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連続殺人事件の解明2

「つぎに三上さんへの手紙ですね。三上さんは花城社長を父親のように愛し、神のように崇拝していました。それだけに三上さんへの花城社長の手紙は非常に効果的だったでしょう。手紙の内容はおそらくこんな感じだと思います。『私の研究が盗まれている。犯人は井土だ。それがもしどこかの競合企業の手に渡ったら、わが社はもう終わりだ。だから三上君は井土の部屋からそれらを探し出して、すべて焼却してほしい。そのときはこの手紙も焼却するように』。あとは説明するまでもありませんね。海外からの手紙というのは同じ日に届くとは限りませんから、三上さんが手紙を受け取ったのは、井土さんが亡くなられた後だったのでしょう。

 三上さんは井土さんを気にすることなく、部屋を調べることが出来ました。そして見つけた設計図などの書類一式をまとめて、工場に持っていき焼却しようとしてあのようなことになってしまった。花城社長の死後、花城レンズ工芸はほとんど業務を停止していたので、焼却場の仕掛けは温存されていたのです。そういえば、宮下君は三上さんが亡くなる直前に、何か彼の声を聞いたんだよね」


 (ああ、そうだった)

 真奈美は思い出した。


「三上さんはとぎれとぎれの言葉でこう言いました。手紙、屋上と。それで私と山科警部で屋上を隈なく探したのですが、それらしきものは何も見つかりませんでした」


 その言葉を聞いた御影の顔に笑みが浮かんだ。

 御影が何かに気付いた時の笑みだ。


「ではせっかくだから、みんなで屋上に移動しましょう。少々暑いかもしれませんが、面白い物をお見せできるかもしれない。階段が狭くて急なので、みなさん気を付けてお上りください」


 こうして事件の解明の舞台は屋上へと移動した。

 そこはやはりただ広い空間で何も無い。


「皆さん、柵が壊れていますから近寄らないように。それでは探し物をしましょう。しかし、ここって本当に何も無いですね。見渡す限りコンクリート、そして鉄柵。あるものといえば、あの電話ボックス大の階段室くらいのものだ」


「御影さん、私たちその階段室の天井まで上って探したんです」


 真奈美がそう言った。それに御影が答える。


「宮下君、手紙ってそんなに大きなものじゃないよね。たとえばA4のクリアケースに十分に入ると思わないか」


「クリアケース?あ、インビジブルシートのクリアケースに入れてあるってことですか?でもインビジブルシートって真正面から見なきゃ効果無いんですよね」


「そうそう。だから真正面からしか見ることのできない平面を探せばいいんだよ。たとえばそことか」


 御影はそう言うと階段室の鉄の扉を開けた。

 狭くて急な階段は、まるで奈落か地獄の入り口のようだ。


 しかし御影は階段を降りずに、正面1mほど奥のコンクリートの壁面に手を伸ばした。


「あったよ、やはりここだった。ここからは壁面を真正面からしか見ることが出来ないし、階段を降りるときはやはり足元見ないと怖いから、見上げてわざわざ壁面見たりしないでしょう。だからここに貼り付けてると思ったんだ。山科さん、ほら物的証拠が出ましたよ」


 山科がクリアケースを御影から受け取り、中身を確かめる。


「これは・・花城社長から、三上さんと井土さんへの手紙だ。なぜこんなところに隠したんだろう」


「三上さんにとってこれは、花城社長直筆の遺品ですからね。焼き捨てることができなかったのでしょう。これほどまでに自分を愛し、崇拝している者を、しかも家族同然に暮らしてきた者を、目的のためなら簡単に殺してしまう。これが花城社長の恐ろしいもうひとつの顔だったのです」


「たしかに例のオウル事件の主犯がそうであったように、サイコパス犯罪者のなかには異常なほどの魅力やカリスマ性を持つ者がいる。花城もそのひとりだったのか」

 山科がそう言うと、御影は軽く頷きそして顔を上げた。


「さあ、最後の仕上げに移りましょう。ご足労おかけいたしますが、もういちど三階に戻ってください」


 ふたたび舞台は三階に戻った。御影は話を続ける。


「ここまでで三っつの殺人事件について・・ひとつは自殺ですが・・ひととおり説明できたと思います。

 この事件では花城社長が書いたシナリオに従って、知らず知らずのうちに出演者にされてしまった者たちが、花城社長に押し付けられた役柄で芝居を演じさせられていたのです。

 主演はもちろん花城社長で、その役割は『レンズの神様にして、道半ばにして殺害された偉大な発明家』ですかね。

 松下君と由紀恵さんは『道半ばで殺害された偉大な発明家の遺志を継ぐ者たち』、井土さんは『恩をあだで返し偉大な発明を盗もうとしたあげく、凶悪な殺人鬼に殺される男』、三上さんは『偉大な発明家の忠実な僕、凶悪な殺人鬼の犠牲者』といったところでしょう。

 探偵役は『21世紀の金田一耕助』こと金田耕一郎探偵、そして気の毒にも『凶悪な殺人鬼』の役を押し付けられたのが、山口肇君です。

 金田探偵が山口君を犯人であると指摘したことで、この殺人芝居はひとまず完結したわけですが、山口君にはもうひとつ重要な役が割り振られています。それは、インビジブルスーツの実在を匂わせることですね。


 花城社長はインビジブルスーツを開発するということで、企業から多額の資金を引き出すことに成功したわけですから、引き続き資金提供を受けるにはそれを制作することは可能であり、その研究は後継者である松下君と由紀恵さんが引き継いだという体にすることが重要だったのです。金田探偵が山口君がインビジブルスーツを着用して犯行に及んだと結論付けたのは、まさに花城社長の思惑通りでした」



 (ひどい・・・あまりにも身勝手な筋書きに山口君は巻き込まれたんだ)

 真奈美は山口肇の顔を見たが、このような話を聞かされても山口肇はまったく無表情であった。


 真奈美は御影に尋ねた。

「御影さん、でももし山口君が逮捕されたらどうなるのですか。すべては水の泡じゃないでしょうか」


「花城社長は山口君の能力ならば、おそらく逃げ切れると思っていたんだろうね。しかし、もし逮捕されても大した問題ではなかった。なぜならば山口君の能力はサイキックに属するものだから、警察としてはそのような非科学的と思われることは発表できない。まだ欧米で類例のある光学迷彩を用いたインビジブルスーツの方が現実的と思われるだろう。

 そういえば金田探偵の調査では、井土さんはかなりインビジブルスーツの可能性を信じていた様子でしたよね。それは花城社長転落死事件の日からずっと社内に潜伏していた山口君の存在に気付いていたからです。山口君は花城社長の個人研究室に備蓄してある食料を食べて潜伏していましたから、井土さんは食料の減りで目に見えない山口君の存在を感じていたのです。このように山口君が姿を隠している限りは、インビジブルスーツの実在は現実味を保ち続けるのです」


 先ほどからの御影の事件の解明に、もっとも狼狽しているのは花城由紀恵である。

 実の父親が、サイコパスの連続殺人犯であると指摘されたのだから無理もないだろう。

 その由紀恵の肩を両手で支えながら話を聞いていた松下真一が言葉を発した。


「御影さんは、私たちの役割が『偉大な発明家の遺志を継ぐ者』だと言っておられましたが、こんな芝居になんの意味があるのですか。実際には私たちは何も受け継いでいないのに」


 御影は答えた。


「その答えは、あなたたちが受け取ったという手紙の中にあるのです。たしかこんな一節があったのでしょう?『空っぽの中に私の研究のすべてがある』。では早速行ってみましょう、花城社長の空っぽの個人研究室に」


 そう言うと御影は先に立って、パーテーションで仕切られた花城社長の個人研究室に入った。

 松下と由紀恵が室内に入るのを待ってから、御影が話しはじめる。


「花城社長は、は書類や設計図を作成しても、どんどん焼却してしまう人と思われていたようですが、それ自体がフェイクだと思います。研究とは蓄積ですから、記録はちゃんと残しているはずです。井土さんが喉から手が出るほどに欲しかったのもそれなんですが、花城社長は彼に引き継がせるつもりはなかった。花城社長はあなたに引き継がせることによって、彼の研究に科学の光が当たり、インビジブルスーツは完成すると信じていたのです。さて、あなたに引き継ぐ物はたぶん・・・」


 そう言うと御影は、トラッシュボックスのペダルを踏んだ。

 蓋が勢いよく開くが、中には紙屑ひとつ入ってない。

 それでも構わずに、御影はトラッシュボックスに手を突っ込んだ。


「やはりあった。三上さんと同じ隠し方ですね。トラッシュボックスの内底は真上からしか見えないから、インビジブルシートは有効だったのです」


 そう言ってトラッシュボックスから引っ張り出したクリアケースを、松下に手渡した。


「どうぞご確認ください」


 御影が言うと、松下はクリアケースから数冊の大学ノートを取り出しめくり始めた。


「これは社長の研究ノートです。すごい・・やはり社長は天才だ。まさかここまで進んでいたとは思わなかった。確かにこれならば、あと一歩でインビジブルスーツは作れるかもしれない」


 御影は問いかける。


「これはあなた方の物です。どうします?受け継ぎますか、花城社長の遺産を」


 ・・・・・・


「いいえ、捨ててください!」


 突然、大きな声で花城由紀恵が言った。


「大切な・・家族も同然だった井土さん、三上さん、あの人たちの命を冷酷に奪い、罪も無い山口君に濡れ衣を着せようとした、父は悪魔です。それは悪魔の発明です。この世に存在してはならない物です」


 松下真一が頷きながら、花城由紀恵の肩を抱きしめた。

 

 その時、研究室内に何者かの声が響いた。


「あなた方がいらないなら、それは我々がお預かりしよう」

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