15、洞窟と迷宮について
翌朝、早く目覚めた僕は、食堂で早めの朝食を食べた。
昨日は、アロンさんとジョーモさんを見送った後は、夕食時間はずっと厨房を手伝っていた。そのときに、料理長には、錬金協会から頼まれた仕事の話をしてある。
明日の昼からは、未知の仕事だ。街の北門からノワール洞窟までは、半日とは言わないが、結構な時間がかかる。冒険者なら夜明け前に出発するのに、なぜ昼に集合なのだろう?
「おっ! エドさん、早起きっすね」
「ええっ? ジョーモさん、どうしたんですか?」
「これは、寝癖っす」
彼の栗色の髪は、ボサボサに爆発しているが……そうじゃない。僕が聞きたかったのは、なぜ、ここに居るかだ。
「いや、髪も大変そうですけど……」
「あぁ、俺、この宿に移ったんすよ。前の宿の部屋を片付けてたから、昨夜遅くなったんすけどね」
「Bランク冒険者なのに、いいんですか?」
「あはは、いいんすよ。俺は、もう意地を張るのをやめたっす。それに、この宿にいれば、アズさんの飯が食えるから、その方が嬉しいっすよ」
「料理長とは、親しいんですね」
「親しいというか、まぁ、懐かしいっすね。俺は、貧民街の生まれなんすよ。子供の頃、月に一度だけっすが、アズさんの店で家族で飯を食ってたから、思い出の味っすね」
「この街の生まれなのに、宿暮らしなんですか?」
あっ、しまった! 僕が無神経なことを言ったから、ジョーモさんの表情が暗くなってる。
「俺が生まれた家は、もう無いんすよ。家族もみんな死んだので、宿の方がいいんす」
「す、すみません。無神経なことを言ってしまいました」
「大丈夫っすよ。もう6年前のことっすから。エドさんは、優しいっすね。俺が貧民街の生まれだと聞いても、態度が変わらない。珍しいっすよ」
「僕は、小さな村で生まれ育ったので、貧民街と言われても、よくわからないんです」
僕がそう返答すると、ジョーモさんは僕に笑みを返し、朝食を取りに行った。そして戻ってくると、僕の前の席に座った。
「この街トランクは、住む場所による差別意識が強いんすよ。安宿が多い通りを歩くことを避ける人も、少なくないっす。貧民街に生まれると、冒険者になっても差別を受けるっす。だから力をつけた冒険者は、街から出て行く人が多いんすよ」
「そうなんですね。僕の目から見ると、この宿屋通りも、すごく立派に見えますけど」
「エドさんは、貧民街を見たことがないんすか? 北門の近くにあるっすよ」
やっぱり、噂通りだな。貧民街は、街の北側にあると聞いたことはある。
「僕は、北門から出たことは数回しかないし、いつも早朝だったから、付近の探索をしたことがないです」
「ノワール洞窟に行ったことがあるんすね」
「はい。鉱石集めのミッションで、前のパーティで数回行ったことがあります。僕は、学生レベルの戦闘力しかないから、5階層に降りた瞬間、死にかけましたが」
「えっ? Dランクで5階層に降りるのは、危険すぎるっすよ。Cランクでも、大人数のパーティじゃないと、5階層を踏破できないっす。ノワール洞窟は迷宮っすからね」
ノワール洞窟が迷宮だと言われていることは、僕も知っている。だけど、洞窟と迷宮の違いがわからない。
「ジョーモさん、基本的なことかもしれないですが、質問してもいいですか?」
「いいっすよ? エドさんは、これまで無口だったって、アズさんから聞いてるっす」
料理長……。
「僕は、人と話せなかったから、疑問も解消できなかったんです。洞窟と迷宮って、何が違うんですか? シノア洞窟は洞窟なのに、ノワール洞窟は迷宮だと言われていますけど」
「あぁ、それは、Cランク冒険者の研修に参加すれば、教えてくれることっすよ。洞窟は、浅い階層までしかない洞窟のことっす。迷宮は、深い階層まであって、階層が増えていったり、入るたびに階層が入れ替わっていたり、階層がコロコロと姿を変える洞窟のことっす。Cランク以上の冒険者は、ダンジョンと呼んでるっす」
「迷宮って、まるで生き物のようですね」
「まさしく生き物っすよ。洞窟自体が魔物になっている迷宮もあるっす。土系の魔物の体内に、ポッカリと穴が空いてる感じっすね」
「魔物の体内!? ひぇっ……」
僕が変な声を出したためか、ジョーモさんはケラケラと笑った。だけど、嫌な笑い方ではない。単純に面白くて笑っているのだと感じた。
「この街から歩いて行ける所には、そんな迷宮はないから、安心していいっすよ。ダンジョン自体が魔物化している場所には、俺も立ち入る権限がないっす」
「びっくりしました。どこにあるんですか?」
「西門から出て街道を10日ほど歩くと、ハコロンダという街があるっす。Aランク以上の冒険者が集まってるらしいっすよ。ハコロンダから、魔物馬車で3日ほど行くと、危険ダンジョンが密集したエリアがあるっす。その中に、いくつか魔物化した迷宮があるらしいっすけど、俺は行ったことないっす」
「あっ! ハコロンダという街は聞いたことがあります。僕達は村を出て、一番近くの大きな街を目指して旅をしたんですが、そのときに、ハコロンダには近寄ってはいけないと、立ち寄った宿場町で言われました」
僕はまた幼馴染のことを思い出したが、ジョーモさんと話していると、昨日ほど辛くはなかった。
「ハコロンダ近くの宿場町には、ガラの悪い冒険者や商人がいるんすよ。逆らえない旅人は、身ぐるみ剥がされるっす。俺も、近寄れないっすね」
「ジョーモさんが近寄れないなら、僕なんて絶対に無理ですね。気をつけなきゃ」
僕がそう返すと、ジョーモさんは優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。
「明日は、この食堂で待ち合わせしないっすか? 錬金協会の仕事の前に、牽制のためにも、貧民街を少し歩くっすよ」
「はい、えっと、貧民街を歩くことが、何の牽制になるんですか?」
「盗賊対策っすよ。錬金協会を狙う盗賊は、貧民街の宿に泊まると思うっす。今夜は、冒険者ギルドが、宿屋の見回りをするはずっすからね」
これが、アロンさんが言っていた対策なのかな。
「見回りを避けるために、貧民街の宿に泊まるんですか」
「そういうことっす。俺達を同業者だと思わせれば、干渉されないっすよ。それが無理でも、貧民街をうろつく盗賊を見ておきたいっす」
「なるほど。あ、でも、見た目で盗賊かどうかなんて、わかるんですか?」
「貧民街なら、わかるっすよ」




