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黒騎士と私  作者: みあ
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謝罪

 悲鳴が上がる。 

 気が付くとマリーさんは頬を押さえて倒れてて、私は数人の同級生たちに抱き付かれていた。 

 胸の動悸は激しくて、何故か吐き出す息は荒い。 

 何が起こったのか分からないといった彼女の表情を見て、さらなる激情にかられて問い掛ける。 

 

「あの戦場で何人死んだか知ってる?」 

「そんなの知らないわよ!」 

 

 癇癪を起こしたように叫び返す彼女に現実を突き付ける。 


「18人。街に入り込まれて乱戦状態で18人も死んだの」 

 

 息を呑む皆の姿に溜飲が下がる。 

 それでもまだ言い足りない気がする。 

 

「戦場で『もしも』は無いんだってミラ少尉が言ってた。だから、私たちの戦いを、あの人の死を否定することは許さない!」 

 

 私の感情をぶつけられた彼女は俯かせていた顔を上げる。 

 その顔には大粒の涙が伝っていた。 

 

「そんなの知らない! 知らないもん!」 

 

 涙も拭わずに立ち上がると、そのまま食堂を飛び出していく。 

 それを見送ると、シャロがハンカチを顔に押し付けてくる。 

 

「アイナ、泣いてる」 

「……泣いてないよ」 

 

 押し問答をしても仕方がない。 

 お言葉に甘えて、吹き出た汗を拭い取る。 

 誰かが連絡していたのだろう。 

 寮母さんが駆け付けてくるのを見て思う。 

 こんなんじゃ准将のこと、笑えないや。 

 

 

「ここがルクセン中将の家かー。さすが英雄の家はおっきいなー」 

「現実逃避しない」 

 

 翌日、私はシャロをお目付け役に中将のおうちにお邪魔することとなった。 

 発端はどうあれ、暴力を振るったなら謝罪するべきと寮母さんに言われて仕方なく。 

「生徒間のいざこざなら内々で済ますけど、そうでないなら軍に報告するけどいい?」 

 と問われて断れるわけがない。 

 准将やミラ少尉ならまだしも、先任に知られた日には地獄の鍛錬が待ち受けていることは想像に難くない。 

 

「私はお嬢様の学友のアイナ=シューストーと申します。お嬢様への取り次ぎをお願いしたいのですが」 

 非常に嫌だがとりあえず形式だけでも謝罪はしておこう。 

 門前に立つ守衛さんに頼むと、二人いたうちの片方が屋敷の中に入っていく。 

 再び戻ってきた守衛さんはもう一人連れていた。 

 

「おや? 今日はどうした?」 

「ちゅ、中将閣下?! ほ、本日はとてもお日柄もよく?!」 

 

 お嬢様を呼んだのに何故中将を呼ぶ?! 

 後ろに控える守衛さんは申し訳なさそうに目を伏せる。 

 終わった。私の軍人生活終わった。まだお給料ももらってないのに。 

 

「ふむ、今日は休みだから畏まることはない」 

「……は、はぁ」 

 

 中将は一体どこまで知っているのだろうか。 

 中将閣下の愛娘を殴って怪我させちゃいました、てへっ。 

 いや、さすがにこれはマズイだろう。 

 

「察するにウチの娘のことだろう?」 

「は、はい。……その、この度は誠に、その……」 

 

 言い淀んでいると、シャロが横から口を出す。 

 

「ルクセン中将、初めまして。私はお嬢様の学友のシャルローネと申します」 

 

 シャルローネ? ああ、そういえば、シャロの本名ってそんなのだった。 

 呼びにくいから縮めてたんだっけ。 

 

「この度はちょっとした事故でお嬢様が怪我をしてしまいまして、お見舞いに来たんです」 

「ふむ、そうか。娘も喜ぶだろう。なに、知っている名前を聞いたのでな。顔を出してみただけじゃよ、ほっほっほ」 

 

 よくそんなにもスラスラと嘘がつける。 

 やはりシャロの方が折衝役としては相応しいと思うんだが。 

 

「娘のことを頼むぞ、アイナくん。あれは少し甘やかし過ぎてしもうての。どう扱えばよいのか父親であるわしにも分からん」 

 

 珍しくボヤくような口調の中将に案内されて屋敷の中を歩く。 

 シャロの実家もかなり大きかったが、中将の家はそれ以上。 

 やはり代々続く英雄の家系だけにそれなりの資産は持っているのだろう。 

 

「ここが娘の部屋じゃ。昨日戻ってからずっと引きこもっておってな。手を焼いている所じゃ」 

 

 では頼む、と言い残して去っていく中将を見送る。 

 

「あれ、全部知ってると思うよ?」 

「うん、私もそう思う」 

 

 シャロの小さな問い掛けに短く答える。 

 私のことは軍人としてではなく、娘の学友として扱うという意味だったのだろう。 

 軍の階級で呼ばなかったことにいまさらながらに気付く。 

 

「さて、ここからはアイナのお仕事」 

 

 楽しそうに笑うシャロを横目にドアノブに手を掛ける。 

 鍵が掛かっているのかと思いきや、意に反してあっさりと回る。 

 

「入りますよー」 

「入るな」 

 

 中に声を掛けるとはっきりとした拒絶の言葉が返ってくる。 

 シャツとズボンを身に付けた普段着姿のマリーさん。 

 頬には白い布が貼り付けられていたから、きっと膏薬でも塗られているのだろう。  

 その痛々し気な姿に我ながらちょっと悪いことしたかなーって気分になる。 

 

「殴ってごめんなさい。じゃあさようなら」 

「待てい」 

 

 とりあえず謝罪の言葉を口にして踵を返す私の襟元をシャロが掴む。 

 謝罪したのに、と振り返ると本気で怒るシャロの姿。 

 

「謝罪ってのはね、謝って、相手が許してくれて、初めて謝罪なの、分かる?」 

 

 廊下で正座させられる私。 

 木張りの床はこの秋口だと冷たくて寒い。 

 

「ごめんなさい、ちゃんと謝罪します」 

「はい、よろしい。ここまでで謝罪だから、相手の許しを得るまで帰っちゃ駄目」 

「はい、すみませんでした」 

 

 再び向き直ると、マリーさんは肩を震わせて俯いていた。 

 泣いてるのかな、と窺った次の瞬間。 

 

「あはははは! アンタ達って本当に面白い」 

 

 笑い転げる彼女を見ながら、シャロに尋ねる。 

 

「これって許してもらった内に入る?」 

「入りません」 

 

 彼女の笑いの発作が落ち着くまではしばらくの猶予が必要だった。

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