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探偵が多すぎる

「御影さん!?」


「宮下君、すまない。また遅くなってしまった。山科さんとは常に連絡を取っていたんだが、新たな殺人が行われた上に、まさか君まで襲われるとは・・・しかし無事なようでよかった」


「遅くなってすまない・・って言う割には、なんですかその恰好は。それを着て私が話している間、ずっとあの森のセットに隠れていたんですか」


「いや、山科さんが君は命に別状ないが、大事を取って病院に行かせたって言ってたからさ、じゃあ僕がこっちに来て事件の解明をやろうと思って。どうせなら劇的に登場したくて隠れていたら、君が先に始めちゃったので出づらくなったんだ・・失敗だったかな」


 確かにこの場に居る、宮下真奈美と山科警部を除くすべての者が、突然現れた異装の奇人を冷ややかな目で見ていた。


「ああいや、皆さん。この服で僕が言いたかったことは、インビジブルスーツなんか無くても身を隠すことはできるってことです。この服は米軍払い下げの迷彩プリントのカモフラージュスーツですが、迷彩効果はご覧いただいた通り・・・ああ、やはり失敗だったか。。」


 うんざりした顔をした金田耕一郎が、御影の前に立ちはだかって言った。


「なんだ君は、ピエロかね?」


「いや、だから探偵ですって。御影純一」


「御影純一?・・・ああ、占星術師の探偵だっけ」


「いや、それは別人。僕はあんな有名人じゃないし、名前だって『御』しか合ってませんし」


「まあどっちでもいいや。君はいったいどういうつもりで私の事件の解明の邪魔をするんだ」


「あなたにはその役割を演じる資格が無いからです。あなたはフェアじゃない」


「フェアじゃない?私はノックス十戒を順守する正統派の探偵だ。超能力捜査官だの、占星術探偵だの、邪道の探偵どもに言われたくはないね」


「いやだから占星術は僕じゃないですって・・しかしどちらにしても探偵が多すぎる」


 御影は真顔でこう言った。


「連続殺人事件の解明の前に、まずは探偵を整理しましょう。金田耕一郎さん、あなたをだ」


 金田耕一郎も鋭い目で御影を睨みつけた。


「それは私に対する挑戦と受け取るぞ、御影君。いいだろう、整理されるのはどちらの探偵か見せてもらおうじゃないか」


 こうして金田から場の主導権を奪い取った御影純一は、この推理劇の舞台の中央に立ち話し始めた。


「僕は金田探偵の供述書を読ませてもらったとき、その観察眼にとても感心させられました。21世紀の金田一耕助と噂に名高い金田耕一郎の、名探偵としての才能には掛け値なしに舌を巻きましたよ。天才探偵といっても過言ではないでしょう」


 そう言われた金田探偵は、まんざらでもない顔をして御影の話に頷いていた。


「しかし同時に、チートな探偵だなとも思いました。参考のために金田探偵の名推理として有名な『山神家連続殺人事件』『黒門島殺人事件』あたりを調べてみましたが、やはりチートですね。おそらく金田探偵はいずれの事件でも、早い段階で犯人の正体も、トリックも、この後誰が殺されるのかにも気づいています。気づいていて知らぬふりを続けて、犯人が殺人計画を最後まで完遂するのを待って、ここにきてようやく厳かに事件の解明をはじめる。これが金田探偵のスタイルです」


「いや、そんなことは無い。どちらの事件も犯人は恐ろしい相手だったし、手の込んだトリックにさすがの私も翻弄されたんだ」


 その言葉を聞いた御影は高らかに笑った。


「ははは・・ご謙遜はおやめください。あなたほどの天才探偵があんな馬鹿げた見立て殺人や、証拠を増やすだけのちゃちなトリックに気づかぬわけがない。あなたは未然に防げる犯罪でも決して防がない。名探偵としての名声のために、事件が大きく育つのを待ってから刈り取るのです。ボヤを見つけても放置して、大火になるのを待って消火する消防士みたいなものです」


 金田は不機嫌そうな顔をして黙り込んだ。


「今回の事件でもそうでした。金田探偵の供述書には非常に細かい記述が多いわりに、とてもあっさりとスルーしている部分がある。宮下君が気付いた通り、屋上の場面ですね。おそらく金田探偵は屋上を見てすぐに、恐ろしい殺人計画とそれを遂行しようとしている犯人の正体を見抜いたのでしょう。しかし気づかぬふりをして、殺人が実行されるのを待ったのだ」


 御影の推理を聞いた山科が唸り声を上げるように言った。


「んん、なんだと・・それが本当なら金田のやったことは未必の故意だ。逮捕できるぜ」


「まあ、しかし。知っていたか、知らなかったかを立証するのは難しいでしょうからね。残念ながらこの件で罪に問うのは難しいでしょう。それに白状すると、この件については僕にも大きな過失がありました。金田探偵の供述書があまりにも素晴らしかったため、現場に赴くことなくアームチェア・ディテクティブを気取ってしまったことです。もっと早くこの目で屋上を見ていれば・・・それが悔やまれてなりません」


 その言葉を聞いた金田が、せせら笑うように言った。


「それならば君についても同じことを言ってやろう。私の供述書を読んで事件の真相に気付きながら、あえて安楽椅子から腰を上げなかったのじゃないかね」


「そう取られてもしかたありませんが、僕はあなたほど優秀な探偵ではなかったと否定しておきましょう。ところであなたがさりげなくスルーしたのは屋上の場面だけではないのです。さきほどの宮下君の推理への反論ですが、宮下君を襲った透明人間の正体があなたであるという部分、うまく誤魔化しましたね」


「・・あ」


 真奈美は矢継ぎ早に自分の推理をひっくり返されたショックで、そのことにまったく気づいていなかった。


「三上さん殺害事件の後、山科さんと宮下君が本社ビルに向かうのを見た金田さんは、ふたりの行動をとても気にしていた。このあと鮮やかな推理で事件を解決する役を、奪われてはたまりませんからね。しばらくして山科さんだけが戻ってきたのを見て、思い切った行動に出ることにしたのです。本社ビルに入り、三階にまで上った金田さんは、宮下君が屋上に居ることを察した。そこで、三階に身を潜めて宮下君を待った。なにしろ金田さんにとって宮下君の能力はトラウマ級ですからね。彼の推理劇から宮下君には退場してもらいたかったのです」


 ここで真奈美が御影に質問した。


「あのとき私、あやしい気配に気づいて目を見張ったんですが、どこにも人の姿はありませんでした。金田探偵はどこに隠れていたんですか」


「ああ、だから僕が最初に実験しただろう。あそこの森のセットにね、彼はミラースーツを着てじっと立っていたんだ。ミラースーツがこの階のどこに隠されているかは、井土さん亡きあと金田さんしか知らないからね。そして宮下君が壁沿いに歩いて近づいてくるのを待って首を絞めた。そして服を着替えてから介抱する振りをしたのは、宮下君の推理どおりさ。失踪している山口肇君に罪を着せてね」


 パチ、パチ、パチ・・・拍手しているのは金田耕一郎だ。


「なかなか面白い推理だったよ、御影君。しかし残念ながら君もただの想像を語ったに過ぎない。それではまだ探偵として半人前だ」


 金田は不敵な顔をしてそう言った。

 御影は真奈美に近づくと、その耳に顔を近づけて小さな声で言った。


「連続殺人事件の解明が残っているからね、あまりこちらに時間をかけていられない。僕も君を真似てちょっとチートにやるよ」


 (そうだった・・・御影さんは最強のサイキック探偵だったんだ。。)


 まるで本格推理小説のような展開に、宮下はそれをすっかり忘れていた。


「ところで、ミラースーツはどこにあるんだろう?ああ、そういえばこのビルの裏手に停まっているベントレー、あれ金田さんのお車ですよね?なんかトランク空きっぱなしでしたよ。中にキラキラ光る物が入ってましたね」


 御影はとぼけた声でそう言った。


「馬鹿な!私は確かに鍵をかけたぞ・・・あっ!」


 金田の反応を見た山科警部が制服警官に命じた。


「すぐに金田探偵の車を確認しろ。物証を押さえるんだ。金田探偵、どうやら署に同行してもらうことになりそうですな」


 山科にそう言われた金田探偵は歯を食いしばって目を閉じた。

 やがて観念したように目を開くとこう言った。


「しかし・・・あのとき透明人間は確かに居たんだ。私は奴と戦った。あれは何なんだ?」


「あんた、まだそんなこと言ってるのか!」


 山科警部は腹立たしそうに怒鳴りつけた。

 しかし御影は、言った。


「金田探偵は嘘は言ってません。そろそろ最後の登場人物に舞台に上がってもらいましょう。宮下君、彼はどこに居る?」


 (ああ、そうだ。彼はそこにいる)

 宮下真奈美は微笑みかけるように言葉を発した。


「山口君、ひさしぶり」


 一同は真奈美の視線の先を見た。

 花城由紀恵、松下真一が立つそのすぐ右隣に、色白で切れ長の目を持つ青年が立っていた。

 その青年はゆっくりと顔をあげ、真奈美の顔を見た。そして抑揚の無い声でこう言った。


「宮下君には僕が見えるのかい?」


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