4、宿屋フローラル
「エドさん! よかった、戻ってきた」
僕が泊まっている宿屋フローラルに戻ると、ロビーには、宿屋の娘のモモさんがいた。彼女は、僕より一つ年上の優しい人だ。心配そうな顔をしている。何か聞いたのだろうか。
「部屋の鍵をお願いします」
僕は、いつものような言い方しかできない。なぜ心配そうなのかを尋ねるべきだとはわかっているけど、どう話せばいいかわからない。
「エドさん、ちょっと待って。時間はあるかしら?」
「は、はい」
「エドさんが戻ってくるのを待っていたの。スージーさんから、事情は聞いたわ。料理長が話があるって」
「えっ……」
スージーは、幼馴染の一人だ。僕が作る混ぜ飯を、いつも美味しいと言ってくれた。だけど彼女も、僕をパーティから追い出したんだ。
「料理長は、エドさんが戻ってきたら奥の食堂に連れて来てくれ、って言っていたの。行きましょう」
モモさんは、僕の背中をそっと押した。優しくされると涙が出そうになる。僕は少し上を向いて、涙が出ないように、必死に堪えた。
◇◇◇
「おう! エド、元気か? なわけないか。まぁ、座れ」
モモさんが厨房に声をかけると、料理長がホールに出てきた。厨房に一番近いテーブル席に座ると、僕にも座るようにと勧めてくる。
当然、僕には断る勇気はないから、モモさんがそっと指示してくれた席に座る。モモさんは、僕の隣に座った。
こんなに彼女と距離が近いと緊張してしまう。たぶん彼女は、僕が落ち込んでいると思って、寄り添ってくれているんだ。本当に優しい人だな。
「エドは、仲良しパーティから抜けたらしいな。スージーから話は聞いた」
「追放だと言われました」
僕は必死に声を振り絞った。料理長の顔は、ほぼ毎日見ているし、何度も話したことがあるから、まだしゃべれる。
「そうか。まぁ、アイツらにも考えがあったんだと思うぜ。ここでコソコソ話しているのを、何度か見かけたことがある。幼馴染なんだよな?」
「はい……」
僕は、また辛くなってきた。それに今夜からは、ここで会ったら、どうすれば良いかわからない。
「モモ、結局、アイツらは出て行ったのか?」
「はい。この宿は新人冒険者と旅人が多いので、中級以上の冒険者が多い宿に移ると言ってましたよ。たぶん、エドさんを気遣ったんだと思います」
えっ? 出て行った?
「そうか。まぁ、冒険者にありがちな選択だな。ランクが上がると、宿のランクも上げようとする。ここは安宿だが、良い宿なのにな」
モモさんが心配そうにしていた理由がわかった。僕は、幼馴染にパーティから追放されただけじゃない。仲間はずれ、いや、友達としても捨てられたんだ。
不覚にも、涙を止められなくなった。そういえば、あのとき、元気で、と言われたっけ。彼らは、僕をパーティから追放するだけじゃなく、宿を変えることも決めていたのか。
しばらく沈黙が続いた。僕の涙が止まるのを、料理長が待ってくれている気がした。袖で涙を拭いて、料理長の方を見たとき、彼は、ようやく口を開く。
「エド、確かパーティ追放されたら、新たなパーティへの加入は10日間はできないはずだ。その間、食堂で働かないか?」
「食堂って……」
「スージーが、エドの作る混ぜ飯が美味いって言ってたんだよ。それに今、夕食時間の店員が足りてないから、朝勤務の店員が無理をしてる。たまに、モモにまで手伝いを頼んでいるからな」
「そうそう。私は、宿のフロント係なのにねー」
「毎日じゃなくていい。あー、だが、毎日の夕食時間を手伝ってくれたら、宿代はタダにできるぜ? 給料だと、夕食時間の数時間で銅貨25枚くらいだから、エドとしては、給料より宿代無料の方が得だろ」
「えっ? 宿代がタダに?」
僕は、モモさんの方を向いた。彼女は心配そうな顔をして、僕をジッと見ていたようだ。僕が視線を向けると、慌てて笑顔を作って、大きく頷いてくれた。
「朝食時間を手伝ってくれている冒険者さんは、宿代無料だよ。毎日じゃなくても大丈夫。事前に予定を言っておいてくれたら、問題ないよ」
「そう、なんだ」
スージーが、僕が宿代に困ると考えて、料理長に頼んでくれたのかもしれない。僕には村に帰る旅費もない。それに他人と話すのが苦手だから、新たなパーティへの加入なんて無理だと思う。
「まぁ、とりあえず、今夜は手伝ってくれ。スージーが言っていた混ぜ飯を食ってみたいしな」
「今夜なら私は暇だから、エドくんの混ぜ混ぜを見に行こうかな〜」
料理長もモモさんも優しい。こんな僕に、居場所を作ろうとしてくれてる。
「じゃあ、決まりだな。エド、少し早いが、昼飯を食ってから部屋に戻れ。モモも食うか?」
「そうね〜。私も少し早いけど、食べようかな」
僕の返事を待たずに、料理長は厨房に戻った。モモさんも、一旦席を立ったけど、セルフの水を入れてきてくれた。僕が一人で食べることにならないように、気を遣ってくれてる。
しばらくすると、料理長が自ら、昼食を運んできてくれた。そういえば、この食堂で昼食を食べた記憶はない。いつもミッションを受けていたから、屋外で食べることが多かったな。
「昼は、宿に泊まっている客がほとんど来ないから、ガラガラだろ。今、アイデア絶賛募集中だ」
「そうね〜。斜め向かいの宿は、食堂が歩道から見えるから、集客できているみたいよ。でも昼食の時間って、宿屋通りは人が少ないのよね」
僕は、二人の会話を聞きながら、昼食を食べ始めた。食欲はないと思っていたけど、食べられないほどではない。
「量を変えられたらいいのに」
「ん? エドは、これでは足りないか?」
「食欲なくて」
あっ、変なことを言ってしまった。また心配させてしまう。僕は、二人の優しさに甘えているのかな。
「私も、ごはんは少なめがいいな。でも厨房では、いちいち調整できないよね。エドさんが言うように、人によって食べたい量が違うかも」
「なるほどな。じゃあ、いっそ、昼は食べ放題にしてみるか。こないだ、夜の酒場時間に来た旅人が、そういう話をしていたぜ。どこかの街に、料理を取りたい分だけ取って食べる店があるらしい」
「お客さんが料理を取るの? 水みたいにセルフ式にしちゃうってこと?」
「あぁ、新たな客が来るんじゃないか? 配膳をしないから、人手不足にもならないだろ」
「いいわね! エドさん、天才じゃない!」
僕のアイデアじゃないのに……。僕は、返事に困って、無言でスープを飲んだ。




