さがさないでください
『さがさないでください』
黒板に書かれた文章はただそれだけ。
准将はその黒板を机の上に置き、そのまま机の下に潜り込んだ。
しばらくゴソゴソとしていたのが収まると、小さな声で呟く。
「これでよし(性的な意味で)」
「……何がよし、なんですか?」
呆れて覗きこむと丸くなって隠れている……らしい准将。
隙間なく詰まっている鎧が実に暑苦しい。
抗議の視線を投げかけてくるのが兜越しでも分かる。
「さがさないでくださいって書いたじゃない(性的な意味で)」
「探すまでもなく目の前で一部始終を見させてもらいましたが」
しばしの沈黙。
「じゃ、そういうことで(性的な意味で)」
「何がですか」
何事もなかったかのように振る舞う准将を冷めた眼で見る。
やがて耐え切れなくなったのか准将が先に口を開いた。
「ルクセン中将の娘さんなんて聞いてないよ(性的な意味で)」
「まあ聞かれませんでしたし」
私の友人だからと身元の確認を怠ったのは准将の責任だと思う。
だからといって、何故机の下に隠れなければならないのかがさっぱり分からない。
「……ビュートが昔言ってた。ルクセン中将の娘さんに会ったら後ろを振り返らずに逃げろって(性的な意味で)」
「そこまで言うか……」
確かに黒騎士に執着し過ぎておかしな人間になっていることは認めるが。
大剣を抱きしめて悦に入っていた姿は記憶に新しい。
「見た目は清楚だけど一度捕まったら死ぬまで搾り尽くされるって……(性的な意味で)」
何を、と聞くべきだろうか?
身体を震わせる准将はまるで怖い話を聞かされた子供のように怯えている。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「誰が来ても、僕はいないと言っておいて。これ、准将命令(性的な意味で)」
「……分かりました」
命令とあらば仕方がない。
肩をすくめて、扉の向こうに返事をする。
「どちらさまでしょうか?」
「王都守備隊所属ビュート=サイオン中尉だ。……何だ、今お前『うげ』とか言わなかったか?」
言っていない。あくまでも心の声である。
よりにもよって先任が来るとは。
准将の机をチラッと見る。
『さがさないでください』の文字が何とも非現実的だ。
「失礼しました、サイオン中尉。どうぞお入りくださいませ」
「では、失礼する。……准将は? いないのか?」
入ってすぐに執務室を見回した先任はいつもの真っ黒鎧がいないことにすぐ気付いたようだった。
やがてその視線は机の上に置かれた黒板で止まる。
「なんだこれは?」
「見たままと申しましょうか。とにかく准将は今はいらっしゃいませんので。何か伝言があれば伝えておきますが?」
そう口にしながらも私の目線は准将の机に向かっている。
否、正確には机の下に隠れている准将本人だ。
頑なに目線を机から逸らさない私の姿に、やっと気が付いたようでニヤリと凄みのある笑みを覗かせる先任。
「そうか。それは仕方がないな」
「ええ、仕方のない事です」
命令は「准将はいない」と伝えることのみ。
その他の方法で伝えることを禁じられてはいない。
「それでご用とは何でしょうか?」
「ふむ……夕食でも一緒に食べないかと誘いに来たのだが」
軍の用事ではないらしい。
准将と男同士で積もる話でもあるのだろう。
「でしたら後で伝えておきます」
「いや、准将ではなくお前を誘おうと思ってな」
ガタッと激しく机が動く。
准将が頭をぶつけたか何かだろうと思われる。
「何だ? 何か居るのか?」
先任も分かっているだろうに、意地悪な人だ。
いたずらっ子のような笑みを浮かべる姿は幼くさえ見える。
「何も居ませんよ、ご存知でしょう?」
「ああ、そうだな。准将が居るはずもない」
再び気配を消す准将。
先任と顔を見合わせて微笑み合う。
「それで、私に夕食の誘いですか?」
「たまには連れてこいと少尉……姉さんに言われてな」
「ミラ少尉にです?」
困ったような表情を浮かべる先任の姿は実に珍しい。
元上司からのせっかくのお誘いだし、断るのもおかしいかな?
「では、謹んでお受けします。……准将も居ませんし」
「助かる。友人を連れてきてもいいぞ。……准将も居ないからな」
途端にガタガタと動き出す机。
もう一度、先任と顔を見合わせると声も出さずに笑い合った。




