3話 形を整えなくてもいい
その日、ザッカス・ザックはとてもゴキゲンだった。
親友かつ仕事でも付き合いのあるロイズ・ロビンが休みを取ることになり、それならばお目付役もお休みできるだろうと、ザッカスも休暇をもぎ取ったのだ。
昼すぎまで惰眠をむさぼり、午後からは今一番仲良しの子とデートを楽しむ。ちなみに恋人ではない。大人だ。
夜も遅い時間になり、そろそろ帰ろうと伝えるも、彼女が可愛らしいワガママを言いながら家までついて来てしまう。甘えさせるのが上手いザッカスだ。ワガママくらい、なんのその。
しかし、そこで問題発生。玄関前にはだらりと溶けている何かが横たわっていた。
「ザッカスタスケテ」
「その飴色……ロイズか? 一大事、という感じだな」
有名なロイズ・ロビンの溶解姿に驚いている彼女に、また今度にしようと謝って、転移魔法陣で家まで送り届ける。
せっかくの休日に……と思う気持ちもあるが、ロイズに関しては話を聞いて対処した方が世のため国のためになる。
こんなロイズをどうにかできるのはザッカスくらいだろうし、天才魔法使いの恋愛事情を聞く方が面白いというのもあるが。
「オレはバカだ……なんでコンナコトニ……」
「ほぼロイズ、どうした?」
溶けてなくなりそうな約ロイズに、強めの酒をすすめて形を整えてあげる。
「うぅ……ユラリスに嫌われた」
ロイズの話を聞いてみると、あちゃーとあいたーの連続。まるでドミノ倒しのように事が起こり、最後は『触らないで』のフィニッシュだ。
「焦っちゃって防音魔法を使ってたのを忘れてたんだよ……薄汚い女と共に笑顔で消えゆく浮気者に見えたってことだよね!?」
「防音魔法よりも、そもそも半裸で襲われ続けた半生を隠匿しようとしたのがまずかったんじゃないか?」
「おっしゃるとおり~」
テーブルにガツンと頭をぶつけるロイズ。その振動で、コップの中身が少し揺れる。
「で、ユラリスちゃんは今どこにいるんだ? 実家か?」
「ううん、カリストンの家みたい」
「あぁ、元同級生の女の子か」
頼みの綱、ユアの胸に刻んだロイズの魔法陣で現在地の把握はできている。束縛がはかどる魔法だ。
その魔法陣を消すことができるのはユアとロイズだけなのだが、今のところ消されておらず、ボイスメッセージも送ることはできた。返ってこないけど。
「ユラリスちゃんは賢くて優しいよな。これで泣きながら実家に帰ってたら、ユラリス師団長のことだから結婚の話はなくなってただろうな」
「ユラリス、ヤサシイ、スキ……早く結婚シタイ……」
「そう言えば彼女が卒業して半年経つのに、まだ籍を入れてなかったんだな」
「それね~」
本当は卒業後三か月ほど期間をあけて、サクッと婚姻する予定でいたロビン仮夫妻。
結婚のご挨拶にユラリス家を訪れ、両親も待ってましたと了承したところで、妹のヒズ・ユラリスが異議申し立てをした。
ヒズは現在、上級魔法学園の四学年だ。成績は申し分ないため、来年度はそのまま五学年になるだろう。
一方、ロイズは相変わらず五学年の担任を続けているため、このままユアと結婚した場合に、来年度は義理の妹が教え子になってしまう。当然、ロイズは五学年の担任を外されるはずだ。
ロイズはそんなことどうでもいいし、五学年の担任にこだわりはなかった。なんなら教職自体いつ辞めても差し支えない。
しかし、妹ヒズにはこだわりがあった。
「『お二人の結婚は喜ばしいのですが、ロイズ先生の講義を受けられないのは困ります』って言われちゃってさ。ユラリスも――あ、ユアもそれは可哀想だねって同調しちゃったもんだから、妹さんが卒業したら結婚するってことで、しばらく延期になっちゃったんだよね。俺なんて肩書きがあるだけで、オリジナリティあふれる講義をしてるわけじゃないのに~」
ロイズとザッカスが卒業してから、丸五年。毎年、魔法省に入省してくるロイズの教え子から鬼ロイズの件を聞いているザッカスとしては、肩書きだけじゃないだろうと思ったりする。
「あ~、こんなことなら強行突破して、さっさと結婚しておけばよかった。そしたら永遠に別れずにいられるのに。今、別れたいとか言われたら、もう俺も俺の魔力も暴走してどうにかなっちゃいそうだよ~」
その場合、どうにかなるのは国と民だろう。失恋で国が滅ぶだなんて。
「それは困る。彼女はロイズからのメッセージとやらを受け取ってるのか? それとも受信拒否状態?」
「俺とユラリスの相互メッセージは届いたら勝手に再生されちゃう仕組みだから、聞いてると思う。ごめんね、ちゃんと話したい、誤解だよ、そんな感じのメッセージを送ってみたけど……」
「薄い」
「う、うすい? え、込める魔力の濃さが重要ってこと?」
「そんなわけあるか、魔法バカ。メッセージは何回くらい送った?」
「えっと、この三時間で二回」
「少ないな」
「そうなの? でも、たくさん送ったら、うざがられるかもしんないじゃん。送れなくなったり、このまま居場所がわかんなくなったら……やばい、シニタイ。無理すぎる」
無理無理と呟きながら、またも溶け出すロイズ。
「落ち着け。仕組みは知らんが、彼女はロイズからのメッセージを自由に切断できるってことだろ? でも、していない。居場所の特定も許してる。それはどういうことか、考えてみれば?」
答えに悩んでいるのだろう。ロイズは壁を見つめて唸る。うーん、あぁ~、と声をあげることしばらく。目の前の酒をぐいっと飲み干して答えを出した。
「出会って一年半しか経ってないけど、ユラリスのこと分かってる……つもりだよ。基本的に、いつもこういう感じなんだよね」
ロイズはグラスを揺らして、中に残された氷をカラカラと鳴らす。
「悲しいこととか、つらいこととか、怒ったこと、泣いたこと。そーゆーの、基本的に言いたくないんだと思う。隠したいし、見て見ぬふりをしてほしいというか。それでも、赤紫色だったことが公になって肩の荷が降りたんだろうね。前に比べたら、愚痴とかも言ってくれるようにはなったけど……」
でも、ことロイズに関することは、ほぼ何も言ってくれない。
例えば仕事が忙しくてなかなか時間が取れないとき。寂しかったり悲しかったりするのかなと思う場面はあれど、彼女は賢いが故に上手い言い訳を並べて、その場を離れてしまうのだ。そして、気持ちを整えてからロイズの前に現れる。
器用なのに不器用だよねと、ロイズはため息をつく。
「そのため息は、面倒な女だなぁって意味か?」
「めんどう? まさか! 愛おしくてたまらないって意味だよ。ユラリスが隠そうとすればするほど暴きたくなるし、知りたくなる」
「なるほど。さすがロイズ・ロビン」
ロイズは優しい表情でつらつらと語る。四歳の頃から赤紫色を背負って生きてきた彼女は、隠すことが癖になっている。いや、癖というと聞こえが悪い。それが生きていく上での最良の方法だったのだろう。
「でも、一生一緒にいるからね。楽しいことばかりじゃないでしょ。怒ったり泣いたり、きれいに形を整えずに感情的にぶつけてもいいんだって、心の底から信じてもらいたい。だから……もっと甘えてもらえるようにならないと」
「半裸女と一緒にいるところを見て怒ったのも、彼女にしては甘えた結果なんじゃないか? 今までだったら押し込めていた怒り。それを理不尽にぶつけても愛想を尽かされない、許してくれるはず。心の奥ではそう思ってる証拠だろ。現に、そうみたいだし?」
出会って一年半。彼女が少しずつ見せてくれた『内側』を思い返す。
初めての魔力共有の翌日、ロイズの家から黙っていなくなり、追いかけた先の海の上で見せた彼女の真っ赤な目。
マリーの赤紫色を見て、それまでのやるせなさがあふれて止まらなくなった彼女を抱きしめたこと。そのときに、ロイズの肩を濡らした大粒の涙。
昨日、怒りながらも、彼女の青紫色の瞳は……涙で潤んでいた。
ロイズはまたガツンとテーブルに頭をぶつける。
「あ~、おっしゃるとおり。……でもさ~、ユラリスに拒否られるのって効くんだよぉ……ホント致命傷。甘えさせるもなにも、これじゃダメじゃん……あぁ、俺って本当ぽんこつ~」
「ははは、お前に致命傷を与えることができるのなんて、彼女だけだろうな。で、ぽんこつ魔法使いはこれからどうするんだ?」
「うん……カリストンの家まで迎えに行く。また嫌がられるかもだけど……そもそも隠してた俺が悪いんだし、なにを言われていいや。怒られたり拒否されてもいい。会いたい」
恋愛に不慣れな天才魔法使いが必死に出した答えだ。その素直さに、ザッカスはぶふっと吹き出しそうになる。それを堪えて、そう思うなら行ってみればと促す。
ロイズはぶつぶつと何かを呟き、よし送ったと言う。どうやら彼女にメッセージを伝えたのだろう。
「ザッカスありがと」
「世のため国のためだ」
どうかモトサヤに戻りますようにと願いをかけて、ザッカスもコップの中身を飲み干した。
参考までに……
◆初めての魔力共有の翌日の話(58話)
https://book1.adouzi.eu.org/n8767hv/58/
◆マリーの赤紫色を見たときの話(69話)
https://book1.adouzi.eu.org/n8767hv/69/
次回、最終話です。




