一人残された瞬間の絶望は、彼女を傷つけるのに十分だった。もう二度と彼は帰って来ないのかも……そう思ってしまったほどだ。


 女性恐怖症のはずのロイズが酒を片手に余裕綽々と言った様子で半裸女と向き合っている姿は衝撃だったし、笑顔で転移していく姿はなんとも言えないチャラさを感じたし……。防音魔法が仇となりまくっている。


「ちゃんと気持ちを平坦にして、ちゃんと謝らないと……」


 もっと甘えてほしいと、いつしか伝えてくれたロイズの言葉を思い出す。

 でも、甘えることと醜くなることは紙一重だ。その線引きが分からなくて、だから上手くできない。彼の前でドロドロとした化け物みたいになりたくはない。


 ユアは見て見ぬ振りをするように、そっと目を閉じた。

 深いため息と浅い眠り。隣にロイズがいないのは久しぶりのことで、やっぱり外が明るくなりはじめると同時に起き上がってしまう。


 カリラには申し訳ないけれど、このまま起こさずに帰る旨、突然の訪問で迷惑をかけた謝罪、一宿のお礼を書き置きして、身支度を整える。鞄を持って転移しようとしたところで、耳元で声がした。


『ユア、起きてる?』


 慌ててカーテンを開けると、ガラスの向こう側5mの距離に彼が浮かんでいた。


「ロイズ先生!」

「あ、起きてた。というか……眠れなかったよね。俺も一緒だよ」


 そのままふわりと近づいてきて、その距離60cm。


「ユラリス、帰ろう?」

「……はい」


 ふわりと浮いて、窓から外に出る。そのまま転移で帰るのかと思ったが、彼は荷物をユアから取り上げて、そのまま地面に足を着けた。


「先生? 転移しないんですか?」

「うん、歩いて海まで行こう」


 自分の足で歩く。手を差し出され、吸い寄せられるようにして繋いだ。


 まだ空は薄暗くて、街には誰もいない。夏の終わりの、少ししっとりとした空気。その中を魔法使いの二人が手をつないで歩く。ぎゅっと握られて、それが合図だったのだろう。ロイズは口を開いた。


「あの……昨日はごめんね」

「いえ! 私の方こそあんな風に言っちゃって――」

「あ、ダメダメ、ストップ。ここでユラリスが謝っちゃったら、甘やかせない」


 まずユアの気持ちを聞かせてほしいと彼は言う。なんでも受け入れる、ちゃんと覚悟はしてきた、嫌いとか最低とか思ってること言ってみて、と。


 でも、そう促されても……言えるわけもない。ニコリと笑って、そんなこと思っていませんとだけ返した。しかし、ロイズは飴色の瞳をじとりと向けてくる。


「ユラリスが言わないなら早い者勝ちにしよう。俺の番ね!」

「え?」

「カリストンの家に行く前にさぁ……フライスの家に行ったでしょ? あれってなに? もしかして、フライスに慰めてもらおうと思ったの?」


 フレイル・フライス。ユアの元同級生の天才型魔法使いで、いまだにユアに片思い中。現在は魔法省勤務のパン屋の息子だ。情報を詰め込んでみると設定が濃い。


「ち、ちがいます! あれは手土産を買いに寄っただけで、フレイルとは会ってません。あのお店のパンをカリラが好きなんです!」

「どうかなぁ。前から思ってたけど、ユラリスって天才型ホイホイなところあるよね。マリーとも仲良しだし。この前も魔法省の担当者と話が弾んでたみたいだけどさぁ、彼も天才型だからね?」

「ちょ、ちょっと待って! そんな、天才型なら誰でもいいみたいに言わないでください……!」


 むかむかと負の感情が胸から湧き上がる。握っていた手を振りほどこうとしたが、逃がさないとばかりに強く握られる。ならばと、力任せに握り返してやった。それがスイッチだった。


「それなら私だって言わせてもらいます! 私だけホテルの部屋に残して、どこへいったんですか!? 帰ってくるまで、どれだけ不安だったかわかりますか? それに、女性恐怖症だって聞いてましたけど、裸の女性を前にしてずいぶんと余裕そうでしたよね。あの人とはどういう関係なんですか? あの人とも魔力相性が良くて『大丈夫』だったとか? 先生はどこへ行ってもヒーローで、女の人にモテてばかりだし……もしそうだったら……不安になるに決まってるじゃない!」


 言い切ったあとに、慌てて口を覆う。これでは、ロイズの女性恐怖症がユアの安心材料になっていると言っているみたいじゃないか。そんなの最低だ。

 違う、そんなこと思ってない。そう否定しようとして、でも言えなかった。『私だけ』という状況に居心地の良さを感じていたのは事実だからだ。言葉にして、それを自覚する。


 その安心材料がなくなっただけで、こんな風に彼を責めるなんて。ドロドロとした汚い部分を彼に見られてしまうなんて……。


「や、やだ。こんなこと……ごめ――」


 謝ろうとして、それをキスで塞がれる。


「せ、せんせ?」

「だからね、謝られたら甘やかせなくなるからダーメ。それに……こうしてみると……うん、ユラリスに怒られるのも悪くないかも」


 突然目の前から消えていなくなられるより、一緒にいて全力で怒られる方がいい。思ってたより内容が可愛くて困るな~なんて、ロイズは少し嬉しそうにしている。

 可愛いとはどういうことだ。こっちは我慢しようとしていた怒りを大爆発させられたというのに……。


「んん? あ! ロイズ先生……わざと焚きつけましたね!?」

「はい、本当にごめんなさい。負けず嫌いなところを利用してしまいました。あ、フライスのことはホントにむかむかしたけどね。……でも、ユラリスも俺と同じでやきもちやきなんだね。まさか、俺の女性恐怖症にもメリットがあるとはなぁ。実際のところモテるわけじゃないけど、それでユラリスが安心できるなら一生治らなくていいや~」


 恐怖症で良かったなぁなんて、ロイズはあははと笑う。いつもは少し離れて歩く道だけど、今日は恋人の距離のままだ。


「……ユラリスのことだから、どうせ幻滅されたとか呆れられたとか、そんなこと考えて不安に不安を重ねてるんでしょ~?」

「ぎくり」

「ぶっぶー、それは不正解です。前にも言ったでしょ? どんなユラリスだっていいんだよって。幻滅どころかもっと好きになっちゃった」

「え!?」

「まずは……誤解を説くのと、隠匿していたことへの謝罪。次は俺の話を聞いてくれる?」


 海までの道すがら、ロイズの女性恐怖症について聞かされる。

 女性恐怖症といっても、恐怖という感情ではなく気色が悪くて鳥肌が立つということ。そうなった原因は、魔力の遺伝性を信じた女共に襲われたから。五学年のときに同級生に薬を盛られた事件のこと。昨日だって、対峙しながらも鳥肌は立ちまくっていたこと。


 彼は、それらをゆっくりと話してくれた。その間、ずっと強く握られていた手から彼が何を思っているのか伝わってくる。こんな話をして嫌われないかなとか、情けなくて恥ずかしいとか。その感情の揺れを感じ取るたびに、ユアは愛しさで胸がきゅっとする。


「というわけで、昨日は魔法省に連行して、もう二度と近付くなと釘をさしたんだよ」

「な、なるほど。でも、魔力の遺伝性については因果関係なしと結論付けられてますよね? 論文だって何個もありますし、なんでロイズ先生の子供を欲しがるのか理解できません」

「……うん。ユラリスのそういうとこ、すごく好き。みんながちゃんと論文を読んで理解してくれたら、誰も俺の遺伝子なんて欲しがらなかっただろうね~」


 海を眺める彼の遠い目。きっと、襲われていた初期の頃は、半裸の女相手に論文の話をしたこともあったのだろう。理論よりも俗説の方を信じる魔法使いたちに、ホトホト嫌気が差している様子。

 好きな人のそんな姿を見せられたら、努力型の優等生魔法使いも黙っていられない。

 

「先生……今度、襲われてる場面に居合わせたら、私が魔法を叩きつけてやります!」

「え、ユラリスが?」

「はい! 先生は、私が守ります。二度と近寄るなと釘を刺さなくても良いくらいに、私がやってやります!」

「……そっかぁ、うん、頼りにしてる! 本当に、そーゆーとこだよね」


 海に向かって拳を突き出し、意気込むユア。なんの迷いもなく、国一番の天才魔法使いを守ると言い切るところが、ロイズの溺愛ポイントを突いてくる。もっと彼女を大切にしたくなる。


「ユア、きちんと謝りたい。恐怖症の原因のこと、黙っていてごめん。ホテルに一人残したのもごめんね。今度こういうことがあったら、一緒に魔法省に来てくれる?」

「は、はい! もちろんです」

「じゃあ……『仲直り』しよっか」


 ユアが返事をしようとすると、なにやらゴゴゴと海から音がする。どうやら彼の呪文――言語で発動する魔法だったようだ。

 海水が大きく跳ね上がり、小さな雨粒になって広がっていく。瞬く間にユアの視界を大きく超えて、見渡す限り雨粒で埋め尽くされる。それは海水が作る大雨だ。

 次に雨粒は小さくなっていき、肉眼では見えなくなる。消えてなくなったのかなと思った、その空間に朝の光が差し込めば――。


「青紫の虹……? わぁ、綺麗……」

「ユラリスの瞳の色に合わせてみました~。端っこの方は他の色も出ちゃってるけど……うん、粒の調整が上手くいってよかった」

「え!? 調整!? 赤色を見えなくするためには水の粒を半径0.1ミリ程度にする必要がありますよね。すごいコントロール力……さすがロイズ・ロビンですね」


 すごい物覚えの良さ……さすがガリ勉だ。


「光の角度とかもあったから、ちょっと頑張っちゃった」

「すごすぎます」


 俺にはこれ(魔法)しかないからさ~、なんて言いながら照れるロイズ。これ以外にもたくさん持っているくせにと、ユアはこっそり思う。


 彼がこんな魔法を見せてくれるのも、彼の素敵なところを知っているのも、きっと『私だけ』だ。恐怖症だったからではなく、ユアのことが好きだから見せてくれる。そうして、もっと彼のことが好きになる。


「えっと……恋人になって初めてのケンカだし、これくらいで仲直りしてもらえると嬉しいんだけど……どうかな?」


 初めてのケンカ。確かにその通りかも。それは想像していたよりもギスギスしたものではなくて、心の壁を溶かしあうような温かいものだった。


「私……こんな風に本気でケンカしたの、初めてかもしれません。なんかちょっと嬉しいです」

「そうなの!?」


 思い起こせば、妹のヒズとですらケンカをした覚えがない。オモチャを取り合う場面でも、ユアはすんなりと渡していた。幼なじみのリグトともケンカにすらならないドライさ。


 ユアだって思うことは色々ある。不満に思うことがなかったわけじゃない。

 でも、家族にも友人にも、こんな風に感情的になって、一滴残らず本気で不満をぶつけることはなかった。


 片や、国相手にケンカをふっかけまくっているロイズだ。なんという武闘派。


「そっかぁ……じゃあ、これからもたくさんケンカしよう! で、たくさん仲直りしよう~」

「はい! そのたびにロイズ先生の新しい魔法が見られると思ったら、たまにはケンカするのもありですね」


 ユアが少し意地悪に見上げると、ロイズは目を丸くする。そして、やっぱり嬉しそうに笑うのだ。君のためなら何個だって魔法を作ってみせるよ、と。


「あはは! やっぱりユラリスはいいね~」


 仲直りは無事完了。二人は手を繋いだままふわりと浮かんだ。

 

 海の上をゆっくりゆっくり飛んで、仲直りの虹をくぐり抜け、二人の家へと帰ったのだった。




 【番外編 ロイズの虹】完





番外編、お読みいただきありがとうございました。


本当は、本編でこの展開を書きたかったのですが、二度もこじれるわけにもいかず、あえなくボツ。入れ込まずに持ち越してしまいました。


このあと、妹ヒズの卒業と同時に、二人は結婚するでしょう。

人間が魔法使いになるのが当然の世界で、ロイズとユアから生まれた子供が出会うだろう『異常値のペア』との物語など、考え出すとまた書きたくなりますが、今はこのへんで。


お読みいただき、ありがとうございました!


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