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黒騎士と私  作者: みあ
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ただその一言が

「明日、医務局に行くのが嫌なんだけど……」 

 

 包帯を替えてもらうために嫌でも行かなければならない。 

 でも心は憂鬱。 

 寮母さんには広言しないように言い含めては置いたけれど。 

 

「大丈夫だって。寮母さんだって軍人なんだし」 

 

 軍人なら箝口令を破るとどうなるかなんて想像できそうなもの。 

 うちの母親ならうっかり隣近所に「これって秘密なんだけど……」と前置きして広めかねないが、ここは准将の肩書きを信じるしかないだろう。 

 

「いざとなったら噂の大元を消せばいいだけだよ。簡単じゃない」 

 

 さすがに私一人ではどうしようもないので恥を忍んでシャロに相談してみた。 

 噂の大元を消すという意味がいまいちよく分からないがその時はその時ということだろう。 

 部屋に准将を連れ込んだことは怒られた。それはもう、ガッツリと怒られた。 

 男は狼なのよと熱弁するシャロに、いやむしろ子犬だよと反論したことは記憶に新しい。 

 

「アイナはもっと自分を大事にしないと……」 

 

 これは昔から言われるのだがシャロいわく、私は自分のことをあまり重要視していないらしい。

 私としてはそんなことは無いと思うのだが。 

 そういえば、隊の皆にもさんざん「無理するな」と言われ続けてたな。 

 

「私ってそんなに無理をしているように見える?」 

「見える」 

 

 断言されてしまった。 

 准将にも、ミラ少尉にも言われたし、反省すべき部分なのだろう。 

 自覚が全く無いのでどうすればいいのか見当もつかないのがただひとつの問題だったり。 

 

「あっ次はお肉がいいな」 

「はいはい、あーん」 

 

 それはさておき夕食中なので冷めないうちに食べてしまいたい。 

 部屋で食べた方がゆっくりできると提案したけど「片付けるのが面倒」という理由で却下されて食堂でお世話してもらうことに。 

 周りの視線が集まっているのは例の噂のせいではないと信じたい。 

 

「ちょっとアナタ!」 

 

 食事を終えるのを待っていたのか、一息ついた所で話しかけてくる黒髪の候補生。 

 いつだったか突っかかってきた人だろう、多分。 

 いや、人違いかもしれないから聞いておいた方がいいだろう。 

 

「えーと、どちらさまでしたっけ?」 

 

 その場の空気が凍りついた。 

 戦場とはまた違う、針で刺されるような緊張感。 

 愕然としていた彼女の表情が紅潮していくのを見て、あーやっぱりこの前の人だったかと確信する。 

 

「確かシャロの次の人、ですよね? その、名前は忘れたけど」 

「だから、その覚え方止めなさいって言ったじゃない」 

 

 シャロが呆れたように呟く。 

 当の彼女は真っ赤を通り越してぶるぶる震えているが体調不良かなにかだろうか? 

 

「わ、私の事は眼中に無いと、そう仰りたいのですね」 

「いえ、そういうわけではなく、人の名前を覚えるのが苦手なだけです」 

 

 正直に言っているだけなのにこんな反応をされると困る。 

 ルクセン中将の娘さんなのは覚えている。 

 どうやったらサインもらえるかな。 

 

「あの、ルクセン中将のご息女ですよね?」 

 

 そう声を掛けると憑き物が落ちたかのような表情でこちらを窺ってくる。 

 やがてふっと不敵な笑みを浮かべて言う。 

 

「そう、あなたもようやく私の偉大さが分かったようね。ルクセンの家の者を差し置いて黒騎士様の副官になったばかりか、あまつさえ、あまつさえ、その……ゆ、誘惑するとか……その、言語道断!」 

 

 言語道断と言った割には「誘惑」という言葉ひとつにえらく躊躇していたが、彼女の言い分は分かった。 

 憧れの英雄と私が近しいことが気に入らないのだろう。 

 さらには噂も相まって我慢が出来なくなったというところか。 

 

「誘惑なんてしてません」 

「そ、そういう行為無しに黒騎士様があなたごときになびくはずがございませんわ!」 

 

 ございませんわって言われても。 

 噂は全くの事実無根、とも言い切れないが少なくともそういう関係ではない。 

 やはりここはハッキリと言うべきだろう。 

 

「そのうわ―――」 

「マリー! あなたにアイナの何が分かるって言うの!」 

 

 机を思い切り叩いて立ち上がったのはシャロ。 

 私の言葉は完全に潰された。 

 噂で流れてるのは嘘だって言いたかったのに。 

 

「な、なによ……私の方が全てにおいて優秀なのよ」 

 

 私もそう思う。 

 うん、そのマリーさん?の方が私よりも優秀なのは間違いない。 


「学校の成績が良ければそれだけで凄いの?」 

「少なくとも、そこの人よりは凄いわよ」 

 

 シャロの問い掛けに彼女はそう返す。 

 私に対する競争心の表れだろう。 

 

「でも、この子は私に剣で勝ったよ?」 

 

 その言葉に食堂に残っていた皆がざわめく。 

 シャロの剣はこの士官学校でもトップ。 

 教官ですら時には一本取られることすらあるという。 

 

「そんなの嘘ですわ。それが本当なら戦場に出てこんな怪我なんてしないもの」 

 

 いやはや面目ない。 

 これはいわゆる准将に「キズモノ」にされたわけだが果たして聞いてもらえるかどうか。 

 

「その戦場でこの子よりも実戦経験が豊富な軍人が一人死んでるのに?」 

 

 ……何故、シャロはそのことを知ってるんだろう? 

 あの戦いは魔王との邂逅があったという一点で機密事項に設定されている。 

 軍人が死んだことだけなら分かるかもしれないが、私のいた戦場と結びつけることは出来ないはずなのに。 

 その疑問もすぐにどうでも良くなった。 

 

「私だったら死なせずに済んだわ」 

 

 ただその一言が許せなかったから。

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