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仮説と論理

 救急車で搬送中の宮下真奈美は、サイレンの音を聞きながら考えていた。


 (私はたしかに、S.S.R.Iとして能力の使用を解禁されたので、サトリの力に頼り過ぎていた。金田探偵の言うとおりだわ)


 五角館事件のときに、すべての論理をすっ飛ばしてサトリの能力だけで事件を解決した。

 あのような手法で今回の事件も解決できると考えたのが、そもそもの誤りだったのだ。


 (論理的に考えてみよう。まず仮説を立てて、仮説の上に論理を組み立てる)


 昔読んだ推理小説の探偵が『仮説を立てるならそれを揺るぎないものであると仮定する。そうでなければ揺るぎない論理を組み立てることができない』と言っていたのを思い出したのだ。


 (仮説1:インビジブルスーツは実在する。私はずっと半信半疑で考えていたけど、まずインビジブルスーツの実在を前提にすれば、犯行のトリックそのものに頭を悩ませる必要はなくなる)

 犯人が目に見えず、カメラにも映らないのであれば、一見複雑に見えるこの事件もかなり単純化できるのではなかろうか。


 (仮説2:この事件は内部犯である。仮説1に立てば外部犯の可能性も否定できなくなるが、それでは捜査対象が無限大に拡がってしまう。可能性は除外できないが、まずは内部犯に的を絞ろう)

 仮説2はかなり乱暴な仮説と言えるが、ここを固めてしまわないと先に進まない。


 (仮説3:花城由紀恵、松下真一への聞き取り捜査で得られた証言は事実である)

 彼らが犯人である可能性は除外しないが、ハワイでの出来事や花城社長からの手紙の話は事実であろう。ふたりの心の嘘が見抜けないわけがない程度には自分の能力に自信がある。


 それからもうひとつの仮説を忘れてはならない。これは真奈美にとっては最重要の仮説である。


 (仮説4:山口君は犯人では無い。これは御影さんが断言していた。だから絶対前提よ)


 もし、この4つの仮説が間違っているのであれば、そこから組み立てられた論理すべてが崩れ去るリスクは確かにある。だがその場合は山科警部が言った通り「これじゃないという発見」になるだけだ。それが警察の捜査というものである。


 (そもそもインビジブルスーツを所有していたのは誰だろう。仮説3に立てば、試作品を盗んだ井土さんである可能性が高い。しかしそうであれば第一の事件、何者かが花城社長を屋上から突き落とすことは不可能になる。ああもういきなり論理破綻?)


 真奈美は少しいら立ってきたが、気を落ち着けることにした。


 (もっとシンプルに考えよう。そうあり得ない事は起きないのだ。起きた出来事はありのままだと考える。そして第二の事件・・・あれ・・・そうだ第二の事件の前に。そもそも私たちの推理の論拠って何だったろう。4つの仮説を揺るぎなきものにするということは、4つの仮説以外は疑ってもいいってことよね・・・すると?)


「わかった!犯人の正体が」


 突然大声でそう言って跳ね起きた真奈美は救急隊員を驚かせた。


「戻ってください!花城レンズ工芸に」


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