秘密の関係
「じゃ、じゃあ、黒騎士様とは一切何にも無いのね?」
「ええ、全然まったくそれっぽっちも。嘘に惑わされないように願います」
准将を部屋に連れ込んだことを知っているシャロは呆れたように見つめてきたが、事実は事実として伝えるべきである。
何にもやましいことはないわけだし、気付いたのは部屋を出る直前だし、……別にそういう目的だったわけじゃない、と思う……多分。
最近ちょっと自分に自信が無くなってきたけれど。
「ああ、良かった……。あ、でも、あの噂は何? そ、そその、キキキ……キズモノ、とかいうの」
どうやらネリはそちら方面には免疫が無いようで。
異性がいるわけでもない場でそれほど意識しなくてもいいのに。
「それはこれのこと」
右手を上げて見せる。
任務中に怪我をしたのを准将が気にして「責任は取る」と言ったのが広まった、ということにしておいた。
准将が戦闘中に激高したとか魔王に感情を弄られたとか怪我させたのは准将だとか日頃から変態的な言動が多いとかは全て機密事項である。
寮内で死者数とか言っちゃった気もするけど多分気のせい。
うん、気のせい気のせい。
……気のせいで済めばいいな。
「……ごめんなさい。どうすればいいかな? どうしたら許してもらえる?」
私が落ち込んだのが自分のせいだとでも思ったのか、謝罪してくるネリにちょっと戸惑った。
しかし、そこですかさずシャロの救援が入る。
「大丈夫。アイナは今になってようやく怒りに任せて機密事項を口走ったって気付いただけだから」
「うん、その通りだけどもう少し言い方を考えてほしいかな」
大体、最初に口走ったのはシャロなんだ……し?
そういえば、どうしてシャロは知っていたんだろうか?
聞けばあっさりと答えが返って来そうではあるが、答えによっては怖いことになっても困るし。
まあいいや、流そう。
「私は何も言わなかったし、シャロもネリも何も聞かなかった。いいよね?」
シャロは肩をすくめて見せた。それでいいという意思表示だろう、多分。
一方のネリは何故かはしゃいでいる。
「秘密の関係って素敵」
頬を押さえてうっとりするネリ。
うん、なんだろう。どこか既視感がある。
シャロが耳元で囁く。
「アイナにそっくりなんだけど、あの子」
私はここまで醜態を晒してないと信じたい。……信じたい。
「ねえねえ、黒騎士様ってどんな人?」
ネリがこんなに子供っぽいとは思わなかった。
マリーさんと呼んでいた時代は孤高の人というイメージだったのだが、どうやら認識が間違ってたらしい。
シャロに言わせると私と同じく「ぼっち」なのだそうだ。
治りかけている傷口を言葉のナイフで抉るのは止めていただきたい。
「どんな人って言われても、変な人?」
言動も容姿も軍事機密だからあんまり話せることがないんだよね。
会えば分かると思うんだけど、どうも親しい人間以外とは会話もしないみたいだし。
准将が普通に喋る相手といえば、ルクセン中将とセイエル中佐、それに先任と私か。
改めて並べてみると本当に少ない。
ミラ少尉とは戦友といった関係は良好ではあるけど会話はしたくないって感じだったし。
准将が勝手に怖がってるだけで意外と受け入れてくれるとは思うんだけど。
「変な人って……」
絶句するネリに代わってシャロが別の質問を投げかけてくる。
「動物に例えると?」
「子犬」
これは断言できる。
それも道端で濡れそぼってプルプル震えている野良犬の子供。
助けがなければそのまま死んでしまいそうなのに、それでも助けを拒む様子が准将にそっくりだ。
「子犬?! 何か黒騎士様のイメージがどんどん崩れてく……」
床にくずおれるネリにどう声を掛ければいいのやら。
実物を見たらもっと幻滅するよ、と声を掛けてもきっと起き上がれないだろう。
「戦場では?」
「戦場では……うーん……狼かな? 周りを顧みない一匹狼」
近付くことも触れることも許さない孤高の存在。
遠巻きに仲間が気にしてるんだけど手を差し伸べようとすると噛み付いてくる。
後ろにぞろぞろ仲間が付いて行く自称一匹狼かな。
「ちなみに先任はよく訓練された番犬」
「ああ、すごく分かる。そんな感じだよね、あの人」
知らない人にはとりあえず噛み付くように訓練されているに違いない。
知っている人だと噛み付く前に警告するけどやっぱり最終的には噛み付く、みたいな。
ネリもそう思っていたのか、あっさりと同意する。
遠い目をしているあたり、私の知らない色々壮絶な過去があったようである。
「軍人としては正しいんじゃないの、それ?」
「うん、軍人としては尊敬できるよ。軍人としては」
問題はそれ以外の部分である。
私的な時間でもあんな堅物なんだろうか?
……私的な時間ですら鍛錬に充てている姿しか思い浮かばなかった。
「つまり、融通の利かない人なのね?」
「それにせっかちと頑固を付けたいと思います」
「じゃあ、私は几帳面な完璧主義者をさらに足す」
せっかちで頑固で融通の利かない几帳面な完璧主義者。
一緒にいると息が詰まりそうな人間である。
「あ、でも、この前見た笑顔は頼りになるお兄さんって感じだった」
「えーアイナ、笑顔見たの? それすごい貴重品だよ?」
羨ましがるネリ。そんなに貴重なのか、あれ。
「つまりまとめると、せっかちで頑固で融通の利かない几帳面な完璧主義者で頼りになるお兄さん。どんな人よ、それ」
どんな人なんだろうね?
私が副官になったばかりの演習で後ろに控えていた人って言っても印象薄いだろうし。
「そういえば、ネリってあの時の演習にいなかったよね?」
「だって私、クラス違うもの。アンタ達は一組、私は二組。合同演習なら良かったのに」
口を尖らせるネリ。
むしろ混乱を防ぐ意味で私は助かったと言わざるをえない。
「お父様は私が黒騎士様に会うの許してくれないし、きっとお父様の仕業だわ」
うん、まあ、まず怖がるだろうし、妥当な判断じゃないかな。
多分、先任あたりの差し金かな。
濡れ衣を着せられたのであろう中将が可哀想ではあるけれど、機密事項に抵触しそうだから黙っていよう。
「ね、ね、アイナの一存でどうにかならないかな?」
「……いやさすがにそれは難しいって」
友人に会ってほしいと言ったら「ヤダ」と即答しそうだ。
准将にここぞとばかりに妙な要求をされるかもしれないし、あまり危ない橋を渡りたくはない。
「一生のお願い! 何でもするから!」
何でもするって、そんな。……何でも、するのか。
ルクセン中将の愛娘が何でもすると言っているのだ。
後にも先にもこんなチャンスは巡って来るまい。
この日、私の宝物に新たな一枚が加わった。
額縁に入ったルクセン中将のサインの隣には同じく額縁に入ったサイン。
『マリーネリア=ルクセン 親愛なる友人アイナ=シューストーへ』と書かれた紙に祈りを捧げて、寝床につく。
いい夢が見れますように。
「バカでしょ、あんた」
呆れたようなルームメイトの声が聞こえたような気がするが、きっと夢だったと思う。
私はそう信じたい。




