ジル視点7
あれから、俺は侯爵家に行き身なりを整えられて、王様に謁見した。
礼儀なんて全くわからなかったが、一応名前は言えた。
そう、俺の名前は、ジルベール=フォン=オーランシュになったのだ。
王様は、震える声で「よくぞ、生きていてくれた。」とおっしゃったのだ。
俺のことを王族と認めてくれたのだ。
正式な謁見はしてなかったようだが、エルネストと一緒にアロイス殿下やセレスタン殿下と王城で遊んだことがあったようだった。そのときに、王様とも、何度かお会いしたことがあったようだった。
そして、まず貴族にもお披露目があるが、それまで侯爵家で学ぶようにとのお言葉を頂いた。
侯爵家では、執事に泣かれた。
この人は、攫われたときの俺の世話係だったようだ。なぜ生きているのかと言うと、そのときだけは侯爵様、ああ、父だ。……父に言われて、俺の謁見の準備のことをあれこれと詰めに行っていて屋敷にいなかったらしい。それで難を逃れたようだった。
こんなに大きくなられて! ジルベール様! と言ったまま男泣きに泣かれたものだから、俺も泣きそうになってしまった。
そのまま、上を下への大歓迎となってしまった。
エルネスト様経由でシリルから手紙が届いた。
シリルからだと思ったら、神父さんからだった。
……何だって!? 神父さんが!!?
俺は慌てて父にも見せた。
そこからは大騒ぎになってしまった。
まず、すべての貴族、そしてそれに仕える者、貴族の領地にいて貴族に近い者たちの身元調査が始まってしまった。
他国のスパイを探すようだった。
とばっちりを受けた方も大勢いるようだ。
南の国にも正式に遺憾を表明し、公式発言で嘘を言ったことを詫びさせていた。
これは、自分の国でも捕虜に拷問まがいのことをしていたり、と、言い訳できないことがあったようで、慰謝料まではいかなかったようだ。
そしてその身元調査で、シリルが女性ということがバレた。
というか、文官のミスが発覚したようだった。
なんと、シリルの出生届と、その母上の死亡届が一緒に提出されたことにより、出生届の不備があったようだった。
シリルの性別が空欄だったそうなのだが、同情してしまった担当者がシリルの父の心痛を慮って、確認をとらないまま『男名だから』、と、性別:男性 と担当が書き足していたらしかった。
それについては、王様と父と公爵様が、一計を案じてくれた。
俺が見つかったのは、シリル、彼女のおかげだと言うことを教えたのだ。
彼女がこの学園に入ると言わなかったら、俺はあの領地からここには絶対に来なかったからだ。
王様と父と公爵様がとってくださった一計とは、こうだ。
頭の固い貴族たちに、実例を見せるために、男装させた女性を学園にこっそり入学させ、そこで優秀な成績を収めさせて、女性の有用さを認めさせようとした。ことにするらしい。
そして、それのモデルとして白羽の矢が立ったのが、ちょうど貴族名鑑が文官のミスで男性になっていたシリルにということにするようだった。
そして、シリルの成績を取り寄せ、貴族たちに発表。そして女性も充分に有用だということが分かったため、もういいだろうということで、今年からでは急すぎるから来年から、女性の仕官の養成も始めるということになった。
これについてはなんと、反対はあまりでなかったらしい。これは、男子の生まれない貴族の悩みと合致したこともあったようだ。
そして、俺は返事の手紙を一通書いたきり、シリルとは連絡をとらず、一年間を必死に勉強した。
なぜならば……父と公爵と……王までが俺に恐ろしいことを言ったのだ。
「クレティアン家のシリルをお嫁さんに貰いたいのなら、誰からの文句も言われないような、きちんとした侯爵にならないとだめだよ。すべての苦労がシリルに行ってしまってもいいのかい? ジルは一途だろうけれど、周りがそうはさせないかもしれないよ?」
と、父。
「エルネストもその子を気にしているんだよ。知っているかい? たとえかわいい甥だとしても、息子のライバルとあってはねー。うん、私は中立でいよう。最終的に選ぶのはシリルだと思うよ?」
これは、公爵様--叔父上だ--。なんとも不安にさせることばかり言ってくる。面白がっているのだろうか……。
今彼女の側にいるのはエルネストなんだから、やめて欲しい。
「アロイスとセレスタンがシリルを気にしてることを聞いておる。……それに、シリルはクレティアン家の長女だ。他に子はいない。ジルベールと婚約すると、クレティアンの領地はどうなる? シリルは、領地のこともよく考えている子だそうではないか。
……ジルベールと違い、アロイスやセレスタンなら、シリルを子爵から伯爵あたりに爵位を上げてやれば婿にも出せる。クレティアンは血筋がいいしな。
爵位を上げる功績としても、仕官における女性の有用性を確定させたというものがある。問題はない。」
……王様が一番現実的なこと言った!
しかも、たしかに領地のことはシリルなら考えるはずだ。
どうする。どうする……。
俺は手紙も出さず、一目も会わずに、それはもう必死にやらなければならなくなった。
そして俺は、今までのことやこれからのことを書いて、クレティアンのおじさんに--シリルの父だが、俺たち孤児はいつもこう呼んでいた--手紙を書いた。いや、結局は、相談した。
すると、斜め上なのか、そうでないのかわからない内容の返事が返ってきた。
手紙に想像して興奮するとか……、俺はおかしいよな。うん。
内容はこうだ。
ジルとシリルの子供が大きくなるくらいには僕も長生きするよ。シリルに頑張ってもらって、たくさん子供を産んでもらうといい。
そしたら、クレティアンに養子に出してくれたらいい。
二人は昔から仲良しだから、心配しなくてもたくさんできるよ。
いや、俺の手紙はこんな感じだったはずだ。
これこれこういうことがあり、俺は侯爵家の人間だったようです。今まで親切にしてくださってありがとうございました。
神父さんの件で、クレティアンの領地に迷惑はかかっていないだろうかと心配しています。
そして、俺が妻にしたいと思える女性はシリルしかいないのです、どうか俺とシリルの婚約を認めて欲しい。
ですが、爵位のことや領地のことがあるでしょうし、俺もどうしたらいいのかわからないのです。
何かいい知恵がございましたら教えてください。シリルのために、なんでもします。
これに対しての返事があれだ。
さすがシリルの父上だ。でも、婚約を認めてくださっているのはなんとなく分かった。
たしかに、シリルに申し込みをする前におかしいとは思うんだけど、一年は動けないのなら、外堀から埋めていくしかないだろう。
やっと学園に戻ることが出来る。
シリルへの贈り物も持っている。そう、女子の制服だ。シリルが第一号になるのだ。他にも色々母に持たせられているが、こちらは何が入っているのかわからない。
学園に戻ってきた!!
会いたくて会いたくて仕方がなかった彼女に会えた! と、彼女が俺に抱きついてきた。
瞬間、理性が吹っ飛んだ。
彼女に触れたい。もっと彼女を感じたい。その唇を赤く染めたい。
心のままに触れようとした瞬間。
頭に二回痛みが走って彼女から引き剥がされていた。
エルネストとセイルジュが恐ろしい顔で見下ろしている。
アロイス殿下もアレクサンドルも冷たい顔だ。……ガスパールは真っ赤だ。
うん、欲情したまま暴走したようだ。
あー、俺ってこんなにこらえ性がなかったのか……!?
まさか、周りも何もかも見えなくなってしまうとは……。
驚いて俺にヒールをしてくれた彼女の香りを心行くまで感じたい。
と、彼女が逃げ出した。
俺から、逃げ出したのだ……。
俺は絶望に身を焦がした。焦りが全身を覆う。
どどどどうしよう……。
アレクサンドルが、俺に言った。
「その荷物は、シリルに渡すものなんだろう? 追いかけていって謝ってから渡すといい。」
アレクサンドルはいい奴だ!!
俺は恐る恐る彼女の部屋を訪ねる。
彼女は部屋に入れてくれるようだ。怒っていないだろうか?
……部屋に入った瞬間死ぬかと思った。
さっきも理性が吹っ飛んだが、今はもっとまずい。
あれだけ焦がれたシリルの香りが俺を包み込んだ。
落ち着け。さっきの絶望を思い出せ!!
そして、彼女に女子用の制服を渡す。
事情を話して、もう男装しなくてもよくなったんだから、今日からこの制服を着るんだよ。と教える。
彼女はうれしそうにはにかんだ。その笑顔は花が開いたどころではない。
俺の心臓は可愛さで爆発しそうだ。
落ち着け。……さっきの絶望を思い出せ!!
俺の災難はそれだけでは終わらなかった。
俺の母から持たせられたのは、下着一式のようだった。サイズがわからないとのことで、サイズも網羅しているようだ。
それを彼女はうれしそうに見せるのだ!
それをつけている彼女を想像する俺。
それを脱がせることを想像する俺。
俺はこんなにこらえ性がなかったのだろうか!?
……もうさすがに限界だ。
俺は、
「着替えをして、外においで。」
と言って部屋を出ることにする。
すると、
「似合わないと悪いから、着替えてくるから、チェックして欲しい。ジルここで待ってて!」
と言って洗面所に入っていってしまう彼女。
俺は神に祈った。
俺の理性が持ちますように、お願いです神様!
着替えをしてきて恥ずかしそうに頬を染めたまま上目遣いで俺を見る彼女。
「ジルどう? おかしくない?」
白いシャツに赤いチェックのリボン、ブレザーにはボタンが三つついている。リボンと同じ色と柄のプリーツ?スカートに、黒いハイソックス。
「うん、とても可愛い。似合っているよ。」
似合っているどころではない! なんという破壊力!! 破壊力はんぱねぇ!!
いや、落ち着こう。今はダメだ。破壊されるな俺の理性。
やっとのことで言葉を紡いだ俺に、彼女は罰を下した。
その可愛い格好のまま、もじもじしながら言ったんだ。
「ジル……。あの、さっき……。あの、もしかして、……口付け……しようとしたの?」
今ここでさっきの話を出すとかーー!!
俺は彼女の唇を意識してしまった。
あ、もう無理かも。
破壊され寸前。
「ごめんシリル、怖がらせて。
久しぶりにシリルに会えて、ずっとずっと可愛く女らしくなっていたシリルに何も考えられなくなってしまった。
なんか、ほんとにごめん。驚かせた……。」
もう自分の理性を信用できなくなった俺は、謝って部屋から出ようと思う。
「わたしも、ジルが凛々しく大人っぽく、格好良くなってたから、驚いたよ。
あの、……口付け、しようとしたのは、驚いたけど嫌じゃなかったの。ただびっくりして……。」
嫌じゃなかったと言われて、もうだめだった。
彼女を引き寄せて、ずっと焦がれていた唇に口付けた。
彼女は一瞬身体をこわばらせたけれど、俺は彼女が逃げないように、後頭部に手を回して深く口付ける。息を吐こうとしたのか、口が小さく開いた。
弱弱しく俺の胸を押してくるけど、これは抵抗じゃないよな!? というか離せない。無理だ。
俺が舌を入れると、びくっとして逃げそうになったから追いすがり舌を絡める。
なんという甘い唇なのだろう。
夢中で貪っていた。
段々俺の身体にすがるように力が抜けていく彼女を支えながら、寝ていて意識のない彼女にいたずらしたことを思い出し、また興奮する。
せっかく着た制服を乱し、初めてつけたであろう下着の上から胸に手をやり触れ、やわやわと揉みしだく。
「っやぁっ……ジルっ……だめぇっ……」
彼女の熱い吐息と共に、
俺の耳にかすかに聞こえた抵抗する言葉。
急激に周りの景色が見え始めた。
はっとして腕の中の彼女を見ると、赤らんだ頬、潤んで涙の浮いている瞳、熱い吐息、しなだれかかる身体、柔らかい感触。
理性はもう離れろ、これ以上はだめだ。というかどう考えてもアウトだろ!
と思っているが、身体が反応しない。
俺の手はまだ彼女の身体を弄っているんだ。
と、彼女の瞳から涙がこぼれた。
ドンドンと扉を叩く音と、ジルベールそろそろ理事長に話しに行くぞ。早く来い。というアロイス殿下の声が聞こえる。
俺はやっと理性が勝った。いや……もう遅いのかもしれない。
……俺は彼女を襲おうとしたのか……?
こんな、泣かせて。
「シリルごめん。可愛すぎて理性吹っ飛んだ。ちょっと頭冷やしてくる。すぐカギかけて。」
謝って慌てて彼女から離れ、部屋から出る。
アロイス殿下とエルネストとガスパールがそこにいた。
「あんまり長時間だとシリルに何かあると悪いからな!」
といいながら、荒い息を吐いている俺の顔を見てから、ジロッと俺の昂ぶったそこを見た。
服の下にあるというのに分かりすぎるそれに、殿下は頭を抱えた。
「ジルベールお前……。なにかやったな!?」
くっそ、お見通しか!? って、この下半身じゃどう言い逃れもできなそうだ。
エルネストとセルジュからは詰め寄られなじられた。




